Qingxiangの日々的話話

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Qingxiang

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2008年11月17日
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この日の夜、出先からの帰りで寒空の中ヨタヨタと自転車を漕いでいると.....


俳優の石垣佑麿くんが、泥酔して人を殴って逮捕、というニュースがYahoo!のトップに上がっているという知らせでした。

スケートの織田信成くんが飲酒運転...のときもそうでしたが、世間の反応は「飲酒者本人をひたすらぶっ叩き」に偏ってしまうのが、佑麿くんのこの一件でも噴出、ですね。

しかし、私個人はどうしても、もっと背後の状況なども考えてしまうのですね。

かつて私がもっと若かりし頃、非飲酒者の私は、年長者の方々などからさんざん「何で飲まないの?!」「飲みなさい」という強制攻撃を再三浴びていました。
「飲酒」という行動は、法律で飲酒することを許可される年齢に達した者がその「自己責任において楽しむ嗜好品」であり、決して「法律で成年者は飲まなければいけない」と定められているシロモノではありません。
にも関わらず、巷にあふれる飲酒者の強制ぶりといったら、まるで「飲酒するのが法律遵守じゃー!」と言わんばかりで、なぜ「飲む人飲まない人それぞれでよいのである」という当然の帰結に至らないのかが、若い頃から疑問でしょうがありませんでした。

要するに、「飲ませたい」という飲酒者の「エゴイズム」の方が日本では主流派になっているわけであります。


日本全体が基本的にそのような感じ...になっているため、「本人は飲みたくないのに、上司や目上の存在、場合によっては学生が教師に、親が未成年の子供に飲酒を強要」というケースも決して珍しくないはずです。

ということは、背後のその状況まできちんと目を向ける必要があるのではないか、とどうしても個人的には思ってしまうわけです。
「本人は飲酒を希望していたわけではないのに、目上の者に強制されやむを得ず仕方なく飲酒せざるを得ず...」
という状態が少なくないものであろう、ということを考えれば、背後にそのような存在がいたら、その方にも厳重注意をうながす...そのくらいの思慮が、先進国を自称するならば日本に備わっていて然るべきではないかな...と。

でも、そういった思慮が働いていないのではないかしら...?
と、どうもそんな気がしてしょうがないのであります。

アルコールハラアスメント(飲酒強制によるいやがらせ)によって、仮に非飲酒者が逮捕...(ゆうまくんおだくんは飲酒者だったかと思いますが、非飲酒者も一応可能性として入れてみました)なんてことにならないためには、何を言われようが「飲みたくないものは飲みたくない。飲めないものは飲めない」と頑張ってわかってもらうように努めるしか、今のところはないような気がします。
いやがらせにつながりかねない行動を平気でエゴとして押し付ける側が世間にはばかっているのが、何とも残念な話ではありますが.......。

そんな風に思うのであります、ハイ。





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最終更新日  2008年12月24日 15時00分30秒


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