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ご訪問ありがとう!何にも、書けないよ。ノロマのDIANEだぁーAM9時に海へ向います。来る年★2005年も(^ー^)ノ ヨロシク
2004年12月31日
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色々な事が有りました。心の内で思い出しています。おや!明日は、朝から雪マークが出ました。でも嘆かないスタットレスタイヤで心配ないよ。千葉は、午後から雨に変わるみたいよ。初日の出も期待できそうな予報に、変わりました。ホントかな?のんびり気分で出掛けて、先ずは、温泉に入る予定です。ダイビングの機材は、館山に勝手に預けたまま、仕度は、ウエットスーツのみで、身軽な出発となります。あぁっと過ぎたこの一年間でした。夢は、思っていれば、必ず叶うと言われた方の言葉を信じて、前進したいな!災害続きのこの一年でしたが、紀宮さまと黒田さんのご婚約内定は、明るいニュースとなりました。
2004年12月30日
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先日一度きりの事でスタットレス・タイヤを購入した。二度と使う事がないと思っていたら、牡丹雪の景色ダァーいい事も、有るんだァー牡丹雪のふわふわとした、まるで小さな真綿が舞い降りてくる様は、明るい気持ちにと、道案内してくれているように、感じました。環境が変わる生活への不安が隠しきれないで居たからか?今日の雪は、幸せな気持ちとなって、心も安らいで来ました。雪って凄い力を秘めているンネ。雪が降ると後始末がどうのと、嘆いていたのに、今日の雪には、OKよ。
2004年12月29日
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今日は28日 ♪ d(⌒o⌒)b♪予約していたお餅の引き取り日!ルンルン気分で市場へ行きました。が、入荷が遅れて、時間のロスでしたよ。市場の様子は、ガランとしていて、駐車場だけは、満車状態困って々やっと止めました。どのお店も、暇という字を掲げていました。w(☆o◎)wドヒャ-時代が変わり、お正月とは、平日並の生活なんだな!?と感じました。「こんな事では、倒産だぁー」と嘆いていました。待ちに待ったお餅!でしたが、年に一度頂くお餅ではないよ。これでは、あんまり、DIANEが、可哀相だぁー明日は、我孫子の手賀沼の道の駅迄行く事にしましたよん。やっぱり、手抜きは、だめね。楽天のゆめ蔵さんが、どうして?そんなに遠くまで行くの?と言っていたけど、答えが出ましたね。今夜は、ビール三本目だよん!あんなに、毎晩飲んでいたDIANEだけど、飲めなくなって、仕舞って、アルコールは、遠のいていました。けれど、今夜は!?★無事に木立ダリアのお嫁入りが出来た知らせに、一人で( ^_^)/□☆□\(^_^ )カンパーイ!なんよ。今夜は、静かに、酔わせてください。
2004年12月28日
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こんな日が、あったっていいじゃんかと、DIANE自身で「DIANEさんに、お休みを命じました」この暮れに来て、なんて贅沢なんだろう!と嬉しい気持ちになりました。でもね。中国での余暇をどのように過ごしたら、いいのかと、考えると、余りにも狭い行動範囲。あせるな、頭で考える事と現実は、違うのだと言い聞かせています。今でも人と話す事は、ご挨拶位で話す事は余り無い。暗い人間なのかな?植物と心の中で会話してしまう様になって仕舞いました。声を出して、植物と話していた頃に、「誰か?来ているのかな?と思ったわ」とお向かいの人に言われてから、植物との会話が立ち消えてしまいました。そうよね。誰も居ないのに声が聞こえたら、「気が変になった」と思われると反省したからよ。でもね。植物の声が聞こえるんよ。声帯が悪くなり、鶯嬢の声が出せなくなってしまった。声が出せたら、タイへ国際電話で、「ありがとう」と言えるのにと、悔やんだ過ぎ日を思い出す。予期しない事で、我を忘れて、電話で話していたんよ。(12/14日本橋横山町より)お休みと思うと色んな事が、思い出されてしまう。元旦の初もぐりは、宿が取れなくて、諦めていました。館山のマイグランドを忘れていたTELしたら、w(゚o゚)w オオ-空きがあつたのダァー31日に、泊って元旦に、館山の波佐間海中公園!海底18メートル洲崎分社に、お参り出来るのだ!予約が出来ました。嬉しいよ!♪ d(⌒o⌒)b♪VIVIENさんは、どうするのかな?二部屋予約しタンよ。連絡して駄目なら即キャンセルだぁーお正月には、青ヶ島より岡田先生もきっと来られると思うんだけどなァーサンタ・カタリナ島から、帰国して、荒川社長に報告もして居ないしね。お土産だって、其のまま此処に有るし、この日を逃しては、海へは、行かれないよ。
2004年12月27日
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別れる事は、哀しいはずなのに、不思議ね。嬉しくて、嬉しいのよ。それはね。今年初めて挑戦した、あの木立ダリア(皇帝ダリア)を愛媛へお嫁にだしたんです。育てて下さると言う、心優しい方の所なんです。こんな嬉しいことは無い!購入した所へ植木鉢ごと送る方法を今朝聞いて来ました。早速梱包して、宅配便にて、依頼して来ました。無事に辿り着くかが、心配だけどね。無事を祈るのみです。
2004年12月26日
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急用で長野迄日帰り強行で、行って来ましたよん。走れ走れコウタロウでした。おぉー懐かしいね。♪何のよう?中国へ行く支度の一部なんよ。クタクタ年を重ねたからかな?11月が誕生日だったんよ。ベイブリッチに、東京タワーも綺麗でした。お台場でクリスマスを迎える車が何キロ?も出口で立ち往生していました。若人達は、夜明かしで、メリークリスマスなんだね。帰宅するとDIANEのポストにルミナリエのポストカードが送られて来ていました。HPのプチマさんからのプレゼントが、本当に、届けられていました。うれしい!うれしい!プレゼントでした。ありがとう!今からでも、いつでも、プレゼントでしたら、_ρ(^^ )ノ サァドーゾ!!(^^;)ポリポリ嬉しさの余りに、ヽ(´▽`)/へへo(^o^)oワオ!
2004年12月25日
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「大草原の小さな家」が、夢また夢で、今年はミニチュァハウスを購入したんよ。手を叩くと音に反応して、♪ジングルベルの♪メロデーが流れるんよ。家の周りの明かりも、光ファイバーで、何色にも、イルミネーションが、変わるんよ。二本の煙突から、今夜サンタさんが来てくれますように、祈ります。DIANEの夢は、「大草原の小さな家」 今年は、庭にイルミネーションを付けましたラスベガスのシーザースパレスのツリー、何色にも色が変わって、綺麗でした
2004年12月24日
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新しくしたんよ。ソニーに、キ-の点検に出した時に、全く新しいキーボードに取り替えて、帰って来た時から、綺麗に、使いたいと、カバーを掛けていましたが、くたびれて来たので、思いきって買いましたよ。粘着テープ不要で、フリーカット、新発想のキーボードと言う事だ。1029円と安くなって、登場していました。旧の製品より、透明度も良く明るいキーボード誕生です。これで、ノロマなDIANE脱出できたら、尚いいんだけどね。!?簡単に、問屋は、卸さないd(^-^)ネ!
2004年12月23日
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何年か前の事になる。八海山の日本酒を持つて、職場の事務所に、伺った時に、帰りに、「秋刀魚の丸干し」を頂いた。其れまで、口にした事の無い美味しい丸干しでした。今朝TVで三重県熊野灘の「秋刀魚の丸干し」のこだわり加工を放映していたのです。あぁーそうだったんだ。と今更ながら、あの時の丸干しの味に\(^_^ )カンパーイ!南下してくる秋刀魚は、今!冬が旬という事でした。所変われば品変わるですね。
2004年12月22日
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例年なら、もう、手配して、準備して居るのに、今年は、未だしてい無かった事に、今朝やっと気が付き、慌てて、市場へTEL!今年は、扱わないと言う事でした。あぁーどうしょう?何処へ頼めばいいのかなぁ!と送話口で呟いた。だって、困るんよ。お餅大好きなんだもん!せめて、お正月には、好きなお雑煮食べたいじゃんか。取引先のお客さんに、問い合わせして下さると助け舟が漕ぎ出したのでした。ホッとして、小雨降る小さな庭の草花に久振りに、目を向けました。皇帝ダリアの花が淋しげに咲いていました。痛んだ葉を整理して、取り除いたら、綺麗な姿に、なりました。最後は綺麗な姿で、さよなら したいよね。道行く男性が見上げて、通り過ぎて行く後ろ姿に、ありがとう!盛りの皇帝ダリアを見てくれたかなぁー!もう、来年は、多分見る事出来ないよね。残念無念(×_×;)シュン
2004年12月20日
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今日は、久し振りに、寝て、寝てしまいました。英語が出来ないのに、アメリカ大好きで、とんだハプニングに、会ってしまった、今回の米国旅行!でもね。英語を理解していたら、何事も起こらずに、帰国して居たでしょう。ネ!言葉が、通じなくても、単語を並べて、通じ合う。心優しい人達の出会いは、生涯忘れる事が無いでしょう。お世話になった人達の所へ再度改めて、お礼に行けたら、いいなぁー!名も知らない人を訪ねるの?世界中に、通じるダイビングは、言葉など要らない。アァー海に親しんで来て良かった。サンタ・カタリナ島でのダイビングが、再び海へのレールを敷いてくれのでした。
2004年12月19日
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12/10・・2此処からが、大変な事に突入でした。手ぶらでP.M3時出港の船に乗り、ロング・ビーチに付いてから、頼んだはずのスーツ・ケースが運ばれていなかったのよ。途方に暮れていられない。船のスタッフに事情を説明すると、次の船で運ぶように連絡を取ってくれた。しかし、ロサンゼルス空港近くのシェラトンホテル迄、予約してあった迎えの車は来ていて、キャンセル料として97ドルを支払った。「船に積んでくれる」と言った荷物サービスは、どうも、「ホテルから船着場まで運んでくれる」というもので、船へは自分で運ばなければいけなかったらしい。そんな船着場に、荷物受け取り場所なんて、あったの?気が付かなかった。次の船は2時間後。ホテルに入るのが遅くなるな~と思っていたら、「スーツケースの鍵をくれ。」と船のスタッフが言う。理由は、「荷物のセキュリティチェックが必要だ」との事だった。鍵を渡した後、「タクシーは呼べるか、どうか?」スタッフに聞いてみた。ロングビーチの船着場には、タクシー乗り場が無く、勿論、流しのタクシーなど、居ない。だから、車を事前に予約していたのだが、キャンセルしたので、足が無い。すると、女性スタッフが「船の到着に合わせて、呼ぶから心配ない。」と言ってくれた。暫くして、「スーツケースを無事に船に積み込んだ」という連絡が、島から入る。スタッフ一同、ガッツポーズ。手際の良いスタッフ達の対応に、感激して思わず涙が出る。余りに嬉しくて、速やかな対応に感謝を込めて、スタッフにチップを10ドルづつ渡した。現金は残り僅かで、タクシー代を考えると、これが精一杯だった。乗客の去った船着場のロビーは、閑散として、2件あったコーヒーショップも、1件は閉った。開いている方の店で、エスプレッソコーヒーを飲み、又、ロビーで落ち着かない時間を過ごした。段々、暗くなってきて、霧が出てきて、予定の時間になっても船は到着せず、何度も海を見に行った。そこへ、小錦とは言わないが、大きな男性がやってきた。一体なんだろうと心配していると、彼は、スタッフが手配してくれたドライバーだった。見ると、タクシーではない、大きな車で来ている。これは高いかも!と思い料金を確認すると、「40~45ドル位だ」と言われ、安心した。ようやく船が到着して、荷物が届いた。ところが今度は、鍵が無い。スタッフが困った顔をしながら、「鍵は島です。次の船に載せます」えぇー。未だ待つの?すると、ドライバーがすかさず、「よし、俺が後で届けるから。心配ない。」と笑顔で言ってくれた。「ノーチャージだよ。」とも付け加えた。車はLINCOLIN、ゆったりとした車で、霧のフリーウェイを走り、ホテルへ到着した。ドライバーは、フロントまで付いて来てくれ、「後で鍵を届けるので、ヨロシク」と、フロントの人に言い、「10時30分位には届けられるだろう。」と言った。タクシー代は、$50だと言うので、$60を渡した。ホテルの中で食事をし、部屋で鍵が到着するのを待ったが、10時半を過ぎても、彼は来なかった。フロントへ聞いてみたが、未だ届けられていないと言う。やはり、来れなかったのかな?と思ったりしたが、夜中の12時を過ぎた頃、フロントから電話が入った。鍵は届けられた。ドライバーは、往復100キロの道のりを約束どおり、2往復してくれたのだった。親切な皆さんのお陰で無事に、帰国できました。もしも?同じ場面に自分が居たら、鍵を届けてくれたドライバーの様に、してあげられるか?と問いました。 St.Catalinaで宿泊したホテルの入り口、島では唯一のオーシャンフロントのホテルです 小さなフロントを抜ければ、中庭があり、宿泊者達の憩いの場となる 朝食は、中庭で各自が自由に食べる 庭には、ゴクラクチョウの花が咲いていました 中庭から、早朝撮影港に突き出すグリーンピア、ここから観光船などが出ます 観光用の半潜水艦、ガルバルディやジャイアントケルプを堪能出来るらしい
2004年12月18日
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12/10・・1サンタ・カタリナ島でダイビンググリ-ン・ピアへA.M8時にきて下さいと、言われていたので駆け足!ウエィトのレンタルをするのに、ポンドが分からなくて、困ってしまいました。およその感でレンタルして海へ潜りましたが、如何しても、いつもの様には、潜行しないよ。ポケットに、石を入れて下さいました。海底では、重いので、全部石を出したら、楽になり、いつもの調子を取り戻す事が出来ました。素晴らしい、初めてみる海中は、言葉では、言い表せない感動でした。あっ\(◎o◎)/!来て良かったなぁーこれ以上の癒しがあるだろうか!あんなに、体の事が、不安でならなかったのに、その不安な気持ちが取り除かれていったのです。浦安の水族館で見たジャイアント・ケルプが理解できなかったけれど、透明な海中に、綺麗な林となって、のびのびと育成しているさまは、海の豊かさを感じました。尾崎幸司先生に薦められて、即!計画して、本当に良かったと感謝しました。身体の事を知っていらして、薦めて下さった先生の温かい心に、ありがとう!海中散歩を続けられる勇気が湧いたのでした。軽い気持ちに成っていたのです。11月~1月がベスト・シーズンと聞いていましたが、まさに、そうでした。朝晩は、冷え込みましたが、日中は、暖かい島でした。ダイビングの後のシャワーもホテルで使用可、ラッキーでした。荷物は、ホテルより船に積んでくださると言うサービスをお願いして、昨日のお店へ約束通り、又寿司を食べに行きました。出港迄は、充分時間が有るので、ゆっくりと、日本語の話せる外国人と話が、弾んで楽しい一時を過ごす事が出来ました。 カリフォルニアの固有種・ガルバルディ 目付きが日本の魚と違う 小さな魚の群れも沢山居たよ、尾びれが黄色でした とてもカラフルな魚、中央に居るの見えるかな?これも日本には居ない 「あ、頼朝!」みたいなコブダイの仲間 これも、何だろう? St.Catalinaの海に育まれたジャイアントケルプの林
2004年12月17日
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12/10 P.M.8時に、空港に向いました。アメリカの国内線は、迷路のようでした。Kさんの案内で無事に辿り着きました。Kさんと再会を誓って涙の別れをし、機内へ・・ロサンゼルスから、タクシーで30分で、ロングビーチに着きました。波止場では、日本で予約してあったのに、記録がないと言われて一瞬驚きました。でも、何の事もなく乗船!船内では、ビールを飲みながら、パンフを切って、小さな鶴を折るのを見ていた、外人さんにあげたら、喜ばれたりしているうちに、目的のサンタ・カタリナ島に、上陸する事が出来ました。波止場からは、徒歩で「PAVILION LODGE」に到着、急いで11日のダイビングの予約に行きました。2ボートは、2時半に戻ると、言う事で無理でした。帰りの船の出港は、3時の予約なんよ。どんなに急いでも、そんな早業、ノロマのDIANEには、出来ません。いつの日か?ゆっくり来ればいい、と自身に言い聞かせていたのでした。ダイビング用品が日本と比べて、凄く安いのには、驚きました。勿論購入!モルディブとは、又違った癒やしの島と感じたのです。(脳動脈瘤を抱えているので、此処が最後のダイビングと言う思いも、何処へやら消えていました。)館山の波佐間海中公園の荒川社長に、TEL「必ずガイドをつけるんだぞ!」とご注意して下さいました。受話器の向こうの声を聞いているうちに、涙が込み上げて来てしまいました。夜は、近くのANTONO’S CABARETでビールと南京豆の殻つき・茹で海老などを頂きました。でも、DIANEの口には、合わなかった。部屋に戻り、折角此処まで、来たのだから、魚を食べたいと今度は、通りから少し入った、「Flip'S」にしました。寿司を扱って居たのです。(曜日限定)日本の大学に入り、築地でアルバイトをしていた事もあり、シュノーケルと釣り大好きな板さんでした。「此れは、美味しいから・・」と次から次と握ってくれました。勿論日本語OKでお任せの時を過ごして、お気に入りと成りました。明日又ランチの時間に、来ますと約束して、グ-(^-^)g内 St.Catalina islandのシンボル、丸い建物が「カジノ」.かつて、舞踏会が開かれていた
2004年12月16日
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12/09 PA.11.30に、迎えに来てくださった。ラスベガスの外れの大型ショップへ連れて行って下さった。ショツプといっても、アーケード風になっている。立派な店舗が沢山立ち並んでいました。探していた布製のスーツ・ケースを見つける事が出来ました。カリフォルニア州製の凄いジャンボサイズです。ハード・ケースより深さが調節出来て、沢山入るので、購入!夕食の前に、RIO HOTELの「マスカレード・ショー・イン・ザ・スカイ」を見に行きました。カジノフロアの頭上5mの天井に敷かれたレールを、キンキラのゴンドラに乗ったダンサー達がひたすら┌(・。・)┘♪└(・。・)┐♪笑顔で踊り、ショーの最後にはサイコロをつないだ、おもちゃのネックレスをゴンドラから投げてくれるので、記念にと期待したけれど、駄目でした。帰り際に、むろん知らない外国人からです。サイコロのネックレスをプレゼントされたのよ。ただ驚いて、サンキュウと言うのが精一杯でした。予期しないいい事って有るのね。華やかな踊りに酔った後は、宿泊しているフラミンゴから近いこともあって、ラスベガス最後の夜ですものと、JALの機内誌で紹介されていたモートンズへ行きました。20~22オンスの肉のかたまりには、ビックリして、半分は、Kさんに、応援して頂きました。太いアスパラも、美味しい。それにしてもこんなに、短い日程のラスベガスは初めて、短いよ。(;_;)シクシクKさんよりハワイアンコーヒーを8缶頂きました。コーヒー大好きなんよ嬉しい!べラッジオの噴水ショーと共に夜が更けて、次なる、サンタ・カタリナ島へ明日は移動です。 RIO HOTELのショー・最後にネックレスを投げてくれます
2004年12月15日
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到着した夜は、毎日食べたい寿司、『百味』で、大満足でした。海外での初日は、たいてい寿司を食するDIANEなんよ。変かしら?翌日12/08、AM 10時30分に、迎えのKさんの車でドライブ!ラスベガスのストリップ通りより高速道路を走り、40分位の「Mt.Charleston 」へ案内されました。こんな近い所に雪山があるなんて、と驚きでした。此れが、Kさんが、一つ考えて下さった所なんね!なるほどー♪ d(⌒o⌒)b♪青い空に澄んだ空気、コーヒーにチキンで、大満足!奥のお店では、インディアンの人形を2体購入。一体は、北京へ!もう一体は、オフホワイトのカウチン・セーターと一緒に、Kさんに、プレゼントしました。それにしても、砂漠のお隣に雪山!スキーもOK!どう考えても、不思議でした。帰りには、会員制の大型ショッピングセンター「SAM'S」でお買い物、$320。手持ちのカードでは支払いが出来ない事を知り、焦りました。Kさんに、交渉して頂いて、T/Cで支払いと言う事でホット一息でした。夜食は、シーザースパレスのステーキハウス「NEROS」でニューヨーク・ストリップ・ステーキ、16オンス(約450g)でした。ステーキだけで、満腹!でした。ヽ(´▽`)/へへっ又体重が増えるぞ!?ゆっくりと時間を気にしない食事中の雰囲気!ヤッパリ外国ね。やっぱり!アメリカよね。 Mt.Charleston
2004年12月14日
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無事に帰国できました。『よくぞ無事でしたね。』と言われそうな事、予想もしなかった事を体験しての帰国です。その分だけ、人の温かい優しい心に触れる事が、出来ました。素晴らしい人との出会いが有りました。海外へ行く度に、思う事は、『今度は、どんな旅に、なるのかな?』とワクワク・ドキドキで旅たって居たのです。が、毎度の事で今回は、深くは何も考えずに、お気軽な海外と言う心に、成っていた事は、確かでした。だって、ラスベガスは、今回で、四度目なんだもん!其れに、ラスベガスの空港には、Kさんが、迎えに来てくれるんだもん。と安心していました。その先のカタリナ島へは、Kさんが同行しない事をすっかり、忘れたかの様な思いでした。もちろん、Kさんと過ごした、ラスベガスの三日間は、いい思い出を残す事が出来ました。サンタ・カタリナ島でのダイヴィングも、それは、言葉では、言い表す事の出来ない、癒しの海底散歩を愉しむ事が、出来ました。自然の偉大な力を身体で吸収しての、感激でした。脳動脈瘤が、8月の検査で見付かって以来不安でしたが、その不安が取り除かれて、『サンタ・カタリナ島へ来て良かった。!』と、しみじみと、感じました。V(^0^)が、その先を、明かしていいものか?思案中なんよ。
2004年12月13日
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今日は、JT026便の人となるDIANEなんよ。午後便って、余裕でいいなぁー!TVは、あまり見ない方だが、松本清張原作に惹かれて、毎回見てきたんよ。最終回が見れないなんてと、悔んでいたんよ。あっそうだ!録画予約をすればいいのだと、気が付くのろちゃんでしたよん。テレビ朝日12/09の最終回を録画予約Gコード165625NHKの朝ドラも録画予約も完了です。来年移住する北京のマンションでは、日本のTVは、ほとんど見れると聞きました。テレビっ子DIANEなんて、成ってしまうかもね!と想像しての旅立ちと、なりました。(^ー^)ノ
2004年12月07日
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いよいよ、明日は海外へ旅立つ!成田発3時45分です。ラスベガスは、今回で4回目なんよ。友人のKさん(外国人)が、滞在中は、一緒に行動して下さるので、安心して、ルンルン気分で滞在できるんよ。今回は、ラスベガス滞在が短いので、のんびり気分には成れないかもね。輝く明かりに包まれて、遅くまで、語り明かす事になるのかなぁー!此れまで、遠くまで連れて行って下さったし、一緒に食事するだけでいい、と思っている。Kさんは、一ケ所考えていると、TELで言っていたけれどね。さて、さて?どんな計画なのかなぁー?ダイビング機材はレンタルして、WETスーツの6、5mmと、マスクだけよ。此れといって、もって行く物は無いのに、冬の着替えはかさ張って、困ってしまいました。まぁ予定通りに、行けるだけでも、良しとします。
2004年12月06日
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強風40m以上あったという。怖くて寝れませんでした。いつもと違う風の道!シャコバサボテンの鉢がひっくり返って、何本か折れてしまいました。大きく膨らんだ蕾が痛ましい姿で、助けを求めていました。なんだか自分自身の姿を見るような思いに、成ってしまいました。北京での生活?大きく変わる環境の大差を思うと、どうなるのかな?と不安になり始めてきました。
2004年12月05日
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北京の街では、日本の様に、園芸に親しんでいる風景も、用品も、見る事出来なかった。余暇は、どうしても植物と接して、北京での生活を乗り越えたい。生活を共にするvivienさんが、何とかして、少しずつ運ぶと言ってくれました。が、心配だぁー。北京は、黄砂が舞い降りて、窓すら開けての生活は、出来そうもないと言う。洗濯物も、外には、干せないらしいです。でも、どうしても、植物と暮らしたい。北京マンションの植え込みを見ているだけでも、心が、安らいで行くのを覚えました。物価は安いけれど、日本に行った時に、日本からいろいろ運んでいると言う。そんな事は、DIANEには、出来ませんよね。飛行機代だけでも経済的に、無理だよ。卵・海苔・味噌などは、日本の製品より美味しいと、言って居ました。特に海苔は、有明と緯度が、同じだからと、付け加えていました。休日には、中国の色んな所へ、観光に出掛けて・・と言っていたけれど、誰が?出してくれるのさ。(`ヘ´) プンプン。今回の様な深い霧は、見た事無いと、驚いていました。(二年在住の方)勿論その日は、飛行機も欠航でした。4年後のオリンピックに向けて、至る所が工事で、何がなんだか?まるで、おもちゃ箱をひっくり返した首都でした。デジカメを持っていったけれど、シャツターを切る間もなかったのだァー。ホンマよ!そこで、帰国する朝6時過ぎに、迎えの車に乗り込む前に、マンションの前でせめてと・・此処だけが、真っ暗な闇の中で、クリスマスを迎える灯りが綺麗でした。慰めの灯りでした。 マンションのエントランスを外から撮影必ず2階のフロントを通るしくみでセキュリティを確保 エントランスを背にして、外を撮影クリスマス用に、木に灯りが灯った
2004年12月03日
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北京に足跡を残してきました。北京空港より直行で、マンションへ、案内されました。間取り、向きの違う部屋を5部屋見せて下さいました。外国で、毎日寝起きするのですもの、動線を考えて、妥協で、ひとまず、五階の部屋に、決めました。テレビ、家具、自動洗濯機など付きのマンション、セキュリティもいいので、一応安心かな!?夜には、徳川家と言う日本食のお店に、案内されて、癒しました。まぁまぁでした。北京ダックのお店は、予約が取れなかったという事で、日本食だったんよ。翌日は、7時20分に、集合という事でしたが、霧が深く、高速道路が閉鎖されて、運行出来ない。予定を変更して、カルフール・貨堂(イトーヨーカ堂)の店内を見て周りました。電気製品・家庭用品などを購入する、下調べです。日本と変わらない品揃いで、沢山の人で賑わっていました。実際に、買い物をしている様には、見えませんでした。それでも、食品売場では、長い列を作って、並んでいました。売り出しの目玉食品の時間を待って居ると、いう事です。とても出来ないなぁーと次のお店へ、時間が無いので、予定の河北省へ下道で出発!高速で行ければ、40分という事でしたが、仕方ないですね。念願の工場内の見学をする事が出来ました。中国人の作業は、ゆっくり、ゆっくり、の作業、日本人とは、違う。中国なんだァーと深く感じました。賃金が安い分だけ、すろーすろーなの?それでも、日本で生産するより、うぅぅん?この工場訪問は、長い間の念願でしたが、まさか、住む事になるなんて、想像しませんでした。それでも、走り出したのだぁー、止める事は、出来ない。体の自己管理で、北京へ向けて、少しづつ準備をして行くしかないね。ラスベガスの友kさんに、電話連絡予定通り問題なし!
2004年12月02日
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