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第一部 後編
「・・・・・・」
俺は無言で女の子の姿を見つめる。歳は大分下だろう。十代いっているかいっていないかといったところだ。身長も俺より随分低い。120~130cm位だと思う。服は教会のシスターのように黒ずくめで黒いワンピースの上に黒いケープを羽織っている。髪は空のように青いスカイブルー。頭には黒ずくめの衣服とは対照的に大きな真っ白いリボンが結ばれている。
幼いながらも整った顔立ちは十分に綺麗と言えるだろう。そしてその顔にあるルビーのように透き通った真紅の瞳に俺の姿が映し出されていた。
「・・・・・・」
女の子も無言で俺を見つめ返していた。無表情に、無感動に、ただ俺が見ているから見ている、そんな感じだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
時が止まってしまったかのように、二人はお互いのことを見つめつづける。俺は視線がそらせない、女の子は視線をそらさない。そのため結果的にこうなってしまう。
俺がこの子に見惚れてしまったのはただ単に綺麗だからという理由ではない。
似過ぎていたから。
―――――あの子に。
・・・・・どの位そうしていただろうか。
一秒かもしれないし、一分かもしれないし、一時間かもしれない。
そんな曖昧な表現しか出来ないほど、俺の時に対しての感覚は停止していた。
そして、この膠着を解いたのは俺の方からだった。
はっと我に返り、女の子と同じくらいの視線まで下がっていた腰を浮かせて、立ち上がり、今の状況を理解するため、こめかみに人差し指を当て脳内をフル回転させる。
途中、女の子が相変わらず無言で俺の顔を見上げていて集中が途切れそうになったが、なんとか理解完了。
おそらく(この時点でもう推測に等しいが考えないでおく)、この女の子が先程の機械に入っていた人物だったのだろう。で、俺は見上げてしまった為、下にいた女の子に気づかなかったと。んで、この子が発した声を敵のものと勘違いして俺が彼女に背を向けている間に彼女が近づいてきて俺に話し掛けるためにつついたと。まぁこんなところだろう。
しかし近づいてくる足音に気づかなかった俺も俺だが、なんなら声を掛けてくれればよかったのに。
「・・・・とりあえず、君は誰?何でこんなところに入ってたの?」
なんにせよ、この子の正体が分からなければ話にならない。そう思い至り、俺は彼女に向かって質問を投げかけた。
「・・・・・?」
女の子は俺の問いに本当に微かに首をかしげると、一瞬で言い放つ。
「――――――」
・・・・・What?
俺は女の子の言葉を理解することが出来ず、先程彼女がしたように首を微かにかしげ、多少考え込む。
(あぁ、そうか)
答えはすぐに見つかり、俺は見上げている彼女の視線を見つめ返した。確率として最も高いと思っていたことなのに、なんで忘れていたんだろう。
―――――この子が魔物だということ。
魔物の言葉なら、人間の俺には理解不能だ。さっきはなんでか自然と理解できたが(理解できたか怪しいが)、やっぱり会話を出来るレベルじゃないな。
となると・・・・。
「連れてくしかないか・・・」
幸いにして現在の俺の住居には同居人(というか俺が居候してるんだが)がいて、魔物の言葉が理解できる存在が約一名いる。
無かったことにして置いて行くという選択肢もあるのだが、こんな状況で置いてきぼりにするほど俺は非情な人間ではない。
ただ、一つ問題が。
「どうやって・・・・・」
そう、どうやって連れてくか、だ。
いや、まぁ方法なんていくらでも思いつくといえば思いつくんだが、どれにしても敵に見つかった場合を想定すると・・・。
彼女の方を横目で見やってみる。俺が強く握ったら折れてしまうんではないかと思えるほどか細い腕。決して脚力があるとは思えない足。動きやすいにはほど遠い服装。どれをとっても、共に行動していて彼女が足手まといになる事は明らかだった。
「う~~~ん・・・・・」
任務では、一つのミスがそのまま致命傷に繋がってしまう危険性がある。ましてや女の子を連れて歩くなんてミス以前の問題だ。
うんうん唸っている俺の隣で、女の子は俺の心情を分かっているのかいないのか、ほんの少し顔を歪めながら俺の様子を窺っていた。
俺の口から一つ大きなため息が漏れる。そもそもどうしてこんなことになったんだ。いや、俺のせいだけどさ。
・・・そもそも、何で俺は、この子を助け出そうとしたんだろう?
この子を助け出しても、俺にとっては何の利点も無い。『助けて』と聞こえたのもこの子の表情や行動を見ている限り、そのようなことを言ったようには見えない。『助けて』と認識したのは俺の勝手な解釈だったのかもしれない。いや、もしかしたらくだらない幻聴だったのかもしれない。
なのに、俺はこの機械を破壊し、この子を中から出したのだ。
後先も考えず、この子がそう望んだと確信しきって。
改めて考えてみると、苦笑がもれてくる。
なんて―――――滑稽。
俺は、任務中に何をやっているんだろう。いつもならこんなことは絶対に無いのに。
・・・・・何故だろう?
「・・・・・・」
考え込んでいる俺の顔を、女の子がじっ、と見上げていた。
「あ、あぁ、ゴメン」
俺はその視線に気が付き、彼女の方に顔だけを向け微笑を浮かべた。
―――――俺が釈放してあげた、女の子に。
俺は首をぶんぶんと振って考えを打ち消す。いまさら余計なことは考えなくていい。とりあえず今は脱出することだけに専念しろ。
そう自分自身に喝を入れ、俺は体ごと女の子の方に向けた。
「仕方ない、じゃあ―――――」
「おいそこの貴様っ、何者だ!」
女の子の手を掴もうと、自身の手を誘導している途中で俺の手は中空で停止し、言葉は低い声によってかき消される。
俺は一瞬膠着してしまった。言葉の意味が理解できなかったのか、それとも答えに戸惑ったのか。
答えは、どちらでもない。
声を掛けられた瞬間、頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。
完全な、油断。
「・・・・・」
この事実に、俺は驚愕のあまり言葉を失う。
まさか敵の本拠地で、呑気に考えを練り、会話しているなんてことが許されるだろうか。
「おい貴様っ、何とか言え!」
二度目の怒鳴り声は、しっかりと俺の耳が捉えた。
そして次第に脳内も活動を再開しだす。そして同時に理解した自身の行動。
先程の自分の、あの油断。
それが俺には許せず、自身の不甲斐なさに苛立ちが湧き上がってくる。
本当に、何をやってるんだ俺は。
ぎりっ、と歯を噛み締め、冷静さを取り戻した俺は背後の五月蝿い敵へと振り返る。
そこには銃を構えた男が一人、多少血走った目で俺の目を見ていた。
「貴様、何が目的でこの部屋に・・・・・!!」
前方の男の視線が俺の背後の女の子で静止し、その瞳が驚きに見開かれる。
「ま、まさか・・・・・、プロトタイプを・・・・」
プロトタイプ?
男の言動から、プロトタイプとは彼女のことなのだろう。しかし、何故プロトタイプ?
「き、貴様ぁぁぁぁ!!」
俺がそのことを問いただそうとする前に、男は構えていた銃の引き金を引く。
「・・・・・っ」
男が引き金を引いた瞬間、俺は咄嗟に顔の位置をずらす。結果、飛び出した弾丸は俺の頬に赤い一つの線を描き、背後の真っ白な壁に真っ黒なひびを加えた。
俺の頬からは、一線の赤い液体が流れ出し、顎まで伝わり、一本のコードの上に落ちて、波紋状の跡を残す。
「な・・・・・っ!?」
男は俺が弾丸をかわしたことに驚き、先程よりさらに大きく目を見開く。
その血走った男の眼球を、俺は鋭く睨みつけた。
「く、くそぉぉぉっ!!」
再び手に力を込め、引き金を引こうと試みる男。その男には焦りの色が大きく見られた。対して俺は少しも動じることなく、きっぱりと言い放つ。
「―――遅い」
ダァン、と一つの銃声が部屋の中に鳴り響く。
「が・・・・はっ!」
その銃声は、男の戦闘不能を告げる音と同義だった。
男は真っ赤な血を口から吐き出し、その場に崩れ落ちる。
「急所は外した。まだ喋れるだろう」
俺はゆっくりと、腹部を抱え唸り声を上げて苦しんでいる男の目の前に佇み、念のために男が落とした銃を蹴飛ばす。女の子も俺の後ろについてきて男を無感動な瞳で見つめていた。
「・・・・・」
俺は女の子の異常なまでの冷静さに正直驚いていた。目の前で銃弾に撃たれた男が苦痛に唸っているところを見て、何の感情も無い瞳でただ見つめるだけなんてこの年頃の女の子にしては落ち着きがあるにしてもありすぎる。どう考えても普通じゃないことは明らかだ。
まぁ、そのことについては目の前の男に聞けばいい。そのために殺さないでおいたんだからな。
「かはっ・・・・・ごほっ!」
男が再び吐血を繰り返した。いくら急所をはずしたとはいえ、喋られなくなってしまっては元も子もない。俺は手早く男から情報を聞き出そうと、脅す方向に入った。
「お前、この子について何か知ってるな?・・・知っていることを全て教えろ」
「はぁっ・・・・はぁ・・・」
「言わなければ―――――殺す」
辛そうに息を切らせながらも話す気を見せない男に、俺は持っていた銃を蹲っている男の頭に突きつけた。目の前の体が一瞬だけビクッと震える。
が、それも本当に一瞬だけだった。
「はぁっ・・・はぁ・・く・・・くっくっくっ・・・・」
「・・・・・?」
男が急に薄気味悪い笑い声を発するという怪訝な行動をとり始めたため、俺は脅しをいったん中断し、警戒態勢をとりながら様子を窺う。
「お前一体何を・・・・・・・・・っ!?」
男の笑いを引き出している物の正体はすぐに分かった。
―――――男の余っている左手が、ドア付近の赤いボタンに触れていてそのボタンがものの見事に中に押し込まれていたからだった。
俺が気づいてから刹那に耳障りな警報が鳴り響き、辺りが赤い光で満ち溢れる。
「お前っ・・・・・!!」
俺は怒りを宿して再び男に目を向けると、既に深い眠りについていた。死んではいないようだがもう話を聞きだせる状況ではない。
「くそっ!」
一刻も早くここから抜け出さねばならなくなった俺はもう何も迷わずに辺りをきょろきょろと見回している女の子の手を掴み、その場から全速力で駆け出した。
「いたぞっ、侵入者だ!」
一つ通路を抜け出して辿り着いた分かれ道の右方には、もう既に敵の姿が十は見て取れた。
強行突破は・・・・・、難しいな。一人ならともかくこの女の子を連れてる状況じゃ失敗する可能性のほうが遥かに高い。成功したとしても女の子か俺が負傷してしまうことは目に見えている。
幸い、そっちは来たコースじゃない。一瞬で判断しきり、俺は迷わず左方を駆けた。
「発砲も許可する!絶対に逃がすなっ!!」
俺は走りながらちらっと後ろを振り向き、追ってきている奴等が拳銃を構えたのを見てさらに速度を上昇させる。
後ろでいくつかの発砲音が聞こえた。
「くっ・・・・・」
ちょうど曲がり角に差し掛かり、何とか第一撃目は回避することに成功した。微かに聞こえた壁にめり込む弾丸の音が確実に死が迫っているということを教えてくれる。
「あ・・・・・」
そうだ、女の子を前にしなきゃ。
俺は角を曲がったところでそのことに気がついた。弾が当たってしまう可能性がある後方より、俺がかばえるような形になれる前方の方がよっぽど安全だ。その分体力の消耗は激しくなるが、そこは頑張ってもらうしかない。いざとなったら俺が抱えてでも走ればいい。
そう思い至った俺は女の子がいるはずの後方に目を向けて、その視界の端に曲がってきた軍人の姿を捕らえた。
「ちっ!」
俺は舌を鳴らし、すぐさま女の子を前に出そうと女の子を掴んでいる左手に力を込めた。そう、前方にある左手に―――――。
「・・・・・・は?」
俺が現状を理解するのに対して時間が掛からなかったのはこんな状況だったからなのかもしれない。
女の子は俺の手を引くようにして俺の前方を駆けていたのだ。つまり、俺よりも速いスピードで。しかもここまで全速力で駆けて来たのに息一つ切らしてはいない。
そういえば、この子は魔物だったな・・・・・。魔物の身体能力というのは、人間のそれを遥かに凌駕すると聞いたことがある。幼いながらも、現在の敏捷性は俺よりもあるのだから将来が恐ろしい。
などと考えている場合じゃない。これは―――――、好機だ。
女の子からそっと手を離す。彼女は一瞬だけこちらをちらっと見たがすぐに前を向き、止まらずに走りつづけた。
俺は瞬時に左のホルスターから銃を引き抜くと、すぐさま内ポケットから一つの弾をつかみ出し装填する。この間わずか0.7秒。
これは万が一のとき以外使うな、ってあいつに言われてたんだけど・・・・・、まぁ、いいか。
後ろを振り向き即座に引き金を引いた。同時に奴等も再び発砲する。
奴らの方が数も多ければ、当然弾の数も多い。通常ならば一つの銃で防ぐことなど不可能だろう。そもそも、銃は防御には使わない。
俺は向こうでムカツク笑みを浮かべてる奴等に心の中で叫んだ。
―――――この弾をただの銃弾だと思うなよ。
『ギガティック・ブレイカー Gigantic Breaker 』
それは、秒数計算すれば3秒にも満たない微かな時。
奴等の弾を俺の銃から発射された閃光、とでも言えばいいのだろうか。が、燃え尽きさせ、先程とは打って変わって驚愕の表情を浮かべ必死に避けようとした奴等の数人を巻き込んで中心を通り過ぎ、壁に激突して、そのまま破壊作業を続けながら次第に小さくなっていった。
「・・・・・っ!!」
「・・・・・・・・・」
これには奴等だけではなく、撃った本人の俺ですら唖然としてしまった。まさかここまでの破壊力があるとはな・・・・・。奴等の体中から冷や汗が流れ出ているのが手にとるように分かる。
奴等の中で巻き込まれてしまった六人は最初からいなかったかのよう見事に完全消滅していたのだ。助かった奴等の中でもかすった者の軍服の腕は、長袖が半袖になるくらいまで吹き飛んでいた。
確か、これでもリミッタ―付きとか言ってたな、あいつ・・・。
・・・・・・・・・本当に万が一のとき以外使うのを控えよう。
「はっ!」
のんびり考え込んでる場合じゃない。まだ敵は四人いるんだ。
俺はまた即座に右のホルスターから銃を引き抜くと、天井を見上げて狙いを定める。
―――――見つけた。
奴等もやっと俺の行動に気づいたようだがもう遅い。俺の指は、完全に引き金を引いている。
『クラッシュ・ブレット Crash Bullet 』
本日三発目となるこの弾を発射した俺は、これまでとは違い引き金を引いた瞬間、二つの銃をホルスターに戻し振り返ってすぐに駆け出した。
俺が走り出す直前、背後でピシッ、という音が聞こえ、その後にドゴォォォォォォォォォォォォン、という物凄い轟音と共に、ガラガラと何かが崩れる音がして、幾つかの足音がどんどんと遠ざかっていくのが分かった。
「はぁ・・はぁ・・・」
後になって思えば、あの子を一人で行かせた事はかなり危険であったことに気付き、今猛ダッシュで彼女の後を追っている俺は、案外お人好しなのかもしれない。
「おっ」
随分先で、ようやく一つの小さい人影を見つけた。しかし、何故立ち止まっているんだろう?
その訳を確かめるために彼女の元へ駆け寄っていった。
「どうしたの?」
彼女は俺の声に反応して振り向き、一度口を開いたが言葉は発さずそのまま黙ってしまった。
「あ、そうか、悪い。ていうかこれも分かってないか」
言いながら俺はジェスチャーでゴメンのポーズをとる。彼女はそれとは関係有ったのか無かったのか、こう言った。
「――――――――――」
・・・・・いや、だから俺も分かんないって。
そして俺は前方に目を向ける。この子が立ち止まっていた理由はすぐに分かった。
目の前に分厚いシャッターが下りているのだ。おそらく、てか、間違いなく侵入者用の。こんなのがあっては彼女の力で進むことなど出来ないだろう。
あれ?ちょっと待てよ・・・・・侵入者よ―――――
ガシャン。
後ろで強くシャッターが閉まる音が聞こえた。
「君は完全に包囲されている!武器を捨て、投降したまえ!!そうすれば危害を加える事はしない!」
続けて前方のシャッターの奥から、男の警告とたくさんの人が動いた音が聞こえた。
「・・・・・・・・」
今日は厄日だ。絶っ対そうだ。
「はあぁぁぁぁぁ・・・・・・・・」
一つ大きく、本当に大きく溜め息を吐くと、俺はこれからどうしようかと頭を抱えた。そんな俺に対して女の子は相変わらず無表情に、俺を見上げていた。
「今からシャッターを開く。言っておくが、こちらには三十人の武装兵が君を待ち構えている。命を無駄にしたくないのなら、抵抗は止めたまえ」
俺は一瞬で決断を強いられなければならなくなった。簡単だ。選択肢は二つ。
素直に捕まるか、抵抗して逃げるか。
そうはいっても、後者の方は難易度が高過ぎる。別に三十人程度、殺ろうと思えば殺れない数ではない。ただし、この場合はもれなく条件がついてくる。
俺はさっきからこちらを見つめている隣の女の子の方に目をやった。
―――――この子を守りながらという条件が。
この子なら敏捷性と体の小ささを生かして走り抜ければいけるかもしれないけど。
「なぁ、こうダ―ッ、とあいつらの間走り抜けられないか?」
作戦を立てようにも、
「・・・・・・・?」
これだもん。
「はぁぁぁぁぁ・・・・・」
絶望的だ。恐ろしい、いや凄まじいまでに絶望的だ。
せめて一瞬でもあいつらに隙が出来てくれれば・・・・・。
うーうー唸っている俺を見て、やや心配そうな顔をしたかのようにも思えたが、女の子は何かに気づいたようで通路の端に小走りで駆けていった。
「ん?」
俺も顔を上げて女の子が走っていったほうに目を向けた。女の子がこちらに背を向ける形になっているため、何をしているのかは理解できない。だが、しゃがみ込んで何かに手を出している・・・・・?
瞬間。
「うわっ!」
彼女の横を素早く通り過ぎてきた何かが、俺の頭の上に乗っかった。
「な、なんだ!?」
俺はハシッ、と頭の上に乗っかってきたものを掴み取った。その正体は―――――、
「・・・・・・・ネズミ?」
俺の手の中で手足を動かし必死に抜け出そうとしていたものは、あのどっかのネコ型ロボットが嫌いな他ならぬネズミだった。こいつが来た方を見てみると、通路に小さく穴が開いており、そこからもう一匹ネズミが顔を覗かせていて、そいつに再び女の子が手を伸ばしていた。
「軍もネズミの巣にまでは気づかない、ってか・・・・・?」
・・・・・それだったら今俺はネズミ以下の存在なのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヘコむ・・・・・。
「・・・・・余計なことを考えてないで突破の方法を考えよう」
俺はまた溜め息を吐いて、放してやろうと、ネズミを持っている手を地面に近づけた。
「―――――待てよ・・・・・!」
俺は手の力を緩める前にある考えに思い至った。
あの敏捷性・・・・・。
「こいつら・・・・・、使えるかもしれない!」
俺は暴れるネズミを逃がさないよう緩めた手に力を込めた。
「よし、シャッターを開け。各自、警戒は怠るなよ」
男の指示により、武装隊全員が銃を構える。最前列がうつ伏せ状態に構え、二列目がしゃがみ込み、三列目が立ったままの姿勢。シャッターがどの位置に開いてたとしても、すぐに攻撃できる状態だ。
この3段構えを前にゆっくりとシャッターが開いていく。
シャッターがほんの少し内部からの光を漏らした。
刹那―――――、
「ほいっ」
ヒュッ、という風を切る音と共に、何かが最前列一人の男の顔に命中した。
「ひっ!ななななんだぁぁ!?」
男が顔に飛びついたものを確かめようとする前に、そいつは別の獲物へと場所を移していく。
「うわぁっ!?な、なんだ?何か動いてるぞっ!?」
「な、なんだ、こっちにも来たぞっ!?」
「ま、まさか、敵の破壊兵器!?」
数秒にして、最前列の何人かがパニックに陥り、それから離れようと立ち上がった。
「はいもう一つ」
続けてもう一つ、その空間に新たな異物が追加され、今度は二列目の男の足元に落ちた。
「ひぃっ!こっちにも!!」
「うわぁっ!!は、早くどうにかしろっ!!」
しゃがみ込んでいた奴等もその場から退くように立ち上がる。
「お、お前ら落ち着けっ!これまま撃ったらお前らに当たるぞ!!」
三列目の奴等もそうは言ってみるものの全体はもう既に完全なパニック状態に陥ってしまっていた。
「お前ら落ち着けぇぇぇぇい!!それは破壊兵器でもなんでもない!!ただのネズミだ!!」
この隊の隊長がこの場を静めようと声を張り上げる。それによって隊員達の動きがぴたっと止まり、全員が足元に目を向けた。そこには二匹のネズミがまるで逃げ回るかのように走り回っている。その姿を見た途端、隊員全員が一斉に安堵の溜め息を漏らした。
「もう遅い」
声と同時に一発の銃声が鳴り響く。
放たれた一言が終わった一瞬後、
―――――隊長は背と腹から血を流し、倒れこんだ。
「・・・・・っ!!!」
隊員全員の顔が驚愕に歪む。
隊長が立っていた位置の後ろには、
一人の少年が佇み、その手の銃からは一筋の煙が昇っていた。
「じゃあ―――――サヨナラ」
そう言い放つともう一つ銃を取り出し、
『レクイエム・エテルナム ―死者に永遠の安息を― 』
―――――まるで踊るように、全てを静めていった。
「ふぅ・・・・・」
俺は全てを終えて、別に切らしてもいないが一つ息を吐く。
「もういいよ」
そして通路に残しておいた女の子に声を掛けてから気づき、改めてこいこいと手を上下させジャスチャ―で伝えた。俺の声に気づいた女の子は、きょろきょろと辺りの様子を窺いながらこちらへと近づいてくる。
これぐらいのことは分かると言うことに多少の安心感を覚えながら、俺も女の子のしてるように辺りの様子を窺った。
―――――その惨状は、一言で言うなら“地獄”。
兵士が弾を乱発したせいで予備電源まで落ちてしまったこの暗さでもわかるほどの血が床を赤く染め上げ、もはやただの肉塊になったものがそこらへんにごろごろと転がっている。その表情は、いずれも恐怖や驚愕を表し、体に開いた穴からはいまだにおびただしい量の血液が床を赤く染め続けていた。
通常、少女がこの惨状を見たら失神するぐらいのショックを受けると思うんだが、俺の目の前の少女は眉一つ動かさずに、転がる死体を眺めている。
分かっていたこととはいえ、尋常ではない彼女の精神力に感情が無いのではないかとすら思ってしまう。失礼だとは思うがまるで人形だ。これが“プロトタイプ”というものか?
と、そこで女の子がまた先程のように突如駆け出した。すぐ近くで立ち止まり、やはりしゃがみ込むという行動をとった。その行動の真意を既に見出していた俺も同一にその場所に近づいていく。
「英雄にお礼を言わないとな」
女の子がしゃがんだ場所には、二匹のネズミが鳴き声を上げ、仲良く追いかけっこをしていた。灰色だった毛には、少し赤が混じっている。
ネズミは昔、忍者が敵に投げつけてひるませる、という用途に使われた動物だからな。今回の脱出には最適な動物だったって訳だ。
ネズミが走るたびにピチャピチャ、と液体の音がなり、床が血塗れである事とそれが鮮血である事を伝えてくれる。鼻を刺す強い血の匂い。
「・・・・・・」
こうゆう事に慣れているとはいえ、やはり気持ちのいいものではない。俺だって殺さずに済むのならそれが一番だとは思う。だが俺の任務の遂行には仕方の無いことだ。時には殺さなければ切り抜けられない。迷っていたら引き金を引かれる。死んでからじゃ遅いんだ、こちらが先に、引き金を引かないと。
―――――でも、やはり、気持ちのいいことではない。
「・・・・・・」
俺がボーっとしてる間に、ネズミは俺達が来た方の通路の奥へと消えていっってしまった。女の子はネズミたちが去っていった方向をじっと見つめていたが、やがて俺へと視線を移し変えた。
「・・・・・ありがとな。助かったよ」
ネズミたちが去った方向に向かって、俺は小さくそう呟き、切り開いた道――血塗られた通路――を再び進行し始めた。
「よし、後少しだ」
あの一線を超えた後は、兵士もほとんど出て来なくなり楽に出口の近くまで辿り着くことが出来た。どうやら此処も被害は最小限に抑えたいらしいな。
後はこの通路を曲がれば・・・・・。
「見えた!出口だ」
俺が入ってきたのと同じ扉が見えた。あの扉を潜れば、外に出られる。そうなればもう追いかけられる心配は無いだろう。
そう思うと自然に俺の歩調は速さを増した。それに合わせて、女の子も歩調を速める。
と―――――――、
「―――――!」
突如俺の右方の壁が崩壊した。
俺は慌てて後ろに跳び、瓦礫の下敷きになることを回避する。先程から俺より後ろにいた女の子は、俺が下がったことによりその場に立ち止まった。
「何だ!?」
俺は崩れた壁の方を見やる。今はまだ土煙が晴れておらず、その正体を確認することは出来ない。俺は失っていた警戒心を取り戻し、手で女の子をさらに後ろへとやった。
やがて土煙が晴れたと思った瞬間、
「・・・・・っ!」
いきなり赤い閃光が俺の眼前に現れた。
それを瞬時にレーザーの類だと感じ取った俺は、横に跳び、これを回避する。跳んでから気付き、慌てて女の子の方を見たが、幸い俺の目の高さに合わせられていたレーザーは女の子の頭上を通り過ぎただけだった。
ホッと胸を撫で下ろし、完全に敵と認識した物を睨みつけた。
「・・・・・人、じゃないな」
土煙が晴れたその場に立っていたのは、真っ白な巨体。
一見人のような形をしたそれは、軽く見て全長2mはありそうな巨体をしており、人でいう顔に当たる部分に四つの赤き瞳、口も無ければ、鼻もなく、呼吸もしていなければ生きてもいない。腕に当たる部分は直角に曲がり、その手には身体とは対照的に光る黒き銃身。足はなく、黒い半円のものがあるだけでその身をふよふよと浮かせていた。両肩にも巨大な銃身が装備してあり、右肩の銃身からは煙が立ち昇っていた。どうやら先程放たれたものはそこから発射されたらしい。
「警備用のロボット、か・・・」
聞いたことはあったが、出くわしたのは初めてだ。
“SPIRIT”の警備用ロボット。その種類は大きく分けて二つあり、一つは警備、侵入者対処の“GUARD”。攻撃を行う前に警告をし、従う者には危害は加えないという知的なタイプのロボット。装備もさほど強力なものは積んでいない。
もう一つが対実戦、魔物討伐用の“DESTROY”。名の通り、破壊を目的とした実戦用ロボット。魔物との戦闘にも参加し、共に向かった軍隊よりも遥かに活躍し、装備も大量殺戮用兵器を積んでいるものもあるらしい。
警告なしでいきなり発砲してきたって事は、
「“DESTROY”の方、だな」
こんなものを投入してくるとは、多分先程のことがばれたのだろう。それでこれ位の物を出さなければ俺を止めるのは不可能だと。兵がやけに少なかったのはこいつの攻撃で巻き添えになるのを避けるためか。
俺の小さな呟きが消えると同時に、再び発砲を開始するロボット。両手から放たれる無数の銃弾。
俺は高く跳躍してこの攻撃をかわし、ロボットの頭上を跳び越えながら銃を引き抜き、その頭に銃弾を放つ。
ロボットの当たった個所からはガィン、と高く金属音がなり、俺の弾は貫通することなく力尽きた。
「ちっ、やっぱ普通の銃弾じゃ駄目か」
さすがは対魔物討伐用、といったところか。普通の銃弾じゃ傷すらつけられない。それにあの銃弾も、当たったらまず即死確定。確か、あいつの両腕につけられているものは一分間に八百発打ち尽くす重機関銃、戦車ですら数秒でガラクタに変える代物だ。俺如き人の体など、一瞬で蜂の巣と化すだろう。
俺の着地と同時にロボットはこちらへと振り向き、すぐさま発砲を繰り返す。
一瞬にして数十発の弾丸がロボットの銃から放たれた。
チッ、と小さく舌打ちして俺は再び横に跳ぶ。先程まで俺がいた位置を数多の弾丸が通過していく。
そして空中に身を投げているこの状態で俺は―――――見る。
「・・・・・・・」
跳んでいる時間がスローモーションに思えるほど、意識を集中させてその巨体の隅々まで見やった。
―――――だが。
「・・・・・・・・・・・・無い」
着地と同時に、次の攻撃に対応できるよう大きく後ろに後退する。
「くそっ、何で無いんだ?」
後退しながらも見やるが、やはり無い。背後だろうか?
再びロボットがこちらへと振り返る。俺は考えを一旦断ち切り、眼前の敵の攻撃に備える。いくら攻撃力が高かろうと当たらなければどうということは無い。あの程度の弾丸ならいくらでもかわせる。その間に、こっちは見つけさせてもらえばいい。
―――アレが無い奴なんていないんだから。
こちらを向いたロボットの動きが一瞬停止したかと思うと、ロボットの両肩の表面の装甲が開かれた。
「・・・・・おいおい」
冷や汗が頬を伝わるのが分かった
中には、数十・・・・、いや下手したら合計百発はありそうな小型ミサイルが俺に牙をむいていた。
そして、一斉に発射。
放たれたミサイルはこちらでは捕らえられない不規則な動きで接近してくる。
俺は再び舌打ちすると、壁に向かって全速力で走った。ミサイルは俺の動きに気付き途中で進路を変更する。
「くそっ、やっぱりホーミング機能付きかっ」
俺は壁の目の前まで来ると、勢いそのままに壁を垂直に走った。横目でミサイルがこちらに迫っていることを確認すると、足に力を込め天井に向かって大きく跳躍する。
俺がいなくなったことに気付いても進路を変えることが出来ず、ミサイルは俺が先程までいた壁にことごとく激突し、とんでもない轟音を立てながら四散していく。
それを背後に感じる爆風で確認しながら、俺は間近に迫った天井を強く蹴り、地上にいるロボットに向かって急速に落下を開始した。
強い風が全身を駆け抜けていく。そんな勢いの中、俺は銃ではなく携帯ナイフを取り出し、ロボットの右肩の接合部分に向かって渾身の力で振り下ろした。
「はぁっ!」
弧を描いた俺のナイフが命中し、キィンと高い音が鳴り響いた後、ロボットの右腕は肩から完全に切り裂かれ、空中へと投げ出された。
そして俺は即座に後退する。一拍遅れてロボットの腕が爆散した。
近くにいたロボットはその爆風にあおられ体勢を崩す。俺は腕を顔の前にやり、この凄まじい勢いの爆風に耐えた。
やがて爆風が収まり目を開けると、そこには右腕の切れた断面から火花を散らしているロボットの姿があった。
「・・・・・よし」
あの高さからの勢いと比較的防御力の低い接合部分を狙い、あいつ特製特殊合金ナイフの一撃。さすがに腕一本ぐらいは壊してもらわないと困る。しかし一応持っておけといわれていたから持ってはいたが、使う日が来るとは思っても見なかったな。
普段は銃しか使わないからこんな形で役に立つとは思っていなかった。備えあれば憂い無しとは上手く言ったものだ。
それにしてもあのロボット、なんて武器使ってきやがる、あんなの人間じゃ一発でも当たれば粉々だぞ。そこまでして俺を止めたいのか?この子を取り返したいのか?
「・・・・・まぁ、そっちの都合なんて俺には関係ない」
俺はナイフを構えなおし、ロボットの様子を窺った。
見たところ右腕を失ったことにより、多少内部にもダメージはあったらしく動きが多少ふらついている。これなら左腕も落とせば機能停止は可能かもしれない。
じりじりと、少しずつ間合いを詰めていく。先程ではもう発砲しているところまで距離を詰めたのに、まだ撃っては来ない。
この距離なら―――――いける。
走り出そうと足に力を込めた。
瞬間。
ガシャ、ガシャガシャガシャガシャガシャ。
「・・・・・っ!」
俺は前に出そうとしていた力を、前に出ようとしていた意思を、強制的に消した。
「な、何だあれ・・・・・」
俺の目線の先には、
―――ロボットの胸から腹に掛けての表面装甲を開いて現した、幾つもの巨大な銃身があった。
『ターゲットロック、ジェノサイド起動』
「・・・・・・・・・ジェノサイドだとっ!?」
“ジェノサイド”。“DESTROY”の装備の中でも最強の破壊兵器。幾つもの銃身から体内に内蔵された武器の全装備を一斉に発射させ、完全に敵を殲滅する。普段はその場の指揮官的存在の許可が無ければ使えない技のはずだが・・・。
「・・・監視カメラは来るとき全て破壊した。近くに人がいる気配も無い」
てことは、自動判断できるようにでもしておいたのか。
「くそっ、そこまでするのか!」
そんなものここでぶっ放したら基地が半壊滅状態になることは向こうも分かっているはずなのに。当然、彼女が巻き込まれてしまうのも分かっているはずなのに。
「奴らは何を考えてるんだ・・・」
『発射まで後、15秒前』
考えてる場合じゃない。今はこいつをどうにかしないと。
今、俺の真後ろには女の子がいる。さっき着地したとき、元の位置に丁度良く戻ってきていたらしい。女の子を連れて逃げれるか。いや、こいつはターゲットロックと言った。出口までは軽く見積もっても百メートル近くはある。一方方向に発射してくれるなら助かるが、多分ここから出口に辿り着く前には俺に銃口を向け直しているだろう。
逃げる選択肢は無し、ならばこいつを破壊するか発動をキャンセルさせるしかない。
発動をキャンセルはまず不可能だ。確かに今こいつは無防備だが、後数秒間という間に発動をキャンセルさせるなど神業できるものはこの世に存在しないだろう。
となると、残る一つが自動的に決定する。
だが、それも無謀だ。先程は落下の勢いがあったから右腕は破壊できたが、普通に切りつけたんじゃ接合部分を狙っても左腕すら破壊できないだろう。機能停止、完全破壊なんてのは今の俺の装備では無理にも程がある。
『後、8』
たった七秒間の間にここまで判断できたのは自分でも賞賛に値するだろうと思った。
「くそっ・・・・」
これまでか、そう思った時、
「・・・・・・ん?」
光った。
機械の中心部分、幾つもの銃身の隙間、人でいう心臓に当たるの部分が、
確かに今、光った。
「まさか・・・・・」
それは捜し求めていたもの。
それは自らを生へと導く可能性を持つもの。
それは―――希望の光。
「そこかぁっ!」
見つけた瞬間、俺の心臓は高く鳴り響き、俺は気付いたときにはナイフを投げ捨て、二つの銃を同時に引き抜いていた。
『4、3』
カウントに焦りを感じないよう集中し、俺はその目で、その瞳で、その眼で、しっかりと輝く光を捉えた。
『2』
『ソニックオーバー sonic over ―――』
ロボットのもっとも巨大な銃身の奥から、赤い光が煌く。
鼓動が高鳴る。銃を握る手に力を込める。瞳を見開く。
『1―――――』
『フルバースト full burst !!』
ロボットの銃身が強く光り輝くのと、俺の銃弾が放たれるのは同時だった。
『・・・・・』
「・・・・・」
撃ったそのままの体勢でロボットを見据えつづける。額から一筋の汗が流れ出し、頬を伝わって、床へと落ちた。そして、
『・・・・・・・・・・』
ロボットが、動くことは無かった。
「はぁぁぁぁぁ~~・・・・・」
俺は全身の力を抜き、その場にへなへなと座りこんだ。
「もう二度とこんなことゴメンだ・・・・」
先程の光の正体。それは、俺の“能力”に関係する。
俺の能力は“見切り”。敵に幾つかの光があり、その場所が弱点だということを知ることが出来る。今回の場合で言えばあのロボットの弱点は心臓部分、要はあのロボットの“核(コア)”だったのだ。そこへ一瞬にして十発の弾を叩き込んだ。壊れるのは当然の結果だろう。
しっかし、土壇場でよく見つかってくれたものだ。
「天に感謝、だな」
女の子が、座り込んだ俺の横からひょっこりと顔を覗かせ、俺を見た後に浮遊したまま停止しているロボットを見た。
「・・・・・・」
女の子は再び俺のほうを向くと、俺の着ているジャケットの端をくいくいと引っ張り、ロボットの方を指差した。
「ん、あいつならもう動かないよ」
言っても分かんないだろうが、とりあえずそう言って微笑を向けた。それでも女の子はロボットへと指を指しつづける。
「だから、あいつなら・・・・・」
そう言ってロボットへと顔を向けた瞬間、女の子が何を言いたかったのかがすぐに分かった。
ロボットの所々から、火花が散りだしていたのだ。
「やば・・・・・っ!」
俺は草臥れた身体に鞭を打ち立ち上がると、女の子を抱えて全速で走った。先程の通路の角まで戻り、女の子を抱きしめるようにして屈み込んだ。
瞬間。
ドゴォォォォォォォォォォン!!
一瞬だけとてつもない閃光が目を襲ったかと思えば、次の瞬間にはとてつもない轟音が耳を襲った。壁から全身に振動が伝わり、爆発の強さを示してくれる。
やがて音も聞こえなくなり、振動もしなくなった頃。
俺は壁からゆっくりと顔だけを覗かせ、その惨状を目にした。
当然のことながらロボットは大破。もう原形を留めてはいない。俺達の近くのところまで四つ目の頭が飛んできていた。浮遊していたらしい黒い半円の物体は地面に落ちていて、銃身なども吹き飛んでそこら中に散らばっていた。壁はまだしも天井まで黒焦げになっていることから、相当大きな爆発だったことが窺える。
「・・・・・・巻き込まれたら、死んだな」
俺は顔を引っ込め、腕の中にいる女の子と目を合わせてお礼を言った。
「ありがとう、助かったよ」
「・・・・・・・」
女の子はやっぱり無言で、ほんの少しだけ首を傾げた。
「さて、行きますか」
俺は女の子を抱え上げて地面に下ろし、自分も立ち上がり出口に向かってゆっくりと歩き出した。女の子も俺の後に続いて歩き出す。
「あ、そうだ」
俺が歩き始めてからすぐに立ち止まったことにより、女の子がぶつかりそうになって慌てて立ち止まった事に微笑を浮かべながらも、数歩後退してあるものを拾い上げた。
「あいつへのお土産ってところか」
“DESTROY”頭部の部分。“脳(ブレイン)”だ。それを抱えるようにして持ち、振り返った。
「よし、今度こそ」
俺たちは、出口に向かって歩き出す。
一歩一歩、コツコツという音に耳を傾けながら、やがて出口の前に辿り着く。
俺は来たときよりも数段楽な手段でドアを開けた。ドアの脇のスイッチを押すと、ゆっくり鋼鉄の扉が左右に開く。
「・・・・・っ」
隙間から差し込んできた太陽の光に目が眩んだ。長いこと暗いところにいたためか、やけに日の光を強く感じる。
ドアが完全に開き、外の風景が目に飛び込んできた。
とは言っても、辺り一面森だらけだから風景も何もあったもんじゃないが。
「任務完了―ミッションコンプリート―」
俺は、外の草に一歩踏み込もうと足を前に―――、
「いたぞっ!!もう脱出しようとしている!急げ!!」
厄災はまだ続いていた。
「・・・ったく。いい加減に」
「絶対に逃がすなっ!」
男達の足音と声が近づいてくる。俺はポケットから丸い球体を取り出し、
「しろっ!!」
近づいてきた男達のところへ思いっきり放り投げた。
「な、何だっ!?」
地面を転がった球体は、すぐに男達の辺り一面を白い世界へと豹変させる。
煙幕だ。
「今のうちに・・・じゃ」
俺は煙幕のせいで思うように行動できていない軍人達に軽く手を挙げると、振り返って女の子を連れて森の中へと消えた。
もう二度とここには来たく無いななんて、平凡な願いを胸に抱きながら。
「ほぅ・・・。あの少年は逃げ切ってしまいましたか・・・」
軍の基地内の一角。
薄暗い部屋の中、一つのモニターを眺めながら一人の白髪の男が感心するように、それでいてどこか憎々しげに呟いた。
「三十人の兵士を投入したばかりでなく、“DESTROY”さえ出撃させたというのに、全く、大したものです」
そう言って、掛けていた眼鏡に手を掛け軽く上にあげると、モニターを眺める目を細めた。
「ジェノサイドを放ち、あの少年にだけ死んでいただき、自動防御でプロトタイプだけが生き残るというのが理想だったのですが、いや~、一本取られましたね」
この男から発せられる口調には、兵士や基地のことを気遣う心など欠片も存在してはいない。
「まぁ、面倒ですがプロトタイプが生きていただけでも良しとしましょうか」
男はモニターを眺めるのを止め、近くの椅子に腰をおろした。
「あれの完成には、彼女が必要不可欠ですからねぇ。もう一つの方は、今頃何処にいるのやらさっぱりですしねぇ」
テーブルの上から冷めてしまったコーヒーを一口すすり、再びモニターを横目で見やる。そこに映っているのは、ようやく煙幕が晴れ、一斉に咳をしている兵士達の姿だった。
「・・・全く、無様ですねぇ。これでは機械の方が何十倍もマシではないですか」
そう捨てるように言い放ち、顔の形を苦渋に歪めた。
「やはり魔物を一掃するには、あれの力が必要ですねぇ」
男はさらに表情を歪める。今度は先程とは真逆に唇の端を三日月形に吊り上げ、笑みをこぼすと、ククッ、とさも愉快そうに笑い声を漏らした。
「待っていてください。すぐに取り返して差し上げますからねぇ」
―TO BE CONTINUATION―
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