だいすけの琉球国放浪記

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だいすけ7711

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2011.10.17
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カテゴリ: 那覇市

ここらは明治以前からあり、埋立地ではない。那覇四町とともに「那覇」の一角を築いてきた
歴史がある。

先の大戦で灰燼と化したために昔の面影の全く無い、市役所や県庁に近いことから官公庁の城下町になってしまっている。

僕の手元に1945年に米軍が撮影した航空写真と明治中期の地図・昭和初期の地図の其々のコピーがある。今回は、今の泉崎を歩いて、昔の姿を想像しようと言う企画だ。

その前にこの泉崎。500年前の那覇の想像図においては、浮島と呼ばれた那覇に向かって楚辺の山並みから続く稜線が海に突き出てできたであろう半島になっている。

500nennmae

更に王朝時代は、現在のパレット久茂地からバスターミナルに至る県道の西側が泉崎村で、東側は湧田村と分かれていたのだ。
つまりは泉崎の崎とは、漢字通りに岬のことを指すことになる。

昭和初期の地図をみてみる。隣接の湧田の地名とも連動するが、このあたりは湧水が多い。

故に泉崎の泉も字面通り、湧水を指すに違いない。

泉は、正確には出ぢゅる水ということで「出水」のことだ。たしか鹿児島に同名地名があったはずだ。

ということで、泉崎は湧水豊富な海に突き出た岬という地勢の判りやすい地名なのである。

ちなみに本部に「伊豆味」というところがある。これも漢字こそ当て字で出水の意味だ。
また、大宜味村もまた古くは「うぢみ」とよばれていて、これも「御出水(うじゅみ)」の当て字で大宜味になったのは、七滝などの豊富な水源を見れば明白だ。

参考文献
:地名を歩く・南東地名研究センター
:南島の地名 第二集・同上
:那覇市広報 市民の友 縮刷版1

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Last updated  2011.10.22 14:50:22 コメントを書く


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