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書店で表紙のイラストを見て、アレ!!コレ!?手に取って確かめて、おぉー! 南田さんー!!某ジャンルですっかりファンになってた絵師さんの、商業での挿絵に大喜び♪鳩村さんの新刊文庫をまじまじ見ながら、すぐ近くには同じく鳩村さんの新刊ノベルス。こちらがまた、シックな色合いで、小山田さんのイラストにもそそられる♪もちろん、双方とも連れ帰った。文庫は、一回り違う、年の差もの。趣味の集まりで出会った年上の男に興味を持ち、知れば知るほど相手に惹かれ、手に入れるべくアクションを仕掛けた年下が、相手から思い切り蹴手繰りを食らう。年下は、出来る男で、自覚も自信もあり、同時に努力も惜しまない。まだ、人間が出来上がる以前の、多少引っ掛かる処もあるものの、年上に巧い具合に転がされて、これからが愉しみな30歳。年上は、人格的にも社会人的にも優れた、穏やかな40代。ところが、秘められていた資質が、年下のアプローチにより目覚め、今後は恋に情熱的な魅惑のナイスミドルに、化けるかも。つまり、表題の姫は年上の方で、その覚醒がとても魅力的だった。年下の方も、下手な意地を張らず、恋に戸惑う可愛さがあった。二人とも、どこか恋に初々しい…脳内音声が、佐藤拓也くんと興津さんで変換されたのも、愉しかった~♪ノベルスは、角突き合いから始まる恋。不本意な職場で燻りそうなシェフと、有能な雑誌編集者が出会い、仕事というものと改めて向き合い、同時に改めて相手を認識していく。鳩村さんといえば、「仕事もの」。二人の仕事ぶり、また周囲の仕事ぶりもしっかり描かれ、やっぱり男は、仕事が出来てこそ!な魅力が表れている。二人で料理をするシーンがあるのだけど、たとえば他作品にみられる料理シーン(求愛給餌的な甘やかしいムード…とか)とはちょっと違って、そんなところにも「仕事」な感覚が漂うところが、この二人の面白さだった。先の作品も同様なのだけれど、男たちの立つ姿勢を感じられるのが、鳩村さんの「仕事もの」の魅力だと、改めて思った。こちらの脳内変換は、川原さんと新垣さんで~♪ 『白雪姫の目覚め』 ショコラ文庫 2015年6月 鳩村 衣杏 * 南田 チュン 『好き嫌いはイケません』 CROSS NOVELS 2015年6月 鳩村 衣杏 * 小山田 あみ
June 19, 2015
前作から5年後の続編と、ノベルズから6年後の文庫化。前作が大好きだから、待望の続編に大喜び♪シアワセな共住み生活が、他所の新婚さんとはちょっと違う味わいなのも、この二人ならではなのだけど、まさかあの未亡人が思春期に逆戻りとは!でも、それをしっかり受け止める男は、すっかり人間が深く大きくなっている。が! そこへ嵐が吹き込むのは、お約束。でも、この二人に幸福以外の結末があろうはずがないと、もう読者は知ってるから、悠然と騒動を見守る愉しさがある。だから、余計思ってしまうのだけど…これを、平川くんとナリケンさんがどう演じるだろう、と。溢れる恋心や、人妻の色香や、滾る嫉妬や…伊達な男振りや、やがて芽生える父性や、万感篭る嗚咽や…きっと、主人公と妹と義妹との、‘三姉妹’による主婦の会話、平川くん、なんの違和感もないだろうなぁ♪片や、ノベルズは未読で、今回が初読み。個人的な本音だが、文庫化でイラストが変り、正解だったと思う。「所謂、記憶喪失もの」と、やはり常套的にも、あるいは短絡的にも分類してしまうが、「失った記憶の回復」ではなく、「失った記憶を知らされる」事がポイントで、全て解決せぬまま物語が終わる事が、多くの記憶喪失ものとは異なる。鳩村さんらしい、極さりげない日常の丁寧な描写があるからこそ、数ヶ月の間に積み重ねた日々が、ささやかだが確かに二人の歴史と印象付けられ、だから、その喪失が、こちらの胸にも深く迫る。失われた記憶に対する主人公の選択に、相手を想う心の強さを思う。一般的に祝福されない関係だから、迷い悩んだ末に、それでも主人公は潔く恋に賭けた。強い想いは真っ直ぐに相手へ届き、他者から知らされた一般的には信じ難い自分自身に、困惑と疑心に苛まれた末、それでも逃げずに向き合う事を決心させた。だから、どういう未来であれ、まず二人で歩き出す事を選んだ彼らの行く先が、幸福であるよう願わずにいられない… 『ドアをロックするのは君』 2012年8月 シャレード文庫 鳩村 衣杏 * 佐々木 久美子 『リフレイン~君の心を眠らせないで~』 2012年9月 ガッシュ文庫 鳩村 衣杏 * 小椋 ムク
November 10, 2012
社長命令の、未来の婿教育は、マイフェアレディのちリバ…鳩村作品らしく、働く男の意図絡みな、恋物語。社長の追憶の恋が発端となり、一人の青年を成長させ、教育係だった部長を変貌させる。社長の夢の婿は実現しなかったものの、有能な社員を存分に活用して、社を発展させる。社長、大勝利!もちろん物語の主軸は、部長の手取り足取りによる、年下青年の開花…なのだが、むしろ、年下の無垢な純情に絆され、初モノ酔いに苛まれる部長…が、ツボだった。何しろ、年下青年は一途に真っ直ぐに、部長にぞっこんLOVE!!!で、その上、純朴素直が過ぎて、弩ストレート一本勝負!!!で、しかも、大型ワンコな乙女。それが個人的にはちょっと、過ぎたるは何とか気味でもあったのだけど…天然無垢な大型乙女に、男としても社会人としても十分経験を積んだ有能な男が、どんどん墜ちていく、恋とは何と侭ならないものだろう…表面上は落ち着いた大人でありながら、その心の内は、時期外れの嵐に揺さぶられて、そんな人間らしい無様さが、とても愛おしかった。そして、何より、そんな内面はどうあれ、きっちり責任ある仕事をして結果を出す、有能なサラリーマンの姿こそが、爽快だった。鳩村さんらしい、働く男たちへのエールが物語のそこここから感じられたのも、サラリーマンの端くれとして、嬉しい事だった。脇がまた、魅力的♪まず、発端の社長。そして、良きライバル会社の社長。この社長二人が、何とも良い…特に、二人揃ってると、何だか可愛い。そして、バーのママの、恋の後押し。チラリと登場する、隠れオネエ。誰もが、ちゃんと己の仕事をしてのける、大人揃いなのだ。だから、彼らそれぞれに内緒の話がありそうな、そんな想像が愉しくなる。これほどのキャラクター揃い、脳内変換せずにどうする!部長は大川さんに、是非。大型乙女は…この天然無垢さを嫌味なく発揮出来るのは、鉄板、羽多野ワンコ…だけど、ちと昨今、多過ぎなのも否めず…個人的には、前野くんを、えぐえぐ泣かせてみたい。社長’sは、宝亀さんと秋元さんに御出座し戴き、隠れオネエは、檜山さんに。そして、藤子ママは、絶対、一伸さん~ 『部長の男』 2012年4月 GUSH文庫 鳩村 依杏 * 佐々木 久美子
June 4, 2012
鳩村衣杏さんの、『愛の言葉を覚えているかい』を読みました。約束って、大事です…忘れちゃうと、やっぱり災難にあいます…下町の江戸前穴子焼き店の若旦那は、活きが良くて男っぷりも良くて、商店街でも知られた存在です。ところが、家業では親父さんに頭が上らず、もちろん母親にも姉さんにも頭は上らず、まだまだ半人前な自分にちょっぴりクサってみたり。それというのも、幼馴染で子供の頃はいじめっ子から守ってやっていた存在が、今や美貌と知性で人気のアナウンサーになっていて、何かと意識させられてしまうのです。そんなある日、若旦那は幼馴染に押し倒されるハメに陥ります…若旦那的には、「口は災いの元」なんですが、反面、アナウンサーの、「先んずれば人を制す」っぽいお話…と言ってしまうと、アナウンサーが気の毒か…気のいい単純明快な若旦那に思い入れるか、クールな顔して執着心は並外れてるアナウンサーに思い入れるかで、物語の味わいは変ってくるかと思います。実のところ、単純明快で皐月の鯉の吹流しみたいな、いかにも庶民らしい若旦那の、情にほだされた挙句、ま、それでも良いか~シアワセだから♪なトコロが、私は可愛いと思うんですけど…そう書くと、何だか若旦那、流されオトコみたいだ…アナウンサーの、純愛なのですよ。それも、5歳で出逢って恋に落ちて、その初恋を20年じっとプラトニックに貫いて、夢は穴子屋の婿入りという。ただ、それがあまりにも知能犯的で、用意周到で、間違いなく涙ぐましい健気さもあるんだけど…そればっかじゃない黒い尻尾もチラチラします。まぁ、毎日毎日飽きる事なく、若旦那の焼く穴子を食べ続けられるのは、間違いなく愛なんだけどね…テンポ良く、ライトな口当たりも心地良い、楽しいお話です。人の情が当り前にふれあう商店街を舞台に、鳩村さんらしく働く男の魅力もふんだんな、幼馴染の恋の成就でした。大切な存在から恋を告白されて、それを心身ともに受け入れる事にさほどの躊躇がない事は、いかにもBL的なのですが、だからといってすっかり‘恋人関係’に化してしまうのとは異なり、それまでの‘友情’も育まれている関係が良いなぁと思います。若旦那には、子供の頃から間違いなく相手に対する‘情’があるわけで、ただ、それは相手が恋を告げねば、一生‘友情’の範疇を超える事はなかったでしょう。それは、アナウンサーにしてみれば、どんなに苦しかった事か…よくぞ20年耐えたものです。でも、アナウンサーにも、相手に対する揺らぐ事のない‘情’があったわけで、だから約束の日まで無理やり自分の感情を押し付けなかったわけです。2人の‘情’が、その根源として確かな存在なので、流されたような、強引なような関係の変化に軽々しいものは実はないのです…若旦那は、幼馴染の体当たりの恋心を受け止めて、今徐々に情を恋情に育んでいるところです。男のプライドもチラチラするものの、相手の想いの深さを十分判っているので、潔く負ける事も知っています。幼馴染が、ただひたすら自分を想い続けてくれた年月の重さを噛み締めつつ、自分もその境地に至ろうとしている覚悟も清々しい…でも、やっぱりちょっと可笑しいというのが、この物語の魅力だと思います。実のところアナウンサーは、攻守逆転の日を心待ちにしているような気がします…ところで、江戸前の穴子焼き。諸般の事情から、今は主に播磨灘産の穴子を使用とは、さもありなん…致し方なし…でも、やっぱり江戸前なんだから、羽田沖が良いなぁ… 『愛の言葉を覚えているかい』 2008年7月 ガッシュ文庫 鳩村 衣杏 * 小山田 あみ
August 21, 2008
鳩村衣杏さんの、『天女の眠る庭』を読みました。主人公たちが、日英混血の日本画家と明治から続く個人病院の四代目という、少々派手めな設定なのですが、実際はしっとりとした風情の綺麗な物語でした。医師は、幼い時から感受性が繊細で、更に高校時代のある出来事によって、感情表現がとても不得手な青年です。ご近所からの紹介で出逢う事になった画家は、その最初から医師への興味を隠さず、そして、不本意ながらも医師はモデルとして画家のアトリエに通う事になります。画家は、相手を挑発するようにして臆病な感情を外へ促し、医師も、相手に惹かれている事を自覚します。新しい恋は、過去への後ろめたさももたらすのですが、過去に囚われ過去の二の舞になる事への恐怖に苛まれた医師は、自分から画家を欲するのでした…物語前半の「天女の衣の盗み方」は医師の視点で、彼の繊細ゆえに上手く表現できない不器用さと、過去への悔恨と現在への希求に迷う様子が綴られます。後半の「天女の眠る庭」は画家の視点で、医師に対する愛情と、画業に対する熱とプライド、そして生家との関りが綴られます。幼い頃母に聞いた日本の昔話に感じた憧れを今も持ち続け、そして日本の美大で日本画を専した英国国籍の青年と、茶道を嗜み、代々続いた病院を継いで町の住人たちから信頼を寄せられている美貌の若先生という設定だけでも、どこかセピア色めいた近世ものの匂いを感じさせるのですが、実際二人とも、決して現代風に洗練された生き方はしていません。どこか子供めいた繊細で純粋なものを残しており、真摯で頑ななところを持ち合せている、ちょっとクラシカルな風情は、私にはとても好もしいものでした。二人の母親たちが、なかなか良い存在です。画家の亡母は、裕福な英国人に嫁いだものの、やはり異邦人という扱いは免れず、実家とも半ば勘当のような状態だったようで、だから一族から浮いた存在だった息子を唯一理解し続けた人でした。母親は、おそらく自分が感じていたであろう疎外感や孤独感をそのまま息子へ植え付ける事を厭い、その豊かな感受性を更に大きく育み、夢を持ち続けられる才能を信じたのです。だから画家には、物事を大きく感じられる心が備わっています。お絵かき教室で、一人何も描かずに提出した少女の心を「正直」と断じた件は、とても感慨深く読みました。ただ一人、真っ白い画用紙を提出した生徒がいたら、教師は両親を呼びつけて、そして三者は何か問題があるのではないかと危惧し困惑するばかりでしょう(それは、医師が少年期に経験した事でした)。ところが画家は、「ここには、彼女の言いたいことが詰まってる」と言うのです。「彼女は黙っている。でも、言いたいことがないわけじゃない。言いたいこと、感じたことは山のようにある……それを伝えようとしている」と、画家は少女の心を瞬時に読み取ってみせました。こういう大人に出逢えた子供は、本当に幸せです。大概が、子供の心を推し量れず潰してしまう結果が殆どなのだから。そういう子供が大人になって、自分の事だけしか考えられず、ましてや他人の心まで解ろうはずがないのです。そういう心を持っていた男だったからこそ、医師が頑なに封印していた感情を蘇らせ、言うに言えずにいた思いをようやく顕わにさせる事ができたのでした。医師と画家を出逢わせ、キューピッドの役割を果たした母親は、実は医師とは生さぬ仲です。幼い頃に実母を亡くし、新しく母となった人との接し方に躊躇があった医師は多少ぎこちない息子振りなのですが、母親はあっけらかんと明るく振舞っています。他者から見れば、その距離感も好もしく映るもので、やがて医師の心がほどけると真の親子以上の良い関係を感じさせます。茶道師範の姑と二人の男の子のいる個人病院に、後添いとして入った彼女に戸惑いや不安や惧れがなかったとは思えないのですが、そんな自分の負の気持ちを家族に伝染させる事なく、明るく陽気に気負わず家族の一員になっていったのでしょう。そして夫に先立たれ、つまり義理の息子の代になった今も、一家の主婦として確たる存在になっています。自分の心を上手く表現できなかった医師でしたが、無意識のうちに母親の陽気さに救われ、現在の家長としての立場を支えてもらっていた事を、心を開放する術を知った今、改めて実感したのではないかと思います。そして、これは想像なのですが、画家が賞を得た絵を彼女が見た時、おそらく全てを察するのではないかと思うのです。相変わらずそれまでとは何ら変らない様子で接しながら、実はもう一人息子が増えたと喜んでいるのではないかと。恋に不慣れな医師は、恋人として懸命になるあまり迷走もするのですが、自分が誠実に画家と相対する為には在るがままで良い事を知ります。そんな繊細な恋人を、画家は大きく豊かに愛していく事でしょう。そして描かれ続けるであろう天女は、二人の至福そのものなんだろうと感じました… 『天女の眠る庭』 2008年1月 リンクスロマンス 鳩村 衣杏 * 朝南 かつみ
February 15, 2008
鳩村衣杏さんの、『秘書の嗜み』を読みました。通算20冊目となったこの作品も、鳩村さんらしく仕事に真摯で日常を大切に生きている主人公たちの物語となっていました…社長秘書である主人公は、己に厳しく真摯な仕事振りで、クールな印象の美貌も相まって‘氷の秘書’と異名をとっていました。些か過ぎるほどの献身的で完璧な秘書に徹している主人公が、少々不得手としていたのは‘合コン王’の異名をとる広報部の青年でした。ある日、自宅から極近いマンションでボヤ騒ぎがあり、様子を見に駆けつけた主人公は、そこで広報部の青年と出くわします。彼はそのマンションの住人で、ボヤのとばっちりを受けて暫く自室に住めない状況に陥っていました。そこで主人公は、青年を自宅に泊め、改めて彼の人となりを知る事になります。月曜の朝、いつも通り社長の出社に備えエレベーターホールに待機していた主人公の前に、社長と広報部の青年が現れました。実は青年は社長の甥であり、そして部屋の補修が済むまで彼を主人公の自宅に居候させて欲しいと、社長直々に依頼されてしまいます。そして、‘氷の秘書’と‘合コン王’の同棲生活が始まりました…と、書くと、ナンパ男がせっせとクール・ビューティを口説きまくる、軽佻浮薄な年下攻め物語という印象を受けます…実際、裏表紙のあらすじからは、そうとしか思えません。ところが、そこは鳩村作品なので、先ずしっかり仕事をする姿が描かれているので、むしろ真摯な男たちの心優しい恋物語になっています。奈良千春さんの、実に美麗なイラストも嬉しく…手料理に舌鼓を打たれ満更でもない表情の眼鏡美人とか、Yシャツにネクタイしてエプロンをつけた眼鏡美人とか…たっぷり愉しませて戴きました…広報部の青年は、如何にもナンパ男の風で登場するのですが、その印象は物語の進行に合わせどんどん上昇していきます。主人公は過去の失敗に今も深く悔やんでおり、その事で自縛してしまっている事に気付いた青年が、幼少期のささいな失敗談から始まり、自分の過去の失敗を手紙という形で次々披露してみせたあたり、やるなー!と感心してしまいました。そんな回りくどい方法をしてみせた理由に、ちゃんと主人公が気付いているのも良いなぁと思いました。主人公は、つまらぬ強情や意地を張るタイプではなく、とても素直なのです…主人公の過去の失敗は案の定仕組まれた事で、でも仕組んだ人間も疵付き後悔に苛まれていました。そして主人公が窮地に陥った時、最善の形で事態は解決するのですが、仕組んだ人間も過ちから逃げる事なく、全てを明らかにしてくれました。実は、過ちを雪ぐきっかけを作り出したのは、青年でした。彼は、主人公の人柄を知り、惹かれるにつれ、その人となりを強く信じたからこそ、ゴシップ記事に迷う事なくこの結果を得る事が出来ました。世の中が当り前のように屈折している昨今、理想的過ぎる結果ではあるのですが、人の良心というものや、人を信じるという事を、さりげなく考えさせてくれます…この物語の登場人物たちは、真面目に仕事をし、さりげなく優しくて、ちょっと可愛くて、気持ちの良い人間ばかりです。何といっても、主人公が仕える社長の可愛らしさときたら! ちょっとミーハーで好奇心旺盛な64歳は、ゲームで夜更かししちゃったり、秘書嬢のピンクの頬っぺたに目尻を下げてみたり、甥っ子の頼みを叶える為に越後の縮緬問屋のご隠居風に迫ってみたり…これが、まったくいやったらしくならないあたり、なかなかな人物です。主人公の誕生日のサプライズは、とてもステキなエピソードでした。秘書嬢たちを、黒縁眼鏡にひっつめ髪に結わせ、白いブラウスに黒いタイトスカートに黒いヒールと、いかにも秘書らしい‘コスプレ’(衣裳代は社長提供)をさせて悦に入ってる社長もステキだし、その社長の提案を受け入れてコスプレしている秘書嬢たちもステキです(社長の意向を汲んで、その日は終日その姿を彼女たちはサービスしました)。サプライズ誕生祝いの発案者は、言うまでもなく青年です。しかも、準備に奔走して当日は姿を現さないあたり、影に徹底して見事なもので…惚れずにはおれません…主人公と青年の恋はもちろん大団円を迎え、今や昼は社長秘書と社長の関係で、夜は恋人同士であり、そして週末は年上妻と年下夫となりました。世話焼きの姉さん女房は、ナンパな風を残す新社長に結構ヤキモキもするんでしょうけれど、その実このやんちゃ亭主はなかなか凛々しい男なので、甘やかされるのは秘書の方じゃないかと想像を愉しんでしまいました… 『秘書の嗜み』 2007年7月 ビーボーイノベルズ 鳩村 衣杏 * 奈良 千春
July 19, 2007
鳩村衣杏さんの、『王様は美男がお好き』を読みました。人間的には天然で未完成で不思議くんな王様が、もう可愛くて可愛くて堪りませんでした…商社の優秀な営業マンだった主人公は、夢を捨て切れず憧れの玩具メーカーに転職します。希望に満ちた初出社の朝、主人公は公園で再スタートの喜びに浸っていると、ふと、自分を見つめる青年に気付きました。すると、青年は近寄ってきて、主人公に向ってこんなお願いをしたのです。「身体、見せてもらえませんか?」…涼やかで静謐な美貌ながら、その実ケンカっ早くサバサバした気性の主人公と、天才的なプラモデル設計士ながら、その実一般的な常識や情緒や観念が些かズレている青年の、可笑しくて可愛い恋物語です。結果的には、不思議くんがキレイなおにいさんに一目惚れして、すったもんだの末に、しっかり者の姉さん女房を娶る話なのですが、物語の背景であるプラモデル業界に関する部分も興味深く、また二人の育った境遇など考えさせられる部分も多い作品になっています…主人公は、父親を早くに亡くしているのですが、その父との大切な思い出にプラモデルが関っています。だから人が羨む有名商社の仕事を辞め、念願の玩具メーカーに再就職するのですが、一から仕事を学ぼうとする姿勢が活き活きとして、とても清々しいのです。また彼の直属の上司である販売事業部次長や、玩具メーカーの心臓部である模型部の次長兼チーフ・デザイナーの、仕事に対する熱心で真摯な様子、部下に対する厳しくも親身な指導の様子など、仕事場の環境も気持ちの良いもので、サラリーマンとして実に羨ましかったです。そして個人的には、この同期入社の次長同士に、ちょっと妄想を愉しんでしまいました…そんな中にあって、プラモ設計士は異質な存在です。卓越した技術は内外から‘キング’と称えられているものの、その賞賛を受け入れられない心情があったのです。本来なら恵まれた才能を活かし晴れ晴れとした生き方が出来るはずなのに、むしろその才能ゆえに不幸な子供時代をおくる事になり、自分の才能を確信する事もなく、仕事に対して熱心ではあるものの自信は持てず、他人との意思の齟齬にまず諦める事を覚え、淡々と生きてきてしまったのでした。そんな青年が主人公のまず形としての美しさに一目惚れして、殴られても罵られても執着し続けた事は、彼にとってそれはそれは大きな変化だったのです…そんなシリアスな背景はあるものの、彼らの恋物語はかなり滑稽です。とにかく、初対面で裸を見たいと言われ、削る必要の無い完璧なアウトラインだと言われたら…自意識過剰な人間ならともかく、普通の人間は引きまくるのが当然です。その挙句、いきなり「恋人になってください」と言われ、その真意が「恋人になれば、身体見せてもらえるかなと思って」と、極真面目に答えられてしまった日には…売り言葉に買い言葉と言うには、妙にフカフカというかスカスカというようなやり取りの後、「心を取り出して見せろよ!」「嫌いだっていう証拠を取り出して見せてください」と言い合ってるあたり、もう既に主人公は設計士の拘る‘形’という観念に慣れ始めています…設計士が取り出して見せた‘好きな気持ちの形’は、‘卵’でした。卵に仮託して語った、完璧な美の象徴であり、脆さや繊細さを持ちながら強くもあるその魅力とは、すなわち造形師が想う主人公の美しさなのです。そして、その大切な美しい形が壊れないように、設計士は生卵ではなく茹で卵にして持ってきたのでした…初め読んだ時は、ナニやらお間抜けというか、ギャグ以外のナニモノでもないとしか感じられなかったのですが、後から設計士を知れば知るほど、実は彼の本心そのものの素直な表現だったのだなぁと、しみじみ感じてしまいました。物語全編を読み終えると、設計士の風変わりな愛らしさに、すっかり絆されてしまうのです。作為も思惑も打算も何も無い、天然モノの魅力って事でしょうか…主人公も設計士も仕事熱心で、そんなお互いが真面目に取り組んでいる姿に、それぞれの本当の姿を感じないわけがありません。やがて主人公は、設計士の可愛らしさに気付き、恋を自覚するようになります。まぁ、ラブラブとなっても、設計士とは意思の疎通やら表現の仕方でしょっちゅうケンカするハメにはなるのですが、そのやりとりが設計士を人間として成長させているので、あとは姉さん女房の躾次第というトコロでしょう。まぁ、技術が進歩して、設計士の願いが叶ってクローンだかレプリカントだかナニやら出来上がってしまうと、主人公の苦労が二倍三倍になるのかもしれないけど。設計士の夢の楽園は、主人公の為には成就しない方が良いのか…それとも、未知なる愉悦の園への誘惑か…設計士の大切な‘茹で卵’は、主人公が一口で食べてしまいました。完璧な美しさはブサイクになってしまったけど、設計士は本当の想いを実感しました。卵を破壊して「嫌いな気持ち」を表したつもりだったけど、主人公は想いの種を呑み込んでいました。大切な卵はちゃんと孵化して、二人の間で育っている途中です… 『王様は美男がお好き』 2007年6月 ガッシュ文庫 鳩村 衣杏 * かすみ 涼和
July 6, 2007
鳩村衣杏さんの『ドアをノックするのは誰?』を読みました。変るという事が、とっても爽快だった作品でした。主人公は33歳のサラリーマンで、上司からも部下からも信頼が厚く、様々な相談を持ち掛けられては親身になって時に優しく時に厳しく対応し、‘人事の弥勒菩薩’と呼ばれています。家庭では、早くに両親を失ってから年の離れた弟と妹の親代りを懸命に努め、家事全般完璧にこなしています。成人した弟と妹が独立して、ぽっかり空いた時間を埋める為、母校の社会人向け講座を受講した折に、41歳の助教授と出逢います。なかなかな遊び人である助教授は、主人公に惹かれ早々に口説きます。主人公はあっさり承諾し、自宅に招き手料理でもてなし、そして関係を持ちます。主人公の健気さや純粋さに、すっかり本気になった助教授は真剣な告白をし、主人公は彼の世話がしたいと同居を申し出ます。幸せな同棲生活を過ごすうち、いつしか助教授はささやかな違和感を感じるようになります。その己の中に芽生えてしまった疑惑を、かねてから主人公に想いを寄せていた青年から指摘され、否応無く助教授は確信してしまいました。あれほど献身的に尽くしてくれているのに、でも彼は自分に恋をしていないと…悪友が、惚気まじりに愚痴った助教授に対し、主人公を称して‘気丈な未亡人’と言ったのが、もう相応し過ぎて大笑いしてしまいました。素晴らしい手料理の上げ膳据え膳、掃除・洗濯・風呂の仕度・その他諸々生活全般至れり尽くせり、そして夜のベッドでは悪魔にも天使にもお望みのまま。理想の同棲生活です。ところが、いきなり乗り込んできた元セフレにも慌てず騒がず、むしろ浮気は男の甲斐性とばかり薦めてみたり、我が侭どころか甘えた事も一切言わず、デートに誘えば助教授の亡母の墓参りを申し出る始末。それまで身体優先の関係ばかりだった助教授は、この年になって初めて真剣な恋をしている為、相手に対しても繊細な感情が働くようで、主人公が‘恋人’ではなく‘細君’と化している事に疑問を感じ、つい悪友に愚痴ってしまったのです(さすがに悪友にも、相手は男だとまでは言えませんでした)。で、その挙句「お前はMっ気があるから、しっかりした年上の女と身を固めたら上手くいくんじゃないか」とまで言われ、つい目の前に浮かんできた‘良妻賢母’という言葉に戦いたりしています。この助教授と悪友の会話がまたおかしくて、初めのうちは浮かれた事を言って、数年経てば女房に家政婦で看護婦な部分ばかり要求するクセに、男って勝手なもんです。ま、そんなこんなを大人のコメディーだと笑えるあたり、私が身軽な立場だからかもしれませんけど…真剣に相手を想い、そして相手も自分を受け入れてくれているのに、でもそれには相手の心が伴っていなかった事に気付いてしまったら、どんなに苦しく哀しい事か…寄り添ったベッドの上で、どうしても助教授は聞かずにはおれませんでした。「君は……俺を好きか?」その、他者からすれば陳腐ともいえる問いに、主人公は咄嗟に答えられませんでした。質問の意味が判らず、更に重ねて自分の気持ちを問われて、こう答える事しか出来ませんでした。「あの……考えた事がありません」助教授が如何に愕然としたか、想像するのも痛ましい…それでも、主人公の心を‘無償の愛’だと思おうとする彼は、以前の遊び人だった男とは、あきらかに変っていました。己の真剣な恋心に対し、相手の恋心を真剣に欲した助教授は、主人公の前から身を引く事しか出来なくなっていました。助教授に去られ、妹に続き弟までもが家庭を持とうとしている事を知った主人公は、今や一人ぽっちでした。孤独に苛まれ、如何に自分が弟妹に縋っていたかを知り、その空虚を如何に助教授に埋められていたかを知り、そしてようやく自分の本当の心を思い知るのでした。誰も居なくなった家に独りとなった主人公の、寂寞とした心が真に欲したのは、助教授の存在に外なりません。主人公は、押し殺し続けてきた自分自身をようやく許し、心のまま助教授の元へ奔るのでした。物語の前半は、ちぐはぐな二人の様子がいちいちおかしくて笑って読んでいたのですが、それぞれが自分の気持ちに気付いてからは、切なくて哀しくてなりませんでした。年齢的にも決して若くは無い、30台と40台の真剣な恋物語は、ちょっとコメディー・テイストの、笑わせてくれてそして泣かせてくれるこの形が、とっても相応しく味わい深いものがありました。恋が成就して、すっかり目覚めてしまった主人公は、かつての‘気丈な未亡人’から‘ヤキモチ焼きの新妻’に生まれ変わりました。今やしっかり助教授をお尻に敷いてしまっているのですが、すっかり手綱を握られてしまったご亭主もその境遇に満更でもなく、どこまでも幸せな二人になっています。物語を彩る佐々木久美子さんの挿絵がまたとても素敵で、数多い佐々木さんのお仕事の中でも出色かと思います。また、個人的な愉しみというか悪癖というか…つい、鈴木千尋さんと小杉十郎太さんに脳内変換してしまい、一条和矢さんや鳥海浩輔さんの声までしてきて、そんなトコロもとっても愉しかったです。読後感がこんなに爽快で、幸せな作品もそうは無いので、読む事が出来て本当に嬉しい一冊でした… 『ドアをノックするのは誰?』 2007年3月 シャレード文庫 鳩村 衣杏 * 佐々木 久美子
April 11, 2007
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