ルーニーとケイト

ルーニーとケイト

2005年05月13日
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人によって多少の違いがあるが、ある年齢にさしかかると日常の生活の変化が乏しくなってしまいます。学生時代は、入学・卒業・クラス替えなど数年おきに環境が大きく変わり、そこで新しい出会いや刺激的な出来事に遭遇することも多いでしょう。大きく変化するのは、新社会人となった最初の年が最後となるのではないでしょうか。そこから先の人生は、単調な生活が日々繰り返される。もちろん、結婚・出産・新居購入などさまざまな変化もあるでしょうが、学生時代に生ずる自分の力ではどうしようもないような内部、外部からの変化を体験することはできない。
それを大人になってから再度、体験しようと試みるのは愚かな行為である。既にかつての感性も失われていて、同じように刺激を受けることはないだろう。自分の方向性もないまま、刺激だけを求めて転職を繰り返し、新しい出会いを求めるのはどうかと思う。人間は年とともに柔軟な心を失っていく。新しい出会い、環境を求めたところで、自分にとって居心地のいい人たちや環境は大人になる前に既に出来上がってしまっている。だから、どんなに生活環境やつきあう人間を変えてみたところでそれは既に自分がかつて経験したような出会いにほかならない。人間だから全く同じではないが。
私は日々繰り返される日常をこよなく愛する。それはマンネリかもしれないが、惰性的生活ではない。同じような日常でも、注意していればわずかな変化に気がつくはずである。刺激を求める人には退屈かもしれないが、そこには小さな喜びがある。私はあえて刺激的人生を求める人に言いたい。繰り返し刺激を求めることそれ自体既にマンネリ、悪くいえば惰性的になっているのではないか。日常のわずかな変化に刺激を受けぬような人は、どんなに劇的な変化がおきようとそこから刺激を受けることはないのではないか。
人間はマンネリな生活の期間のほうが圧倒的に長い。だから、その生活をより楽しめるように私はマンネリライフを満喫している。





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最終更新日  2005年05月13日 18時34分28秒
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