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「三国志演義」では、「荀イクは弔問向きの顔」と からかわれている。
魯粛は劉備との同盟を考慮し、「弔問」を口実に訪れた(赤壁の戦いの前である)。
その後、劉備は孫権と同盟。政略結婚で孫夫人を迎えるのだが、「挨拶回り」を口実に、劉備は孫権の元を訪れた。
(この時代、「会いに行った方」が格下と見られていたので、劉備も孫権も公式には相手を訪問できなかった)
荀イク
や魯粛が混じっているのだろう(金己男書記とか)。
冠婚葬祭も、政治の駆け引きの道具なのである。