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2009.03.19
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カテゴリ: 日常
またしても、釈然としない事件ですね。

そんな誤解をする人もいないと思いますが、私は決して「殺人」をコストでのみ計ろうとしているのではありません。殺人が倫理に違反していて、自然犯であることは当然のこととして考えています。
よって、殺人がいかなる場合も許されるものではないことは、自明です。
少なくとも文化は「自明」とすることで、「殺人」の是非を考えるコストを0としたと思っています。
換言すれば、殺人を許容する社会と、そうでない社会のコスト差を考えて、殺人を許容しない社会を選択したというような意味です。

話が逸れました。

で、今回の被告人に倫理等というものがないという前提での話です。倫理がないのですから、倫理的な尺度で理解しようとしても、(そのような犯罪をしないように説得しようとしても)無理でしょうから、もうちょっと現実的な話で、翻意が図れないかという話です。

そうすれば、悲惨な犠牲者を出さずに済んだのではないか。

私が考えているのは、犯罪のコストです。


とすると、人を殺すということは、かなりのリスクを伴っています。つかまれば、死刑ということもありうる。(一人殺しただけでは、死刑にはならないという話もありますが、転換期にあることは確かですよね。殺人の法定刑に死刑が含まれているのであれば、その可能性はあるということです)

ということは、自分の命を賭けて、人を殺さなければならない。
それがコストですよね。

である筈なのに、場当たり的に犯行に及び、つかまる。だから、法廷で仲間同士でいがみ合ったりする。
大体、命を賭けて、いくら手にするつもりだったのか?
例えば、それが6万でも、殺人犯になるというリスクを背負ったのか。

被害者の方、さぞや無念だったろうと思います。また、被害者のお母さんの無念も、計り知れないものです。

人を殺したら、死刑になるかもしれないということは、誰でも知っていると思うんですが。
それを知っても、平気で殺してしまうんですかね。
やはり、理解を超えていると言うか。

それとも、一人殺したくらいでは死刑にならないと思って、殺したのでしょうか。


虚しさばかりが残る事件です。

デリケートな問題です。誤解を招いたり、不快な思いをさせてしまったら、申し訳ありません。
訂正、削除します。






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最終更新日  2009.03.19 23:57:35
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