天使の絵本

天使の絵本

Side,D 「A skip drop Somebody」


「セント・アイリス」の誕生祭のこの日。
人類に魔法を授けたとされる女神アイリスの誕生を祝う貴族の交流会のこの席で、
僕は人生最大の強敵に出会った。













































Side,D
A skip drop Somebody











































「事の起こりは約2000年ほど前。
太陽のロウソクが尽きた永久(とこしえ)の夜に始まったといわれています。
空から天使の様な純白の羽で降り立った女神は自らの放つ光で世界を照らし、
新たな太陽を作り出したといわれています。
そうして人類に魔法を授けたとされる聖教の女神セント・アイリスですが。
 南方の学者の最新の研究によると、魔法技術の痕跡は遥か3000年の昔から見られたようで、
 その説で言えばセント・アイリスは魔法学の形態を今の形に押し上げた偉大な学者であったという説が有力なようです。
さて、難しい話はここまでにしましょう。
今日は遥か昔から続く貴族同士の懇親会。
今日のこの平和を偉大なる勇者とセント・アイリスに感謝して…」

『ル・アーレ!(乾杯)』

次期十貴族の代3使。風の名を持つル・フェルナルド・マッキンが乾杯を宣言して式は幕を挙げた。

少し長い話になるが、そもそもセント・アイリスといえば魔法を世界に伝えたとされる伝説の女神で、貴族にとっては貴族たるプライドである魔法技術の祖がセント・アイリスなのである。
そのため聖教の運営金の殆どは貴族からの寄付であるそうだ。
かと言って聖教が貴族の物であるかと言えばそうでもないらしい。
そのあたりのことはまだ良くわからないのだが。
今日は一年に一回満月を迎える『ブルームーン』の満月の日。
1年に1度の貴族の懇親会。
言い換えればちょっとしたパーティーである。
この誕生祭には満5歳から出席が許され、今日は僕の初参加の日になる。
そのための予習復習は欠かさなかったつもりだ。
ちなみに言えば、「アイリス」とは短時間魔法(インスタント・マジック)に用いる魔法言語で『完全なる物』を意味するそうだ。
細かく分けると
『ア』 が「1つの」、転じて「完結した」「完璧な」を意味し、
『イリス』は聖教の聖典第33章に登場する『空を見上げる乙女』の名を取って付けられた名前で、「月」を意味するらしい。
つまり直訳すると『満たされた月』になる。
そのため緩慢な満ち欠けを繰り返す『右側の月』
ブルームーンの満月の日をセント・アイリスの誕生祭と決めたのだそうだ。
そのためか今日は顔ぶれが少し豪華な気がする。
テーブルの上には見たことも無い料理が並び、舞台上では楽団員による演奏が催されている。
今日のこの日を待ち望んでいたらしい貴族達はみんな笑顔で、各地の珍しい土産話に花を咲かせていた。



でも、
でも僕は、
やはり乗り気じゃぁ無かったんだ。
東方の珍しい料理も。
巨大な竜を倒したという十貴族の話も。
僕にとっては正直どうでもいい話だった。
僕の世界はいつだって灰色で。
まるで墨汁を一滴垂らしたかの様にすっかりと色あせていた。
それがなぜかはもう思い出せない。
きっと理由は一つじゃないんだろう。
うちの家訓が「常勝」だとか。
先祖が先の大戦で成り上がった剣術貴族だからだとか。
自分の時間なんて無かったし、同年代に敵なんて居なかった。
きっと、もうどうだってよかったんだ。
厳格な父の後ろに付いて歩いて、自慢気に自分の話をする父をまるで霞のようにぼうと見上げていた。
父の話は殆どが自慢話だったのだ。
しばらくそんな退屈な時間が続いて、父の何人目かの知り合いに出会ったときに父が切り出した。


「デューク。私はこれから大切な話がある。
しばらくは退屈な話が続くからその辺りで好きに遊んでくるといい。」


そう言われて歩き出した。
さっきから子供の自慢話に明け暮れていた父が、わざわざそう言ったのにはきっとなにかやましい事情があるんだろう。
そんな邪推をしながらテーブル席に向かう。
そこに並ぶのはやはり芸術品のように鮮やかな料理たちだ。
そもそも高い山々や広大な海に囲まれたリート王国は外交に乏しく海外の情勢に疎い。
そんな中モンスターに襲われる危険を承知で他国から輸入品を持ってくる商人は極めて少ないのだ。
だからきっとこの料理達もたいそう豪華なものに違いない。

「フロストビーフのトンデ・ロマッティ」

「甲殻ラディアのフラムソース揚げ」

中には東の国に伝わる珍味。モンスターの肉を使った

「八角女王竜の肝」

なんて物まである。
王室の引き出物でだってめったに出ない代物だ。
そんなご馳走たちを目の前にして、普段から豪華な食事をしているはずの貴族の子息や親達も目の色を輝かせて喜んでいる。
少しは食しておこうかと思ったのだが、その人の輪の中に入るのがなんだか無性に面倒くさくなって庭へ出ることにした。


空にはすっかり沈んでしまった夕日と今昇り始めたばかりの双月が見える。
向かって左が「ヴィ・ダップの赤い月」
向かって右が「セント・アイリスの青い月」
どちらも伝説の時代からずっとこの国を照らし続けているのだ。
そんな意味の無い感慨にふけって2歩3歩と歩を進める。
そうだ、見上げればいつもそこには双月があった。
赤い光。
青い光。
その光の色は違えど、何千年もずっとこの地上を共に見守ってきたのだ。
友なのか恋人なのか。
はたまた親子なのか兄弟なのか。



「月ですら。
孤独ではないのにな。」


なんだか少し眩しくて、そっと目を細めた。

『ガサッ』

そんな静かな月夜の庭に、場違いな程薄汚れた少年が突然姿を現した。
丁寧に手入れの施された植木の間を掻き分けて。
背中にはその体躯に似合わぬゴツイ剣を背負っている。
なんと言うか。
その意外なほどの登場の仕方にあっけに取られたというか。
思いがけず気を抜いていた不意を突かれたというか。 
とりあえず。
きっと僕は馬鹿みたいに呆けた顔をしていたに違いない。
それが、
それが悔しかったのだ。
今まで無敗を誇ってきた自分の、唯一の汚点を作ってしまった気がしたのだ。
キッと相手をにらみつける。
相手も相手で馬鹿みたいに呆けた顔をしている。
自分のおかれた状況が良くわかっていないのだろう。
フットベルにはその街を2分する北の地区『モルティモント』と南の地区『シルクリーネ』がある。
その中でも西モルティモントは貴族街として有名で、それぞれがまるで小さな森のような広大な庭を所有している。
しかもココは次期十貴族の代3使。風の名を持つル・フェルナルド・マッキンの所有する屋敷だ。迷い込んだ平民の数もうちとは段違いなのだろう。
実際街の地理を覚え始めたばかりの子供ならたまにあることなのだけれど。
今回ばかりはタイミングが悪かった。
丁度いいことに相手も中々に剣を使えるようだ。
なに、傷を負わせるつもりはない。
少し怖い思いをしてもらって今日の事を忘れてもらうだけだ。
幸い相手は迷子の平民。
いくらこっちが貴族といえど、立場は対等だ。
もう一度、キッと睨み付けて腰の剣を取る。


「剣を抜け。」


呆けた顔をして少年が言う。
「なんで?」
確かに、至極もっともな問いだ。
いきなり切りかかるのも貴族の名が廃る。
一瞬思案して、少年に話しかけた。


「そうだな。
ちょっとした手合わせをしようじゃないか。
それとも、その背中の剣は見掛倒しなのかい?」


そういわれて少年もその気になったのか、それとも挑発したのが気に障ったのか。
背格好が僕と同程度の少年には少し大きすぎる大人用の剣を軽々とかまえた。

「行くぞ。」

そう言って、始めに切りかかったのは僕だった。
馬鹿力タイプはスピードが遅いと判断して懐にさっと飛び込む。
少年の顔を覗き込むと、案の定僕のスピードに付いて来れていない様だった。
(いける)
そう僕の勘が告げている。
セカンドステップを踏んで後ろへ回り込んだ。
このまま終わりじゃぁあまりにも締まりが無さすぎる。
そう判断したからだ。
秋の終わりの乾いた風が、二人の間に吹いて緊張を誘う。
頬を滴る汗が乾いて冷たい。

何故だ。
まだ殆ど動いてもいないのに何故僕は汗をかいている。
わからない。
その理由が。
今の一瞬の間に何か、自分でも気付けない何かがあったのだ。
少し認め難いが、それを確かめるためにまた剣を構えなおす。

右へ左へ、今度は小刻みなステップで翻弄しつつ下から切り上げる。
そうして軌道を惑わせたはずなのに、握り締めた剣に衝撃が走った。
その剣の巨大さと、少年の馬鹿力に押し負けたのだ。
(速い…!?)
もうこっちの軌道を読み始めているのか。
反撃までには間に合わなかったのか今のは防御止まりだったが、下手をすると次は反撃が来るだろう。
只者ではない。
そう、勘なんて不確かなものじゃなく、本能が叫んでいる。
こいつは違う。
今までの人間とはまったく異質の存在だ。
あんな大きな剣で直撃を受けたらこっちの命が危ない。
初めて感じる確かな恐怖。
負ける。
その一言が実感として重くのしかかってくる。
まるで体中を這う蛇のように陰湿に、
まるで罪の鎖のように重厚に、
体中を締め上げて放さない。
これが恐怖か、これが今まで必死で遠ざけてきたものの正体か。
確かにこれは恐ろしい。
体がすくむ。
目が泳ぐ。
あんなに修行をしたというのに。
父に言われて、母に励まされて。
魔法が使える貴族達に勝つために。
そうだ、そもそもフリー家は数代前までは只の剣士の一族だったのだ。
先の大戦で武勲を挙げて貴族に昇格したいわゆる「成り上がり」なのである。
だからフリー家はみな魔法が使えない。
それが貴族たるプライドの根源である魔法が使えないのだ。
だからせめて、剣では負けぬと誓った。
自らが栄誉ある貴族たる誇りとして。
せめて剣でだけは負けぬと誓ったのである。
負けられない。
それがたとえ顔も知らぬ先祖の誓いでも。
その誇りのためにつらい修行を耐えてきたのだから。

歯を食いしばる。目に力をこめる。
敵は強大だ。それは本能でわかる。
普通にやって勝てる相手ではない。
また一滴の汗が滴り落ちる。
ふと、自分の口元が笑みを湛えている事に気がついた。
笑み…?
そうか、僕は楽しんでいるのだ。
下手を打つと死んでしまうかもしれない、このギリギリの状況を。
その切先が読めない、相手の軌道を。
そう意識すると、不自然なほど自然に笑みがこぼれ落ちた。


「今度はこっちから行くぞ。」


少年がそう言った時、僕の景色はすっかり極彩色に包まれていた。
泥まみれの洋服をはためかせ。
もはや布切れと表現しても差し支えのない服を着た少年が剣を振り上げて、



そして盛大に転んだ。



何が起こったのかわからない僕は只唖然として、
強大であったはずの敵を見て馬鹿みたいに大きな口を開いていた。
もう当初の目的はすっかり頭から抜けてしまっていて、驚くほどに拍子抜けだった本能の叫びは違う意味で悲鳴を上げている。

ココは助け起こすべきか。
それとも黙って見守ってやるべきなのか。
そう悩んでいると少年がやっとこさ起き上がった感じで言った。

「く…くそぅ…。」

ひざを少し擦りむいて、悔しそうな顔にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「怒ったぞぉ…。もう怒ったからなぁ!」

「い、いや…自分で転んだん…」

「うるさいっ!!
エル・デ・グランデ!」

少年がそう叫ぶと、僕の足元の大地が鋭くせりあがってきた。
一瞬思考が停止する。
そうだ。
「エル」は『鋭く』
「デ」は接続語
「グランデ」が土を表す『ノーウィ』の敬称だ。
そうだ。これは間違いなく魔法言語だ。
貴族しか使い得ない短時間魔法(インスタント・マジック)である。
もう何がなんだかわからなくなっていた。
そのためだろう。
戦いにおいて、特に貴族との魔法戦においては一瞬が命取りだった。
勢い良くせりあがった大地が体の中心めがけて突っ込んできた。








だめだ。








避けられない。
そう思った瞬間。
何かがせり上がる大地を叩き壊した。
一人は僕の父親。
そしてもう一人はその話し相手だった。
僕はといえば、不意に襲った死の恐怖のせいですっかり腰が抜けてしまっていて、
その場にへたり込んで動くことも出来なかった。


ぁぁ、もう大丈夫だ。
少年の父らしいその人が少年の頭を小突いているのが見える。
どうやら僕は、腰どころか精神力まで限界だったようで、安心したその途端にふっと意識がどこかに飛んでいってしまった。



















目を覚ますとそこは戦士科の空き教室の隅だった。

「夢…か。」

そう呟いて立ち上がる。
内容はほとんど覚えていないが、とても気分が悪い。
どうせアイツの夢だろう。

半分やつあたり気味にあたりを付けて辺りを見渡した。
昨日の深夜まで行われていた歓迎祭の準備はとりあえず一段落が付いた様で、部屋の外では片付けもそのままに既に祭りが始まってしまっているようだった。
何とか間に合った。
部屋中に散らかされたままのゴミがそう語っている。
ふといい匂いがして手元を見ると、机の上にまだ温かい紅茶が乗っている。
これ幸い、とのどに流しこんで一息ついた。
後ろを向くと隣で寝ていたあいつがいない。
またどこかでいたずらでもしているのだろう。
深くため息をついてこの後の展開を予想する。
また小さく笑みがこぼれた。
いや、予想するまでも無い。
何が起こるかはなんとなくわかっているのだ。
いつもの事だ。
あの日以来の腐れ縁という奴なのだろう。
ほら、また誰かが廊下を走る音が聞こえる。

「せせせせせ、先輩!!」

そう言って大きな音で扉を開ける。

「ぁぁ、わかっているよ。
ブリュンゲン・ミュッケ・フォン・ヴァール・リオンの事だろう。」


きょとんとした顔の少年が小さく頷く。
全く、少しは貴族としてのプライドを持って欲しいものだ。

「今行くよ。」

そう言って襟を正して、私はまた小さく歩き出した。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: