2013.02.15
XML
カテゴリ: 極真空手
 私の魂を揺さぶるもう一人の人。三浦雄一郎氏。

 私の知る限りでは、三浦氏は物心付いた時からスキーを始め、大学時代はオリンピックの代表候補になる位の実力を身に付けていたが、代表選考会のレースで、審判か選考会か定かでないがクレームを付け、それが元で日本スキー連盟を永久追放になってしまった。

 オリンピックという究極の目標を失ってしまった三浦氏は、生きていく為に、日本で初めてと言って良い、プロスキーヤー兼冒険家となり、モンブランか何処かの山で、直滑降で当時の世界記録を打ち立て、また、富士山の頂上からパラシュートを付けての直滑降を行うなど、命懸けて生き抜いてきた。

 そして、北海道に三浦スキー教室か学校か定かでないが、その事業も軌道に乗り、気が付いたら60代半ばになっていた。三浦氏によれば、その頃は毎日ビールとジンギスカンを食べ、不摂生を絵に描いた様な生活をしていたとの事。

 その頃、氏の父である三浦敬三氏は、90才をゆうに超えてしかも、現役のプロスキーヤーであった。そして、息子の三浦豪太氏は、オリンピックの日本代表のスキーヤーであった。三浦氏本人は、名刺にはプロスキーヤー・冒険家と書いてあるが、体はブヨブヨブクブク。このまま死んだら、俺は何の為に今迄生きてきたのか、意味が無くなると思い、一念発起して、未だ一度も登った事の無い、エベレスト登頂を決意したそうである。その時たしか、65才。

 トレーニングの始めに、近くの標高500m位の藻岩山に登ったら、途中で子供達や女性に追い抜かれ、自分の体力が想像以上に落ちている事を思い知らされたそうである。それから、本当の挑戦は始まったそうである。

 そして70才でエベレストに登頂成功、更に75才でも成功。そして今年80才で、三度目の登頂に挑む。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013.02.15 08:45:47


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: