マンガ&ゲームな広場

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第二部


森の中、俺は一定の間隔を取りながら女の子の後を着いて行く。もう数分は歩いただろうか。その間、会話らしい会話ゼロ。いや、らしいも何も無く会話ゼロ。
 続く沈黙。聞こえてくるのは俺と女の子の草を踏む音だけ。
「・・・・・」
 俺は前方にいる女の子の様子を眺めた。
 あれから一度も振り返るそぶりなど見せずに、道無き森の中を突き進んでいく。目には見えないが、なんとなく黙って着いて来い、的なオーラが発生されているような気がして話し掛けづらかった。
 何処に向かってるかなんて分からないが、とりあえず着いて行くと言った以上、彼女が何処へ行こうが着いて行くしかない。それにこの女の子が俺を危険なところに連れて行くとは考えがたいし。
 そこで俺は思考を停止し、女の子が避けた枝を同じ様に避けてまるでカルガモの子供のように女の子の後を追った。
 そして思考を停止したらしたで、再び感じ取れる沈黙。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「あの、さ・・・・・」
この沈黙に耐えられなくなった俺は、思い切って今まで疑問に思っていたことを聞いてみる事にする。
「・・・・・・何?」
 女の子は、俺の予想していた声と全く同一の感情の篭ってない声で聞き返してきた。
 当然、振り返ることなどせずに歩きながら、だ。
 予想していたこととはいえ、全く同一であったことに複雑な気持ちを胸に抱きながら、質問を投げかける。
「取り敢えず、ここは何処なんだい?地球じゃないの?」
 女の子は、相変わらず歩き続けながら答える。
「ここは、あなたの居た地球とは別の星。つまりは違う惑星」
「ちがう・・・・・惑星?」
 俺の頭の中で、彼女の言ったことが数回反芻し、俺はその意味を理解しようと、思考をめぐらせる。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇ!」
 そして理解した瞬間、頭は相当の混乱を起こした。
「え、え、ええ!地球以外に人が住んでいる星があるの?」
 後ろから見た女の子の頭が一度下がってからまた上がる。要は頷いたって事だ。
「え、だってそれじゃ・・・・・、君は・・・、宇宙人?」
 俺は思わず背中を向けているにもかかわらず、女の子の方を指差し、聞く。
「・・・貴方達から見たら、そうなるのかな。でも、身体を構成している組織とかなんかは地球人と何ら変わりはないわ。違うのは、この星の人にはたいてい“魔力”が備わっていること」
「ま、りょく・・・・・って、あの魔法を使うために必要な、アレ?」
「そう考えてもらっていいと思う。何もない場所から発火したり、少量の水を増水させたり、この世界にはそんなことが出来る人が存在する」
 淡々とした口調で、女の子は続ける。
「ただ、ほとんどの人に“魔力”は備わっているんだけど、“魔法”を使える人はそんなに多くない。だから、一部の人を除いてはあなた達と全く同じ様なもの。あとは、“人間”と“魔物”の違い」
「ま、魔物って、もしかしてさっきの狼みたいな奴の事?」
 俺の予測に、彼女は首を縦に振る。
「あれは『獣型(ビースト)』の“魔物”。他にも色々種類があるわ。人間と何ら変わりない『人型(ヒューマン)』の“魔物”もいるし」
「へ、へぇ・・・・・・・」
 多少の冷静さを取り戻した俺は、珍しいことを知ったと自覚し、まるでトリビアを知ったかのような声を上げた。
「ちなみに私がそれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
 またもや散々間を置いて、出てきた言葉はそれだった。
「え、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 そして再び驚愕。
 女の子はため息混じりに言う。
「別に驚くことじゃないわよ。この世界には、私みたいな人も数多く存在してるんだから」
「じっ、じゃあ・・・・・・、君は・・・・・、人間じゃ、ない?」
 まだ動揺し続けている俺に向かって、彼女は先程と同じ様に頷く。どうやら彼女の中には横を向くか、振り返って頷くという選択肢は無いらしい。ちなみにこの会話中ですら一回も立ち止まってはいない。
「でも、『人型(ヒューマン)』の“魔物”は、魔力が備わってる人間と変わりないけど」
 と、付け足した。
「・・・・て、ことは、君も“魔力”が備わってるだけで、俺と何ら変わりはないってこと・・・・?」
「そんなこと言ってるけど、貴方にだって“魔力”は備わってるのよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 今度は、“へ”から“は”へとレベルアップ。
「え、は、ええ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 そしてやっぱり驚愕。
 そんな俺に呆れながらも、やはり彼女は足を止めるという選択肢はとらない。
「え、なんで、なんで!?」
 半ば錯乱状態にある俺に、女の子は極めて冷静に答える。
「だって“ゲート”は“魔力”持つ者にしか使えないもの。誰にだって使えるんなら、今頃この世界の正体は世界中に知れ渡っていてもおかしくないと思うけど?」
 彼女は最後に、まぁ、なるべく見つかりにくいところに置いてはいるけど、と付け足した。
 まぁ、確かにそうかもしれないけど・・・・・。
「えーと、地球で“魔力”が備わってる人間はこの世界みたいに大勢いるの?」
「いないわ」
 きっっぱりと、女の子は断言した。しかも超即答。
「さっき言ったでしょ。“魔力”を持って地球人なんてほとんどいないって聞いてるし、いたとしてもこの世界の人が地球に行ってただけだったりすることが多いわ。私も、“魔力”を持った地球人がいるなんて初めて知ったわよ」
「へぇぇ・・・・・・・」
 なんか自分がだんだん珍しい存在だと自覚してきて、俺は興味本意から尋ねてみた。
「どれぐらい珍しいの?」
「貴方達の世界の言葉で例えるなら、現在生存しているイリオモテヤマネコとかいうののさらに半分ぐらい、だと思う」
 うわぁ・・・、そりゃまた、とんでもない・・・・・。
 俺は天然記念物並に高い自分の希少価値に驚きながら、さらに疑問に思っていたことも尋ねてみた。
「そういえば、俺のことを『SPIRIT』っていってたけど、それってなんなんだい?」
突然。
 今まで一時たりとも止まらなかった彼女の足が止まった。
 俺は急に止まった彼女の行動に驚き、ぶつからないよう慌てて立ち止まる。
「・・・・・」
 彼女は黙って俯いたまま、その場に留まった。俺は何か悪いことを聞いてしまったのかと思い、謝ろうとしたが、
「・・・貴方には、関係の無いことよ」
それよりも速く彼女の言葉が発せられ、彼女はそのまま何事も無かったかのように歩き出した。
その後ろ姿は、先程と同じ様なピシッとした感じに戻っていた。
 少し呆然と立っていた俺はハッ、と我に返り、前方を歩く女の子の間を埋めるように慌てて走り、後ろにつき、辺りにはまた、先程と同じ様な沈黙が流れ始めた。




「・・・・・着いたわ」
 彼女がそう言って立ち止まり、初めて俺の方へ向き直った。
「へ・・・・・?」
 俺は、再び変な声を上げ、伏せていた顔を上げて、女の子の顔を見た。
 結局あれから、俺達は一つも言葉を交わすことなく歩き続けて、俺はあの沈黙の中、必死で話し掛けるタイミングとセリフを探していたら、いつの間にか着いてしまったというような状況だ。
 つまりは、俺は今の女の子の声で我に返ったわけである。
「・・・・・・・・・あっ、あぁ!着いたのか」
 ようやく頭が回転し始めた俺は、現状を理解し、確認するように何度も頷いた。一歩前に出ると、そこには周りを森で囲まれた、
「・・・・・・村?」
 が、あった。
 村は、まるで森の中に隠れるようにして、そこだけ隔離されたような空間を作り上げていた。村の中では、畑を耕すもの。楽しそうに近所の人と話している主婦。元気に走り回る子供達などが見て取れる。家はいずれも木材で作られており、洋風の家には遥か遠い、古臭い感じのする民家が幾つも建てられていた。
 それは、何処をどう見ても村そのものだった。
「そうよ」
 律儀に分かりきっていることに答えてくれる女の子。
「ここは私達のような魔物だけが暮らす村。あなたのような人間が立ち入ることなんて今回が始めてよ」
「え、じゃああの人達全員魔物?」
 女の子は俺の方を見てこくん、と頷いた。信じられない。あの人達はどっからどう見てもただの人間にしか見えない。むしろ違いを探せって言う方が難しい。たまに耳が尖っているのや猫のように毛で出来ているあからさまな人がいるくらいだ。
 俺が想像してた“魔物”というものとあまりにもギャップが有り過ぎた為、少し物思いに浸っていると、
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「へっ?」
 突如上から声が聞こえて、そちらの方へと顔を向けた。
 不思議と眩しさを感じないなと思ったら、日の光が何かによって遮られている。遮っているもののシルエットを連想してみると、すぐに人という結論に辿り着いた。手に何かを持って、それを空中で振りかぶっている。
 持っている物がわずかな日の光に反射してキラリ、と光を放った。
「ってあれ斧じゃないかっ!」
 しかも何か俺の方に落っこってきてるし!
「うわあぁぁぁぁ!」
 慌てて俺は後ろへ跳び退る。俺が下がるのとほぼ同時にドスゥゥゥン、と物凄い音が大地を揺るがし、先程まで俺がいた場所に一つの小さいクレーターが出来上がった。
 と、同時にシルエットの主が長身の男性であることも理解する。
 俺を殺害しようとした張本人は、慌てて飛び退ってしまったせいで尻餅をついてしまい倒れこんでいる俺に向かって、地面に突き刺さった斧を引き抜くと、輝く矛先を俺の鼻先へと向けた。
「ひっ!」
 向けられた瞬間、俺の全身は震え上がった。冷や汗が全身からあふれ出てくる。
「おい兄ちゃん!ここから先は立ち入り禁止だぜ!」
 恐る恐る、声の主へと視線を上げていく。
 そこにはがっちりとした体つきの無精髭を生やした初老前ぐらいの男性が佇み、俺を見下ろしていた。
「大人しくここから立ち去るってぇなら見逃してやる。さっさと帰んな。んでこの村には二度と近づくんじゃねぇ」
「へ、へ、え、何?何がどうなってるの?」
 俺は現状が理解できず、ただひたすらパニック状態に陥っていくだけだった。
「トールさん・・・・・」
「おぉ、リンッ!大丈夫だったか!何もされてねぇか!?」
 掛けられた声の元へと近づき、トールと呼ばれた男性は半ば呆れ顔の女の子に声を張り上げた。俺はというと、向けられていた斧の輝く刃が眼前から無くなって、安堵の息を漏らしているところだった。
「えーっと・・・・・・・・、これはどうゆう事?」
「どうもこうもねぇ!こいつ、『SPIRIT』だろっ!」
 そう叫んだ男性の口からはまたもやその単語が発せられた。女の子はそんな男性に対して、一つ大きな溜め息を吐いてから抗議する。
「その人は『SPIRIT』じゃないわ」
「なんでそんなことが言えるんだ?」
「バッジ」
「へっ?」
 女の子が一言はっきりそう言うと男性は驚いた表情で振り返り、立ち上がった俺の胸のあたりをまじまじと見つめた。
「無いでしょ?」
「無い・・・・・が、そんなのはこいつが『SPIRIT』じゃねぇって証拠にはならないぜ?」
「・・・・あの狼と同じことを言うのね」
 もう一回、女の子は大きく溜め息を吐いた。その表情には濃く呆れの色が出ている。
「その人、この星の人間じゃないのよ」
「・・・・・何っ?」
 男性は再び俺のほうへ振り返り、驚愕の表情を見せた。てか、そんな血走った目で見られると怖いんですけど・・・・。
「ゲートを使ってここまで来たっていうし、『SPIRIT』のことも知らなかったし、地球から来たって本人が証言してるわ」
「地球?地球人に魔力が?」
「えぇ、彼には確かに備わってるわ。それも結構強力なのが。それにしても珍しいだけど」
「そうだよなぁ、魔力が備わってる地球人なんてなぁ・・・」
 うんうん、と頷きあう二人。あの、勝手にお二方だけ納得されても困るんですがー。てか、危うく俺殺されかけたんですけど―。
「というか、『SPIRIT』だったら私が連れてくるわけ無いでしょ」
「よくよく考えてみれば、そうだな」
 との一言でなんか解決しちゃった様子。男性は俺のほうへ近づいてきて、人のいい笑みを浮かべた。
「いやぁ、わりぃわりぃ。ちょっと勘違いしちまってよ」
「はぁ・・・・」
 勘違いで殺しちゃったらどーすんですか?という言わなくてもいい素朴なツッコミは胸の中に秘めることにした。
「俺はトールっていうもんだ。まぁ、兄ちゃんは悪ぃ奴じゃなさそうだし、仲良くしようぜ」
「あ、俺は笹桐大典、っていいます。よろしくお願いします」
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はリン。よろしく」
 こうして、俺は複雑な気持ちで自己紹介を終えた。




「何だ、あいつ。人間か?」
「ちょっと、何で人間がこんなところにいるのよ」
「何しに来たのかしら?さっさと出てって欲しいわね」
「・・・・・・・・」
 村に入ると、俺は行く先々で汚物を見るような視線を浴びせられた。言葉は理解できていないが目がそう訴えてきている。
『あ、多分貴方は村の人々に嫌な目で見られると思うけど、気にしないで』
 村に入る前に女の子の言った一言が俺の中に浮き上がってきた。
 ・・・・・・・・・・・無理。
 この、何?言い現せない居心地の悪さ?居ちゃいけないって分かってるんだけど居なきゃいけない、みたいな?いや、居なきゃいけない訳無いんだけどさ。俺が自分で来たいって言ったんだし。
 俺は半分帰ったほうがいいかな、という気持ちに苛まれながらも、村の奥に向かっていく二人の後をついていった。
「・・・あんまり、気ぃ悪くしねぇでくれな、兄ちゃん」
 溜め息をついていた顔を上げると、顔だけをこちらに向けて歩きながらトールさんが話し掛けてきていた。
「ここのもんは人間との関わりがほとんど無ぇもんでな。嫌に警戒しちまってるんだよ。それに『SPIRIT』も居るしな」
「『SPIRIT』・・・・・」
 また、その単語か・・・・。良くは分からないが、随分嫌われてるみたいだな・・・・・。

『・・・貴方には、関係の無いことよ』

「・・・・・」
 俺は相変わらず無表情に前方を歩いているリンに視線を向けた。
 あの時初めて、彼女の感情の変化を見た。確かにこの子の嫌いようは、半端じゃないような気がする。
 なんなんだろう、『SPIRIT』とは?
興味本意で聞くのは良くないことかもしれない。でも、聞いておきたい。
 俺は決心すると、再び聞こえてきたこの単語について尋ねてみようと試みる。
「あの・・・・」
「わんっ!」
 決心して口を開いた瞬間、俺の声は動物の鳴き声によって遮られた。
「ベル!」
 次の瞬間には、リンがそのベルとやらに駆け寄っていた。どうやら鳴き声を発したのは、リンに近づいていっている黒い子犬だった。リンがしゃがみ込んで、その黒い子犬を抱きかかえる。
 あの子犬って・・・・。
「あの時の犬か・・・」
 俺はリンを始めて見た時に、抱えていた黒い犬のことを思い出した。
「あはは、くすぐったいよ、ベル!」
 リンはベルに顔を舐められ、くすぐったそうにしかしとても嬉しそうに笑っていた。
「・・・・・笑ってる」
 思えば、リンの笑ってる顔なんてまだ一度も見た事が無かった。会った時から笑ってなくて、ずっと無表情で、初めて感情の変化を見せたのは怒りの感情だった。
「あんな風に、笑えるんだな・・・・」
 俺は自然と、微笑ましいものを見る様に目を細めて笑っていた。
 やがて、もう一匹犬が現れた。黒い子犬と同じ位の大きさで、今度は対照的な白い犬。
「あ、もう一匹居たんだ・・・」
 白い犬もリンの方へと寄っていった。と同時にもう一匹、草むらがガサッ、と揺れたかと思うと子猫が姿を現した。
「あ、猫も飼ってるのか」
 そしてその猫が出てきたところからさらに二匹の猫が顔を覗かせた。
「随分飼ってるんだなぁ」
 さらにそこからウサギが三匹・・・。
「う、ウサギもか」
 そして上空から数匹の鳥が降下。
「と、鳥っ?」
 先程猫が出てきたところの反対方向の森の中から鹿が出現。
「えぇ!鹿ぁ!?」
 さらにそこからのっしのっしと百獣の王が・・・・・。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」




 数分後。
「・・・・・・・何だ、これ?」
 リンの周りには小型動物園でも作れそうなくらいの動物が集結していた。
「・・・・・何で森の中にこんな動物が居るんだよ・・・」
 ってかライオンて、おい。リン、何を飼育してるんだよ・・・。
「がはははっ!驚いたか?」
 横を見ると、笑いながらトールさんが俺のほうを見ていた。
「まぁ、かなり・・・・」
「俺も最初見たときは驚いたぜ。動物達がリンを見つけるとわらわらと寄ってくるのにはよ」
 がははっ、と愉快そうにトールさんは笑う。
「あれ、全部リンが面倒見てるんですか?」
「いいや。たまにあいつらの方からリンに会いに来るんだよ。リンが全部面倒みてるのは・・・、あいつ。黒い子犬だけだ」
 トールさんの指差した先には、動物達に囲まれて幸せそうにしているリンの足元を駆け回っている黒い子犬が居た。
「確か、ベルでしたっけ」
「おう。あいつ、最初は捨て犬だったんだよ」
「・・・・・え?」
 トールさんはわずかに表情を暗くして語り始めた。
「リンが始めて地球に行った時なぁ、路地裏で怪我して倒れてたって言ってこっちの世界まで連れてきて看病したんだよ。もうかなり弱ってたからそりゃもう一生懸命にな。その甲斐あって、あいつは一命を取り留めたんだ。んで、あいつの怪我が治ってから、もう一回地球に行って、飼い主を探そうとしたんだ。首輪がついてたからな。飼い犬だと思ったんだろう」
 トールさんの言葉のトーンがどんどん下がっていることに俺は気付いた。
「俺もリンを手伝ってやろうと思って付き添って行ったんだがな―――――」



 ボロボロになったダンボール。
 路地裏に転がっていた、横になったダンボール。
 何かが出ようとして、倒れたんだと思えたダンボール。
 去っていく主人を追っかけようとして、必死に出た形跡のあったダンボール。

「・・・・・・・・」

 抱きかかえていた黒い子犬をぎゅっと強く抱きしめた。
「―――――どうして?」
 抱えていた子犬がクゥン、と鳴き声を発して女の子を見上げた。
「―――――どうして・・・・・っ!」
 瞳に溜まった涙が雫となってこぼれ、暗い路地裏にさらに黒い染みを作る。

「―――――どうして、こんなに簡単に命を投げ捨てられるのっ!!」

 喉から、溜めていた感情が言葉となって発せられた。
 叫ばずにはいられないといった、女の子の感情。
「ねぇ・・・・・、どうしてよ・・・・・・・・・っ!」
 誰に問うでもなく、女の子は呟いた。
 叫びに同調するかのように、彼女の心境を表すかのように、黒く浮かぶ雲が地上に雨を降り注がせる。
 黒い染みはたちまち全体に広がり、女の子の全身に打ち付けた。
「どうして・・・・・・・・・っ!!」
 それでも彼女の嗚咽は止まらない。繰り返される言葉。
 その言葉には、どれほどの意味が込められているのだろうか。
 打ち付ける雨は女の子の身体だけではなく、心まで氷のように冷たくした。
 手元でもう一度クゥン、と鳴いた子犬を、女の子はさらにぎゅっ、と抱きしめた。



「・・・・・・」
「全身ずぶ濡れになってなぁ。死んだような顔してたよ」
「・・・・・・・・・」
「信じられなかったんだろうなぁ、こんな残酷なことをする人が」
「・・・・・・・・・・・」
「自分と似た存在の“人”がこんな事をするのがよ」
 俺はふと、リンの方へ顔を向けた。
 俺の視線の先には、満面の笑みを浮かべて動物達と戯れている女の子の姿が在る。今話された内容の様子など、欠片も感じられはしない。
 彼女が信じられないのはその事を“した人”なのだろうか。
 それとも――、

 ―――“人”という存在そのものなのだろうか。

 ならば、俺は此処に居てはいけない存在だ。
 なら彼女は何故、俺を拒まなかったんだろう。何故、此処へ連れてきてくれたんだろう?
 何故―――――。
「おっと、わりぃな。暗ぇ話しちまってよ」
「あ、いえ、それはいいんですが・・・、よかったんですか?」
「あぁ?何がだ?」
「そんな話、“人間”の俺に、しちゃって・・・・・」
 俺が不安そうに言うと、トールさんはにやりと笑みを浮かべて答えた。
「いいんだよ。お前さんは、あのリンが連れてきた初めての“人間”なんだからな」
「はぁ・・・」
 俺の返事が気の無いものだったからなのか、トールさんは一度溜め息を吐き、
「ほれっ、しっかりしろっ!」
俺の背中を思いっきりぶったたいた。
「うわっ!」
 とんでもない衝撃が背中に走り、俺は思わず倒れそうになる。が、なんとか踏みとどまって、痛む背中をさすりながら振り返った。相変わらずトールさんはニヤニヤと笑っている。
「な、何するんですか!?」
「お前さんがしゃきっとしてねぇからだ。いいか?お前さんはリンに信用されてるんだ。あのリンにな」
「“あの”って言われても、俺には分かりませんよ・・・」
「リンはあの一件から、本気で人が嫌いになってな。お前さん、他の魔物に襲われているところをリンに助けられたんだろ?」
「えぇ・・・・・、まぁ・・・」
 思い返してみれば、あんな小さな女の子に俺は命を救われてしまったんだな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・情けない。
「本来なら、リンはそんな状況でも“人間”だったら知らん振りしてたはずだ。それなのに、お前さんは助けた。それだけで、リンがお前さんを信用してる証拠だ」
「リンが・・・・・、俺を?」
 あの時は、互いの名前すらも知らなかったのに?
「ただの気まぐれかもしれねぇ。だが、それでもあれからリンが人と関わったのは初めてだ。リンは、何か変わろうとしてるのかもしれねぇ。だから、約束してくれ」
 そこで言葉を区切って、トールさんの表情から笑顔が消える。俺の瞳を真っ直ぐに見つめて、言葉が発せられた。
「―――――あの子を裏切る事だけは、しないでくれよ」
 その目はとても真剣で、まるで親が子を思うような強さが感じられた。
 俺はその瞳に秘める強さに、素直な言葉で答えることにした。
 下手に言葉を選ぶよりもそっちの方が上手く伝わると思ったから。
「・・・・・正直、あなた方のことは良く知りませんし、この世界のことすらも理解が足りていません。裏切るって言われても何のことか分からないですし。ですから、その約束を今する事は出来ません」
 トールさんはまだ俺のことを強い瞳で見つめ続けている。だけど、俺も真っ直ぐに見つめ返して答える。
「でも―――――」
 俺は一度トールさんから目線を逸らし、満面の笑みを浮かべている少女の方へと顔を向ける。自分でもふっ、と微笑が零れているのが、分かった。再びトールさんを見つめ返し、強い口調で言う。
「俺は―――あの子の悲しむ顔は見たくないと思います」
 はっきりとそう言い切り、こちらも真剣な眼差しで答えた。
 しばらく沈黙が流れる。だが俺は、少しも揺らぐことなくトールさんの瞳を見つめ続けた。やがて、トールさんの口から溜め息が漏れると同時に、表情が先程と同じ様な笑みに変化した。
「・・・やっぱりお前さんは、リンに信用されてると思うぜ」
「そ、そうでしょうか・・・」
「あぁ、俺が判断したんだ。間違いねぇ」
 そう改めて断言されると、やっぱり照れる。
「なんにせよ、改めてよろしくな。兄ちゃん」
「こちらこそ。トールさん」
 木々の隙間から差し込む日の光に全身を照らされながら、俺達は互いに固く握手を交わした。




「・・・・・・・・何やってるの?むさ苦しい」
 いつの間にかリンがすぐ側まで来ており、俺達の誓いの証に冷静なツッコミが入れられる。
「いやぁ、まぁ男同士のお約束ってやつかな」
「・・・・・・・・・気色悪い」
 ・・・・・自分でも思った。
「それにしても―――」
 俺はリンの背後へ目をやる。
「何?このミニ動物園は?」
 しかもやっぱり居るし。ライオン。
「動物園じゃないわよ。たまに集まってくるから構ってあげてるだけ」
 肩に乗っかっているリスの頭を撫でながら言う。その表情はにこやかな様子に満ち溢れている。
「くっ・・・・・」
 つられて俺も吹きだしてしまった。
「な、何よ。何かおかしなことでもあった?」
「いや・・・、すごく幸せそうな表情だったから」
 リンは俺の言葉に頬を赤らめて、叫びにはちょっと足りないかな、程度の声で言った。
「別にいいでしょ。私がどんな顔したって」
「・・・くっ・・・あははははっ」
こんな事にも過剰に反応するリンがおかしくて、さらに大きく笑ってしまった。
「な、何よっ!何なのよっ」
 今度こそ、リンは叫び声を上げた。いや、この場合は怒鳴る、かな。
 俺とリンの様子を見て隣ではトールさんも笑っていた。顔には出していないけど、多分リンも心の中で笑っていたと思う。俺は場が明るい雰囲気に包まれている事が嬉しかった。
 そんなことを考えながらも、俺は先程までのリンの様子を思い出して今の様子と比べてみた。思ったことは、一つ。

 ―――あんな風に振舞っていても、やっぱり幼い女の子だな、と。

「わんっ」
「・・・・・ん?」
 動物の鳴き声に反応し、無感情のままに足元を見ると、そこには黒い物体が擦り寄ってきていた。
「おぉ、犬」
俺は屈み込んで、擦り寄ってきていた黒い物体(ベル)を抱え上げた。ベルは先程リンにしたように俺の頬をペロペロと舐め上げる。
「あははっ、くすぐったい。ベルって人懐っこ・・・・・い・・・」
 そこで俺の言葉は、強制的に切られることになる。いや、喋ろうと思えば喋れるのだが、辺りの空気がそれを許さなかった。
 なぜなら、言葉を失ったリンとトールさんが、驚愕の表情で立ち尽くしていたからだった。
「えーと・・・・・・・・?」
 何故驚いてるのか理解できず、俺は下手に声を掛けることも出来ずに同じ様に石像と化す。
 この空気とは場違いに、ベルが俺の手の中でクゥ、と鳴いた。
 だが、その鳴き声によって、皆の石化の術は解かれることとなった。
「う、そ・・・・・」
 最初に声を、まさに絞り出したような感じで出したのはリン。驚愕の表情はまだ消えてはいない。
「ベルが・・・・・あのベルが・・・・・」
 続けてトールさんも声を絞り出す。ていうかトールさん。“あの”っていうネタ多くないですか?
「私やトールさん以外の人に・・・」
「懐いてやがる・・・・・」
 まるで何かの劇のように、言葉を交互に発する二人。
「え、コイツ人懐っこいじゃないですか」
 少なくとも、初めての人に懐いているんだから人懐こくないというのはないだろう。だが俺の判断は、どうやら間違っているらしい。
「・・・・・ちょっとベルをこっちに渡して」
「え・・・・・、うん」
 俺は素直にベルをリンに手渡した。そして、近くにいた男性を呼び止めるとその人にベルを渡そうとした。が―――。
 ベルはきゃうん、とひと鳴きすると、伸ばされてきた男性の手から逃れるように、リンの手から抜け出し、リンの足の裏に隠れて小さく震えだした。
「へ・・・・・?」
 俺は今見た光景が信じられず、口から自然と変な声が漏れてしまう。
 リンは一つ溜め息を吐くともういいわ、と男性に伝え、男性は苦笑いを浮かべながら去っていった。あの様子だと、今日が初めてじゃなさそうだ。
 再び震えているベルを抱え上げると、こちらにゆっくりと戻ってきてリンは言い放つ。
「ほらね」
 いやほらねって言われても・・・・・。
「たまたまじゃないの?手渡しがいけないとか・・・」
「そんなの俺達が試してねぇと思ったか?ベルは何故か、俺とリン以外の村の人全員に懐かねぇんだよ。多分、俺が思うに・・・・・」
 そこで、トールさんは押し黙ってしまった。どうしたのかと思って尋ねようとした。が、あることに気が付き、やめた。
 理由は―――ベルが捨て犬だった頃、人を怖がっていたのかもしれないと。
 リンの前でそれを言うと、リンの表情を曇らせてしまうに違いない。だからトールさんは、途中で言葉を止めたのだ。
「・・・そうなんだ。じゃあ何で俺には懐いたのかな?」
 だから俺は、あえて話題を変える事にした。少し強引だったかもしれないが、俺もリンの表情が曇るのは見たくない。俺はこちらを向いたトールさんに優しく笑いかけた。
「さぁ・・・・・、分からないわ。ホント、何でかしら?」
 リンは本気でそう思ってるようだった。怪しんだ様子は表面上ないことに俺は安堵の溜め息を漏らす。
「きっと、兄ちゃんがいい奴だからじゃねぇか」
 すっかり元の調子に戻ったトールさんは、突然そんなことを言い出した。
「ありえませんって・・・・。そんなの動物に分からないでしょう・・・・」
「いや、分かるかもしれねぇぞ?なぁ、リンもそう思うだろ」
「・・・・・・・・」
 リンが無言で一歩前に出てじっ、と俺の顔を覗き込む。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 そのままリンは俺のことを見つめ続ける。
 正直、俺は恥ずかしかった。何でそんなに顔近づけるんだよ、とでも言って顔を背けたかったが、リンのエメラルドのような輝きを放つ、吸い込まれそうな鮮緑色の瞳に見つめられ、俺は身動き一つどころか呼吸さえもすることが出来なかった。さらに言えば動悸は早まり、頬は赤く染まり、身体は火照っている。
 ようやくリンは顔を背け、俺に背を向けて一言だけ言った。
「まぁ、そうゆう事にしといてあげるわ」
 次の瞬間、俺は肺に溜めていた二酸化炭素を思い切り吐き出した。呼吸を整える為に、深呼吸を何回かした。俺の背後でトールさんが笑っている気配があったが、気にとめずに繰り返す。
 やがて呼吸を整え終えて、前方にあるリンの背中に文句の一つでも言ってやろうと思い、声を掛けようとした。
 ―――瞬間。

 ダンッ。

「―――――っ!!」
 その場にいる全員が一瞬その音に凍りついた。
 今のは・・・・・間違いなく、

 ―――――銃声。

「トールさん!」
「おうっ!」
 次の瞬間、リンとトールさんは共に駆け出していた。慌てて、俺も二人の背中を追う。
「何なんですか、今の音!?」
 すぐに二人と並ぶ位置まで来た俺は走りながら、当たり前の質問を投げかけた。
「決まってんだろっ!」
 トールさんは前方を向いたまま叫び声で答える。その様子は、そう。初めて俺に会ったとき――つまりは俺に襲い掛かってきた時に似ていた。
「『SPIRIT』だよっ!!」
 また出てきた、その単語。
 俺には意味がわからなかった。
 尋ねたい気持ちで胸がいっぱいになる。
 だけど、二人の必死に走ってる様子を見たらそんなことは聞けなくなった。
 ならば、今は走りつづけよう。どうせすぐ先だ。
 この先に俺の求めていた、

   『SPIRIT』という単語の答えがあるはずだから―――――。

              ―TO BE CONTINUATION―

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