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2026.04.20
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テーマ: 健康・薬(132)
カテゴリ: 健康


​​『子ども達に贈る12章』第10章―「子ども」とは何か
真弓定夫先生の著書『子ども達に贈る12章』、今回は第10章をご紹介します。
**子どもと眼の高さを同じにする**
小児科医になって55年。その間、真弓先生が終始一貫して心がけてきたことがあります。子どもを診る時に、いつも眼の高さを同じに保つということです。しかし、その「保ち方」には大きな誤りがあったと、先生は深く反省しています。
最初の6年間は大学病院で研修を兼ねた診療、その後13年間は総合病院の小児科医長として子どもたちを診てきました。しかしその20年近く、流れ作業的な診療に追われ、ひとりの子どもを経年的に診る機会にも恵まれなかったため、子どもの能力の高さをしっかり把握することができなかったといいます。
当時、「眼の高さを同じにする」とは、4歳の子どもを診る時には自分が4歳だった頃を思い出し、6歳児を診る時には6歳の自分を思い返す――つまり、自分の眼の高さを「下げて」子どもに合わせることでした。
ところが、組織を離れて自分なりの診療を始めてから36年。ひとりひとりの子どもの心身の全体像をとらえ、その成長に寄り添って観察するうちに、子どもの能力の高さをはっきりと認識できるようになりました。
いまは逆に、4歳児に接する時には4歳児のレベルにまで、6歳児に接する時には6歳児のレベルにまで、自分の眼の高さを「上げて」接するようにしている。すると子どものほうも大人の姿勢をよく理解してくれて、勤務医時代とは比較にならないほど親密に接してくれるようになったそうです。
**子どもの能力の高さ**
その能力の高さを示す2つの例があります。
まず、言葉の習得力。ほとんどの3歳児は、家族や周囲の人々とごく当たり前に日本語で会話を交わしています。では、父親がフランス語を、母親が中国語を3年間勉強したとして、3歳児が日本語を操るレベルにまで到達できるでしょうか。先生は「私には無理です」と率直に語ります。
もうひとつは、元ソニー会長・井深大さんの才能教室で行われたテストです。新体動の青木宏之さんを招き、3歳児・4歳児・5歳児を後ろ向きにして、背後から丸めた新聞紙を黙って振り下ろしました。
結果は驚くべきものでした。3歳児は100%よけた。4歳児は88%、5歳児でも68%と半数以上がよけたのです。
考えてみれば当然のことだと先生は言います。ヒトも4000種を超える哺乳動物の一員であり、野外で暮らす動物が背後から襲われた時によけられなければ命を失う。その本能的な能力を子どもはまだ持っているのです。ちなみに成人でよけられるのはわずか3%。この能力をそのまま維持し続けた人が「超能力者」と呼ばれたり、暗闇で斬りかかられても身をかわす「剣豪」と讃えられたのではないか、と先生は語ります。
**子どもは親の後ろ姿を見て育つ**
こうした子どもの能力の高さを踏まえた上で、真弓先生は親に「言ってほしくない言葉」を2つ挙げています。「しなさい」と「してはいけない」。中でも最も言ってほしくないのが「早くしなさい」です。
子どもは親の言うとおりにはならない。親のするとおりになる。子どもに何かをしてほしければ、親がそれを根気よくし続け、黙って見せ続ければよい。してほしくなければ、親がそれをしなければよい。「子どもは親の後ろ姿を見て育つ」という言い伝えは、育児において言葉よりも行動が大切であることを示しています。
習い事をする子どもが増えていること自体は悪いことではありません。しかし、結果にとらわれて執着しすぎてはいないでしょうか。競うことは構わない。ただし、それはあくまでも自分の子どもの「以前の状態」とくらべて進歩しているかどうかを見ることであって、他の子どもと比較することではありません。
親は他人と比較されることを嫌います。それでいて、つい子ども同士をくらべてはいないでしょうか。ここでも子どもの能力の高さを思い出すべきです。子どもには言葉はいりません。物事を察知する能力は大人よりもはるかに高い。親が心の中で思っていることを、子どもは肌で感じとるのです。
「早くしなさい」ではありませんが、いまの親は子どもに即効的な結果を求めすぎてはいないか。「継続は力なり」「大器晩成」という言葉を、先生はあらためて思い起こさせてくれます。それぞれの子どもが必ず持っている長所を見出し、歳月をかけてじっくりと育てていくことが親の務めなのです。
**会話に「い」を付け加える**
子どもは本来、明るく天真爛漫な性格を持っています。そうした子どもに接する時には、つとめて笑顔を浮かべてほしい、と先生は言います。
先生の好きな言葉に「鏡は先に笑わない」というものがあります。笑顔で接するには、こちらが先に笑顔を送ればよいのです。
そのための簡単な方法があります。会話の末尾に、無言で「い」と付け加えること。「おはようございます(い)」「今日のごはんおいしかったね(い)」「学校でどんなことがありましたか(い)」。末尾に「い」を添えることで自然にほほえみが生まれ、会話が和やかになります。集合写真で「いち、に(い)」と言う、あの応用だと思えばわかりやすいでしょう。
**育児は生まれる20年前から**
この章の最後に、真弓先生は子育てにおける究極のひと言を伝えています。
「親は子どもの親である。子どもは親の子どもではない」
それぞれの子どもには、父母、祖父母、曽祖父母、そして代々の祖先という血縁の縦糸が通っています。その家の「戸性」に育まれて子どもの個性が生まれる。一方で、向こう三軒両隣から広がっていく他人という横糸も張りめぐらされています。家系の縦糸と他人の横糸によって織りなされた「あやもよう」こそが、子どもの本質だと先生は考えます。
「子どもは親の子どもではない」とは、「親だけの子どもではない」ということ。子どもは天からの授かりもの、預かりもの。その認識を親がしっかり持てば、自己中心的な育児や虐待など考えられないはずです。そして、そうした親の姿を見て育った子どもが、自己本位の異常行動や犯罪に走ることもないのではないでしょうか。
「育児はその人が生まれる20年前から始まる」――しっかりした育児のできる親をつくるには、子どもの時から20年かけて、それにふさわしい親に育てることが必要なのです。
ネイティブアメリカンの人々は、7代先の子孫のことを考えて育児にあたっているといいます。現在の自分があるのは7代にわたる先祖の育児の積み重ねによるもの。その重さを深く認識しているからです。
日本でも、わずか60年ほど前までは同じような考え方で育児にあたっていました。いまこそ伝統の育児を取り戻すために、知識ではなく親ゆずりの智慧によって次の世代を育てていきたい――先生はそう願いを込めてこの章を結んでいます。
**脱薬薬剤師より**
この第10章を読んで、最も心に残ったのは「眼の高さを下げるのではなく、上げる」という真弓先生の気づきです。
子どもの能力は、私たち大人が思っている以上に高い。3歳児が100%背後の気配をよける話は衝撃的ですが、それほどの力を持って生まれてきた子どもたちの能力を、大人の都合や薬で抑え込んでいないか。薬剤師として、あらためて考えさせられます。
「鏡は先に笑わない」。まず親が変わること、親が見せること。それが子どもの心身の健康を育てる一番の処方箋なのかもしれません。
次回は第11章をご紹介します。
治療より予防。薬に頼る前に、まず健康的な生活習慣を。
子どもたちの未来のために、今できることから始めませんか。





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最終更新日  2026.04.20 18:53:10
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