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窓の外に向かい角松は叫んだ。だがその声も嵐の音に掻き消され、中空に漂い言の葉としての力は失われた。その中で唯一人だけ落ち着き払い騒ぎを見ていた梅津が口を開いた。「ロストした僚艦を全力で探せ。まさか沈んだわけではなかろう」「はっ」 即座に指示を出そうと無線を手に取った角松は、窓の外を見て無線を手放し落としてしまった。度重なる異常事態に思考が停止しそうになるのをこらえるが、もはや言葉は選べていない。「何だ、こりゃぁ……」 角松を困惑させた光景は、右舷に居る小栗らの目にも当然ながら映っていた。「こ、航海長。これは―――」 小栗は答えられない。彼自身もまた同様な疑問に脳は支配され、思考は熱を帯び始めていた。 そんな馬鹿な。 あの日、小栗らがこの航海に出る運命が決まったあの日、小栗の頭上に降り注いでいたものが、今また天からゆっくりと降りてきているのだ。今「みらい」を包む光景を俯瞰で見られたのなら、なんと幻想的で荘厳とした美しいものだろう。だが有りえないのだ。なんど瞳に映してみても有り得はしない光景なのだ。小栗は「それ」に手を伸ばし感覚を指先に集め触れてみた。―――冷たい。なんてこった、本当に「これ」は―――。「―――雪だ」 小栗は呟いた。今までの嵐が嘘のように静まり、雪が厳かに、深々と降り始めていた。そんな筈は無い。まさか、ここは東経171度・北緯27度、ハワイ沖だぞ。まして今は六月なのだ。雪など降る筈が無い。では眼前のこの光景は何だ? ピ―――ッ「うわっ。な、なんだ―――」 電測員はレーダーに映ったものを見て、そのままの反応を示した。すかさず艦橋の角松が問いただす。「どうした、すぐに報告しろっ」「ぜ、全周にアンノン(不明艦)多数。概算40を超過っ。我々は、我々は大艦隊のド真ん中に居ますっ」
2005.08.27
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望遠鏡を覗いた角松は困惑した。先行しているはずの僚艦「はるか」の艦影が消えたからだ。どういうことだ、それほどまでに視界が悪化してきているというのか。次の瞬間、角松の目の前は真っ白い光に包まれた。ガガ―――――ッン。 強い衝撃が艦と乗組員らを襲った。右舷に待機していた小栗らは吹き飛ばされ壁に激突した。「痛っ。な、なんだ今のは。落雷か?」 小栗は立ち上がりながら辺りの状況をすぐさま確認する。とくに火の手は上がっていないし、右舷の船員には大きな被害も見られない。「ダメージ・コントロール。艦内各部の損傷を報告せよっ」 艦橋で角松が声を荒げる。「電気、油圧、電算機能正常。システム・オール・グリーン。艦内各部、稼動しています」 だが、直後にレーダーを見たCIC付きの電測員は絶叫しかけた。「ば、馬鹿な――」 数十秒前までレーダー上に映っていた、三隻の僚艦の位置座標を表す光点が消失していた。「CICより艦橋へーっ。OPS―28(対水上レーダー)、反射波をとらえられません。僚艦をロスト(失探)」「消えた?レーダーが利かないってことがあるか。出力最大で探せっ」 角松の心中に黒い霧がたちこめていく。 落ち着け。俺が冷静で居なければ部下達の不安はさらに広まるのだ。落ち着け、落ち着くのだ。まず優先すべきは僚艦との交信域の確保。そうだ、現状を把握せねばならない。だが、事態は角松のこの思案すらも及ばぬ域に達している事を、こののち彼は知る事となる。 CICの菊地はこの様な状況下でも焦る事無く、部下に指示を出していた。彼が出した指示は二つ。一つはレーダー故障の可能性の確認と、故障が見られた場合におけるその箇所の即急な修復。もう一つは、角松の心を知ってか知らずしてか、先行艦との交信域の確保であった。しかし、「先行艦「はるか」との交信不能。「ゆきなみ」「あまぎ」共に返信ありません。全交信可能域、完全に沈黙っ」 という通信員の悲壮な報告が響く。菊地は軽く唇を噛んだ。だが部下は次の指示を待っている。諦観は今できる事を全てしてからでも遅くは無い。即座に声を振り絞る。「五分前まで4キロ先の「はるか」を確認している。フリーサット(衛星通信)で試してみろ」「フリーサット軌道上に確認できません」「衛星追尾アンテナ、チェック」「だめです。エラー(故障)ではありません。全艦から応答ありません」 艦橋にCICから悲況の報告が入る。にわかに室内がざわめいた。乗組員らの表情に暗い影が射す。それは角松とて例外ではなかった。「僚艦が全て消えた―――?何が起きた?何が起こっているんだーっ」 窓の外に向かい角松は吠えた。
2005.08.09
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艦橋の角松は檄にも近い怒声を張り上げていた。 最新鋭のイージス艦が時化で航行に支障をきたすなど笑い話にもなりはしない。だが、嵐の規模は予想以上に甚大であり、予定に多少の遅れが見られはじめている。 短時間でこれ程の影響を受けるものなのか。 角松に僅かな狼狽の色が見える。といっても人的被害はまだ確認されてはいないし、艦の各部に以上もない。ただ航行速度に若干の減退が見られるだけであり、それは僚艦全てにいえる事であった。 だのに、この危機感は、焦燥感は何だ?状況を冷静に判断すれば何も困惑する場面ではないと分かるはずだ。この嵐を抜けた後で十分に修正可能なレヴェルの事態でしかない。 眼の前に広がる山の如き雲のすそ野を無闇やたらと引っ張って、その終わりを遠くへ、遠くへと感じようとしているのは俺自身ではないだろうか。目の前の雲をわざと巨大に感じ、心中の漠然とした不安を全て飲み込んでもらいたいのだろう? 先の見えない闇の中にこの不安を全て残して進む事が出来るのならばどんなに楽な事か。けれど、それではまた新たな不安を覚えても自己解決し得ることも無きままで、別の闇を捌け口にせんと彷徨うだけだ。そうやっていずれ、手放してはいけないものまでも闇の中に「贄」として置いてきてしまう。失ったものを取り戻すのは容易では無い。 角松はそのことを痛いほどに感じてきた。不意に陸に残してきた女房と息子の顔をゆっくりと脳裏に浮かべる。いや、むしろ残されているのは俺の方か。二人とも俺のいない生活という道をしっかりと歩き続けている。それに比べ俺は不安から目を逸らすように海に出てきておきながら今度はその海に不安を覚え、挙句それすらも甘受できずに置いていこうというのか。なんと脆弱な、なんと惰性にまみれた精神か。そんな自分自身が一番受け入れ難いな、と角松は嘲笑した。 この航海を終えたら、もう一度家族と向き合おう。あいつらとの時間を無下にせず大切にひとつひとつを感じよう。この困難な航海の先にそんな希望を置いておこう。それこそが、胸を蝕む一抹の不安を取り除くことになるのだから。
2005.08.02
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