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私のXデーは6月22日でした。弁護士から電話があり、ビザの結果発表!2ヶ月延び延びになって、待ちに待ったその結果は残念なものでした。でもなんとなく分かっていたような結果。私の条件は今から考えると元々難しいもので、あの弁護士でなくても、同じ結果だったような気がします。それでも世の中には、どんな条件でも確実にビザを取ってくれる凄腕の弁護士もいるのかな?あれから3週間、今回の結果を受け入れようとしても受け入れたくない自分がまだ少し心の中にいますが、I've got to move on.それでも私の道は続くのです。今回インターンを通して私が経験したすべてのことに、そして出会ったすべての人たちに感謝をして、これを読んで下さった方たちが、インターンとして、私以上の素晴らしい経験をされることを祈りつつ、最後のブログを終わりたいと思います。このブログからお知り合いになった方、励ましのお言葉、ありがとうございました。
July 12, 2006
雪もすっかり解け、春の日差しが感じられる今日この頃・・・という出だしで始まるブログを書く予定だったのは4月のこと・・・。(ちなみにこの春最後のグランドキャニオンの雪は4月23日でした)ガーン!あっという間に6月に入っていました。約3ヶ月、ブログのことを忘れていたわけではないんだけど、書く気になれなかったというか・・・ビザの結果がもう出る、もう出ると思ってその結果を書こうと思っていたら今になってました。本来であれば、4月の半ばにわかるはずでした。実はまだわかっていません。話せば長ーくなるんですが、結論から言うとアメリカの弁護士ってピンからキリまでいるんです。(日本の弁護士もそうかもしれませんが、私の人生で弁護士にお世話になるなんて今回初めてなので弁護士選びなんてど素人)私の選んだ弁護士はキリだったような・・・。いえいえ、まだ結果は出ていないので諦めたらだめだ、と自分に言い聞かせている今日この頃です。本当に自分が望む事は最後まで諦めない。出た結果は真摯に受け止めよう!ビザに関しては本当に自分が頑張ったから取れるという問題ではなく、目にみえない何かの力によってもう決まっていて、私がそれを知らないだけというような気がします。詳しく書くとまた怒りが爆発しそうなので、ここではこれからアメリカに来てインターンをして、就労ビザを取得したいと思っている人へのアドバイス。実際、就労ビザをとった日本人の紹介のある弁護士がいいかな。翻訳料を取られるからアメリカ人弁護士より高くつくかもしれませんが、コミュニケーションの問題を考えると楽でいいかもしれません。ロスの弁護士が日本人を多く扱っていていいのではと聞きました。あとはいろんな人からたくさん情報をもらって、比較検討。時間に余裕を持って申請する、ということでしょうか?人任せにせず、すべての選択は自分でする。そうすればでた結果を後悔せずにうけとめられます。(後悔するんだけど、もう受け止めるしかない・・・という状態へ早くたどり着けるという意味です)それぞれ、人によって条件が違うのでそこから先は簡単にいく人と、私のように日本でのキャリアと卒業した大学の学部とアメリカでする仕事がまったく関係なく、そこをどうにかしてこねくりまわして関連付けないとビザ取得が難しいパターンとありますが、本当に本当にサレンダー状態です。アメリカにいることになってるんだったらビザは取れるし、そうでないなら取れないという当たり前のシンプルなことなんですが、自分は生かされている存在なんだなーとしみじみ感じる今日この頃です。どれだけ頑張ってももう決まっていて、私がその結果を知らないだけ・・・と書いたけど、だからって頑張らなかったわけじゃなく、その反対で今回、私が選んだキリの弁護士相手に本当によく頑張ったと自分で自分を誉めています。書類も頑張って自分で書いて、ダメもとでもあちこち諦めずに電話をして、きちんとコンプレインして、働かなかったパラリーガルを私の担当からはずしてもらったり、アメリカ人相手に本当によくやった。3日後、その弁護士事務所を訪れて、最終書類の確認、イミグレーションへ提出、そして今月の20日あたりに結果が今度こそ本当にわかります。セドナのサイキックの女性にリーディングをしてもらったら、彼女がおもしろいことを言ってました。「夢には2種類あって叶う夢と叶わない夢がある。叶わない方の夢はかえって人を苦しめる。」ちなみに英語で不可能な事を望むとか手に入らないものを欲しがるという意味でcry for the moonというイディオムがあります。私にとってアメリカに住み続けるということはcry for the moonなのかなー?この2ヶ月の自問自答にもうすぐ結論がでます。私の今後の人生にかかわる一大事です。恐いような、早く知りたいような・・・。この思いに便乗して体重も減ってくれれば嬉しいんだけどそうはなかなかいかないもんです。そしてこの間、セドナの映画館で「Celestine Prophecy(聖なる予言)」を観てきました。本を最初に読んでいるとその後で観る映画は結構どれも少しがっかりするもので、今回も少しその傾向にあったような気はします。でも映像としてあの世界を見るのはなかなかおもしろかったです。主人公がいろんな共時性に導かれて、ペルーまで行って霊的な人類の成長に関する9つの予言を探し出すというストーリーです。この夏には「Peaceful warrior」というこれも一人の男性が霊的に成長する過程の話ですが、映画化されていてアメリカで公開されます。でもあまりメジャーじゃないので大都市まで行かないと観る事ができないのが残念!観たい!私もいろんな共時性に導かれ、今ここにいるけどこれから先どこに行って何をするのか、わかりそうでわからない今が一番楽しいのかも?と思ったりします。今回ビザを取るにあたって、職場の人達や友達が「ビザ取れるといいね」と言ってくれて、会うたびに「結果判った?」って聞いてくれて、「取れるように祈ってるからね」と言ってくれて、皆に感謝です。私のブログが少しでもこれからアメリカに来たいと思っている人たちのために役に立てば・・・と思って始めて約7ヶ月。そんなにまめじゃなくてごめんなさい。あともう1回、結果を必ずお知らせします!
June 2, 2006
あー例年になく暖かい、雪の少ない冬にあぐらをかいて、もう春はそこまで・・・、とたかをくくっていた私は甘かった・・・。またスノーストームがやってくるという噂も「又言ってる・・・。」くらいにしか思ってなかったけど水曜日から今日まですごい勢いで雪、降り続いてます。アメリカ人達は元気に雪合戦なんかしたりして楽しそう・・・。私は雪にすら触れない、触りたくない・・・。スキーが大好きだったその昔、ぱったり辞めてしまったのは寒さに対する突然の拒否反応。とにかく住んでるところより寒いところにはもう行きたくなくなってしまったのです。年とともに。低血圧、低体温の私は寒いのがとにかく苦手。スノー・エンジェルを描くなんてありえない。でも文句も言ってられなく、朝からルームメイトのナオミちゃんと交代で雪かき。駐車場から通りまできれいにしておかないと仕事に出かけられなくなってしまうからね。生まれて初めての体験です。雪国の皆さんの大変さ、本当によくわかりました。腕が痛い!ナオミちゃんの職場の高校は雪のため休講!ラスベガスからグランドキャニオンへのフライトはすべて雪のためキャンセル。私はバスツアーだったけど、バスも他の会社2台は途中でラスベガスへ引き返してたので、私が乗るはずのバスもきっと戻るはず!と思っていたら「会社に電話して確認したら行けって・・・。」とドライバーさん。ひどい、ひどすぎる!とがっかりきたものの、お客さんにしたらここまで来るのも遠い道のり。じゃ又今度の距離ではないのでチャレンジするのはいいことだ、とぐっとこらえる。しかしバス乗り場に来るまで私は既に危険な目に合っている。ホワイト・アウトってこのことをいうの?っていうくらいもう1、2メートル先が真っ白で見えない。15キロくらいでゆっくり走ってもセンターラインがわからない。道路から落ちるよりはと思ってどちらかというと中心よりで走ってたら正面から車が・・・。そんなに寄ってたのかな?私?と冷や汗ものでハンドルをきって元に戻る。無事着いた時はあー生きててよかったどころか、どうにか来てしまったけど帰りは私、どうなるんだろう?って感じでした。そんなこんなでグランドキャニオンへ向けて出発。途中滑って反対斜線の路肩の下の方でスタックしている車にも遭遇。しかしその後、グランドキャニオンに近づくにつれ、雪も少なくなり晴れ間さえ見え始めたのです。グレーの雲がかかって半分は見えなかったものの半分は光も当たってクリアな素晴らしい色のキャニオンを見る事ができました。なかなか幻想的です。お客さんも喜んでらっしゃってそれは本当によかった。だけど帰りが又途中から猛吹雪状態。バスの運転手さんがもっとひどい雪の中を運転したことがあるという言葉を信じて、バスに乗ってる最中は下りてから自分の車で家へ帰ることの心配で頭がいっぱいでした。半泣き状態でバスを降りて車に積もった雪を払いのけ、エンジンをかけ、いざ出発。お昼よりマシだったみたいで家の明かりが見えてきた時は感動でした。しかしここからが又大変でした。50センチほど早くハンドルをきりすぎたみたいで家の敷地内に入るところの段差、プラス雪が凍っていた部分にスタックしてしまい、車動かなくなったのです!しばらくエンジンがんがんかけてバックしたり前に行ったり頑張ったけどびくともしない。音を聞きつけたナオミちゃんが駆けつけて押してくれるけどこれもびくともしない。最後は近所に住むナオミちゃんのお父さん、レイモンドさんに電話をしてお願いする。到着を待ち、彼の力を借りてやっと動いたのでした。2人とも吹雪の中、駆けつけてくれて有り難う。朝の雪かき、いつもより長めのツアー、最後の家の前での格闘、家に帰ったらメールでボスより急ぎの翻訳の仕事の依頼、それを終えてベッドに入ったら爆睡でした。一夜開け、今日は朝からまた大雪。ラスベガスからのフライトはまたキャンセルで今日こそは私もお休み。もちろんどこにも行かず家の中でスタック状態です。明日はどうなるんだろう?石が降ろうが槍が降ろうが飛行機が飛ぶ限り、仕事には行かないといけない(Byボス)わけで明日あの雪の中、また運転するのかな?この前までペーパードライバーだった私にはこの状況、すごすぎる。基本的にただまっすぐ前に向かって走るのはOKだけど、駐車(縦列なんてとんでもない)、車線変更なんて大の苦手。今までに体験した事のないことができるようになる喜びもここまで命懸けなのはいらないかも・・・・・。「雪もすっかり解け、春の日差しを感じる今日この頃・・・」という出だしで次にブログが書けるのはいつのことやら???
March 11, 2006
前回のブログから早1ヶ月が過ぎていました。その後、ビザ取得に関するお話といえば私の上司と弁護士がなかなか連絡を取る事ができず、(どちらも忙しくオフィスに要る時間が短く、携帯もなかなかつながらなかった)間に挟まってやきもきしたぐらいでしょうか。やっと連絡がついて弁護士が必要な情報を上司からもらったらしく、あとは4月1日の移民局への書類提出を待つばかりだそうです。以前お話したネイティブアメリカンのバーノンさんが私のための推薦状を書いてくださってそれは要求された資料ではないんだけど、一応何かの役に立ってくれればと思い、弁護士宛てに送っておきました。バーノンさん、忙しい中、私のために時間を割いてくれてありがとう!私が提出した書類といえばパスポートのコピーと英文履歴書、日本の大学の卒業証明書、成績証明書、アメリカの大学に留学していた時の成績証明書、そしてこれからアメリカでやっていく仕事について書いたドラフトだけなんだけど、これだけでいいの?って感じです。もっと何かいっぱい用意した方がいいんじゃない?と提出日が近くなってきて不安を感じてきたので来週でも弁護士に電話をして、本当にこれだけでいいのか念を押しておこうと思います。今年の年頭に誓った、新しい自分を掘り下げるということで新しい事にチャレンジする機会がこの1ヶ月2つありました。1つめはアメリカで初めてのスウェット・ロッジ体験。日本では何度か、アメリカのラコタ・スー族の元で修行をされてパイプ・ホルダーにもなってらっしゃる日本人の人達のスウェットに参加する機会がありました。今回はバーノンさんとのお仕事で彼の導きの元、満月の夜、日本からのお客さんたちと素晴らしい体験ができました。あくまでも仕事だったので他のお客さんの様子をちゃんと把握しておかなければいけなかったのと通訳にもなれないといけなかったので自分の事に集中することはできなかったけど、とても気持ちいいスウェットでした。もう一つはラスベガスでのカジノ。今まではスロットマシーンぐらいだったんだけど先週友達と出かけた時は初めてテーブルに座って、ブラックジャックを体験!友達や横に座ってた人、ディーラーさんたちに教えてもらいながら、数時間楽しむことができました。おもしろかった!結構手堅く、勝ちはしなかったけど、負けもせず終了!ラスベガスのカジノは21歳以上じゃないとその場にいる事もだめだそうではるか昔にその年を過ぎてる私は、何も気にしてなかったけど突然一人のディーラーからIDの提示を求められた時はびっくり!友達は何も言われなかった事をふてくされてたけど、私は私でそこまで若く見られるのも・・・・どんなもんだろう?とかなり複雑でした。もうあっという間に3月。今月は仕事が忙しくなりそうです。グランド・キャニオン、モニュメント・バレー、セドナあちこち走り回っています。もう春がそこまで来てると感じるくらい暖かい北アリゾナです。こんな日がいつまでも続きますようにと祈りつつ、1日1日を楽しみます!
March 6, 2006
この間、久しぶりにお米を買いに近くの(と言っても車で30分)日本レストランへ出かけました。3、4回ディナーを食べに行ったことがあるそのレストラン。地元ではかなり人気があり、日本人はもちろんアメリカ人のお客さんも多く、夜はいつ行っても満員です。てんぷら、カツ丼、やきそば、お寿司、しゅうまいetc一皿かなりの量でいつも大半はお持ち帰りしています。そこでウエイトレス兼キャッシャーをしているNさんとお話するようになったのは去年の8月。彼女も就労ビザを申請している最中で、彼女の弁護士を紹介してもらったり、会うたびに情報交換をしてました。ビザ取得の結果がでるのが、彼女の場合去年の年末あたりということで気にはなっていたのですが、すっかりご無沙汰でした。ちょうどお客さんも少ない時間帯だったので少しお話できました。なんと残念なことに彼女はビザ取得ならず、来週に帰国予定だとの事・・・。理由としては働いているレストランの規模が100人以下で小さすぎるということと彼女がしている仕事はアメリカ人でもできると言うことだそうです。そしてお願いしていた弁護士が就労ビザ専門でなかったということも一つの要因ではないかと言われてました。今後はMBAを取得するためにアメリカの大学院に留学するか、J-1ビザを取得してインターンとして働くか、日本に帰国して少し考えるとの事でした。$7、000の費用を支払ってこの結果はつらい・・・。私も自分の弁護士が就労ビザ専門かどうか知らないし、(その弁護士を紹介してくれた友達は実際ビザがとれているし、彼女がその弁護士を信頼しているということと、私自身会う機会に恵まれて、電話だけで手続きを進めるよりいいと思ったのでタイミングと勢いにのって決めただけ)本当にたくさん弁護士がいて、同じ事をお願いするのに料金もそれぞれで、弁護士の世界は素人には謎だらけです。運と縁と直感を信じて、手続きを進めて後は結果を受け入れるだけみたいです。このブログを書いている最中、弁護士のJanさんから電話があり!私が先月送ったドラフトに関していろいろ訂正してくれたり、他にも必要な情報を集めてくれている様子。ありがとう!頑張ってね!あなただけが頼りです!Nさんとは今後もビザ取得にむけて、お互い励ましあって、情報交換すると約束しお別れしました。又アメリカで彼女と会う日がきますように。
February 6, 2006
カリフォルニアから無事帰ってきたらなんとこちらアリゾナの雲行きは怪しく、昨日はとうとう大雪が降りました。午前9時から午後3時くらいまで降り続いて、その後は陽が射してきてこれがまたとてもきれいでした。道路の雪はほとんど解けてしまったけど、とりあえず吹雪きました。そして今日も朝からいいお天気であちこちに残ってる雪に日差しがまぶしく反射しています。ルームメイトのナオミちゃんは雪が降って喜んでました。ここの人は雪が大好きみたいで、待ち望んでたって感じです。環境のためにもここは雨が少ないので冬に雪が降らないと夏がドライでとても暑くなるらしく、冬の雪は大歓迎らしいです。ナオミちゃんだけじゃなく、グランド・キャニオン空港で働いている人達もバスのドライバーさんたちも皆そう言ってました。確かに去年の今ごろは1メートルくらい積もってたそうです。そういう話を聞いても寒いのが苦手で雪の中車を運転したくない私は「環境のため、ある程度必要なのはわかるけど、あんまり降らないで!このまま暖冬で春を迎えさせて!」と祈ってました。私の願いが届いたのか、雪は降ったけど昨日も今日も仕事はお休み!雪の中、そして降った後凍った道路上を運転しなくてよかったのは本当にラッキーでした。明日はきっと仕事だけど、道路上の雪の心配はしなくていいはず。そしてきっとお天気もいいはず!グランド・キャニオンかモニュメントバレーかセドナかまだどこに行くか夕方になってみないと明日のスケジュールはわからないけど、どこに行っても雪景色の岩肌はきっと素敵でしょう!
January 20, 2006
仕事が終わって疲れていたにもかかわらず、夜8時にアリゾナを出発し、カリフォルニアの友達のところへでかけました。途中2ヶ所で給油した以外はノンストップで車を走らせました。真っ暗でまっすぐな道をただひたすら・・・・。初めての遠出でこの状況はかなり無謀だったかも?無事到着したのは8時間後の午前4時。友達の家に滞在したんですが、10時まで爆睡でした。その友達はアメリカ人女性で8年前日本で知り合いました。去年の夏私がアメリカにやってきた時、アリゾナまでやってきてくれて車を購入したり、保険の手続きをしたり、そういう物理的なことから精神的な事まで支えてくれた人です。「落ち着いたら日本食作ったり、ガレージの掃除をしに行くからね!」って約束してから早半年。やっとお礼が実現しました。(と言ってもまたお世話になって、よくしてもらってこのお礼は一体いつ?って感じです。)何をするって決めずにその時の気分に任せてのんびりしました。お好み焼き、お寿司を用意したり、彼女のおうちのダイニング・ルームの改装を手伝ったり(ガレージはもう既に片付いていた・・・)、彼女が通ってるヨガクラスに参加させてもらったり、ショッピングに出かけたり3日間はあっという間に過ぎていきました。彼女は高校の先生をしているんだけど、ちょうど到着した日の夜にprom(高校や大学で行われる大ダンスパーティー)があって、彼女はカメラマンとして行かなくちゃいけないという事で私もついていったんだけど、こっちの高校生がドレスアップしてお化粧するとなんて大人っぽいんだろう!そしてなんてダンスが上手なんだろう!と感動してしまいました。彼らが高校生だったら私は小学生くらいかな?あと私が日本のもので一番懐かしいと思ってるバスタブの話をしたら彼女はタブにお湯をはって、アロマオイルを数滴たらしてくれて、キャンドル、インセンスそしてヒーリング音楽つきでまるでどこかのリトリートへ来たかのような環境をつくってくれ、「好きなだけ時間をつかっていいから」と言ってくれました。3日間連続つかったバスタブは日本のタプタプのお湯の量に比べると確かに浅かったけど、本当に癒されました。ありがとう!キャロル!彼女の家を出発したのは午前8時、私の家に到着したのは夕方4時。又8時間の道のり。でも今度は明るかったから景色を楽しめました。それにしてもアメリカは広い!ドライブが好きな人はアメリカは本当にわくわくする国だと思います。随分昔に日本人の友達と2人でグレイハウンドというバスで1ヶ月アメリカを旅した事があるんだけど本当に楽しかった!州が変わればまるで国が違うみたいに土地や町は表情が変わります。アメリカは飛行機より車での旅の方が絶対お勧めです。ただ私の場合、運転するより横に乗って景色をずーっと眺めてたい・・・というのが本音ですが・・・・。とにかく無事帰ってこれてよかった。しばらく遠出はいいかな?あんまり長い間ハンドル握ってたくないなぁー。でも春になったらまたどこかに行きたい。今度はユタ州の国立公園あたりを考えてます。
January 18, 2006
今年はちっともお正月らしくないお正月を迎えて、早6日目。とは言っても年末はカウントダウンのイベントの後、日本人の友達のお宅で年越しそばを頂き、紅白歌合戦をライブでみることができました。そういう日本らしい年末年始の習慣ってなければなかったでいいんだけど、思いがけずそういう機会に触れると妙に懐かしく、嬉しくなったりします。やっぱり日本人なんだなぁー。去年の7月にアメリカにやってきて、最初は仕事でいっぱいいっぱいでしたが、慣れてくると「1ヶ月に1回は何か特別な事をしたり、どこか遠くへ行こう!」となんとなく思ってました。9月は日本から遊びに来てくれた友達に会いにフェニックスへ、10月も日本からの友達が来てくれて北アリゾナを案内し、11月はグランド・サークルと呼ばれる地域の国立公園や国定公園、ナバホとホピの居留地へと出かけ、12月はラスベガスと楽しくあちこち探検しています。今月はカリフォルニアの友達のところへ遊びに行こうと思います。一人で約500マイル(約800キロ?)を8時間くらいかけて運転していくつもりです。日本ではペーパードライバーだった私もこちらに来て選択の余地なく、運転をしないと生きていけない状況に陥り(運転、あんまり好きではないんです。今でも結構下手・・・。)、少しは慣れてきたものの、この距離を一人で知らないところへ行くなんてかなりのチャレンジです。充分気をつけて、楽しんできます。この年になっても、今までできなかったことができるようになるという事を感じるっていうことはとても気持ちのいいことです。私ってこんなこともできたんだ!という自分自身の新しい発見、子どもの頃はたくさんあったはずのそういう発見が年とともになくなってきたような・・・・あっても昔のように感動しなくなってきてたかも?今年は“今まで知らなかった自分の発見”をテーマに自分自身に興味をもってどんどん掘り下げていこうと思います!
January 6, 2006
クリスマスも終わり、今年も後1日・・・。グランド・キャニオンもモニュメント・バレーもセドナも観光客の皆さんでいっぱいです。特に日本人の皆さん、たくさん来られてます。やっぱり忙しい日本人にとってお正月休みは旅行のシーズンなんですね。皆さんがおっしゃるには「日本の方が寒い!」とのこと。ここアリゾナは例年にない暖かさ!寒いのが苦手な私はなんてラッキーな年に来たんだろうと胸をなでおろしています。雪国出身ではないのでやっぱり凍った道の運転が一番恐い!クリスマス・イヴもクリスマスも大晦日もお正月も仕事です。仕事は楽しいので全然構わないんだけど、旅行業界の人達って皆が休んでる時、働いてたんだなぁと改めて思いました。(日本にいた時は年末年始10日くらい毎年お休みしてたので・・・)さて、今年を振り返ってみるとあっという間の2005年でした。特に今年後半、アメリカにやってきてからは飛ぶように月日が流れていきました。毎日新鮮で楽しくてほんとに自分がしたいことができてる幸せをかみしめることができました。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、本心です。こっちにきて本当によかったです。渡米を実現するにあたって、日本の家族、応援してくれた友達、手続きをしてくださったCTSTokyoの滝川さん、そして受け入れてくれた職場のオーナー、そしてこっちにきてから出会ったたくさんの人達に感謝します!ネイティブアメリカンの言葉で「自分が変えられる事を変える勇気と変わらない事を受け入れる寛容さとその違いが分かる智慧を与えてください。」というのがあって、とても大好きでいつも心に留めておくようにしてるんですが(宇多田ヒカルの歌のフレーズにも似たようなのがあったっけ?)、来年もこの言葉を肝に銘じて生きていこうと思ってます。今まで変えられない事を変えようと時間や労力を使ってあちこちぶつかったり、遠回りしたりしてきたけど少しは利口にならないと・・・。明日は大晦日。もちろん仕事ですが、終わってからフラッグスタッフという街へ、友達とカウントダウンのイベントへ出かけます。NYのような大きなイベントではないけど、初めて参加するアメリカでのカウントダウン・・・。どんなのか楽しみ。2006年、残り半年のアメリカでの生活、1日1日大切にしていきたいです。そして就労ビザの結果を受け入れてどっちにころんでも一喜一憂しないで勇気と寛容さと智慧を持ち続けていたいもんです。Happy New Year!!!
December 30, 2005
昨日は3ヶ月ぶりにフェニックスへ出かけました。友達に会いに行くのと弁護士と会ってビザの話をするというのが目的。偶然にも友達のうちと弁護士のオフィスのあるビルは車で5分という近さ。場所を調べた時、この偶然にはちょっとびっくり。車の運転の苦手な私はあんな大都会を端から端まで運転しなくてよかったという安堵ともしかしてご縁があったのかも・・・ビザもとれるようになってるのかも???とストーリーを勝手に展開させていました。アメリカ人の友達のうちでは日本食を作ってあげることになっていて、手持ちの材料からうどん、お寿司(といってもすし太郎)、餃子(日本食じゃないけど)を予定してました。私を含めて5人のはずが、当日到着するとその倍以上、11人に膨れ上がっていてメニューもカレーが食べたいというリクエストがあり、4時間立ちっぱなしで(お客さんたちも手伝わせるはめに・・・・)フル回転。やっとできあがって皆で食べて、喜んでもらって作った甲斐がありました。人のために料理を作るのは楽しい!ワインも飲んでいて疲れも溜まってたようで、皆が帰った後は爆睡でした。次の日は弁護士さんと面会。1時ちょうどにオフィスに到着。久しぶりにエレベーターというものにのりました。あんな高いビルをみたのも久しぶり。あーやっぱり大都会は違う・・・。たまには都会も刺激があっていいけど私はセドナやフラッグスタッフ、グランド・キャニオンなどの自然いっぱいのほうが好きです。話を本題に戻すと初回の打ち合わせに$50かかりました。それで私がこの弁護士にお願いするかどうか決める事ができるそうです。結果から言うと決めてきました。いよいよ就労ビザ取得の手続きが始まります。以前問い合わせた弁護士2人は料金が$6、000~7、000か$5、000~$6、000と言われたけど私がお会いした弁護士さんは$4、000で済みました。料金が人によってこんなに違うのは???ですが会ってこの人を信頼してみようと思えて、なおかつ料金が思ったより安かったというのは即決の大きな要因となりました。もしかしたらもっと安いところもあるのかも??これから就労ビザ取得をお考えの方達、たくさんあたってみるのがいいかもしれません。私は3人目でいろんな偶然が重なって彼に決めましたが・・・・。これから書類を揃えていきます。移民局に書類を提出するのは来年の4月1日なので後丸々3ヶ月あります。結果はなんと1、2週間でわかるらしく、うだうだ結果を心配して待たなくていいので嬉しいです。どっちにころんでも来年の7月以降の私は何をしてるんだろう?どこにいるんだろう?と思うとわくわくします。フェニックスから帰る途中、ブラックメサあたりのアウトレットモールによってぶらりとショッピング。そしてセドナによって職場の人達とちょっとおしゃれなハートライン・カフェでディナー。とてもおいしいパスタと洋なしとアイスのデザートをたらふく食べ、大満足の週末でした。
December 28, 2005
今日は突然午後からの仕事がキャンセルになり、このぽっかり空いた時間をどう使おうか考えた結果、1時間ちょっと車を飛ばしてフラッグスタッフという街へ出かける事に・・・。ここは6年前留学していた街で古い小さなダウンタウンや小さなショッピングモール、そして数々のスーパーが立ち並ぶ私としてはちょうどいいサイズの大好きな街です。しかし、この時期、購買意欲が妙に刺激され、また散財してしまったのでした。というのもクリスマスのプレゼントって一体誰から誰まで買えばいいのか??ルームメイトはもちろん彼女のご両親、弟、妹、妹のだんなさん・・・そして友達・・・職場の親しい人・・・。でもむこうが私のプレゼントを用意してなかったら・・・でもその反対もありうるわけで・・・・・それだったらもらわなくてもあげてるほうがいいかな???と、こういう時は非常に優柔不断な私・・・。買い物に出かけるたびにここ1ヶ月半、少しずついろんな人にクリスマスプレゼントを買い集めていたものの4日前になってもまだ悩んでいるとは・・・・・。トホホ・・・。人にプレゼントを買うのが大好きで「なんで私がこれを欲しがってるってわかったの?」と言わせたり、相手が喜ぶ顔を見るのが嬉しいというような素晴らしい人もいるかと思えば、私のように誰に何を買えばいいのか・・・考えるのが苦手な人もいるわけで、私のような人間にとってはこの時期、頭が痛かったりするわけです。でも今日こそ本当にChristmas Shoppingは最後!(のはず・・・)又明日、仕事キャンセルになってももう買い物へは行かなくていいのだ!きっと今年がここで迎える初めてのクリスマスだったからあれこれ迷っただけで来年はきっと誰に何を買えばいいかもう少し慣れてるはず!来年のクリスマスもアメリカで迎えることができますように!
December 22, 2005
ルームメイトのナオミちゃん(といってもれっきとしたアメリカ人)は20代後半の高校の先生。スペシャル・エジュケーションといって身体・知的障害の子供たちを教えています。それだけでもすごくしっかりしてそう・・・・というイメージですが、彼女は来年の2月で3歳になるハナちゃん(英語名はハンナだけど発音するとハナと聞こえるので、私はこう呼んでます。)のお母さんでもあります。近所にナオミちゃんのご両親や兄弟が住んでいて、確かに彼らの手は借りてはいるものの、ナオミちゃんの頑張りには同性として感心します。しっかり子どもを叱ってしつけてるし(ハナちゃんが叱られてる時、横にいる私ですらビビるくらいナオミちゃん、恐い時もある)、夜なんて彼女も疲れてるはずなのに、必ずハナちゃんが寝る時は一緒にベッドで歌を歌ってあげたり、絵本を読んであげたりしてます。寝かしつけた後は、部屋を片づけたり、仕事の準備をしたり、そして宿題をしたりしてます。なんと彼女、今通信で大学院の卒業資格をとろうとしてるんです。先生って大卒と院卒ではお給料が違ってくるから・・・・・とのこと。凄すぎる!とても明るく一緒に暮らしてて、気を使わなくていいし、快適です。ナオミちゃんの両親や兄弟もほんとにいい人で絵に描いたようなアメリカン・ファミリーです。今私の休みは月・火ですが、以前お休みが土・日の時は一緒にショッピング、食事、映画へ出かけたりしてました。彼女たちのおかげで私のアメリカ生活も淋しくなかったりするので感謝です!頑張ってる人がそばにいると私も頑張ろうと思えます。娘のハナちゃんがこれまたとってもかわいいんです。エンジェルかと思うくらい。(もちろんモンスターに変身する時も多々あるけど・・・)こっちの子って日本の子よりおしゃまだと思うのは私だけでしょうか?2歳なのにマニキュア塗ってもらって喜んでるし、私がお化粧してるのを見て自分もするって言ってきかないし・・・。幼児語の英語を聞き取るのはとても大変な時があってそういう時はナオミちゃんに通訳してもらいます。そんな時ハナちゃんは眉間にしわを寄せて私の事をにらむんです。「なんで私の言ってる事がわかんないのよー!」って感じで。そんな彼女もとってもかわいいんです。あととても偉そうに「部屋の電気つけて!」と命令形で私に指図してるのをナオミちゃんに聞かれて「プリーズってつけなさい!!」と叱られた後「プリーズ」ってかわいく言うハナちゃんが私はほんとに大好きです!ナオミちゃん、ハナちゃん親子に幸あれ!!!!!
December 21, 2005
先日、素晴らしい家族に会う事ができました。ウエスト・セドナのコミュニティー・センターで毎週月曜日の夕方、プレゼンテーションを行っているネイティブ・アメリカンの家族です。お父さんのバーノンさんはオレゴン州のクラマス・モドック族の出身、お母さんのリタさんはサウス・ダコタ州のラコタ・スー族、そして2人の娘長女のサマンサと次女のアシュリー。彼らはクランや種族を超えてここアリゾナ州セドナでネイティブアメリカンの現状を神話やジョークを交え、そこに集まる人たちに語りかけます。バーノンさんの笛、太鼓、そして歌声はなぜかとても懐かしく私の心に深ーく染み込んでいきました。ここ十数年、日本でもネイティブ・アメリカンについての本やジュエリーは巷にあふれ、彼らの生き方に共感する人達も増えています。私もその一人ですが、彼らの過去の歴史、現在の状況は想像を絶します。例えば、ある日突然宇宙人が地球にやってきて私たち人間は原始的で野蛮という理由で、生活用式はもちろん言語や信念まで奪われるんです。私たちが今日本語を話したら体罰を与えられ、信じている事は間違っていると言われ続けたら私たちのアイデンティティーは混乱、崩壊してしまいます。それと同じ事が昔、ネイティブ・アメリカンの人達に起こったんです。今バーノンさんはアリゾナ州に住み、アルコール依存症の人達の更正に関わるお仕事をされながら、いろんな場所でボランティアでネイティブ・アメリカンの道・生き方を説いています。物質的成功を求めて行き詰まっている世の中の現状を批判するわけでなく、ただ彼らの神話を通して“自然に環る”ということの大切さを楽しく語ってくれます。読書でいうと「行間を読む」というのが大切ですが、バーノンさんのお話も言葉以外の何かが伝わってきます。私の無意識層にその言葉以外の何かが触れてプレゼンテーションの後半ではわけもなく涙がこぼれてきました。なんだか幸せな涙でした。2人の娘さんもお話したり、ダンスを披露してくれました。次女のアシュリーは5歳くらいからメディスン・ウーマンとしての才能を発揮し、自分の人生の使命はお父さんのようにネイティブ・アメリカンの道を語り伝え、人々を癒していく事だと判っていたそうです。実際、肩に時々激痛が走るという知り合いは彼女に手をかざしてもらうと痛みが和らいだとのこと。でもプレゼンテーションが終わればバスケットボールとハリー・ポッターが大好きな普通のかわいい15歳の女の子です。彼らにとってイーグル(鷲)はワカンタンカ(創造主)と人間の間のメッセンジャーだそうです。だから彼らは鷲の羽根をとても大切にし、儀式のときは必ず使い、鷲が空を舞っているのを見かけるとワカンタンカからのメッセージを読み取ろうとします。彼らのようにその道を歩いているネイティブ・アメリカンもいれば、道に迷い、自分を失っている人達もいます。でもそれは彼らの世界だけでなく、私たち日本人にも言える事です。アシュリーのように5歳でこの世での自分の使命がもうわかっているなんてそしてその道が家族と一緒でお互いサポートしあえるなんてとても幸せな事です。私もこの年までいろいろ迷いに迷い、自分はどうしたいのか、何になりたいのか考え続けて今に至っています。バーノンさん一家に出会えた事、そして彼らと仕事を通してこれからもお付き合いできる事に感謝します!私もイーグルからのメッセージが読み取れるよう、自然の中で心を研ぎ澄ませていきたいです。まだまだ学ぶ事がいっぱいあって楽しい!!!
December 20, 2005
先週の日曜日はアメリカ人と結婚し、2人のかわいい男の子のお母さん、ともみさんに招待されお宅へ伺ったのでした。彼女のすぐ近所の住宅街がクリスマス・イルミネーションの指定地域になっていて、毎年この時期になるとたくさんの人たちが各家々のライトを見にやってくるのです。車で来る人たちも多く、ライトを見ながらゆっくり走るので数珠つなぎでなかなか動きません。私たちは1時間くらいその住宅街を散歩しながら、クリスマス・イルミネーションを楽しみました。アメリカ人ってほんとにクリスマスにかける気合が違う・・・と改めて思いました。子供たちは大喜びで最初ははしゃいでいたものの、家に着く頃はぐったり。ともみさんは3歳のティム君をおんぶするはめに・・・・。ちょうど神戸のルミナリエの住宅バージョンといったところでしょうか?さてこちらにきて6ヶ月目。1年のビザしかもってない私はもう折り返し地点ということで年月の流れの速さをひしひしと感じている今日この頃。9月くらいからH-1Bビザ取得へむけて2人の弁護士アプローチしていましたが、書類提出が来年の4月ということでどちらとも1度お話して、必要な条件や料金、提出書類の種類など聞いただけでそれっきりになっていました。「また年が明けて3月頃連絡しておいで・・・」って感じで私ものんびり構えていたけど、この間インド人の友達に会ったとき、「早い方がいいから、もう手続きはじめたら?私がビザをとった弁護士を紹介してあげる。」と言われ、急に焦り始めた私・・・。そして前の2人ではなく3人目の弁護士に連絡をとったのでした。(最初の相談はどの弁護士も無料ですが、2回目からは料金をとられます。)その弁護士さん、結構まめで、すぐに私にもそしてボスにまで電話をくれて話をつめてくれました。そして今月末にはアポをとって私がオフィスにお邪魔し、話をする事に!なんだか話は急展開でどうやらそこでビザ取得へむけてプロセスをスタートすることになりそうです。弁護士の決め手はやはり実際ビザを取得した友達に紹介してもらうのが一番だと思います。私の場合、3人とも紹介ですが、電話で話した感じと、実際会えるかどうかそれとも電話だけで連絡をとりあうのかということややっぱりタイミング、縁でしょうか・・・ポイントは。最初の2人のうちの1人はLAの人で良い感じの人でしたがなかなか会えないし、もう一人の人はちょっと恐い感じの人でした。私にとってH-1Bビザ取得への最大の難関は私の日本でのキャリアと卒業した大学の学部と今している仕事に共通点を見出さなくてはならないということです。日本では教育関係、学部は心理学、そして現在の仕事は旅行関係ということでこれだけみると可能性0%・・・・。1人目の弁護士さんには卒業した学部を聞かれ、「心理学。」と答えただけで「残念。心理学ではH-1Bビザはとれないよ。」と即答されました。やはり経済、経営、商学などビジネスに関する学部、コンピューター関係、理系の専門職はビザが取り易いようです。悲しいかな、文系はちょっとひねらなければならないのです。私にとってのひねり・キーワードはネイティブ・アメリカンです。私はずーっと昔から彼らの文化に興味があり、関連する本を読み漁り、日本でスエット・ロッジを体験したり、アメリカの大学で彼らの神話、宗教に関するクラスを受講し、今回インターンとしてこちらに来てからは、居留地へでかけリサーチなどさせてもらっています。私がインターンとして働いている会社は、ツアーだけでなく、ネイティブ・アメリカンのメディスンマンのワークショップやスエットロッジ体験なども行っていて、今後はもっとネイティブ・アメリカンの人達との仕事も増えるという事で、彼らの文化、精神世界、そして心理学の知識も若干ある人を雇用したいという意向だということを弁護士に伝えるとビザ取得の可能性は75%ということでした。とても微妙な数字でどこまで信じていいのかわかりませんが、ちょっとこの可能性にかけてみようと思います。今の生活、仕事はとても楽しく、ビザが取れなければあと半年かもしれない・・・・と思うと淋しく感じますが、だめならだめでまた別の人生が待ってるという気もするし、とにかく今できる事をできる時にやってみる・・・・そんな感じです。これから渡米、インターンそしてビザ取得へと夢を脹らませてる皆さんにとって私のケースが参考になるかどうかわかりませんが、この続きもまたお知らせします。乞うご期待(?)
December 13, 2005
はじめまして!2005年7月からアリゾナ州の旅行会社でインターンをしながら暮らしています。気がつけばもう5ヶ月が過ぎている!!!!以前からセドナが大好きで、フラッグスタッフにある北アリゾナ大学に1年間留学したのは7年前のこと。その大学に決めたのもセドナに1番近かったからという不純な動機・・・。しかし学生時代は勉強に追われ(?)思う存分出かけられず、悔いが残っていました。「いつか必ずまたアリゾナへ!!!!」という思いを持ち続け、また再びこの地を踏むまで6年の年月がたっていました。現在は念願叶い、北アリゾナを中心にセドナはもちろんグランド・キャニオン、モニュメント・バレー等でガイドの仕事に携わり、あちこちでかけています。ここアリゾナは空が大きく、空気もきれいで夜は星が降ってくるかと思うくらい。地平線に沈む夕日は時にはこの世のものとは思えない何ともいえない美しい色です。グランド・キャニオンの今日の最高気温は9度、最低気温はマイナス10度という冬の苦手な私にとっては恐ろしい寒さですが、アリゾナの自然に惚れ込んでいる私は気合を入れて毎日でかけてます。仕事も楽しく、バスドライバーさん、パイロットさん、ホテル、レストラン、空港で働いている人たち、世界中からの観光客の皆さんとお話してるだけであっという間に1日が過ぎていきます。街はすっかりクリスマス・モードで私が住んでいる街もダウンタウンの辺りはとても素敵なイルミネーションで飾られています。いろんな色に輝いているライトはたくさんあると息を呑むほど幻想的です。アメリカ人のクリスマスに対する意気込み・・・・イルミネーションはもちろんプレゼント購入、そのラッピングには壮絶なものを感じます。はじめてのブログはここまでにしておきます。また次回、ルームメイト、仕事、就労ビザのことなど書いていきますね。
December 10, 2005
アリゾナのセドナにインターンシップで活躍されているインターン生の奮闘記がはじまります。笑いあり、涙あり、、、、。アリゾナライフをお届けします。インターンシップから、就労ビザのH-1Bなどの切り替えプロセスなど、いろいろ現地でのご様子をお伝えいただけます。お楽しみにしててください。
December 6, 2005
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