きょうのお休みは
天気も良かったので海に行った。
はたちを過ぎたら
自分の人生なんか自分の責任だ。さまざまな生活上の選択肢のひとつひとつを自分が選んでいく結果がその者の人生なのだから。
病気だろうと障害だろうとキチガイだろうとなんだろうと、ひとは生きたいようにしか生きられない。その果てに破綻しようがくたばろうが本人の勝手である。
私は自分自身の過去の選択を逐一ふりかえって、まさしく自分は自分が生きたいように生きてきたのだと思っている。だから後悔なんかないし、親がどうのなんて話のネタふりぐらいには口にするけど、親どもと私の人生は本質的には無関係だといまは確信している。
でも
10代の頃の自分を振り返ると、刺すような切なさがいまだに胸をよぎる。その感触は昔に比べればずいぶん鈍くなったけれども。
ミドルティーンの子たちが生きることと死ぬことについてひたむきに考え続けている姿を見ると、「くるしい」と息をつくさまを見ると、かなしくなる。
でも
自分なんか死んでもどうってことない、という感覚は、私の場合は30を過ぎてから生まれたものだった。殊に、30代後半から42で新潟に来るまで。
私を救ったのは、やはり新潟での3年半の同棲生活だった。それは同時に私の心を殺しもしたのだけど。未来がもうみえない、と何度も思った。
でも、未来は来た。それは、潮がよせてくるようにいつの間にか自分の身をとらえ、沖へ運んでいく。その波の流れに乗るか巻き込まれて沈むか。。。
生きるということは流れの様子を知って流れに乗るということ以外のことではないのかも知れない。
私は
死や生について思いあぐねている子たちのそばにいるのがすきだ。そういう問いを生きてしまっている人間が自分ひとりではないという安心感と、まだ子供ではないか、という痛々しさが私の心を惹き寄せるのだ。
蝋燭(ろうそく)の焔が、吹き消されようとするときほど大きく身をよじるように燃え立つさまを見ているようだ。
命の焔は、それでも燃える。それが消えるときがいつなのかは、誰にも分からない。
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