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強い言葉
私が何度もイタリアに行くようになったきっかけ。それは、確か6、7年前のことだったと思う。
当時の職場で出来ることの限界を感じて、何が気にくわない、この会社を辞めたい、と不満ばかり漏らしている頃、父親から「おまえはデザインをやっているんだったら、イタリアでも行くといいんだ。」と言われた時があった。最初、私は「判らないでもないけど、今時デザインだからと言ってイタリアとは安直だなぁ。」と思って聞いていた。
少し父の話をしよう。彼は建築家なのだが、仕事に対する考え方には、子供の頃からずっと影響を受け続けてきた。彼はいつも実にいい住宅をつくる。施主とは時間をかけて話をし、職人のように手作業で図面を引き、新築の時から人の温もりを感じる家をつくる。身内だから甘い目で見ているのではない。身内だからこそ普段よりも厳しい目で見て、いつまでも追い越すことができないことに尊敬しつつ嫉妬しているのだ。しかし、そんな父と私は、3時間以上話をしていると必ずけんかになる。私が20歳の頃に私と家を置いて都内に引っ越してしまって以来、決して遠くない距離にいながらも、たまにしか会わない生活でお互いがちょうど良い距離感を保ってきていた。
そんな父が私くらいの年の頃に、何度もヨーロッパを旅して建築を見て回ったことは知っていた。でもそれは、環境的に恵まれていたからだ。しかし、次に彼の口から出てきた言葉はそんな話ではなかった。「準備もお金も要らない。話せなくたって、住むところがなくたって、何とかなるだろう。のたれ死にしなければいいんだ。」さすがに予想もしなかった言葉に唖然とした。しかし、小さなことにこだわって不満ばかり漏らしていた私の背中にのしかかっていた物がスゥーっと軽くなるのを感じた瞬間だった。
結局、すぐさま無一文で日本を飛び出すなんてことはしなかったけれど、それからというもの、その国を訪れる時は、決まって自分にとっての大きな岐路となる時と重なり続けている。「生きていてくれれさえすれば何をしたっていい。」 何よりも強い言葉だった。
写真:ミラノの地下鉄駅でたむろするハトたち
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