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2013.06.07
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カテゴリ: 日々のこと
実母は亡くなってもういません。

一番尊敬する、自慢の母ちゃんなのです。

私を40才で産んでくれたので、昭和一桁生まれ。家は物凄く貧乏だったそうです。
戦前の貧乏は酷い生活だったらしい、家の中で傘をさすほど、生前は父にもあまり言わなかったみたいです。それほど辛かったんだと思う。
一回だけ、『父ちゃんは、貧乏がどれほど辛いか解らないでじょう!』と言われたと、父が言ってました。

尋常小学校(今の小学校)にも幼い兄弟をおんぶして行ってた、おしんの世界です。
小学校にもあまり通えず、住み込みの奉公に出されます。今で言うお手伝いさんのみたいな感じです。しかも実父が奉公先に来ては前借りをしていったそうです。なので辛くても逃げ出せない、私には想像も出来ないほど苦労したそんな子供時代。

なので、母は平凡な普通の暮らしがしたかったようです。父と結婚し、浮気もギャンブルもお酒もしない真面目なサラリーマンだった父は全部給料は母に渡し母がやりくりをする。高給取りではないけど、普通の暮らしがなによりだったみたいです。節約し、貯金して、せっせとお金貯めてました(笑)お金で子供に苦労させたくないと思っていたんだと思います。
私が子供の頃は外食、旅行に行った記憶は無いけれど、そんな事全然気にもしなかったし毎日美味しいご飯を作ってくれて、贅沢はしないけど、なに不自由なく愛情いっぱい育ててくれました。感情的に怒ることは無く、諭して怒り、穏やかな、大きな人でした。


亡くなった時は辛い日々でしたが、子育ては親が居なくなっても、精神的に経済的に生きていける人間にする事だと言っていた母。そんな母に育てられた私は母が死んだってキチンと生きていけるのです。

今でも、近所の何人もの方からお母さんは本当に良い人だったと言って頂きます。嬉しい限りです。

私が中学生の時、家庭訪問に来た先生に翌日呼びだされ、ご両親は本当に立派な方だ、先生は感動した。こんなご両親をもってお前は幸せ者だぞ!と言われたのを覚えています。

そう、私は幸せ者です。

長い自慢話(笑)
お付き合いありがとうございました!

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最終更新日  2013.06.07 07:49:44
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