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今日は62回目の広島原爆の日。 去年生まれた子どもと一緒に テレビの中継を見ながら黙とうしました。 私は長崎市で生まれ育ってきたので 身近に被爆者もいて 地元テレビや小学生のときの登校日(8月9日)の学習などで 原爆の恐ろしさに触れる割合も高かったですが、 長崎市、また広島市以外に在住の方は 環境が違うためか 原爆についての考え方に温度差を感じることがあります。 今年あった久間発言 「原爆投下はしょうがない」発言に同意する人がいました。 しょうがないっていえばしょうがないよね、と。 その方は 原爆がどんな影響をもたらしたのかを 表面的にしか知らない方でしょう。 私だって 長崎市以外で育っていたら そうなっていた可能性が高いです。 この方に会って また 久間さんのような長崎の実態をご存じない方のように 知らない人に知らせていくことが 少しでも被爆の恐ろしさを学んだ私の やるべきことだと思います。 真っ黒にこげて すみのようになった少年や 火の海や あまりの暑さに水を求め たくさんの人たちが 川の中に入っていき そのまま亡くなっていったり 原子爆弾の真下にいた人は 一瞬にして蒸発してしまったり 屋根の瓦がぐにゃりと曲がるほどの暑さのなか 水を、水をと言いながら どれだけ多くのひとが 亡くなっていったでしょう。 最近久しぶりに 小学一年生のときの 担任の先生に電話をしました。 長崎市で 原爆反対の活動を されてきた先生です。 もう71歳で 先日も午前中に被爆遺構の説明をされてきたと いわれていました。 私は この先生から受けた 小学一年の登校日のお話と 模造紙に墨(すみ)で描かれた絵で 原爆は なんだかわからないけど とても恐ろしいものだと思いました。 それから数年間は 原爆のことがテレビで放送されると 恐ろしくて見られないという 原爆恐怖症になりました。 これが私の 原爆恐怖体験の原点です。 私も被爆2世として 伝えていく使命があると感じています。 子どもは 被爆3世になります。 この子にも 平和な時代をつくるために いろいろと話をしていきたいと思います。
August 6, 2007