2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全13件 (13件中 1-13件目)
1
昨日から夫が休みに入り、随分気が軽くなったような気がする。午前中は弟へのプレゼントを買うため、ショッピングセンターへ。結局弟のために こないだ買った女物のルームウエアは義母が着ることになった。その代替品を買いに行った。義母夫婦は私がプレゼントした白のウエアがとても気に入り、弟にも同じものを買いたいと望んでいた。が、私が知る限り弟は白いものは好まない。しかもルームウエアなど着るようなタイプではない。部屋の中では寝るまで靴を履き、ジーンズですごすタイプである。それを何度説明しても、義母はわかってくれない。彼の部屋は広すぎて寒すぎるから、暖かいルームウエアを着て欲しいんだそうだ。へ~、寒すぎるんですか。一応大家でもある私たちも気になってこないだから、部屋の温度は大丈夫ですか、と何度も聞いた時、いつも弟の部屋に行くと、熱すぎて暖房を切ってくれと頼んでいるなんておっしゃってたのは、お義母さまなんですけど、、。ほんとうにわけがわからん。夫も一生懸命言ったが、最後にとうとう諦めてしまった。というわけで、カーディガンとトレパンを購入した。でも色だけは白をやめて、暗い色になった。多分来年渡仏したときに、夫がそのトレパンを貰って帰ってくるだろう。昼食は固焼きそば。太麺バージョン。休みを入れるまもなく公園へお散歩に出かけた。そこで小1時間ほど散策して帰ってきた。夕食はしゃぶしゃぶ。食べ方を教えてあげた。今までにいろんなタイプの日本の食を教えてあげたわけだが、そのメニューの豊富さとアイディア、食べ方など義母たちも驚いていたが、私も自分で驚いてしまった。やっぱり日本の食って優れているなあ。義母は自分が恥ずかしいと言っていた。短時間でカンタンにどんな料理でも作ってしまう私と比べると、恥ずかしくてしょうがないと。フランス人は、インスタントものなどを好まない人が多いという。夫の父なども、少しでもインスタントが入っていると本物ではないといい、ヘンなこだわりを見せ付ける。簡単な料理をできないのは、そこら辺のこだわりにあるのかもしれない。20日目。今朝地震があった。震度2の軽い地震であったが、、、。義母夫妻にとっては、恐ろしい体験になった。というのも、フランスにはめったに地震が起こらない。新潟の大震災といい、スマトラ沖の地震といい、ちょっと怖いニュースが飛び交っている中なので、今回の地震は義母たちを恐怖に陥れたようだ。義母は叫んで部屋から飛び出してきた。:::::::::::::::::::::さて、今日はとても寒く、どこにも出かけたくないという義母夫妻。大晦日なので、今年最後の買い物に夫と二人で出かけた。夫が突然クレープを作って欲しいと言い出して、義母の夫(元パティシエ)にお願いした。またまた大掛かりな料理が始まり、2時間くらい費やしていた。でもさすがパティシエ、出来上がりが見事だった。買い物先でおいしそうなバゲットがあったので、昼食はバゲットのサンドイッチに決定。夕食はオードブルとシャンパン。紅白でマツケンサンバを見たあと、年越しそばを食べた。そのあとカウントダウンしたあと、新年のあいさつにキスをした。でも、何故か夫とは新年の挨拶を交わさなかった。その少し前からちょっとヘソを曲げてた夫。一人でパソコンにかじりついていた。
2004年12月31日
コメント(0)
今日は朝からジム。今年最後だったので、友人たちとしばしのお別れ。今日は義母が夕食を作ってくれるという。ポテトのチーズ焼きのようなものだ。私が家に帰ると、もう夕食の用意をはじめていた。今日は私の職業でもあるペットシッティングのクライアント(つまり猫)が来る予定なので、時間的な余裕がなく、義母に気を遣わせてしまった。ちょっと反省。そのあとすぐに昼食の支度をした。今日のメニューは、エリンギの和風ペペロンチーノ。エリンギなんて珍しいかと思ったら、味は「マッシュルームパリ」に似ているといわれた。そのうち雪が降り出して、義母夫婦二人とも「ウーララ~!」って驚いてた。そういうわけで午後はおとなしくテレビで映画鑑賞することになった。今日の映画は「ゴールデンチャイルド」。映画が終わると、義母夫妻はまた用意を始めた。午後3時半から6時半まで、休みなく用意をしていた。バケーションで来ているのに、こんなに働かせてしまって大いに反省した。彼らは私たちのように、物事をカンタンに済ませることが出来ない。ホワイトソースも当然小麦粉から作る。私だったらインスタントを使っちゃうところである。義母に言わせると、私の料理はすごくおいしい。でもシンプルに作るので、それがとても難しいと。褒められてるのかけなされてるのかわからなかったけど、今日やっとそれがそのままの意味で、彼女の本心だとわかった。というわけで、本日のメニューは義母夫妻お手製、ジャガイモチーズ焼きと中華風チキンサラダ。この二品だけだったけど、時間をかけているだけに本格的だった。これから彼女たちに料理を作ってもらうのはやめにしよう。あんなに時間をかけて、本当に気の毒になってしまった。
2004年12月29日
コメント(0)
今日は一日オフの日。公園にいく予定だったが、寒いから行きたくないと言う。とりあえず午後は映画のキングコングがやるからいいだろう。でもまた二人でテーブルに足を乗っけながら見るんだろうな、、。私はこれが非常にイヤでたまらない。なぜ平気で食べ物を置く場所に足をのせるんだろう。注意したいけど、何も言えない気弱な自分にも腹が立つ。夫に言ったら彼が怒ってくれるだろう、、でも告げ口になるので言えない。多分義母たち二人とも私が何を言わないのをいい事に、やっているのだろう。現に私の夫がいる前では、ぜったいテーブルに足を乗せるなんてことしない。ところで今日の昼食はドンベエシリーズ。日本のカップラーメンを知って欲しかったので、あえてだした。だしが効いておいしいと言っていた。午後は映画キングコングを見て、そのあと二人で買い物に出かけた。夕食は豚丼・もやしのナムル・水菜とチキンのサラダ。だんだん量が増えてくると言われた。っていうか、夕食の前にお菓子を食べてるからお腹がすかないのではないでしょうか。。
2004年12月28日
コメント(0)
昨日は日曜日。午前中はゆっくりして、午後から付近の公園にでかけた。昼食にはインスタント(袋入り)のカレーうどん。おいしいと言っていた。昼食の後、湖の辺にある公園を散策し、ショッピングセンターへ。クリスマスの時に義母にルームウエアをプレゼントしたのだが、彼女はそれをとても気に入って、自分の妹にも同じものを購入したいと言い出した。というわけで、そのルームウエアを売っていた衣料品店を案内した。(値段がバレてしまったけどね。)その店で小一時間悩んで、義母の妹の分と自分の息子(私の夫の弟)のルームウエアを選んだ。小一時間かかったワケは、義母が息子用にと女物を選んだせいにある。義母はかわいい犬とハートの模様が入った服を、30男に着せようというのだ。いくらなんでも着ないだろうと意見をした。でも結局それを購入してしまった。もちろん夫が「返品禁止」と釘をさした。義母に言わせれば、息子が嫌がって着なかったら自分が着るから良いとのこと。なんだ自分が着たかったのか、と納得。そのあと皆疲れたので、義母夫妻を先に家に帰らせ、私と夫は夕食の買い物へ。家に帰ると、なんと洗濯物が取り込んであり、きれいにたたんであった。うれしい反面、とてもイヤだった。だって私の下着などもあって、それを見られたと思うと顔から火が出そう。多分義母の夫が洗濯物を取り込んで、義母がたたんだのだろう。夫にも私の下着を触られるのは抵抗あるのに、夫以外の男性(しかもオッサン)に私の下着を触られたなんて~!でも、笑顔でお礼しか言えない私であった。夕食はホットプレートで、焼肉。フランスには薄切り肉というのが、あることにはあるが種類がなくて、高いんだそうだ。それから薄く切ったニンジンやポテトを添えたら、それにも感動してくれた。フランスでは野菜や肉をを薄く切って、あんまり食べないらしい。おいしいのに、、。そして今日。朝ジムに行って、帰りに昼食の材料を買って帰る。昼食は固焼きそば。食卓に出す前から揚げてある焼きそばをつまみ食いをするという食いつきのよさ!これは義母夫婦には大ヒットだったようだ。あんかけが絶妙の甘さで、パリパリした固焼きそばの上にかかっている。なんと二人は皿を舐めてまで味わっていた。さらにキッチンに落っこちた焼きそばの破片を拾って食べてるほどだ。義母はこれを買って帰りたいと言っていた。午後は公園へのお散歩を提案した。昼食後すぐに出かけないと眠たくなるので、すぐに出ようかと言ったら義母の夫が小一時間休みたいと言いだした。そのうち、テレビを見てたらインディジョーンズをやってるのでそれに夢中になってしまい、散歩は明日に延期ということに。おかげで私は少しゆっくり出来たけど、、、。夕方、夫からナムルを同僚のために分けてくれと言われ、あわててニンジン・大根・水菜のナムルを作った。夕飯は揚げシュウマイと、ヤングコーン・ニンジンを豚肉で巻いたもの。薄切り肉の料理を気に入ったらしいので、これを中心にメニューを考えることにした。デザートは抹茶風味のロールケーキ。(もちろん買ったもの)義母の夫は元パティシエなので、市販品を出すのは気が引けるが、それなりに日本のスイーツを楽しんでいるようだ。
2004年12月27日
コメント(0)
昨日はクリスマスイブの日。義母たちの滞在中で、これがメインのイベントだと気を張っていたが、大掛かりな料理や飾りつけはなく、シンプルにすごした。でも義母たちと私、オーナメントを用意してちょっと飾っただけで素敵な雰囲気になった。もみの木がないので、ドラセナの下にプレゼントを置いた。当日の午前中は平日だったので、私はジムへ行き、夫は仕事に行った。ランチは「焼きうどん」と前日の残り物。焼きうどんはしょうゆ味ではなく、ソース味にした。それが大当たりで、とてもおいしいと言っていた。イブの夕食は私が寿司をつくり、あとはサーモンや生ハムなどのオードブル。シャンパンを開けて、ゆっくりと食事を楽しんだ。そのあとで、プレゼントを開けた。プレゼントは義母のリードで一つずつ渡されて開けていった。高価なものも、そうでないものもあっだけど、何故かラッピングされてるとワクワクしてしまう。中でも一番感動的だったのは、義母から貰い受けたブレスレットである。これは金の鎖にダイヤがあしらわれていて、見るからにわたしには分不相応なもの。でも義母の母親(つまりおばあさん)から譲り受けた大切なブレスレットだと知り、胸が一杯になってしまった。義母と二人で抱き合って泣いた。いつも夫と二人ですごしていたクリスマスだが、こうやって家族と静かに過ごすのもよいものだ。こんなに幸せだと感じたことは久しくなかったような気がする。14日目。今日は成田山新勝寺に行き、そのあと房総のむらというテーマパークへ。成田山はすいていた。正月に行かないでよかった。昼はガストでトンカツ定食。その後、房総のむらへ。ここは江戸時代後期あたりの庶民の生活をテーマパークにしたところ。そこで義母の夫が鎧兜の試着に挑戦して、かなり面白かった。帰りは私がずっと車の運転をしていたので、義母たちが気を遣って夕食はピザを買ってきてくれた。夕食はピザと昨日の残りのサラダ類。夜は夫の弟とビデオチャットをした。パリに一人残してきた義弟と、テレビ電話で話せたのは良かったと思う。やっぱり家族全員がそろわないとだめだよね。
2004年12月25日
コメント(0)
今日は祝日だったが、夫は半日仕事に出かけた。お昼に皆で夫を会社まで迎えに行った。その足でサイゼリアへ直行する。私と義母の夫、280円のドリア。夫と義母、380円のピザ。それとワカメサラダを4人でシェアした。なんて安あがり♪義母はドリアがおいしくて、自分の夫のドリアを奪って食べてしまった!昼食が済んだら家電量販店へ行った。そこでDVDやCDRなど消耗品を買った。義母はウオッシュレット売り場に釘付けになってしまい、絶対買って帰ると騒ぎ出した。(買ってもどうせ返品するでしょう)フランスと日本では電力がちがうし、トイレ自体の形もマッチしない。みんなで反対してやっとそこから離れた。家に帰ったら今度はフランスでウオッシュレットが売っていないかネットで調べていた。夕飯はチキンの南蛮漬けミモザ風、大根とベーコンのカレー風味煮、サラダ、ご飯。南蛮漬けは酸っぱいから苦手かな、、と思いきや、おいしいおいしいと言ってくれた。
2004年12月23日
コメント(0)
今日は午前にジム、午後は英会話だったので一日中離れていた。ジムが終わるとすぐにスーパーに飛んで行き、昼食を買った。本日は細巻き3本とおにぎり一つずつ。それからサラダ。巻きは食べなれていたが、干瓢巻きは初めてらしく、珍しがっていた。義母がおにぎりに箸を突き刺して食べていたので、それは死んだ人にすることだと注意をした。後片付けをお願いして、私は英会話へ行った。4時頃帰宅し、義母夫妻は恒例のお散歩へ。このときいつもなにやら買い物をしてくる。店員にジェスチャーでいろいろ質問しているらしい。その武勇伝を聞くと、いつも笑ってしまう。夕食は豚肉のしょうが焼き、キャベツいっぱい添え。夕食後、ダンスダンスレボリューションで遊んだ。義母はこれを欲しいと言い出し、同じものを買ってくれとたのまれた。
2004年12月22日
コメント(0)
日曜日に私の両親が迎えに来てくれて、千葉県一周旅行に出かけた。両親はフランス式の挨拶に挑み、少しずつ英語も話すようになった。私のつたない翻訳もスムーズにいき、みんな楽しむことができた。ドライブはまず鋸山に登り、そのあとレストランへ。父がネットで探したというイタリアンレストランは、人里離れたとんでもないところにあった。水仙の花が咲き乱れた恐ろしいほど狭い小道を延々と進み、やっとたどり着いた。自家製のハムに、手作りのパスタ生地、コーヒーも豆から挽くというこだわりに、一同感激した。次に灯台に行き、七福神神社をお参りしてホテルへ。ホテルは海に面して建てられており、義母夫妻はとても喜んでいた。夕食は和食海鮮バイキング。私はタラバガニに専念し、義母夫妻はそんな私を驚いてみていた。彼らはエビフライやてんぷらなどを気に入ったようだ。ホテル内でゲーセンかカラオケなどがあれば良かったのだが、なにもなかったし、一日中一緒にいたので その日はそれでお開きとした。そのあと私たちは義母夫妻・私の両親の部屋にそれぞれ10分ずつほどお邪魔して終わり。私は大浴場でやっと一人になれて、思う存分泳いだ。(誰もいなかった。)翌日はあいにくの雨。朝食はバイキング。義母夫妻は納豆に挑戦したがリタイヤ。そのあと室内で見られる南房フラワーパークに行き、昼食はデニーズへ。そこで義母は和風ハンバーグランチ、夫はエビドリアランチ。義母からのお願いで、昨日から食べっぱなしだから食事の量を半分に減らして欲しいといわれた。それにしても良く食べる。昼食後は鯛の浦へ。そして船に乗りこんだ。きれいな海だった。かなり大きな鯛が群れてきたので、皆驚いた。船を下りてから誕生寺を見学して、帰路へ着く。義母は私の両親の名前をフランス語にして、父(こうじ)がクロード、母(きみこ)がカミーユと呼んだ。両親はそれをいたく気に入っていた。ちなみに私の名前はユル・ブリンナーだそうである。(泣)千葉の道路事情はあまりよくないため、我が家についたのは5:30ころで、そのあと両親が実家に着いたのは7:30だったそう。遠いところ来てくれて両親には本当に感謝している。夕食はラビオリと大根のスープ、蓮の金平ツナ添え。10日目。本日はお疲れかと思いきや 義母夫妻、8時に起床。10時半に激安衣料品店に連れて行き、暖かい下着などを購入。そのあと義母が返品したいと言っていた食器を返しに行った。しかしカードで払ったため、店員が処理の仕方で困ってしまった。責任者等がわらわらと出てきて、あっという間に大騒ぎに。それでも処理がわからず随分と時間がかかってしまった。それを見ていた義母は泣き出してしまい、「迷惑をかけてしまった。二度とこんなことはしない。ごめんなさい。」と反省しきり。そのあと100円ショップで買ったものを返品しに行った。そこで新たに気に入った食器があったので、先日買ったものを返品したいと言い出した!昼食は和風きのこスパゲティとサラダ。夕食はポークシュニッチェルと洋風肉じゃが。冬至ということでデザートにゆずババロア。初めてバゲットを出したら、義母は手をつけなかった。夫は喜んでいたが、、。
2004年12月21日
コメント(0)
昨日は疲れて日記を書き込めなかった。朝はいつもの通りジムに行き、11時頃帰宅。義母たちはテレビショッピングと時代劇が気に入ったらしい。帰るといつも見ている。お昼は冷凍ピザとサラダにした。昼食後、近所の100円ショップに連れて行った。義母たちはそこで、お土産用の箸や皿を購入した。何もかもが物珍しいらしく、実に2時間ものあいだ物色をした。夕方家について少しゆっくりしたら、今度は夫を迎えに行きがてら同じ市内で盛り上がっているクリスマスイルミネーションを見学に行った。そのあと帰宅し夕食。今日のメニューはカレーライスとサラダ、それに高野豆腐。義母は何でも箸を使って食べたがり、カレーも箸で食べはじめた。あまりに無作法に思えたので、思わず注意をしてしまった。義母の夫はすぐにスプーンに持ち替えたが、義母は私の注意を受け入れなかった。食事の後で義母が100円ショップで購入したものを返品したいと言い出した。忘れていた、義母は返品魔だったんだ。ああ、あの2時間はなんだったんだろう、、私はどっと疲れてしまった。その上義母はグッチの時計を失くしくしてしまい、大騒ぎ。そのあと疲れのせいもあってか、翌日の予定が中々立てられず、軽い押し問答が始まった。そのとき息子が義母の機嫌を損ねるようなことを言ったらしく、翌日の義母はとてもふさぎこんでいた。もともと感情の起伏が激しい人なのだが、私がどうしたのかとたずねたら義母は泣き出してしまった。1時間ほど気まずい時間が流れたが、そのうち元に戻った。そして向かった先は浅草浅草寺。羽子板市だったのでものすごい混雑だった。そして夫が吉牛に私たちを連れて行き、そこで昼食。狭くてセワシナイ、、、スローフードの国に住んでいる義母たちが渇食らう食事を認めるのだろうか、、、。店内が混雑してきたので、文句を言うまもなく店を後にした。それから上野に行って、アメ横を歩いた。義母たちはアメ横がパリのマルシェと同じだと言っていた。アメ横→上野公園→不忍池を散歩し、マックで休憩をして帰路についた。今日の夕食は昨日のカレーにナン、大根サラダ。あと何にしよう、、、まだ未定。
2004年12月18日
コメント(0)
日曜日に彼らが来てから今日で5日目になった。ぎこちなかった会話も次第になじんできて、冗談を言えるようにもなった。今日から、朝の行動は別にできるようにもなった。私はジムに行き、彼らはその間に朝食をとり二人の時間を楽しんでいる。朝11時ごろ帰宅して、義母のたっての願いで靴屋に案内した。そのあとキッシュとサラダの昼食。午後一で国立歴史博物館に行ってきた。予定では博物館を回った後で、城址公園を散歩するはずだったが、博物館がえらい広く、一回りしたら疲れ果てて家に帰ることになった。夕食は冷しゃぶ。高野豆腐の煮物も作ったが、量が多すぎると夫からクレームがあり、却下になった。彼らは冷しゃぶをとてもおいしいと言うが、本当のところはどうなのだろう。彼らが社交辞令を言っているように聞こえるのだが、、。(多分そうだろう、、。)ポン酢を選んだのは私だけ。あとは全員ゴマダレだった。食事は足が痛くないように、ダイニングテーブルと椅子を用意したが、彼らは相当無理をしてカーペットに座ろうとしている。「ca va, ca va,」(大丈夫)と言ってる割には何度も足を組みなおし、気の毒でならない。そのあと、私たちが9月に行った北海道の叔父家族のDVDを見た。
2004年12月16日
コメント(0)
義母夫妻が来て今日で3日が経った。義母たちは初めての日本ということで、かなりカルチャーショックを受けている。まず日本人はみんな寡黙だということ。空港であまりに静かなので驚いたそうだ。っていうか、彼ら欧米人がうるさいのでは?昨日ショッピングセンターに連れて行ったのだが、少し離れていても、彼らがいるところはすぐにわかる。違う言語ということと、声がひときわ大きい!それから昨日、私にしてみれば大きな事件が起こった。義母たちを乗せて車を走らせてたとき、対向車のダンプカーから石が飛んできて、車のフロントガラスにくもの巣のようなヒビが入ったのである。すっごい怖かった、、、。ダンプカーは知らん顔で行ってしまった。っていうか、気付いてなかっただろな。そこですぐさまディーラーに車を持って行った。ディーラーでは私の車を停めやすいように誘導してくれ、コーヒーなどを出してくれた。そこでまた義母たちはビックリ。いまだかつで整備工場で、こんな丁寧な対応をしてもらったことがないと。。整備したちは皆、きれいなつなぎを着てにこやかに挨拶してくれるし、居心地のいい椅子が用意してあって、コーヒーまで御馳走してくれる!フランスだったら汚い格好のオヤジが無愛想に対応しているところだろう。コーヒーなんてもってのほか、お客は立ったまま汚いガレージで車の故障を説明しなきゃならない。お客様を迎えるきれいなロビーと自動ドアなんてあるわけがない。家の中でも驚いていることは沢山ある。まずウオッシュレット。座ったら便座が暖かくなっているのでビックリ。しかもシャワーでお尻をきれいにしてくれる。水を流したら、上から手洗い用の水が出てくる。これは、私たちにはなれた光景だけど、欧米ではまだまだ見ない。お風呂もそう。彼らはわざわざバスタブで体を洗おうとしていた、、必要ないのに、、。とにかく彼らのカルチャーショックを見ていると、日本にいてよかったと思える今日この頃である。今日の夕食はてんぷら。義母夫妻はいたく気に入っていた。タケノコ・シソ・大根がものめずらしかったそうだ。
2004年12月14日
コメント(0)
フランスから義母とその夫がやってくる。義母が日本に来るは初めて。今日から一ヶ月と3日滞在する。というわけで、ここ3週間ほどは準備と掃除の毎日であった。ウチは4人家族が住めるような3LDKで、部屋は余っているんだけれども何故か物が多い。しかも使わないものが多く、今回の掃除で随分ゴミが出た。その中で捨てられなかったのが、スーパーやデパートの袋関係とウラ紙。夫とケンカしてまでこの2点は死守した。どうしても、ウラ紙は何かを書き込むまで捨てられないし、ビニール袋もそこにゴミを入れるまでは捨てられない。自分でもちょっとおかしいと思うけど、しょうがない。結局ウラ紙はダンボールに入れて、クローゼットの奥にしまい、袋関係は実家に持って行って一時預かりをお願いした。よくゴミ屋敷に住んでいる人をテレビで見るが、私の捨てられない病は彼らと一緒なのだろうか、、。ある調査では、脳に欠陥がある病気が関わっているとか、、。もしかして私はその予備軍か!?と怖くなった。ウラ紙と袋をためるのも、ほどほどにしておこう、、。さて、義母たちはパリを出発したけど、霧のために経由地ロンドン到着が1時間半遅れて、経由便に乗り遅れたそうだ。次の便に乗れたそうだが、それがまた3時間以上遅れて出発。義母はその様子を逐一息子に電話で報告し、義母は滑走路についてもまだ電話でしゃべっていた、、、。こちらも迎えに行く時間がだいぶ遅くなったので、余裕ができた。もう少し掃除をしておこう。。。
2004年12月12日
コメント(0)
今日実家の母から珍しく電話があった。母の声は、いつものような明るさがなかった。どうしたんだろうと思ったら、母の姉が亡くなったという。私の母は7人兄弟の5番目である。母の妹二人は父親が違うし、年が離れているため、実際は母が姉たちに末っ子同様かわいがられていたという。亡くなったのはその2番目の姉である。去年あたりから肝臓を悪くして、入退院を繰り返していたらしい。私もその叔母には随分かわいがられていた。田舎に行くたびにお小遣いや、お菓子を沢山貰ってきたものだ。私の母は、自分の姉ら4人をすべて「アネ」と呼んでいた。良く考えると、なんだかヘンな呼び方である。自分のアネが全員そろったときなどは、「アネ」と呼んだら、全員返事をしてしまいそうである。確かそういうときには、住んでいる土地名をつけていたような、、。たとえば中島のアネとか、神納のアネとか、、。母は姉が亡くなって、とても淋しいと言っていた。うん、、、、私も淋しい。。。そして悲しい。。。今年に入ってから母と、叔母のところへお見舞いにいこうと言っていたのに、それが実現できなかったのが本当に悔やまれる。
2004年12月06日
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1