天使の絵本

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Side.A「Light and ponderous」



そんな不吉な一言が城中に響いて、ティリエルは一人予想通りの展開に小さくため息をついた。





























Side.A
「Light」

























今日は歓迎祭の日。大昔、春の収穫祭から派生したお祭りである。
だが今では只の収穫祭としてではなく、春にリート王国各地から集結する新入生、ひいてはその家族や引っ越してきた者達を祝う歓迎祭となっていた。
忙しい人ならば数ヶ月も前から準備を行うこともあるこのお祭りは基本的に強制参加であり、王族はもちろんの事、今では大して実権の無い貴族達や平民の皆が顔を突き合わせて酒を酌み交わす数少ない行事なのである。

今日は商店街や工房通り(マイスターストリート)
武術道場に魔法塾、さらには公共機関までが公休になる。
リート王国の第2姫たるティリエルの父王も今日はお休みで、今は丁度シュトレイア学院で行われている歓迎祭に出席している頃だろう。
実質好きな事が出来るわけではないので仕事とあまり大差はない気がするのだが、普段から城に缶詰にされている双子姫にとっては公に外出が出来る数少ないチャンスだったのである。

…だったのである。

なぜ過去形なのか、それには丁度3日前のことを語らなければならない。
まず、この世界には貴族のみが使用することの出来る詠唱魔法、(短時間魔法)というものがある。
貴族のみしか使えないその理由としては、貴族のみが体内に保有している潜在魔法素(マナ)が元になっているからなのであるが。
もちろん貴族の総大将である王族にも魔法の素質はしっかりと受け継がれている。
祖母が平民の出であったために父王だけは魔法が使えないのだが、双子の姫たちはそれを補って余りあるだけの潜在魔法素(マナ)を持ち合わせているのである。

対して3日前は丁度、歓迎祭の最終調整に多くの学生や平民、貴族たちが城に訪れていた。
普段はあまり使われることのない客間も当日は大忙しで、城中のメイドや執事たちが忙しそうに走り回っていた。
各部屋からは楽しそうな笑い声が漏れ、運ばれていく茶菓子の数々もさすが王室、といった豪華さだ。

さて、それで何が言いたいのかというと、常時缶詰である双子姫は基本的に暇を持て余しているのである。
ティリエルは今日も城の書庫に篭りっきりだし、教育係のグリードも最近は忙しそうであまり付き合ってくれない。
勉強なんてもちろんもってのほかだし、相手のいない茶会や運動もかなり虚しい物がある。
テーブルゲームなんて根本的にルールすら理解していない。
そんな折、暇をもてあました挙句になんとなく魔法をぶっ放してみたら、部屋の外にいた学生の一人に直撃してしまった。


たったそれだけの事で歓迎祭への出席を取り消されてしまったのである。
名誉のために言わせてもらえば、魔法をぶっ放したのはリージュである。
あくまでリージュ一人である。
もちろんティリエルには何の責任もないのだが、その後の展開を予想して、こうしてここに残ることを決めたのだった。




「そうだ!変装してこっそり行けばいいのよ。」

まさに名案であるかのようにリージュが堂々と宣言する。
もちろんその声は城中に響き渡る。
が、今日は歓迎祭、王様を初め城中のみんなが休暇で城を出払ってしまっている。
いつもこんな感じなら悪巧みもばれないだろうに・・・
そんな事を考えていると、
耳に痛いくらいの静寂をかき消してリージュが大声を張り上げた。
この時点で既にこっそりではないのだが、そのあたり大雑把な性格のリージュは気にしない方針でいくようだ。
読んでいた本をテーブルの上に置いて嘆息し、予想通り過ぎるリージュの行動に愛らしさすら覚える。

「そんな事だと思って用意はしておいたわ。」

そう言って、部屋の壁一面に広がるクローゼットの奥から変装用の衣装諸々を取り出す。

「全て1週間前からメイドのシューリさんにこっそり揃えてもらっていたの。」

ティリエルはそう言って、いかにも一般人らしい刺繍の服を取りした。
喜び勇んでその服に飛びついたリージュは、

「さすがティリエル!!」

と大きな声で叫んでいるが、ティリエルが1週間以上前からこの展開を予想していた。
という事実にはどうやら脳が追いつかなかった様で、いつもの様にあまり深く考える事無く服を着替え始めてしまった。
その様子をはたから見つつまた1つため息をつく。
今度は小さく柔らかなため息。

この誰よりも姫様らしい姫様に不思議な安心感を覚える。
こんな穏やかな時間がずっと続けばいいな。
そんな妙に老けたことを考えながら、袖が通らなくて苦しそうな姉の下に駆け寄った。




































どうやらフットベルにも春が来たらしい。
レミューズの大聖堂に常時缶詰にされている少女がそれに気づいたのは、
春の暖かな陽気ではなく、
青いレギオットの花びらでもなく、
珍しく祈りの列が途絶えたことだった。
































Side.A
「ponderous」




















































歓迎祭が始まった。
晴れ渡る空には花火が上がり、風船が舞い、ほうきが飛ぶ。
ディレ・マーレの大通りの反対側、
ちょうど街の向かいに位置するシュトレィア学園には街中から大勢の人々が集まり、
毎年この時期になると礼拝に訪れる人足がぱったりと途絶えるのである。

「ふぅ…。」

と一息をついて聖壇に座り込む。
本当は座ってはいけないのだが、今日ばかりはお付の神父様もいない。
確か家族サービスだと言っていた。
私をひとり残して。

天井から、壁から、床から、北の山で採れた希少な鉱石の明かりが差し込む。
普段から静かな聖堂の中は一段と整然としていて、マディライトの明かりがなければまるで神様に見捨てられてしまったのかと思ってしまったかもしれないくらい静かだった。

沈黙が耳に痛い。
できるだけ気にしないようにしていつもの様に思索にふけることにする。
昨日食べたフレイスターの味のこと。
西の聖泉で洗った白色シルクのワンピースの衣擦れの音。
いつも紳士な神父様が喉にお餅を詰まらせた時の事。
どれもこれも何度思い出したかもはや思い出せない。
何か面白いことはなかったかと考えて、
すぐに挫折した。
なんといっても生まれてこの方大聖堂の敷地の外に出たことがないのである。
せいぜい聖堂の庭が精一杯だ。そんな生活を続けていれば、楽しい思い出もやがては尽きてしまう。
また耳に痛い沈黙が訪れて、かすかに甲高い楽器音が聞こえた。
気のせいだったかもしれない。
そう思いつつも足が自然に聖堂の外へ向かう。
いつでも開きっぱなしの扉を抜けて、久しぶりの外に飛び出すと日差しがまぶしかった。
目を細めて太陽を覗き込む。
今日は日差しがきついのかもしれない。
そう思って自室に帽子を取りに戻った。
聖堂の奥にある小さくて豪華な自室にはクローゼットとベットと机がひとつ。
どれも高価なものだと聞いたが、そんな事は正直どうでもよかった。
迷わずクローゼットに走りよって扉を開く。
中にはどれも白い服ばかりが入っている。
その下端、隅の方の小さな箱を開けると中からまっさらの帽子が姿を現した。
数えるほどしか被った事の無いお気に入りの帽子だ。


それをかぶって大扉から外に出た。
草木のにおいも久しぶりな気がする。
少し肌寒い気がするのに、日差しがとても厳しい。
こんなものなのかな。
と、なんとなく納得して走り出す。

耳を澄ませば、微かな衣擦れの音。
草木の葉擦れの音。
春の匂い。
聖堂の入り口の門を抜けた先には春に咲くレギオットの藍色の花が咲き誇っている。
1歩、また1歩と足が進む。

そこでふと立ち止まって、神父様の言葉を思いだした。

「決してこの聖堂から外に出てはいけないよ。」

振り返って、見る。
私のいた場所。
外からこうやって見たのは初めてかもしれない。

そうだ。
今日は天下の歓迎祭。
お城も学校も商店街も、どんなお仕事も神父様も今日はお休み。
春の陽気にさらわれて、ちょっとだけ春のお散歩もいいんじゃないかしら。
だって、
今日は収穫祭。
御伽噺の「変人ロレット」もいっているじゃない。

「こんな麗らかな晴れの日は、ちょっと変なくらいが一番楽しい。」

ね、ちょっと位いいでしょ神様?
今日は神父様だってお祭りの日なんだもの。
そう言って、私はこの街で「最も美しい」大通りをまっすぐに駆け出した。

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