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先週も同じようなタイトルだなあ・・・・。今週は毎日、朝が起きられなくて、目ざましや携帯のアラームがやたらに繰り返しなっていました。火曜日の夜、消防車の音がして なんだか近くに止まったような気がしたのですが雨も降っていたし、結構、火事の多い町なのでほおっておいたらしばらくしてまた近くに止まった気がしたので外へ出てみると、なんと5件となりのお宅の窓から赤い炎が!!!その時はまだ、ご近所の方々も気が付いていなくて。ご近所に知らせて、でも、何もすることができなくて。(全焼でしたが、ご家族はみな早目に避難して無事でした。)気がついたら みなさん傘を手に手に心配そうに集まっていましたがどの人もみなご夫婦ならんで立っていて・・・・。うちの団地は古いのでみなさん、私より年上で小学生のいるうちなどなく、小さなお孫さんの声が聞こえるような静かなお宅ばかりなのですが、よく考えると、ひとり身なのは私だけなんだ・・・・。そんなことに、ふと気がついたりして、すごく心細くなりました。火事になった家の隣のお宅は、「何かお手伝いしましょうか?」といったのですが、とても、落ち着いておられて、家の外壁に水を掛けておられました。現代の家は外壁が火にとても強いのですね。火事になったお宅も、外壁はまったく焼けず、そのまま今もおうちが立っています。だから、家から火が外へでにくいし、隣の家も火の粉が当たっても 燃え移りにくいのですね。それにくらべて、我が家は完全な木造なので隣が火事になったとき、火の粉がかかるとすぐ燃えてしまうんじゃないかなあ・・。万が一我が家から火が出たとしても、外壁が焼けおち、家は崩れ、両隣りのお宅に簡単に火がうつっていくのではないかなあ・・・。そんなこと、だれとも相談できず、ひとりで考えていました。とりあえず、とっさのときの判断はいつも主人にたよっていましたから、ふだんから大事なものなど整理しておかねば・・・と思っています。(春休みの課題です)ひとりで考えていましたがここに書いて きっと同じ立場の方々が読んでくださってる・・と思うと、ちょっとすっきりして元気が出てきました。みなさん、くれぐれも、火の元に注意しましょう!!!
2008.01.26
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私は子供のころからリンゴが大好き。おやつがわりに皮ごとかじっていました。昔はいまみたいなりっぱなりんごじゃなく、小さくて硬くてすっぱかったような・・。(紅玉?)うちの家族もリンゴはよく食べます。でも、皮をむいで芯をとってあげないと食べない!!主人もそうでした。なんでも皮と身の間がいいていうのにね。それに、皮ごと食べると歯にもいいそうです。私もずっと虫歯知らず。でも、仕事をするようになってから1本できちゃって。それを10年ごとに治療していますが・・。さて、そんなこんなで、食べようと思ってりんごを手にとると、やばい!!ちょっとしなびてる。そんなときは、簡単にこれ。電子レンジでチン!して ジャム作り。前はお鍋で作っていたのですが、今はもっぱらレンジです。ただ、こまめに何回かに分けてやらないと、ジャムとは言えない悲しい姿に・・・・。甘いのが好きな人はチンする前にお砂糖をまぶしておけばいいのですが、わたしはいつもお砂糖を入れません。今日も朝からチンして パンにのっけていただきました。あと2個あるから、ケーキが焼きたいのだけれど・・・・。ちょっと、しんどいので、また、来週・・・・。
2008.01.20
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「あと3日」「あと2日」「今日を乗り切ればなんとかなる」・・・・ずっと、今日をまっていました。やっと、休日です。なんとか、気持ちと体を休めて調子を戻して、来週に備えておかなければ・・・・・。父は今週半ばに腰痛をうったえてから、体中が痛むようになりました。私は毎日1時間はやく仕事を切り上げ、やわらかく煮たうどんや団子汁を運んでいます。はじめはうまいうまいと、うどんなら半玉は食べていて、調子よかったのですが、最近は子供茶碗一杯くらいかな?昨日は校長から校長室に呼ばれなんとか委員会に掛け合って介護時間がとれるようにするから、これからは介護時間でいきなさいといわれました。本当にありがたい限りです。弟からメールがあり、急な転勤でしばらくは病院がのぞけないから。・・・・・とのことでした。実は 弟は 精神的に弱く、抗欝剤を飲みながら働いています。今回の転勤も 弟にはかなりの負担では?と思います。父はそんな弟に対して「情けない」と顔をしかめますが、むかしから 両親にしてみれば心配でならない弟だったようです。わたしは 弟に対するそんな両親の態度によく嫉妬していました。弟にくらべて、わたしなんか、学校選びにしても、就職にしても、結婚にしても「まだ、弟がいるのだから、おまえにはお金が出せない」と、かなりの制限をつけられ、「だめならあきらめろ。」・・・で育てられてきましたから。今でも、父は私に愚痴を言う形で、弟の心配ばかりしています。わたしなんか、ひとり身になって心細いというのに、「おまえは、心配ないが・・・・・」といつも言葉の頭に付けられてしまうしまつです。しっかりしていると思われている子供って 損ですよね。泣き言も言えない。(まっ、年寄りに泣き言言っても、心配かけるだけなので、いう気もありませんが。)先日の日記にコメントで書いてくださったように、今の父には そうして子供たちを心配することが「生きている」ということなのかもしれません。今日は、父の大好きな茶碗蒸しを持っていくつもりなのですが昨日、「あしたは茶碗蒸し持ってくるからね」というと、「それなんだ?」といって、いくら説明しても不思議そうな顔してて、わかってくれなかったので、ちょっと心配なのですが・・・。
2008.01.19
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父が入院してから、なんだか、胸のあたりが痛い。胃かな?と思って、キャベジン飲んでいるんだけれど、治ったかと思うと、また痛む。これは、なんだか胃じゃないみたい。胸?気管?食道?夏に人間ドックには行ってるし・・・・。父の様態が少しずつ、けれど確かに、悪くなっていくのがストレスになっているのかな?無意識に、主人のときと比べてしまう。くらべているうちに、なぜあの時、ああしなかった、こうしていれば・・・と、考え込んでしまう。そんなことが、最近癖になっています。父はだんだん、立つことが難しくなり、トイレも、管を入れることを勧められています。自分で姿勢を保つことができなくて、夕方に見舞うととてもしんどそうな姿勢で「悪いけれど、起こしてくれ・・」といいます。食べ物ものどを通らなくなってきましたが、この3連休は 私が作った父の故郷の郷土料理団子汁ならなんとか食べてくれました。郷土料理って 元気の素なんですね。(そういえば、主人は小さい頃義母さんが作ってくれた パンの耳のカリカリ焼きをよくたべていましたっけ。)今日からまた仕事なのですがなんとか夕食だけは父の食べやすいものを作って持って行きたくて1時間休みを取って家に帰り、きょうはやわらかく煮たうどんを持って行きました。いつまで、たべられるかわかりませんがしばらく1時間休みをとって作っていこうと思います。1時間単位で介護休暇というのもとれるのですが、入院している者は完全介護とみなされ介護の必要を認められないというのです。主人のときは、校長先生が市教委に事情を話して掛け合ってくださり、市教委も県教委に掛け合ってくださって、なんとか介護休暇が取れましたが、こんどはそんなに無理も言えません。昼は義妹が来てくれているはずなのですが今日、父に聞くと「食事がすんだ昼の1時半頃に来て、「忙しい、忙しい」といって 洗濯ものだけ持って帰る。」とのこと。母の時も、病院からの話を私や弟に伝えてくれていなかったこともあったり、やっぱり、実の親じゃないから、ちょっとのんきな感じ・・・。でも、それは仕方ありません。やっぱり、私と弟ができることをがんばってしなくては・・・。「やっぱり、あの腫瘍は悪性の癌じゃったんじゃな。」「いまごろ、悪さし始めたみたいじゃな。」「良くなることがないのなら、もうおまえに苦労かけるのも、申し訳ないな。」父のそんな話を聞いていると、うっかり涙が出そうになるので入れ歯など洗ってるふりして背中向けて ごまかしています。でもね、父さん、死ぬことは怖いことじゃないよ。次の世界で、また、次の暮らしが始まるんだよ。母さんやじいちゃんやばあちゃんやそして、かっちゃん(私の主人)とも一緒に感じあって暮らせるんだよ。そういってあげたいけれど、そんな話はまだできず、今日も、テレビを一緒に見て、総理大臣の心配してあげて朝青竜の心配してあげて明日の天気心配しておまえも、体だけは気をつけろよ・・と私の心配してくれて・・・・・・。この胸の痛みは やっぱり、父のことからきてるのかな。
2008.01.15
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前から気になっていた 文庫本のブックカバーの作り方がネットでゲットできたので作ってみました。父も母も弟もみな几帳面なのにどういうものか私だけが小さい頃から雑なのです。はじめはよかったものの、何個も作っていくうちサイズがいい加減になってきました。でも、ちょっとしたこつがわかるととっても簡単にできましたよ。接着芯をいれるともっとぴたっとしたのができるんじゃないかな?でも、作品を作る前にミシンの糸調子を整えるのに時間がかかりました。調子のいいミシンがほしいなあ・・・・。
2008.01.14
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鏡開きで鏡餅をぜんざいにして食べました。息子が少年団にいたころは、おおきなお鍋であずきを炊いていたのですがむすめとふたりぽっちの鏡開きは横着をして缶詰のあずきで作りました。主人はお酒が何より大好きな人でしたが、甘いものもだいすきでした。・・・・と、何をしても思ってしまう。(こんなに思われて、照れてるでしょう・・)さて、お正月気分もこれで一掃して・・・と思っていたらTVで15日の小正月には小豆粥を食べましょう・・・といっていたのでこんどは、小豆粥たべなくちゃっ♪
2008.01.12
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我が家の七草粥です。なんのことはない七草粥です。それなのに、主人は大好きでした。亡くなった母も、入院中の父も「お前が作ったのが 不思議とおいしいなあ」といってくれていました。いつもは、土鍋でだいていましたが、今夜は娘と二人なので 小さなお鍋で炊きました。さあ、お正月気分も おしまいです。
2008.01.07
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母はまめもちがだいすきでした。ころころおまめにお塩がきいたまめもち。だから、わたしも、まめもちが 大好き。ところが、主人はどうも、豆が苦手。豆、クリ、いも、かぼちゃ・・・・が苦手だったのです。だから、結婚してからは豆もちはあまりわがやには登場しませんでした。ことしは、父の家で過ごしたのでまめもちをよく食べました。いま、母が主人の仏壇にいっしょに入っているので今日は、まめもちをお供えします。「まめはじゃまだ~~~」と言いたい主人も母の前ではだまっているのかな?主人には だいすきなバームクーヘンお供えするからね。さてさて、そろそろおもちにも飽きたころでしょうか?(おもちだいすきな私は1年中たべてもあきませんが・・・。)みなさんは、どんな食べ方をしてるのかな?おいしい食べ方があったらおしえてくださいね。
2008.01.06
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父が入院してほっとしたのか、朝から頭ががんがんします。それでも、夕べ約束していたので、バイトに行く次男にお弁当作るため早起きしました。とりあえず、ごはんをいっぱいつめて、おかずは電子レンジでチン!チン!チン!・・・・で出来上がり!!その後、まだ、頭がふわふわするので、部屋も片付けず、ぼ~っとしています。今日は母の命日です。亡くなって5年経ちました。父が入院したので 母の遺影と過去帳は主人の仏壇に一緒に入れています。仏壇の前に座っていると 何時間でも過ぎてしまいそうなので気分転換にPC開けてます。今日は無理をせず、父のお昼は義妹にまかせて、お墓参りと、父の夕食のお世話だけで、ちょっとゆっくりさせてもらいます。
2008.01.05
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2008年 新しい年が明けました。お正月を迎えるのは無理だといわれていた父でしたが、なんとかお正月の三が日も無事に過ごして今日、また入院しました。父は今年80になるので、紫色のちゃんちゃんこをきて孫たちに囲まれ傘寿のお祝いもできました。わたしは娘と二人で暮れから今日まで父の家で父と一緒に過ごしました。父は、食欲がなくなり、咳がひどくなり、からだは もうこれ以上やせられないくらい細くなりました。それでも、お風呂に入れてあげるととても幸せそうで、ぜんざいや、おさしみを少しですが、おいしいおいしいといって食べてくれました。来週からは私も仕事が本格的に始まるのでどんなふうに見てあげられるのか不安です。でも、先を見て、不安な気持ちにつぶされるのではなく、ほんの少しでも、今できることを、思いを込めてできればいい。何も、不安に思うことはない。いつもいつも、わたしには、主人がぴったり重なってくれているから。いつもいつも、風を感じて主人と対話しながらただ、今、私の立っているこの足元を見つめて生きていこう。風になって、私を生かしてくれる主人に感謝しながら毎日の小さな積み重ねに幸せを感じて生きていこう・・・・。
2008.01.04
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