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「王安石を知っている人物は幸いである。心 豊か であろうから」byストン・ウェル。ぶるわあああ。
個人的には、「司馬」と聞くと、司馬遼太郎、司馬遷、司馬宙(鋼鉄ジーグ)を連想する。
司馬光は、その次だ。
で、司馬光、と聞くと、「資治通鑑」しか思い浮かばなかった。
司馬光は、歴史家であるが、政治家でもあり、しかもかなりの大物だった。
王安石は、そのライバルである。
北宋は経済的に豊かな時代であったが(役人の給与が高い上、余剰役人がゴロゴロしていた)、遼への歳幣もあり、経済は行き詰っていった。
それを打開するべく、王安石が登用され、新法が施行された。司馬光はこれに反対し、旧法派、と呼ばれる事になる。
新法は絶対的多数である農民の所得を増やし(保障し)、それにより納税額を増やそうとするものだ。
増えた分の農民の所得(と税金)は無から発生するのでは無く、地主(豪族)がピンハネしていたものが財源となっている。富豪(商人)らも、これに反対した。
司馬光と王安石の議論は白熱したが、終生、友情は変わらなかったと言う。
司馬、王の両者が相次いで死ぬと、新法派と旧法派の争いは、ただの政権抗争、私怨・営利目的に堕した。
この争いに乗じて蔡京が昇進、そして徽宗が即位し、北宋が滅びるのである。
(「水滸伝」は、王・司馬の退場した時代が舞台となっている)
歴史を読むと、「現在に似ている」と思う時がある。後漢末、蜀(劉備の入植以前~直後)が そうであり、北宋末期の新法派・旧法派の争いが そうである。
新法派・旧法派の対立は、国家に長期的なビジョンを許す事が無かった。北宋の滅亡は、当然の帰結と言える。
翻って、現在、日本では民主党が与党となった。これが自民に ひっくり返り、さらに民主に...と言う事を繰り返すと、日本は滅びてしまうだろう。
...とは言え、民主に任せるのは、非常に不安があるのも事実。
来年、夏の参院選で、自民にするか、民主にするかの態度を決めるべき かもしれない。
(だからと言って、谷垣自民に任せられるかと言うと...)
どちらも選べない。日本は蜀漢(後主期)や陳、南唐のように平和を甘受しているしか無いのかもしれない。
滅びの日まで。
【補足】
もちろん、一年ちょっとで政権を投げ出した安倍・福田は万死に値する。
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