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道の駅はっとう未知の駅はっとう、道の駅若桜(リンク)。信号機が店内から、外に移っている。八頭町は、やず、なのに、道の駅は、はっとう、どうやら、道の駅は八頭郡八東町にあったようだ。ややこしな。砂丘ワイン、砂っぽいのか・・・無。お!ポポーや!買ってしまって、食べます。半分に切って、種ごとスプーンで口のなかに、掘り込む。うまい、噛む必要もなく、そして、種をプププーと吐き出す。道の駅若桜こいつも、わかざくらではなく、わかさ、で止めるポッポー!応募するか85円かけて道の駅きなんせ岩美屁こき虫、石破さんお似合いですね!豆腐ちくわだって、2本買ってみる。晩酌のお供だ、ちくわか、と思ったら、あとから豆腐味が付いてくる。カニポストなんだろうか?ぽけふただけは、浦富海岸にあった。いわみ、石見になっちまう、小学生時代のお嬢さんだった同級生は岩見さんだった。いや、そちらも岩見さんか倉吉駅子供の頃に家族旅行で鳥取砂丘とか来たことがあって、次に鳥取県にきたのは2019年頃で4,50年ぶりの鳥取かあ、と思っていたら、あ、新入社員の頃、20代前半に同僚が結婚することになり、両家の実家の倉吉に行ったことを思い出した。道の駅ポート赤碕こ、こいつが、ねばりっこか。山芋の改良版のようだ、あ、そういえば、今日の朝食に山芋が出たことを思い出し、あ、あいつがねばりっこやったんかと気が付く。あ、またポポーあった、実家にご紹介しよう、触ってもまだ硬いので、2,3日後に食べ時だろう。足が速いので、普通市場にはでないようだが、地元ではでるのかも知れない。名物、大風呂敷、昨晩、でてきたのがそうだったのか。間違って、道の駅、琴浦に行ってしまったが、1キロ程離れたこちらにありました。しかし、シルバーウィークだだごみ。1000円切った魚定食、100人待ち、やめとくわ、鳥取は2区しかなく、東のイシバニゲル、西のあかざわりょーせー、高市さんに、鍛えなおされ中?先生はトランプ。続く。
2026.09.26
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天平宝字5年(西暦761年)に法道仙人により弘浪山頂に開かれ、昭和33年に現在地に移築された。最近やねえ。参道両脇を中心にカエデが境内を彩り、秋はねえ。だいにんきかな。山門天上図 内尾神社(おなじ丹波市)の起源となるとかとかそうじゃないとか(リンク) 警備員寝取るやないかい、いや、寝取ってなく寝てるだけ、こわ。ウッディ、ステーキだか焼肉、車一台しかおらん、肉以外食べ放題のようだが、休日は、結構なお値段で、やめとく、そのあと、あ、もしかして但馬牛やったんちゃうんちゃうん?と考え直し、ちょとだけしまったと思った。横に、丹波戸書いていたので、そちらに移動、それも、おれの好きな出雲そばか?あらびきなのか、よく分からないが、それでOK店はいると、あ、牡丹鍋の店?夏定食も魅力だが、まあ、初めてなんで・・・次回来るとしたら、これかなあ。茄子!とろろ通常そば粗挽き蕎麦は、ソバの実をあえて粗く挽いたそば粉を使って打った、香りや風味が非常に強い蕎麦なのだが、ちょとざらざら感あったなあ。野菜買いに行くポポー?初老になって初めて聞いた、来て、見て、買った。ポポー(ポポ)は、バナナとマンゴー、アボカドを合わせたような濃厚な甘さとクリーミーな食感から「森のカスタードクリーム」と呼ばれる、北米原産の珍しい果物でごわす。8月下旬〜10月頃(収穫期は1ヶ月ほど)が収穫時期、熟すと非常に傷みやすく、日持ちが3日程度しかしないため、一般的なスーパーなどの市場にはほとんど流通しませんねん。あ、パパイヤの遠縁か、語感も。車内は甘い香りに包まれた。冷蔵庫で冷やして翌日食べた。こいつは、美味い。バナナマンゴー熟成柿的か、種も多く入っており、しゃぶり尽くした。Geminiいわく、果実には卵10個分のエネルギーがあるとされるほど栄養価が高く、ビタミンCやミネラル類がバランスよく含まれています。ほうか、ポポーは栄養価が高く、ビタミンCやビタミンA、食物繊維が豊富ってさ。アボガトみたいに、半分に切って、スプーンですくう。クリーム状。あっ、タイのラムッに似てる(英語、サボジラ、日本語、チューンガムノキ)。夕食、しょぼくても、外食1000円で抑えるのが難しくなった(写真は、皮肉か、お茶にピント)。いかん、昼間のポポーが。あ、そか、あれだ、ACのポポポポーだ!震災の時にわけの分からないCM流れてたやつ。夜食(つまみ)13時間ドライブの後で
2026.09.25
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10数年ぶりに何度か来た空堀通りり外れの店に来たボイルドブー、親父さんは俺のことを覚えてくれていた。レバニラ、店で買ったの人生で初めて。バカボンのパパが食べる奴な。半年ぶりに、垂水漁港食堂に来たドタマ定食久しぶりにかごの屋茶そば半額の日、食べることにするねぎ、わかめ、入れ放題で満足レトルトヤム邸カレー物価上がって、行かなかったけど、2年ぶりに来た店あの話しドコイッタ、ツムツム君、マスコミ煽り、カルビーも話題集めだったのか。ナフサ効果。もうもとに戻って,2色なくなってもたプレムアムついた?山田ストア、阿闍梨餅自宅で納豆豆腐、崩したら汚いなあ平賀源内の日なんか、関東で仕事行った時、うなぎ行きましょとよく言われた、関西の焼肉系かな、まあ、昼夜違うけどねぱーりーフェス、おやおや、95パーセント、ネパーリー・・・ボダナート?(リンク) クマリ?
2026.09.24
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慶留間島の山に登ったところがカータン展望台。阿嘉島港が見える。2023年2月11日12時15分。 海を挟んだ島は座間味島。 下りは階段となっていたので、原付では降りられず、元来た道を戻る。 万年累積の岩石。 2023年2月11日12時21分。 慶良間鹿。 阿嘉ビーチ。2023年2月11日12時28分。 真謝浜。 北浜(ニシハマ)。 きたのくせに・・・ 沖縄の方言。北:ニシ、東:アガリ、西:イリ、南:フェー。ふうあがりとかいりおもてとか。 ケラマブルー。 対岸は座間味島。 2023年2月11日12時33分。 北浜展望台、上がれません。 何だここは。 御殿の木。阿嘉集落内にあるアカテツの木。アカテツは、アカテツ科の常緑高木で海岸近くの低地に生育し、防風林、屋敷林などに利用されている。 拝所に生えていることから大事にされてきたらしい。樹齢は400年以上と推定。高さ13メートル、枝の広がりは南北13メートル、東西17メートル。 「御殿」と書いて「ウルン」読む。 屋根突きぬけ系になりつつある。 2023年2月11日12時44分。
2026.09.23
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伊江島ワタルージ浜 西崎漁港の浜 GIビーチ(元駐留米軍専用ビーチ) 謎の轍 電気点けて夜も育てる 大力士。安里五良 ミースィ公園 ニーバンガジュマル(2023年台風で倒れた) 敗戦を知らない日本兵2人が2年あまり生活した木として知られる 木の上の軍隊。ドメスティクバイオレンス作家井上ひさし原作 支えられて生き続ける 島村屋観光公園。ハンドゥー小の銅像、ハブ園、琉球民俗資料館がある。 会所跡の碑。学問と村踊。 吉野や。牛丼なかった。 組踊、忠臣蔵作者発祥の地。 伊江島のガジュマル 城山タッチュー登山する
2026.09.22
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ペリーロード。ペリー一行が了仙寺に向かって歩いた約700メートルの道。 旧澤村邸。なまこ壁。 的場稲荷神社。 30ポンドカロネード砲(1929年製造)。 ペリー上陸の地。ペリー艦隊来航記念碑。 ペリーは、おきなわ香港オランダ経由でアメリカに帰り、アルコール依存症、痛風、リウマチになり、帰国後3年後死去。 下田城跡。 犬走島。1854年3月31日(嘉永7年3月3日)、徳川幕府はアメリカ合衆国と日米和親条約を締結 条約で下田湾に浮かぶ犬走島から7里(約27.5キロ)以内をアメリカ人が自由に往来できる範囲と定めた。 防波堤には釣り客。サビキ釣りの発祥地だという話もある。350メートル。 アナーキー。海蝕洞やトンネル、灯台の島。 面積50平方メートル、周囲300メートル、標高39.9メートル、無人島。 鍋田浜海水浴場。 下田の町から一番近いビーチ。 碁石ヶ浜。 龍宮窟。 海食洞の天井が一部崩れて、直径40~50メートルほどの天窓が開いている。 もう暗くなって無理。他リンク。 田牛海水浴場。 他近くには、石丁場跡、サノドスキー、水底土流と水冷破砕溶岩がある。(他リンク) 下田の一番南にあり民宿が多い地区にあるビーチがこの田牛(とうじ)ビーチ。(他リンク)
2026.09.21
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天滝に行くまでの道程である(リンク) 駐車場。 山に入る。 35分歩く。 ヒル、かゆいんだよなあ。 多くの小さな滝を越えていくことになる。 アスレチックや。 者本記」などにもその名を残しているとされます。天滝のほか、しのび滝・岩間の滝・糸滝・連理の滝・久遠の滝・夫婦滝・鼓ヶ滝どれがどれか分からんコースを行く。 夫婦滝。 天滝、見ていて飽きない。私の中では日本の滝の5つには入る。インクラの滝とか、屋久島の千尋の滝とか。(リンク)
2026.09.20
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森林浴の森日本百選、岐阜県の名水50選、飛騨・美濃紅葉33選だって。 温泉もあるの? 朝の8時だったので、まだきゅうり打ってなかった。トマトもラムネもな。 簡易な地図、でも歩けば結構かかるんよ。 下りていく。 側溝。 どんんどん降りていく。 観音滝。 智證霊神大前。不動明王。 木がだれーっと流れてきている。 不動滝。 吊り橋をゆすらないでください。3人以上同時に渡らないでください。 仙樽の滝。違うか。行けなかったのか。忘れた。通行止めだったか。 木曽川支流、付知川の源流。 付知川は青川とも呼ばれる清流。
2026.09.19
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鳥取県日野郡江府町。 南大山観峰展望駐車場。 御机みつめの棚田。 田植えの時期には、水田に大山が写りこむ逆さ大山が見られる。 鍵掛峠。 木谷沢渓流。奥大山。 奥大山といえば、「水」と「ブナ」だという。 木谷沢渓流近くにはサントリーやサンエスの天然水の工場がある。実際CMにもなったという。 宇多田ヒカルCMじゃん。 砂防ダムか堰堤の上を歩く。 022.09鳥取岡山鳥取 雨滝 日本の滝百選 鳥取市、不動滝・湯梨浜町、ふる里公園潮風の丘とまり 梨しっこ館 倉吉 なしっこ後編ハワイに行く。温泉もある、三明寺古墳もある。 花見潟墓地、鳴り石の浜 琴浦町船上山・屏風岩・千丈滝 琴浦町大山町(大山寺、金門、賽の河原、圓流寺)植田正治写真美術館と大山 金持神社で更に富豪になる(日野町) 御机みつめの棚田・木谷沢渓流 40数年ぶりの蒜山高原 日本名水百選、塩釜の冷泉、蒜山三朝町(珍宝神さん・冠岩・小鹿渓) 三朝温泉の朝 投入堂未知の駅はっとう、道の駅若桜若桜町 不動院岩屋堂赤波川甌穴群 鳥取市用瀬町恋山形駅でなんちゃって恋愛成就
2026.09.18
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17時50分。 妙見浦展望所。 妙見浦海岸。降りてくるまですれ違えない道をやってきた。 穴の口岩(象さん岩)、洞門見えず(リンク) かぜに耐える木たち。 鬼海ヶ浦。 鬼海ヶ浦。日本の夕陽百選。 男子トイレがガラス張りで、崖沿いにあり絶景。 少しアナーキー。
2026.09.17
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越前市国兼町。 瓜割の滝 〒919-1543 福井県三方上中郡若狭町天徳寺 諦応寺〒919-1523 福井県三方上中郡若狭町安賀里33−1 三方石観音〒919-1303 福井県三方上中郡若狭町三方22−1 舟小屋〒919-1461 福井県三方上中郡若狭町海山 三方五湖レインボーライン、〒919-1301 福井県三方上中郡若狭町海山 188K7H 宗像神社〒919-1123 福井県三方郡美浜町久々子79−1 シーパーク丹生〒919-1201 福井県三方郡美浜町丹生 日本原子力発電敦賀原子力館〒914-8555 福井県敦賀市明神町1 敦賀赤レンガ倉庫〒914-0072 福井県敦賀市金ケ崎町4−1 氣比神宮〒914-0075 福井県敦賀市曙町11−68 敦賀シンボルロード〒914-0054 福井県敦賀市白銀町4 近代化遺産周遊ルート〒914-0002 福井県敦賀市葉原 愛のハートロック〒914-0264 福井県敦賀市杉津 旧北陸本線山中ロックシェッド 福井県南条郡南越前町山中県道207 75K3h8時 旧北陸線トンネル群案内〒919-0131 福井県南条郡南越前町今庄 大塩八幡宮 福井県越前市国兼町22 水芭蕉&つる八〒915-0875 福井県越前市塚原町24−9−3 石神の湧水〒915-0885 福井県越前市大虫町 大虫の滝〒915-0888 福井県越前市高森町 王山古墳群 福井県鯖江市日の出町7 めがねミュージアム〒916-0042 福井県鯖江市新横江2丁目3−4 福井市自然史博物館〒918-8006 福井県福井市足羽上町147 継体天皇像 福井県福井市足羽上町 福井駅西口広場(恐竜広場)〒910-0005 福井県福井市大手2丁目1 62K 3H11時 石切場〒910-3382 福井県福井市松蔭町 亀島園地〒910-3382 福井県福井市松蔭町4−83 鉾島〒910-3402 福井県福井市鮎川町 くにみクラゲ公民館〒910-3402 福井県福井市鮎川町国見公民館水族館 松ヶ鼻沿道緑地〒910-3402 福井県福井市鮎川町1 国見守警官 神の足跡〒910-3405 福井県福井市小丹生町 弁慶の洗濯岩〒910-3405 福井県福井市小丹生町 軍艦岩〒910-3551 福井県福井市大味町 足見滝〒910-3553 福井県福井市蒲生町 38K2H13時 重要文化的景観「越前海岸の水仙畑 下岬の文化的景観」案内サイン福井県福井市居倉町 八俣白岩〒910-3558 福井県福井市八ツ俣町 越前シーサイドホテル 大黒さまの足跡〒916-0301 福井県丹生郡越前町梨子ヶ平 潮吹岩〒916-0301 福井県丹生郡越前町梨子ヶ平 レスト友情〒916-0301 福井県丹生郡越前町梨子ヶ平2 閉鎖 呼鳥門〒916-0301 福井県丹生郡越前町梨子ヶ平 鳥糞岩〒916-0301 福井県丹生郡越前町梨子ヶ平 越前海岸〒916-0303 福井県丹生郡越前町血ヶ平 玉川洞窟観音 福井県越前町玉川41−2−1 顔面岩 〒916-0304 福井県丹生郡越前町玉川 恵比寿岩(夫婦岩)〒916-0311 福井県丹生郡越前町梅浦 11K 1H14時 越前がにミュージアム〒916-0422 福井県丹生郡越前町厨71−324−1 鷲岩 福井県丹生郡越前町高佐 白竜の滝公園〒915-1114 福井県南条郡南越前町糠 下長谷の洞窟〒915-1113 福井県南条郡南越前町甲楽城 北前船主の館 右近家〒915-1111 福井県南条郡南越前町河野2−15 カモメ島〒915-1111 福井県南条郡南越前町河野44−16 亀岩洞門〒914-0261 福井県敦賀市 帰り山観音〒914-0268 福井県敦賀市江良19−8 中池見湿地〒914-0016 福井県敦賀市余座 40K2H 16時 源平合戦の際、木曽義仲が境内に本陣を置いた。 室町時代に建立された入母屋造、こけら葺の拝殿は、国の重要文化財。 2022..05福井一覧 2022.05福井666キロ17時間半ドライブ若狭 瓜割の滝 諦応寺 若狭 三方石観音若狭 三方五湖 原発銀座 敦賀赤レンガ倉庫 氣比神宮 敦賀駅前シンボルロード、エメラルダスは良いなあ近代化遺産周遊ルート大塩八幡宮 越前市 越前市水芭蕉から鯖江市眼鏡ムージアムへ 福井市 謎の継体大王 福井市越前海岸線 亀島園地 石切り場 神の足跡 足見滝鉾島・弁慶の洗濯岩 越前海岸越前海岸 軍艦岩 漁火街道 福井市(軍艦岩・水仙・八俣白岩)越前町(銭が浜潮吹岩・呼鳥門・鳥糞岩) 漁火街道 呼鳥門の下に昔車道があった。鳥糞岩 越前町 越前海岸をいく(玉川洞窟観音・恵比須の滝越前海岸をいく(越前ガニミュージアム・鷲岩・下長谷の洞窟・北前船の館・カモメ島) 中池見湿地・三方五湖パーキング
2026.09.16
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蓬莱山は新ひだか町のシンボルだとされ、数多くの伝説を残す奇石怪石の山だそうだ。 滋賀県の蓬莱山は登ったことあるけど。 蓬萊山は神居古潭帯の高圧変成岩と蛇紋岩からなる蓬萊山地塁帯に含まれる角閃岩体の一つが三石川に浸食され残丘となったもの。標高66メートル。 地衣類のイワタケや日高固有のヒダカイワザクラなど、300種を超える高等植物や100種を超えるコケ類の自生が確認されております!とのこと。 観農台。この観農台は標高80メートル程度の丘の上にあり、豊畑地区の牧場と静内川が見える。その向こうに二十間道路桜並木のある家畜改良センター新冠牧場を見渡すことができる。 日高平野を一望できる展望台ということ。 二十間道路(町道桜並木通線)のさくら名所100選(日本の道100選、北海道遺産)。 静内田原間の延長8.0 キロの道路で、幅36 メートル(つまりは20間)、直線距離で7 キロの道路両側に約3,000本の桜が植えられているという。 まっすぐな。 馬公園。 新ひだか町もあるし、日高町もあるんよもあるんよ(リンク) 人出も多かったが、たまたま今日なのか知らんけど、すげえって感じではなかった。寒い北海道では凄いのだろうか、コレカラモットドバーーンてなるのかは知らない。 十二間道路なら、家の近くにあるけど。 太陽の森 ディマシオ美術館。「世界最大の油彩画」高さ9メートル、幅27メートル。 新冠町にある美術館、幻想絵画、ジェラール・ディマシオの作品を中心に展示、でも開館前。早朝につき、入れず。
2026.09.15
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カエル岩。「女性の横顔岩」でした。 南国では珍しい花嵩岩が露頭した海岸線が1キロ続く奇岩群。 今回は時間もあり、降りていく。(リンク) 道が整備されている。 「ロウソク岩」 丸い石。 「自然が作り出した椅子」? 魚もおった。 「自然が作り出した椅子」? 「傷だらけの岩」 「カメ岩」 亀石と蛙石やで。 (明後日より、日本とも戦略的互恵関係、中国の鎖国と略奪法律開始、昨年闇銀行覗いて海外に140兆円流出,取り返し政策、人も海外に出さない水際対策) 2021.09岩の鹿児島の島々 川内市カッパタウン甑島へ 上甑島 鍬崎池、貝池、なまこ池甑大明神橋 鹿島断崖 甑大橋甑島 クロ教伝説 下甑島 ナポレオン岩 下甑島、瀬尾観音三滝に至る甑島(八尻展望所、中山集落跡、百合草原)甑島、帽子山展望所・トンボロビュースポット2回目の徳之島へ徳之島、ムシロ瀬再訪する、エクソダス 手々浜海岸、アジ墓、金見海水浴場 徳之島 畦海岸 母間ハート 適当な海岸 徳之島(下久志海浜公園・幸福の滝・クジラ岬) 徳之島 メランジ堆積物徳之島 瀬田海海浜公園 前泊漁港メランジ堆積物 小原海岸展望台平土野港、ウンブキ再訪の徳之島 徳之島→奄美大島→旧奄美空港奄美大島南部 古仁屋からヤドリ浜奄美大島 ホノホシ海岸 高知山展望台 油井岳展望台 奄美大島南部 奄美大島 岩抱きアコウ奄美大島 フナンギョの滝 泥染公園 モダマ自生地 タンギョの滝 奄美大島→大阪行き徳之島、そして奄美大島、甑島の鹿児島でした
2026.09.14
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タパスつまみながら、ワインをちょちょいと飲む。 肉。 中華料理、東天閣。1894年に建てられた、現存する最古の異人館。 神戸グロサーズ寄っていく。 ハラールの店、特に行きませんが。ハラールの店がない頃か住んでいたイスラム教徒は、ハラールがない場合は何食べてもよいというイスラム(ハーデス)の教えに従って命を救うために何を食べても良かったので、何でも食べてたのに!と怒っている人もいるとかいないとか。ところで、イスラムの国でろ路上で祈りをしている人たちはみたことないですから、まあ、長距離バスが臨時で停まって、バス降りて祈ってた人たちはイランでみたけど。インドネシアでは隣の人が、バスの中で祈ってたけど、正座してひれ伏してポーズじゃなかったけど。 これはガパオライスではない。プーパッポンも前に食べたんだが、それもプーパッポンカレーではなかった。 姫路で時間もあり、何となく小料理屋であるのに、値段が微妙に安いんじゃないかのコース昼飯があるので食べてみた。 雰囲気もあり、質から見ると、良かった。 豆腐韮納豆を作ってみる。 丹波の黒豆の季節やった。 久しぶりに外でスンドゥヴ食べた。 ハンバー定食800円でごはん味噌汁キムチ食べ放題の店。 新しく出店されたので食べてみた。 (沖縄良かったねえ、タマキ親中、なにも経済政策しなかったテロリスト応援知事負けて良かったねえ。 ) 牡蠣。 つけ麺食べた。 塩ラーメン、最期、少し塩多すぎたかなと感じてしまった。 セントレジス地下のヨダレ鶏。 名前悪くない?
2026.09.13
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トーチカからまっすぐみちを走る広尾。 蟹のトイレ(閉鎖中)に立ち寄ると、取引先から電話。いつもいつも、旅行中でも電話かかってくるんだよねえ。別にいいけど。 キツキツやなあ。 そういえば、前にも書いたけど、1,2日程早く冬休みに入り、イスタンブール空港に到着し、アイスクリーム買ったら、WIFITそういえば、前にも書いたけど、1,2日程早く冬休みに入り、イスタンブール空港に到着し、アイスクリーム買ったら、ワイファイ繋げるよで、繋げてもらったら、1分もしないうちに無料ライン電話がかかってきて、半笑いで(多分)いつものクレーマーの人がトイモイサンに電話かかってきましたよ、ウフフだった。面白電話してきよったなと笑えた。そりゃ大変だ、俺は今からモンテネグロ行くから年明けに対応するよ、と返事して終わりだった、承知しましたウフフで終わりだった。半笑いの深刻な電話であった。 28キロ走る、と思う。 2020年3月か4月にフンベの滝まで来て引き返した記憶あり、メインは帯広やったからなあ。(リンク) いっぱいおるやん。 緑の海岸。 美幌川河口付近の一定期間(春から初夏まで)の一定時間(干潮時)だけ一面がアオノリで緑色になる場所。 その季節なんだが。 すげえ、長いトンネルもあるよ。えりも黄金トンネル(2011年開通 4,941メートル、道内の道路トンネル最長) 黄金道路。1934年竣工。日高山脈が海岸までせまり、交通の難所となっていた場所で、黄金を敷き詰められるほど、建設に莫大な費用を投じ、着工から8年の歳月を要して、断崖を切り開く難工事の末に開通した。 その後、舗装化や覆道工事などの改築が進められたが、舗装化だけでも、当時の一般的な国道の10倍近い費用がかかっている。 望洋台。 あまりみないキャンピングカーてか、軽自動車のキャンピングカー、シブイ。 あれ、何となく襟裳岬に近づいてきたら、不思議にテンション上がって来た。何でか知らんけど。
2026.09.12
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この宿泊先で、虫に噛まれて眠れなかったのだが、世界に発信しても仕方ないので、この画像だけで勘弁する優しい私の朝4時半。なんせ、インドやインドネシアとかで何度も南京虫にやられて眠れない夜を過ごした私である。 北口本宮富士浅間神社 公式HP由来によると、 景行天皇40年(西暦110年)、日本武尊ご東征の折、当地の「大塚丘」にお立ち寄りになられ、そこから富士の神霊を親しく仰ぎ拝され「北方に美しく広がる裾野をもつ富士は、この地より拝すべし」と仰せになりました。これに従い大塚丘に鳥居が建てられ、加えて後の景行天皇50年には祠を建て浅間大神と日本武尊をお祀りし、当社の創建となりました。とのことだ。 世界遺産の構成資産の一つ。敷地隣接地は、富士山自動車という企業が事業を営んでいたが、同社が廃業した際に土地を中国人が購入しそうになったため、富士急行がそこを買収し、参拝者臨時駐車場として無料で開放しているという。 新屋山神社 あらやの、やまじんじゃである。 昔から山の神、産業の神として信仰されてきた。富士山2合目に奥宮がある。 コロナウイルスのため、撮影禁止、意味が不明だが。 7月の早朝、外は明るいが、まだ覆われると薄暗い。 前にも書いたかもしれないけど、富士吉田市には一人だけ知り合いがいて、今回関わらず連絡はしなかったが、大阪に来て一緒に京セラドームでポールマッカトニーのコンサートに行ったんだよ、じゃあ、その帰りにドームのある大阪市大正区は沖縄タウンなので、沖縄料理御馳走するよ、と誘って店に入ったら、沖縄料理の店やのに、沖縄料理がちっともない、どういうこっちゃ、うっかり間違って沖縄の店の横に入ってしまって、普通の居酒屋であったという苦い思い出も思い出してしまった。 道の駅「富士吉田市」 朝5時。 富士山レーダードーム館、まだ閉まっている。 富士登山、富士吉田ルートが見える。登山道と下山道が別になっており、登りの登山道に山小屋が多く、下山道には山小屋がほとんどない。登山客の半数以上が吉田ルートを利用している。
2026.09.11
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築20年で、車は疲れちゃったのか。お迎えに来た。保険代とれてしまった。100キロ以上引っ張って走ってくれるんよ。 数万円。 まあ、俺は眺めているだけ。 近江八幡駅まで歩くと、近江商人発祥の地。 彦根駅前。 姫路駅みたいに駅前から城が見える。 近江といえば、近江牛、食べていくか。 彦根城。 護国神社。 ごみ収集中。 琵琶湖見えた、港も近い。 あと10分で船出る。
2026.09.10
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北木島のメビウスの輪。 恐竜か。 豊浦公会堂。洞爺湖の近くに豊浦町ってあったなあ。 残念石かな。 鳥居のみ。提灯のみ。 残置される石。 現地彫やります、体に入れます。 石焼きします。 海に建つ石。 あと、数分で船が出る。 なにや、山の中腹で泳いでいるものがあると思ったら旗だった。 岩の上に祠もあった。 どうやら、今日はここだけ食事ができるみたい。レンタサイクルもあった。ケーズラボってとこ。 石が爆破状態 石運んでいる。 石煙。 出航。 うわあ、専門的過ぎる。魚と大きさと匹数と・・・。 孤高の女性釣人1。 孤高の女性釣人2。 今から行くカブトガニ博物館よ、ああ、建物もカブトガニか。 この橋もあとで渡るんよ。 何故か船でメダカや金魚飼ってた。何だか面白いな。船員の個人的趣味っぽい。 本土に到着。皆さまスタンバイ。 なるほどの島旅行であった。
2026.09.09
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崖の下に立派な家が這いつくばる光景。 岩が迫る坊勢島だが、奥の岩は西島。一度だけキャンプした。 魚が溺れている・・・。 弁天島。 ドバーっと鳥が飛ぶ、俺に驚いたのか、そんなことはないが。 釣り人。 鳥を蹴散らす。 坊勢海浜公園。 人生相談、鬱陶しいなあ、暇だなあ。 個人の土地?不法投棄? 猪を供養しながら、猪捕まえる。 西島。 男鹿島。 何故かベンチ。歩いている人0人、車は数回すれ違う。 更に景色が良くなるんで、ロープで登れ。 高島か。いや、小豆島。 島は結構皆さん知り合いなんやろねそうえば、大阪市中央区って、上町一丁目もあるけど、上町Aという住所もある。日本唯一のABC表記である。まあ、いろいろ合併やなんやで経緯があったようだ大阪市中央区には、もういっこ、ヘンな地名がある、久太郎町だ。久太郎4丁目渡辺という地名がある。ここは、渡辺さん発祥の地で、以下すり神社、あれ、変換されんやないか、坐摩神社の地である。坐摩(いかすり)神社でお祈りしてもらったことあるねんけど。多分、丁名になったときに、渡辺達さんが、おれらの名前地名に残さんかい!と強く訴えたのだ。全国の渡辺姓は、こっからなんや!と。 島の森。 男鹿島。 個人の土地?不法投棄? 村にまた入っていく。林道終わり。
2026.09.08
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赤松コロッケとは、中国自動車道の赤松パーキングエリアの名物グルメだよ但馬篠山でキリンと屋根熊を見ていたら、レーダーにひかかった呼び出されて、切符切られに行くあ、ビートたけし選手でしたかあなた、パトカーに乗りなさい、そこで切符切るからもしもし、雑魚一匹捕まえました、どーぞいつまで電話してんだ、ミニスカポリス龍蔵寺(真南条上)、なにしにきたんだっけここが、武庫川の源流(龍蔵寺から沢沿いに徒歩約40分ほど登った、岩の隙間)かつて篠山は沼地で、龍がすんでおり、人々が田を開墾すると、龍は山へと隠れ、そこが後に寺になったのが名前の由来だとか、ちがうとか龍蔵寺、狭い道やってきた愛宕山への山道天台宗(古くは山岳信仰、645年開山の古刹)出世稲荷神社(沢田)どこにも、出世の文字がなく、このままでは出世できない奇祭、鱧切祭。人身御供を捧げる大蛇退治伝説沢田八幡神社本殿裏側に、小さな祠として建てられているらしいビッグ獅子鍋。丹波篠山と言えば、1980年代からぼたんなべ俺は、高校生の時、駅伝県大会で但馬篠山に来たとき、選手一同は引率の先生に、ぼたんなべ喰わせろと再三要求したが、順調に無視され、そのまま猪食べないまま現在に至る。そんな訳で、私は牡丹鍋を知らない、今日食べるか、いや、ビッグ猪みてOKだ。デッカンショだ。笹山観光ホテルの中にも牡丹鍋食える。丹波篠山のイノシシは、市内の豊かな里山や森林周辺で捕獲されたり、篠山観光ホテルを突き破っているビッグ猪を削ったりしている。丹波篠山市より、期間はあれど、狩猟期(シカ・イノシシに)に引き続き、農作物被害の軽減を目的とした有害鳥獣捕獲を実施します!(そういえば、何回も鹿みた)猪肉を使った鍋料理「ぼたん鍋(いのなべ)」発祥の地、歴史を調査してみると、縄文時代から、日本では猪肉が食べらいたようだ。丹波篠山の山は、ドングリや栗など木の実が豊富(そういえば、栗も名産品だ、そういえば、スーパー、フレッシュバザールでも売られていた)で、猪にとって嬉しい環境(熊もか?)。肉食が禁じられた時代でも、人々は猪肉を「山クジラ」と呼び、江戸時代には「猪肉」を「ぼたん」という隠語で呼ぶようになったといわれている。明治時代、肉食が解禁され、軍の駐屯地が置かれ、訓練の際、丹波の山で獲れた猪肉を、滋養食として味噌仕立ての汁物にして食べるようになり、兵士たちの間で評判となり、「丹波篠山の猪肉は格別だった」といいふらしたため、各地へと広まっていったという。だとか、そうじゃないとか。
2026.09.07
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沖縄護国神社。 祭神の柱数は約18柱で、護国神社では最多。 修景池。 シーサーじゃない。 心海上人の墓。 護国寺の住職として務めたあと、奥武山に龍洞寺を建て隠居。 奥武山公園ナンジャムとりで。 琉球八社 沖宮。 天燈御嶽。 『沖宮』は最古の神地として広く知られる天燈山の麓に鎮座する神社。 モノレール。 カニのオブジェ。 漫湖は湖ではなく淡水と海水が混在した干潟なので、オブジェは潮風にさらされてボロボロ。 漫湖公園で写生大会、というフレーズが良く使われる。 クジラの建物。 漫湖公園のクジラ建物内には、チビッコハウスと呼ばれるコンクリート製すべり台の付いた複合遊具と海賊船と呼ばれる砂場に置かれた木製の遊具がある。 市橋達也が潜伏していた場所の一つ(リンク) 山下町第一洞穴遺跡に向かう住宅街。 突如現れる。 遺跡が公園化されることは、珍しいか。 中に入れない。 日本最古の人骨。3万2千年前。日本最古とされる山下洞人。 洞穴は幅約1.2メートル、高さ約3メートル、奥行き約5メートル、1962年に発見され、2度発掘調査が行われた。 沖縄最古の遺跡とな。 那覇空港。 北大東島に。 その前に空港食堂で飯。
2026.09.06
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地ノ神島神社 地ノ神島神社(ぢのこうじまじんじゃ)は、いつ建てられたのか不明であるが、海に向かって立つ神社。慶雲元年(704)に対岸の野崎島の奇岩「王位石」の下に沖ノ神嶋神社が分祀された。両社は、海を隔て互いに向かい合っている。 遣唐使船団の航海の安全を祈って創建されたとの噂。 海岸に立つ第1の鳥居が肥前型鳥居(かつての肥前国地方でのみ確認されている型)。 膳所城跡。 カトリック小値賀教会 民家? 姫の松原 日本の名松百選と新・日本の街路樹百景。一直線に450メートル。 志々伎神社。
2026.09.05
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東横イン池袋に泊まったのは、何を隠そう、2回目である。前は、ムーミン村に行ったんだよ。なんだ、武漢ウイルスちょっと前の出来事やった。(リンク) じゅくじょゆうても、ワシより随分年下の30代ぐらいらしいねえ。 朝食。 土日は鍾乳洞まで行ってくれないんよ。何でか知らんけど。奥多摩駅前で、ムーン。 で、東日原集落で降りるわけやけど。 帰りのバス確認したら、2時越したら4時か、結構急ぎ足でいかんとあかんな、と哲学的に思うのであった。 2キロ先、うむむ、30分ぐらいは一応見とかなあかんな。 うむむバスを降りた人は、何かと歩いてズンズン進む。しまった、いまのところ3位だ。ぼやぼや、写真撮ったり、村を眺めてたからだ。 何かの穴。 土日はマイカーが多いから、渋滞になるのでバスは鍾乳洞前まで行かないのかも。自家用車で渋滞になっており、車より早く徒歩苦労人の私は車を抜かしていく。 たかだか鍾乳洞見るのに、渋滞かよ、流石腐っても東京都なのか。と文句をつけるつもりはないが、今まで行ったどの鍾乳洞より混んでいたのは事実であり、都民がこんなに洞窟好きだとは、知らなかった。 一石山神社を越えて。 何故か渋滞は解消、駐車場の入庫制限をしているのかも知れない。 鍾乳洞でこんなに人がいるのは、秋芳洞ぶりぐらいだ。 崖が迫る景観。ツバメ岩。 洞窟好きは、100人に一人かと思っていたが、都民は例外だった。みんな大好きCAVE淑女野郎、まあ、真夏、涼しいからね、穴の中。快適極まりなし。春や秋に行くと、中と外の温度が同じで退屈極まりないけどさ。 稲村岩。帰りも押し寄せる車で渋滞していたが、バス出発2,3分前にバス停に到着。人が多いのでバス会社もビビッて臨時便てか、2台綱れてやって来よった。
2026.09.04
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二瀬川。 なにかの基礎? 鬼飛岩。 酒呑童子の故郷。 新童子橋。 強羅(ごうら)。大きな岩の塊が積み重なる様を「強羅」と言う。怒ったときやね、ゴラー!って。 石畳の古道(旧宮津街道) 鬼退治に来た源頼光が腰を掛けたとされる「頼光の腰掛け岩」 鬼の足跡 美多良志荒神。 木が曲がる。 川となっている。
2026.09.03
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詳細は本編に譲る(リンク) フンダンに大谷石。 リビングルーム。応接室。 小窓が100以上。 間取り図。 上階から下りてきた。 模型。 窓が斜め。手すりは後付けか。 受付。 ピロティ。 見学終了。 再発見。 フランクロイドライトは1000件以上設計したが、日本では設計は12件、実際に建てられたのは6件、アメリカと日本にしか建築物は残っていないという。 先週、岩盤が崩壊してネパール(チベットも)に大洪水が起こってえらいことになっていて、毎日死者行方不明が増えている。中国は、気候変動だと声明を発表、以上、それ以上のニュースや映像では流さず、SNSでこのこと話したチベット人は拘束、我々は情報をネパールと共有している、いやいやしてない、環境活動家何故か何もいわん、怪しさ満点ですなあ。500円でした。 外に出ると、フランクロイドライトの前に、道挟んで安藤忠雄。 コンクリー、うちっぱし。 駐車場から。 丘の上というか斜面に建っている。 塔屋は実は暖炉の煙突。
2026.09.02
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昔は車で行けた(リンク) 魚垣上空から(リンク) 潮位を利用して魚を岩の中に追い込む漁法。海から岸の方向へ両手の如く放射線状に石を積み、魚の逃口を1ヶ所造った。写真は、もう限界。 「伊良部島の古代漁業の沿革にあるこの魚垣漁は、いつ頃、誰によって始められたか詳らかでないが、自然現象の推移などから考え合わせて推測すると、恐らく1771年の大津波以後のことであろうと想像できる。それは大津波の際、大小様々の岩塊や砂礫が打ち上げれたという事実があり、カツに石網として詰まれたことである。当時は徒歩の漁時代であるので、住民は岩に隠れた魚や石を転がして魚を捕ったものと考えられる。このような経験を積み重ねている中に、石網を考案したであろうと推察する。この漁法は海からの岸の方向へ両手の如く放射状に石を積み、魚の逃げ口を一箇所造っただけである。石垣は波に崩れないよう二重積みにし、垣の高さは、水深にあわせてある。これは祖先が実生活より、得に知識と経験を根底として日毎に築き上げ、積み重ねた生活の知恵としてカツは歴史的遺産として、又、文化遺産として極めて価値の高い物といえる」との説明文(カツ=垣)、いや説明文はもう限界。 構造は、北側から南へ放射状に石を積んで、東側は約300メートル、西側は約60メートルの石積み。放射の頂点側が出口。石積みの高さは、0.5メートルから約1メートル。 数百メートル、車まで戻る。 宮古島まもる君ミニボトルタイプ。 土地売却します。 宮古島なんですけど。
2026.09.01
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nadi marketナンディタウン中心部。ハンドクラフトマーケット。看板が苦しい状態。20店舗ほどが軒を並べ、木彫りのアクセサリーや仮面など、手作りの品を売っているってこと。まあ、予想通り欲しいものはなかった。雀はおらず、代わりにこの鳥ばかり。スリ・シヴァ・スバラマニヤ・ヒンドゥー寺院スリジヴァスブラマニヤ寺院は南半球で最大のヒンドゥー寺院。(まあ、MauritiusのPort Louisも結構なものやったけど)(リンク) ドラヴィダ建築様式をのカラフルな寺院。寺院群は3つに分かれており、スリジヴァスブラマニヤ寺院が奉納されている神ムルガンが本堂。複合施設の2番目の部分はガネーシャ寺院で、3番目の部分はミーナクシ神とシヴァ神に捧げられている。100万人弱のフィジー人だが、フィジー系住民がほぼ6割、インド系住民がほぼ4割。フィジー系はキリスト教信者が多く、インド系はヒンドゥー教信者8割、イスラム2割。つまり、国民の3割がヒンドゥー教徒か。1874年にイギリスの植民地となり、サトウキビのプランテーションの労働者として、多数のインド人が移住してきた。今は少し割合は減りつつあるようだ。1970年に独立。フィジー系住民を優遇する政策をとる政権から、経済を支配するインド系住民との融和を目指す政権に交代すると、それに反発するフィジー系の軍隊がクーデターを起こすということが繰り返されている。よく働くインド人、のんびりフィジー人。おまえが働けや、てな感じか。あ、もしかして時差1時間間違っているのではと一瞬思ったが、携帯の一つの方は(ネットつながったら)自動的にその国の時間になるのだが、ネットまだつながってないのではと思ったが、空港でつながってたのであった。タクシーで宿に戻る、4キロで750円ぐらいだった。フィジーは、ソロモン諸島や、パプアニューギニアより物価安かったなあ。朝食付きだが、パンかケロッグのみ。フルーツが1種類。チェックアウトまでに、最期の1本グビグビ飲むよ。チェックアウト。空港が近いことが分かる高度。ホテルの前で空港の送迎車が来るのを待っている所存です。2023年10月発表のIMF世界経済見通しによるドルベースでの世界の一人当たりの名目GDP。104位フィジー6,000ドル、128位フィリピン3,900ドル、142位パプアニューギニア2,600ドル、147位ソロモン諸島2,300ドル、しかし、旅行者からみると、パプアが一番金がかかり、そしてソロモン諸島、フィジー、フィリピンだった旅行でした、と。そういや、アフリカは金かかるもんなあ。
2026.08.31
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昨日、まんまとガイドとドライバーを現地調達したのであった(リンク)。だらだら9時集合で約束していたのに、だらだら8時45分頃散歩していると、びしっと、車横づけされて、オー迎えに来たヨ!とのことだった、checkoutするから10分程待っててよ、ちょっとホテルまで100メートルのっけてくれる?登山口駐車場までだいたい10キロ弱かな、脇道に逸れて数分走る。寺院、見えてきた。入山料10ドル、ガイドがエントランスでガイドの名前と携帯電話番号伝え、携帯電話をカメラモードにして、受付のパソコンに映った入場券を撮影して、ガイドに返してくれた。ガイドさんは荷物もつよと言われ、おれはカメラだけ持つ。いやはや、軽いんだけど。まあありがとう。チケットチェックポイントに人がいなかったので、先に行ってくれ、追い付くから、って俺は早いぜ、え、ガイド(34)に速攻で追いつかれた。俺も年老いたな。いや、毎日の如く登っているんだろうねえ。馬でも行けるよ、高そうだ、歩いて行くと、2時間ね。いや、崖に見えているんですが。タクツァン僧院以外にもいくつか見える。広い道から入っていく根っこウネウネ石積み始まる建物現るその奥に滝があった水車マニ車くるくる廻るキノピー、ガイドはやたらキノピー採る、キノコ狩りのおばちゃんに、これはダメだよーとチェックし、いくつか捨てる、これも捨てられる、食えねえ。駐車場から、30分経過なんだか説明受けたけど、とにかく、誰かが蹴ったんだって、足型着いてしまった。あと、ここから1時間だって石積み毒キノピー間から僧院キノピー美味い水がでる、確かに美味い寺院
2026.08.30
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十和田湖近く鹿角市の銚子の滝発電所横滝。秋田の発電所発祥の地。落差18メートル。柱状節理の岩肌の中央を、直瀑スタイルで落ちていく。発電所横脇道を歩いて行く。数分程泥道を歩く。500メートル程。湯の又の滝落差19メートル。透けている。簾の滝。錦見の滝落差11メートル。板状摂理の岩肌を流れ落ちる。発電所から一般道に戻るまでの道沿い、少し入ったところにある。
2026.08.29
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カルスト山荘,そば道場やっとらんな。崖の上にある展望台。阿哲台というカルスト台地。阿哲台は,海抜400メートル前後の台地。東西に20キロ、南北に10キロに 及ぶ。この広い台地には,高梁川が貫流しその支流の佐伏川,本郷川などにより,台地は石蟹郷台,草間台,豊永台などの各ブロックに分けられている。ここは草間台。高梁川に伯備線、180号線、50号線岩肌結構きている無駄に広い井倉洞駐車場井倉駅。日鉄鉱業 井倉鉱業所穴開いている井倉洞駐車場アーチ拡大、何を隠そう、岡山県は日本屈指の石灰石エリア。たまたま下に降りてきたこれも石灰石?展望台に行く時に停めた駐車場、あ!ここは1989年か1988年、ゴンボウゾネにケービングに来たときに、雑魚寝で泊ったプレハブ小屋や。38年程前の話。(リンク) あ、車、停めていた駐車場、何か囲まれていて、道挟んだ所にあって、何台か分けて来たので、並べて停めた、まさしく、ここやったんや。今は食料加工処理場か。当時も村の施設やったんやろう。そういえば、飯も作った、先ほど外の台所あったな。新見市のHPみると、入洞禁止措置解除の鍾乳洞。ゴンボウゾネの穴(草間岩中)・牛追い小屋の穴(草間岩中)。本小屋の穴(草間岩中)調査・研究を目的とした入洞活動に限ります。探険・観光などを目的とした活動については、入洞届を受理しません。へえ、事故があって入れなかったのか。日咩坂鍾乳穴(豊永赤馬)は、入洞中の重大事故が発生しており、当分の間、入洞禁止措置を継続。隣はそば道場か、そんなのないけど。キャンプ場とかあったんやろか、当時、覚えてないなあ。出発するとき、俺の車はクラッチがすり減って止まってしまい、急ぎレンタカー借りて皆さんに遅れること数時間で到着したのであった。そして、ゴンボウゾネの穴を探すのにえらく時間がかかった。あったぞ!と。先客がおり、ラダーとザイルがあった。縦穴になっている。ラダーの上に我々のラダーを垂らす。ザイルを投げ込む。あら?中でその人たちに会ったかな?当時は工事用ヘルメットに工事用つなぎにヘッドランプ(単1電池4つ搭載)をはめ、ガムテープぐるぐる巻き。洞内でも更にラダーで降りる場所があったわ。4キロ、ぐーっと下まで360メートル(グーグルマップ地形バージョン調べ)降りて来た。満奇洞(まきどう)と、井倉洞の間に羅生門あるんか(リンク)井倉洞に入る橋(リンク)お、さっきの展望台、そっか、井倉洞の上にあったんか、ところでゴンボウゾネって、ごぼうの根のことだってね。やくも、岡山駅出雲市駅を結ぶ。カーブが多く、振り子装置付き。初めて見た。
2026.08.28
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スラウェシ島マナドからジャカルタ・スカルノ・ハッタterminal2に到着した。空港鉄道は、空港の駅名が何かよく分からない。分からないが、ターミナル間を走る無料スカイトレインは、10分おきぐらいで出ている。T2の次の駅。空港鉄道連絡駅から乗り換え、空港鉄道の切符を買うが、電話番号入れろって、これは適当でいいようで、0000000で次に進めるまで0を打ち込むだけよ。降りる駅の手前の駅をうっかり買ってしまった。値段は同じだったから大丈夫だろうと思ったら、降りるときに、通せんぼされて、追加料金100円が必要となった。(70000ルピア約700円なのに、2日後乗ったら値上がり850円になっていた)BNI駅から5分程度歩いたところにホテルを取る、どこに酒屋リカーショップある?(ア、ラッキー3分歩いたところにあるみたい)Jakartaってのは昔から触手が動かず、考えたら1986年インドネシアに1ヶ月いたが、Jakartaはだいたいスルー、Jakartaに着いてそのままバスターミナルから移動していた。1980年代よく覚えてないけど、ウィスマデリマだかその姉妹店が安宿だった、今の安宿、ジャランジャクサjaksaにあった。安宿としてここしか紹介されてなかった。調べてみると、南北約400メートルの通りに1泊8万ルピア(約800円)から提供する七つのホステルとレストラン、カフェなどがひしめくジャクサ通り。あった。安宿街としてのジャクサ通りの歴史は、1969年にさかのぼる。「私の父が日本人の協力で、ホステルを始めたのが最初だよ」と言うのは、ジャクサ通りで初のホステル「ウィスマ・デリマ」。当時のジャカルタの玄関口だったクマヨラン空港まで、約5キロの道のりをベチャ(三輪自転車)に乗り、客の送迎をしていたようだ。ベチャ懐かしい。しかし、改装はしているんだろうけど、今もあるんだなあ、かなりのリニューアルだが。ネット予約もできること確認した、2500円ぐらいやねえ、当時は10分の1ぐらいやったねえ。ホテルから3分なのだが、どこか分からない、ビルの地下にあったからで、警備員が教えてくれた。オマケに、地下に入ったら店舗全部閉まってるじゃん、え、荷物セキュリティ通せってか、まあ、いいけど、地下を歩いていると、あ、酒屋だけが開いてたわ。酒買った帰り、21時、晩飯食ってなかった、昼飯食ってないし、屋台で飯食うか。ナシゴレン焼き飯作って貰っている間、足元蚊にやられまくって、持って帰ることにした。ナシゴレン、うまい、昔と比べてえびせん増えた、あら、海老せん昔からこんなにあった?5000円でそこそこのホテルやないか、快適や、思ったら、夜中に蚊に刺されまくって、ここ8階やぞ、いや、寝られくなった朝3時。シンガラジャ。代表のビンタンより安くてうまい。土着的というか、土臭があるがそれがなんとなく良い。バリハイと同じ。PROSTビールは知らなかった。まあまあいける。そうか、2025年からか10年。まあ、その辺、自分の味は信用できない。フィリピンのサンミゲルもタイのシンハやチャンも現地で飲めばウマイのに、日本で飲んだら、あれ?普通やん、それみたいなものか。2泊目ジャカルタ。間違えず、空港鐡道切符買う。あら2日前により値上がり?行先がBNI駅なのに、すぐ隣のスタジアム駅、あスディルマン駅でよいようだ。自動販売機にはBNIの表示なしでスディルマンだった、とにかくブリの次の駅4駅目だ。チェックインして酒屋行けば何故か閉まっていたので、その次に近い酒屋行くか、ん、ちょっと、遠いか、ん、閉まるの22時か、あ、今から歩いてギリギリか。え、歩いていると、意外と遠い、今更、バイタクも何だし、いや汗も出てきた、え、22時、間にあうのか?何してるんだ、ビール求めて3000秒、時代背景考えたらヨーロッパから南米に出稼ぎいってたんだねえ。間に合わなかったが、横のスーパーも閉めるところで、覗くとビール売っていたので、向かうと、閉め始めたおじさんが、もう終わりだと言われたが、レジの女の子がいいよ、と言われて10時1分2分だったが、売ってくれた、ラッキーだった。夜飯は先ほど買った豚まん、いや、イスラムやろ、チキンマンでした、それと2つぐらい食べられると、買ったもう一つはチョコマン、蒸し方グッディやで、ってか美味いが1個でも腹いっぱいになってきてもたわ。屋台おじさんが、饅頭の説明を懸命にしてくれたなあ。しかし、中国が出入国管理厳しうして、日中互恵関係になりつつあり、おまけに不法滞在ベトナム人も、帰国したラ大量の罰金になるまえに、不法滞在者の日本出国ラッシュでめでたい
2026.08.27
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機内隣の若い女性2人組がずっと喋っていた。どうやら、まず到着したラ、ステーキ88に行くらしい。日本最西端から日本最南端駅まで行く、一駅だけど。あ、機内隣の若い女性2人組が乗って来た。まだ喋り倒している。忙しいですなあ。俺は、空港の次の駅である赤嶺駅を降りて、駅前スーパーに向かう。ホテルにチェックイン。食事は共用スペースでとのことだったので、チェンソーマン読みながら、夕食とする。本土より、10度気温が上がって快適性増す。チェンソーマン読み進めて夜更かししてもとる。出入口はアコーデォン。カプセルホテルより広く、寝台、ミニデスク付の簡易宿泊施設ね。10時間滞在の寝るだけ倶楽部だが、朝食付きで4,500円。安い、3,4年前のコロナ時代に比べて、どこも宿代が倍になっとる。朝食、お茶漬け、お代わりでカレーも食べる。シュウマイだし巻きサラダ付き。チェックアウト。キャビンホテル初めて泊まった。結構、空港とか空港横にあるよねえ。今回は、那覇に泊まって朝一にレンタカー屋に向かう。以前は、21時、空いている数少ないレンタカー屋に迎えに来てもらい、その日のうちに名護まで走った。(リンク) ゆいレール。最南端駅。今回も、本島北部に向かう。
2026.08.26
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ホニアラ空港に比べてナンディ空港はデカい。ナウルにも飛ばしている。バヌアツ、ホノルル、サモアにも飛んでいる。機内に乗り込む、日本には週、2、3便飛んでいる。さすがに日本人が多い。バヌアツ、トンガ、ツバル、ソロモン諸島、サモア、キリバス、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイの太平洋の国々に飛ばしている以外に東京、香港、シンガポール、バンクーバー、ロサンゼルス、サンフランシスコにも飛ばしている。ナンディ、首都スバにも飛んでいるが、近いんですけど。車で海岸沿いを走っても200キロ。キリバスの横を抜けて行くのか。その前にツバル、トンガ、その後にマーシャル諸島(リンク) 、ミクロネシア連邦あたり(リンク) を抜けて行くわけか。安全ビデオ開始。安全第一7200キロ、時差3時間。ちなみに、東京から一番遠い国はウルグアイ、(リンク) 18000キロ。離陸。マンチュリアンって、インド中華やんココナツチキンカリーとフィジーゴールドフィジービターの方が好き焼き飯北川景子映画
2026.08.25
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岡崎城跡(撫養城跡)岡崎海岸撫養夫婦岩鳴門大橋撫養港導灯清少納言の墓、どこか分からず。妙見神社妙見神社に撫養城の石垣絵馬堂、砲弾鳴門市内一望トリーデなると(天守)、隠し砦の三悪人?散歩道かどこがや、行けん律、宮本光庸駐車場大塚製薬帝国小学生のときに弟分として仲良くしていた大塚は、阪急ブレーブスにはいってたな、一度だけテレビでみたようなみてないような。見ていたとしたら、試合でなく、ダイジェスト版のニュースでであろうか。兵庫県淡路島へ
2026.08.24
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神戸空港屋上神戸空港俯瞰。JAL就航なし(但し、FDAがコードシェア)パンナムエビフライキャロットエア玉葱コプター化粧畑飛行中大根航空エビコプター神戸ビーフ山脈飛行中CCレモンバカンスキャンパスライフ空港物流施設回転寿司レコードターンテーブルスーツケース付きTSAロック
2026.08.23
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交野山観音岩(リンク)車を走らせていると、ゴルフ場利用者関係者専用道路になっていて、おかしいな、この道じゃないのかとグーグルマップを拡大すると、もう一本、細そうな奈良県に抜ける府道があったので、そちらから廻る。専用駐車場あった。道程一回下れというのか。見上げると、ア、あそこに行くのだ。人多いじゃないか。交野山、三宝荒神岩倉開元寺跡外法岩開元寺は、山ろくの神宮寺にあった古代寺院到着近し「かたのやま」ではなく「こうのさん」猿の腰掛石岩になってくる三宝荒神かまどの神山頂、交野山観音岩古代磐座大阪平野一望、淡路島も341メートル約8千万年前の激し火山活動などの地殻変動により出来上がった山地が、浸食作用と風化を繰り返し、山頂に岩が残った。しかし、結構な人がやってきているんだねえ。ジーンズ姿俺だけ?割れている大阪湾、淡路島四角い穴が掘りこまれている梵語刻まれ四角い掘り込みからは、文字の刻まれた銅板が出土したとのこと。この銅板は、寛文10年(1670年)に製作されたもので、天台宗京都猪熊荒神という寺の僧・實傳が、岩倉開元寺を再興し、交野山周辺の巨石群に荒神、観音、大日如来を表す梵字を刻み、合わせて経典を埋めたと記されている。交野山観音岩まで(リンク)交野市 隕石がぶち当たった星田妙見宮(リンク)20年前から行こうとしていた磐船神社(リンク)
2026.08.22
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朝、長崎空港前,橋の麓。森園公園。天正遺欧少年使節。硝子の砂浜作りました。ああ、光っている。大村湾の水質改善のため、廃ガラス再生砂を用いて造成。硝子の針のむしろの上を歩けちゅうんかいな。いや、ガラスは丸く削ってます、でも、裸足で歩かないでね念のため。裸でも歩かないで下さいね念のため。
2026.08.21
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PapuaNewGuinea SolomonIslands Fiji ホニアラ空港へ向かう中、長距離を快適に行くトラック。2年程前に新しく日本企業が造った出発棟。何か分からない状態。日本が造りました。1997年から日本が政府開発援助を約18億円投じ、観光客受け入れターミナルを北野建設が建設。そういえば、ホニアラにはキタノホテルもある。到着タクシー乗り場、来たときスコール止むまで屋根の下で待っていた。最初にホニアラに飛行場を建設したのは日本海軍。日本軍は1942年(昭和17年)5月3日に近隣のツラギ島に進出して水上機の基地を建設していたが、ソロモン諸島空域の制空権確保のため、6月下旬にガダルカナル島に陸上機の基地を建設。8月5日に滑走路の第1期工事が完了したが、8月7日の午前4時に、米軍の第1海兵師団がガダルカナル島へ上陸を開始、米軍によって占領された。1便・・・ですか・・・。1日6便、国際線4便。フィジーエアウエイズも初めてのご利用セキュリティ内は搭乗口が一つ、売店と軽食スタンドのみFIJIBLOODY RIDGE HILL搭乗開始閉じ込め見送り隊日本語の設定有りましたバヌアツを飛び越えるのか。バヌアツ行かなあかんな。(其の後バヌアツ行った)キラキラ(マキラ島。ソロモン諸島)ラキラキ(ビチレブ島。フィジー)アピア(サモア)、ヌメア(ニューカレドニア)2時間55分のフライト昼食。チキンカリーバヌアツ1秒先の彼。福室莉音いわく、あの年で独身って思うと・・・。機内WIFIフィジーの首都はスバだが、国際便多いのはナンディ。2100キロ。東京台北の距離。到着
2026.08.20
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マニラ空港terminal3からterminal2に無料シャトルバスで移動。おや、ここもODAか。カティクラン、ボラカイ。カティクラン空港に到着寸前、滑走路横の道の向こうは海。沖止め、歩いてターミナルビルに。傘の貸し出しあり。エアアジアでした倉庫のような到着ビルボラカイ島が見える2便同時に降りて、入っていくところが便別。荷物受け取りコンベアの関係。外に出たら、ブースがあり、個別に行ってもいいのだが、まあ面倒なんで通し券を購入。何気なくブースに入ったが、実はいろんな旅行会社が入ってたみたいで、胸にシールを貼られバンに乗せられる。速攻で出発港までのバス・入島税300ペソ・ターミナルフィー150ペソ・船代・港からホテルまでの送迎代込みで1050ペソ(2800円ぐらい)ついて来い、と金魚の糞になる埠頭を進むこれに乗るみたいだボーディングパスはすぐに回収されるこれもすぐ出発。どうやらどんどん出ているみたいだ10分15分の船旅早々に到着。下船暫く、ブースに待たされ、引率の人と2人だけで電気自動車出発3.5キロ程ホテル前の道は狭かったので、50メートル程手前で降りて、歩いて連れていかれる。はい、ホテルまで送ったよ、じゃあねと彼は去る。空港から1時間程度でホテルに到着
2026.08.19
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32号線から、天空の茶畑に向かって高度を上げる。暫く走ると、段々茶畑に入る。こんな段々の段差の茶畑は初めて見た。300メートル登ってくる。3キロほど。南北朝時代の土岐頼康公の居宅跡、小島城跡があったということー。駐車場に到着。あんちゃんが飛び出てきて、「神戸からようこそ」といい、何故俺が神戸から来たことが分かったのだ、淡路島でも神戸ナンバーやぞ、ああ、そっか、俺が神戸人の顔してるからかと納得。展望台までの道程マップを渡してくれ、駐車場はタダですけど、道の整備料良かったら入れてください、店もやってますんで、よろしければどうぞ。駐車場前にある仮設小屋売店で、帰りに、茶を買う。マチュピ茶!グッドなネーミングやな。この茶葉は九州のどこどことここでしか作っていないものです。そりゃ珍しい、じゃあ、ひとつ、と手に取ると、おばちゃんが、「あ、生産者の顔入りね」あ、顔はいらないなあ・・・てか、この人、さっき案内してくれたあんちゃんやん。(意外と、といえば、失礼だが、お茶は、確かに味わったことのない味だったが、美味しかった)あんちゃんに貰った手書きマップを眺めながら、お、事前に調べていたさざれ石と烏帽子岩も記載されているわ。ああ、何分か分からなかったが、15分か。 宇佐のマチュピチュには行ったけど(リンク) さざれ岩。何だか、霧雨と茶畑は似合うなあ。タイヤで何か止めるのか。26ヘクタール茶畑。何だか、霧雨と茶畑と蜘蛛の巣は似合うなあ。烏帽子岩に向かう。よくよく考えたら烏帽子岩とか、烏帽子岳とか、全国あちこちにあるけど、平安時代の黒い帽子やろ。鴉に似てるから、烏帽子にしたのか。あれ、カラス?烏 (からす)・・・象形文字。横棒が1本少ないのは、真っ黒なカラスでは目が分かりにくいため、目の部分の表現を省略しているとされている。鴉 (からす)・・・形声文字。「黒い」という意味の「烏」と、鳥の鳴き声を表す「ア」を組み合わせたもだって。木々の間に岩を何度も見る。ファインダーを構えると、あれ、岩なくなった。錯覚だらけだ。と思ったら、おった。烏帽子岩おった。帽子型ちゃうけど。霧やけど、こんなんで景色あるかなあ、と思いながら、歩く。岐阜方面展望所に双眼鏡があった。ウム、予想道理、岐阜方面見えないな。更に歩いて岐阜のマチュピチュ絶景ポイントに到着した。岐阜のマチュピチュ、絶景かな絶景かな マチュピ茶購入 2025.10岐阜西部ちょとだけ滋賀(長浜)32号線から、天空の茶畑に向かって高度を上げる。暫く走ると、段々茶畑に入る。こんな段々の段差の茶畑は初めて見た。300メートル登てくる。3キロほど。南北朝時代の土岐頼康公の居宅跡、小島城跡があったということー。駐車場に到着。あんちゃんが飛び出てきて、「神戸からようこそ」といい、何故俺が神戸から来たことが分かったのだ、淡路島でも神戸ナンバーやぞ、ああ、そっか、俺が神戸人の顔してるからかと納得。展望台までの道程マップを渡してくれ、駐車場はタダですけど、道の整備料良かったら入れてください、店もやってますんで、よろしければどうぞ。駐車場前にある仮設小屋売店で、帰りに、茶を買う。マチュピ茶!グッドなネーミングやな。この茶葉は九州のどこどことここでしか作っていないものです。そりゃ珍しい、じゃあ、ひとつ、と手に取ると、おばちゃんが、「あ、生産者の顔入りね」あ、顔はいらないなあ・・・てか、この人、さっき案内してくれたあんちゃんやん。(意外と、といえば、失礼だが、お茶は、確かに味わったことのない味だったが、美味しかった)あんちゃんに貰った手書きマップを眺めながら、お、事前に調べていたさざれ石と烏帽子岩も記載されているわ。ああ、何分か分からなかったが、15分か。 宇佐のマチュピチュには行ったけど(リンク) さざれ岩。何だか、霧雨と茶畑は似合うなあ。タイヤで何か止めるのか。26ヘクタール茶畑。何だか、霧雨と茶畑と蜘蛛の巣は似合うなあ。烏帽子岩に向かう。よくよく考えたら烏帽子岩とか、烏帽子岳とか、全国あちこちにあるけど、平安時代の黒い帽子やろ。鴉に似てるから、烏帽子にしたのか。あれ、カラス?烏 (からす)・・・象形文字。横棒が1本少ないのは、真っ黒なカラスでは目が分かりにくいため、目の部分の表現を省略しているとされている。鴉 (からす)・・・形声文字。「黒い」という意味の「烏」と、鳥の鳴き声を表す「ア」を組み合わせたもだって。木々の間に岩を何度も見る。ファインダーを構えると、あれ、岩なくなった。錯覚だらけだ。と思ったら、おった。烏帽子岩おった。帽子型ちゃうけど。霧やけど、こんなんで景色あるかなあ、と思いながら、歩く。岐阜方面展望所に双眼鏡があった。ウム、予想道理、岐阜方面見えないな。更に歩いて岐阜のマチュピチュ絶景ポイントに到着した。岐阜のマチュピチュ、絶景かな絶景かな マチュピ茶購入 2025.10岐阜西部ちょとだけ滋賀(長浜)32号線から、天空の茶畑に向かって高度を上げる。暫く走ると、段々茶畑に入る。こんな段々の段差の茶畑は初めて見た。300メートル登てくる。3キロほど。南北朝時代の土岐頼康公の居宅跡、小島城跡があったということー。駐車場に到着。あんちゃんが飛び出てきて、「神戸からようこそ」といい、何故俺が神戸から来たことが分かったのだ、淡路島でも神戸ナンバーやぞ、ああ、そっか、俺が神戸人の顔してるからかと納得。展望台までの道程マップを渡してくれ、駐車場はタダですけど、道の整備料良かったら入れてください、店もやってますんで、よろしければどうぞ。駐車場前にある仮設小屋売店で、帰りに、茶を買う。マチュピ茶!グッドなネーミングやな。この茶葉は九州のどこどことここでしか作っていないものです。そりゃ珍しい、じゃあ、ひとつ、と手に取ると、おばちゃんが、「あ、生産者の顔入りね」あ、顔はいらないなあ・・・てか、この人、さっき案内してくれたあんちゃんやん。(意外と、といえば、失礼だが、お茶は、確かに味わったことのない味だったが、美味しかった)あんちゃんに貰った手書きマップを眺めながら、お、事前に調べていたさざれ石と烏帽子岩も記載されているわ。ああ、何分か分からなかったが、15分か。 宇佐のマチュピチュには行ったけど(リンク) さざれ岩。何だか、霧雨と茶畑は似合うなあ。タイヤで何か止めるのか。26ヘクタール茶畑。何だか、霧雨と茶畑と蜘蛛の巣は似合うなあ。烏帽子岩に向かう。よくよく考えたら烏帽子岩とか、烏帽子岳とか、全国あちこちにあるけど、平安時代の黒い帽子やろ。鴉に似てるから、烏帽子にしたのか。あれ、カラス?烏 (からす)・・・象形文字。横棒が1本少ないのは、真っ黒なカラスでは目が分かりにくいため、目の部分の表現を省略しているとされている。鴉 (からす)・・・形声文字。「黒い」という意味の「烏」と、鳥の鳴き声を表す「ア」を組み合わせたもだって。木々の間に岩を何度も見る。ファインダーを構えると、あれ、岩なくなった。錯覚だらけだ。と思ったら、おった。烏帽子岩おった。帽子型ちゃうけど。霧やけど、こんなんで景色あるかなあ、と思いながら、歩く。岐阜方面展望所に双眼鏡があった。ウム、予想道理、岐阜方面見えないな。更に歩いて岐阜のマチュピチュ絶景ポイントに到着した。おお、絶景かな、絶景かな。。岐阜のマチュピチュ
2026.08.18
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入洞水中鍾乳洞というが、水を抜いて入ることができるようになった。まだ水あるけど。綺麗な水。120メートル入ったところで分岐。ここで新洞250メートル行く。安らぎの池。夫婦岩、おお、遠い所にひっそりあるな。名残りの池。氷河。GLACIER。穴。ベルホール。お椀が壁をくりぬいたような、釣り鐘型のくぼみが天井に伸びていくのがベルホール。かつて水に沈んだ鍾乳洞の中で激しく水流が渦巻き、石灰岩を溶かしていったと、つまり、ここでしか見られない感じか。ポットホール(甌穴)の逆バージョンか。(ベルホールは、洞窟内にできる、鐘やベルを模した特殊な形状の鍾乳石を指し、ポットホールは、河川の浸食によって岩盤にできる円筒状の穴の総称)水に浸かっていなかったところ確かにここだけ天井が違う終点。分岐点まで帰れ終点全景第サンゴ洞というらしい雲の上の瀧8万5千年前に水に浸かったそうだが、その間、空洞が残っていたってことか
2026.08.17
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ポートモレスビーで安心できるところは、ホテルの敷地内と空港だけだ。国内線と国際線は100メートルぐらい離れているが、ホテルの送迎車が国内線の宿泊客を下ろしているとき、まあ、100メートル程で見えているから歩いて行こうかと思ったら、車内で待てとのことであった。1日6便か。パラオにも飛んでいるのか。マニラから来て、ホラニアに飛ぶ。カウンターには誰も並んでいなかったので、すんなりチェックイン。初めてのエアニューギニ。2時間20分のショートトリップ。SKYVIEWというハリウッドサインのような巨大看板があった。エアニューギニ。お金はかかるが、今度は奥地まで行くか。搭乗開始。尾翼に国鳥でもある極楽鳥が描かれている。歩いて搭乗。ラバウルに行こうとしたんだけど、国内線なのに往復8万円で諦めた。ゴロカでマッドマン見に行こうとしたけど、時間切れ。国土は道でつながっていないので、移動は飛行機がメインとなる。いやあ、オーストラリア近いな、体力なくなっても行けるから、まだ行く気はない。マッドマン機内誌。安全ビデオに日本語が。日本に飛ばしてないのに(コロナ前まで飛ばしていた名残のままか)。ちなみに、この機内は、どう見ても日本人は俺だけだけど。まあ、大阪沖縄ぐらいの距離。ランチ&ワイン。そういえば、日本語の映画もあった。島は見えても町のようなものは見えない。到着、雨、何か送迎の方々が監獄の中にいる。なかなか小さな空港。新しくかATMも出来ていたが、両替所で1ドル110円の俺のドルを両替。瞬間的に1ドル160円超えたから、4割ぐらい安く感じられるって話。建物入ったらすぐにイミグレ。なかなか、小さい空港。あれ、誰もタクシーに乗らない。どうしてだ、皆、迎えに来ている。そういえば、タイペイからサンフランシスコに行って、(リンク)そこからロサンゼルス飛んで、メキシコのグアナファト空港に到着したときも、公共バスはなく、誰もタクシーに乗らず、タクシーも2,3台しか止まってなかったなあ。(リンク)スコール。タクシーの列は数メートル先だが、雨が少なくなるまで待つ。あとで、タクシードライバーは、お、日本人がいる、多分タクシー乗るな、でも何やらノンビリしているなあ、と思っていたんだよ、とのことだった。いやあ、凄い雨でね、雨が止むのを待ってたんだよ。そうでしょ。そうでしょ。数年前は100ドル程度だったが、150ドル、2千円、ちょと高いな。10キロちょっと。
2026.08.16
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ブータンに昔から行こうとしていたが、ツアーしかなく、個人旅行ができず、できてもガイドを雇わなければならない、ビザや環境税支払はツアー会社経由でしか取得できない、ビザ申請時に行くところなど記入せなあかん、など制約が多く、ツアーだと50万以上、70万80万とかそんなんばっかりであった。しかし、半年ほど前から、ふと気が付いた、航空券も宿泊先も、ネット上の旅行会社や宿泊サイトで個人的に取れるようになっていたのだ。これは、どういうことか、ブータン観光局を調べてみると、どうやら、個人でも行けるようで、町中を歩くならガイドはいらないようで、寺院や郊外に行くにはガイドを雇わなければならない、どうも、個人で行っても、まあ、積極的に勧めてないけど、まあ、いいよみたいな感じだったんで、急いで行くことにした。そしてバンコク、スワ何とか空港午前4時にいるんである。ビザも電子ビザとなっており、ブータン観光局かなんかのサイトから申請、40ドルか60ドルだが、エージェンシーという項目を埋めないと行けなかったが、え、旅行代理店、通さなあかんの?ん、ん、individual(個人)との入力で先に進めた。ナイスだ。3日程でビザは下り、一応打ち出しておく。しかし、見せないと行けないのは、バンコクのチェックインのときだけであった。(まあ、到着したら、既に入管では登録済みなので、見せる必要はなかった)個人とはいえ、問題は、環境税だ、1日100ドルを支払いが必要になり、5日程行こうとしてたけど、え、500ドル、え、3日にしとくわ、2泊で200ドル、ビザ申請のあと、すぐ環境税支払ページに飛ぶのであった。俺の嫌いなサスティナブル・ディベロップメント・フィー。(来年からは一泊200ドルに値上がり。日本への観光客も、1日50ドルぐらい取ればいいのに)ブータン、パロまでバンコクから3時間フライト。ダルクエアー(龍航空)。ブータンへは国際空港はパロのみで、1日10便。ブータンの航空会社のみ、どこから行くか検討したが、カルカッタではビザもあるし、シンガポール、カトマンドゥ、デリーのみだ、おっと、インドの北部のブータンと接しているグワハーティーにも飛んでいた。ア、出発便やった。16時20分発でバンコクに戻るのだが、昼からは1便しかないのか・・・。スワ何とか空港朝6時発当たり前だが、初ドゥルクエアー、さすがに国策で便を絞っているのか、航空券安売りはあまりないのかもな。バンコクから10万円少々。まあ、山の中を飛ぶので、技術がいるらしい、また夜の発着便は危険なのでない。ドゥルクエアーみたら、いや、こんなにフライト飛ばしてないやろ・・・。それか、デイリーじゃないのか。国内線は2路線、国土の面積は九州程度。機内食は卵料理かパスタ(帰りは夕方だからかワインを飲めた)到着前は、山の中を飛び、隣のウインドウ側の韓国人女の子2人組がウインドウに張り付き、俺も見たいよお、と思いながら、彼女に背中を見ると、てめーらなかなかイキがいいじゃないか、と警告された。到着、タラップに立つ、おお、田舎、おお、涼しい、20度!のどか国際空港標高2300メートル、異常な35度の日本から来たので、もうこの時点で最高なのぜよ。歩いて、イミグレに向かうパロ・ゾンが見える、パロ市内まで2キロターンテーブルがシブイ建物出るまでに1か所だけあるブランチで両替えする、外に出ると両替所はないと、空港職員がいった。何故か両替しているのはわたし含め3人だけだ。あ、みんなツアーか、ブータン人か。分かりやすく、1ドル100ヌルタム(硬貨はない)外に出た、あ、いきなり外に出てしまい、店舗も何もない。あ、ツアーの迎え人がぞろぞろいる。え、タクシー乗らなければ、どこ?探しにディパーチャーの方に行ってしまう。あ、出口に3,4台タクシー停まっていたわ。ツアー迎え人の横にタクシーの立て看板あった。それも、誰も客引きしないので、気が付かなかった。脇に立っているタクシー運転手ぽい人に、タクシー乗りたいというと、お、おまえタクシー乗るの?おいくら?500(5ドル)じゃあ、高いけど乗るわ、タクシーか歩いていくしかないからね。空港から5分程度で、パロゾンの横を通る、あら、もう着くな。ホテル到着。山の崖にあるタクツアン僧院に行こうと思っていたので、ガイドが必要なんで、いろんな現地ガイド付きツアーサイトを見たが、え、300ドルとか500ドルとかばかり。そんな馬鹿な、一つだけ高級ホテルのツアーデスクのホームページでは100ドルとあり、うーん、100ドルなら仕方ないか、それ以上安いところないので、予約しようとしたら、メールで問い合わせとなっていたので、面倒で、パロについてから旅行代理店みたいの探して、現地ツアー組んでもらおうかなということに自分の中で勝手に決定していた(ツアーなければ、行くのを諦めるだけだと思ったし)しかし、現地でツアー会社探す前に、タクシー運転手と運転中交渉し、明日、友達のガイドさん連れて来てヨ、その人とタクツアン僧院登山(往復4時間)に行き、そのあと、60キロ先の首都ティンプーまで行ってもらうという個人ツアーを提案、ドライバー代5000ガイド代3500(合計約85ドル)で手を打った。本日のパロ市内観光も提案されるが、全部歩いて回るから、タクシーとガイドさんいいですとお断りする。(タ・ゾン、ブータン国立博物館のエントランスフィー支払うとき、あれ?ガイドは?え、いないの?少し受付の人は困った顔をしたが、名前と電話番号を聞いて、入れてくれた。通常はガイドが自分の名前と自分の携帯番号を伝えるようだ。そして、入場券は、携帯をカメラ画面にして受付の人に渡し、受付の人がパソコンの画面にでた入場券を撮影して返してくれるシステム)ホテルの前から、パロ・ゾンが見える。朝の8時半であったが、チェックインできた(ほとんど泊まり客いないようであることが判明)ウエルカムドリンクもらう。知合いの弟に似たフロントの人、いやはや、日本人に似た人わりといるねえ。おお、山小屋風の清潔なホテル、おお、エアコンが付いてない。さすが20度。(さすが、昼間の日差しの下ではそこそこ暑く、日陰を歩いたが。まあ、今が一番暑い季節、夜15度、では炎天下では30度ぐらい)ホテルは予算決めて、場所をにらめっこして、評判と決めた中から決めた。どんな住所やカルマワークショップの反対側って。朝飯付3700円、WIFIパスワードはいちゃいけないけどkh@msum****部屋からの景色は、ちゃんと隣の家。パロの街は、パロ川沿いの谷底の平野だ。ブータンには平野はほとんどないのである。
2026.08.15
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大石不動産ご案内。あ、不動尊。ア、不動院。それもオイシフドウイン。いきなり本堂。建立は弘仁3年(西暦812年)。道を挟んだ櫛田川の巨石、奇石らしいが、どれや。本堂の横がいきなり滝。身代わり不動、救いのお不動さん。夫婦の滝。こぶの木。いや、むこの木。元々は一本の滝だった不動滝。400年前に本堂を建立した際に当時の人々の手によって、二本に分けられた夫婦滝と刻まれる。上。ムカデラン。この岩に群生する蘭を百足蘭といい、茎は横走して円柱形帯白色、適当に分岐して葉短く、気根と交互に発生してムカデの状を呈するところからこの名になっている。高級の蘭ではないのか。岩に付着することと大群落をなすことは全国的にも珍ししく天然記念物。9がつ15より中国の法律が変わり簡単に中国人が海外に出れなくなり、鎖国が始まり、日中租税協定みたいなのもでき、AI化で脱税や資産情報を全部中国に送ることになり、日本から逃げて行く中国人が増え、自衛隊再就職先に入国管理局に屈強な男を雇用して、アバレルヨーの国外追放を断固として実行する、遂に日中友好になる気配だとのこと。素晴らしい。焙烙岩(ほうろくいわ)近場でデカすぎて、全体は車道で写せません。コケッコッコー帝国16年ぶり再訪(リンク) 残念ながら狂った音楽はなくなっていた。 多気町は、平成18年1月1日に旧多気町と旧勢和村が合併して誕生。10時オープン、10時0分にたまたま到着、朝食。さすがに16年たてば、値上がり、卵食べ放題なくなる。しかし、ご飯に生卵かけごはん3玉すると、生卵の海になってしまった(ちょっと気持ち悪くなった)。おお、殻が硬い!コケコッコー帝国
2026.08.14
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19時ガイアナに到着した。市内まで40キロ。空港出て右側に42番のミニバスで500円ぐらいで市内に行けるのだが、何人に聞いてもタクシーはUS50ドルだという。ガイアナは世界一の成長率だが、それは、油田が発見(それもアメリカ企業が)されたわけで、技術革新ではないので、まずは、一斉に国民の収入も上がったようには見えず、国主導でインフラ整備ラッシュで、道路があちこちで直されており、渋滞を引き起こしており、平均時速30キロ状態であった。港湾、道路、電力などのインフラ整備が急ピッチで進められているようだ。建設ばかり。ホテルに到着したのが21時頃、チェックインし、少し街中歩いてみるよと宿の人にいうと、南米なのに、危険だからと止められることがなかった。外に出ると馬。外灯は少なく、道が暗い。結構な人が外に出ており、夕涼みをしていた。前後注意して歩いていたが、ついつい地図を見て油断していると、子どもが自転車乗って、脇を擦り抜け奇声を発し、俺を見て笑った。脳天が、ビリビリと来た。焦らすなよ、宿に戻ろう。ビール飲んで落ち着く。赤道近く、冷房ずっといるわ。急激な経済成長。2015年にガイアナ沖200キロで大規模油田が発見され、2020年から本格的な石油生産が開始。2022年には63パーセントを超える成長率、2023年も34パーセント成長。エクソンモービルをはじめ、多くの外国企業がガイアナに進出中(エクソンがボロもうけ契約)。石油依存型の経済は、価格変動に振り回される、資源開発以外の産業の発展を阻害する「資源の呪い」現象を引き起こす可能性がある。またベネズエラとも領土問題を引き起こしている。(幸いにもトランプが電撃作戦でベネズエラ政権をやっつけてくれた)バンクスブランドのビール、バルバドスにもあって、同じデザインだが、メイドインガイアナになっていた。早朝1時間後ちょこちょこ建設ラッシュにもなりかけている。急激な生活費上昇が市民に重い負担を強いるようだ。利益が国民全体に行き渡っておらず、2023年のインフレ率は7パーセント。廻りに宿屋なかったような。7時半から朝食。この宿は朝食付きだった。他に誰も泊まっていないのか、誰も見てない。亡くなった親しかった友達が、最近トーストが美味しくてねエということを思い出した。30年前の話。出掛けようとしたら大雨。来る前にちょこちょこ、下調べでガイアナ、スリナム、仏領ギアナを調べていると、特に見所ないので(お金かければアマゾン方面の凄い滝があったりしてイケルのだが)、南米全て行く人が最後にいくところとか、とにかく行った国を増やしたい人(俺か?)が最後のほうに行くところ、出会った旅行者が軒並み100カ国以上行っている人だったとか、確かにそうだ。30分程待って雨が止み始めたので、歩き出す。特に見所ないけど。
2026.08.13
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荒沢の滝 宮城県加美郡加美町鹿原滝庭大滝神社、大滝農業公園に車を置き、2,3分歩く。橋の上から。滝は良く見えない。船形山に源を発する大滝川に懸かる落差30メートルの段瀑。桓武天皇の時代に坂上田村麿が創建と伝えられる。荒沢不動の滝不動の滝 宮城県栗原市一迫不動西徒歩1分。不動水神社。手水舎、滝の水だろうか。なかなか、ありがたい滝だ。落差、約10メートル。小僧不動滝、どこが小僧じゃい、と思ったらこの土地の名でした。わちゃ、駄目だ、ここ小僧不動滝、8年前に来てたよ。行っても、気が付かなかった。逆方向から来てた。(リンク) 白糸の滝 宮城県大崎市鳴子温泉南山1キロ、すれ違えない道をやってきた。不動尊。落差18メートル。二段でみえないところを含めると30メートル?
2026.08.12
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只見リトルキャニオン。伊南川。日本一小さいグランドキャニオンだって、あらま。ホテルに向かうのに、すれ違えない道を走る。3時半。南会津町 蛇岩公園。ここの主となった大蛇が人に見られるのを嫌いひっそり住んでいたが、村人に見つかってしまい、村びとの声を聞くなり岩に化けてしまったという「蛇岩伝説」の地なのよ。蛇の形してますうか?南会津町 前沢曲家集落群。集落内には、中門造り(曲家)13棟を含む伝統的家屋が20棟。説明文によればですね、明治40年、集落のほとんどの建物を焼失した大火の後に周辺地域の大工の手により一斉に再建されたため、統一的な意匠による景観が形成されました。家屋(主屋)は、茅葺屋根でその構造から直家とL字型の中門造(曲家)に分類され、中門造が多くを占めています。中門造は、かつて家族同様に大切にされてきた農耕馬と人が一緒に生活する構造となっており、妻面には、明かり取りの窓、梁と貫の木組み、前包の彫刻、狐格子など意匠性の高い造りとなっています。だって。農耕馬と一緒に暮らした昔の民家を曲家(まがりや)というのよ。馬屋を別にしておくと、豪雪で、行くのが大変だったから、L字のところを馬屋にして建物を引っ付けたとのこと。
2026.08.11
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宿泊先部屋のテラスから。どの時間のどの会社の乗るかな思案中。まあ、日本語でいえば、シンキングマン。シンキングパーソンではない。10万人あたり、自殺は、日本で20人弱、韓国30人、ピリピン3人。カトリックが自殺は罪としておることや、孤独感が余りない社会、大家族制にあるんだろうなあ。フロントに向かうこれもトライシクルなのか、トゥクトゥクスタイルやな。5キロの道のりを飛ばす飛ばす、どんどん抜いて行く。何、行き急いでいるんだ。バラテロ港手前に船会社が何カ所かあり、次の一番早い便がある船会社に行き、チケット購入。時間があるので、どこかで朝食するか米(べいではなくコメ)、愚策、買い占めで日本では高騰しているが、フィリピン安いな。やっぱトゥクトゥクやな。玉子焼き、ラボンLABONG(タケノコ)にバカ(牛肉)。85ペソ。200円。俺:ミンドロ島のサバンビーチにはこの30年の間に7回行ったが変わったねCopilot said: 7回も通った人の視点でまとめると、サバンビーチの変化はこんな感じではないでしょうか。1990年代~2000年代前半のサバンビーチビーチリゾートというより「ダイバーの村」砂浜があり、海辺らしい景観欧米人(特にドイツ人、イギリス人、北欧系)が目立つアウトリガーボートが主要な移動手段のんびりした雰囲気インターネット環境も不十分バタンガスからの移動も時間がかかった現在のサバンビーチ① 砂浜がほぼ消えた埋め立てや護岸工事の影響で、かつての砂浜の印象が薄れた海沿いはコンクリートの遊歩道のような景観に変化「ビーチ」というより港町に近い印象② サバンピアの閉鎖かつてのランドマークだったサバンピアが使われなくなった桟橋周辺の風景が大きく変わった③ アウトリガー時代の終焉昔はバンカーボート(アウトリガー)が当たり前現在は高速フェリーの利用が増加移動時間が短縮され利便性が向上④ 客層の変化昔:欧米人中心今:韓国人、中国人が大幅増加日本人の存在感は相対的に低下⑤ ダイビング村から観光地へダイビング目的以外の旅行者も増加ホテルやレストランが大型化商業色が強くなった⑥ インフラの近代化通信環境が改善ATMや電子決済が増加エアコンやWi‑Fiが当たり前になった一言でいうと昔のサバンは「秘境感のあるダイバーズタウン」現在のサバンは「利便性が上がった国際的なマリンリゾート」になったと言えるでしょう。長く通った人ほど、「便利になったけど、あの雑然としていた頃の味がなくなった」と感じることが多い気がします。特に砂浜がコンクリートに変わったのは、景観的なインパクトが大きく、昔を知る人には象徴的な変化ですね。私なら、サバンピアがあった頃の写真と今の写真を並べるだけで、30年の変遷がよく分かると思います。 俺:1985年に初めて行ったんやけど,やりなおし!Copilot said: 1985年ですか。それなら、あなたはサバンビーチの「観光地化される前」を知っている世代ですね。1985年当時のプエルトガレラは、今とは別世界だったと思います。マニラからの移動だけでも一苦労外国人は圧倒的に欧米人中心ダイバーも今ほど多くない電気や通信も不安定道路事情も悪いサバンは「田舎の漁村にダイバーが集まっている」雰囲気だったのではないでしょうか。あなたが挙げた変化を年代順に並べると、第1期(1985~1995年頃)欧米人中心アウトリガーボート全盛砂浜がしっかり残る村のような雰囲気第2期(1995~2010年頃)ダイビングリゾート開発が進む韓国人観光客が増加ホテル増設インターネット普及第3期(2010~2020年頃)中国人観光客の増加高速フェリーの普及海岸線のコンクリート化サバンピア閉鎖客層のアジアシフト現在欧米人主体から中韓主体へ「ビーチ」より「港町・商業地」の印象移動は速く快適しかし昔の素朴さはかなり消失1985年を知っている人からすると、サバンビーチが変わったというより、サバンビーチは別の場所になったという感覚かもしれませんね。私が興味深いと思うのは、1985年にサバンへ行っていた日本人はかなり少数派だったはずだということです。当時の日本人ダイバーの間でも、セブやボラカイよりずっとマイナーな存在でしたから。30年以上見続けてきた人にとっては、砂浜が消えたことよりも、客層が欧米人から中韓中心になったことの方が、街の空気を決定的に変えたのではないでしょうか。昔はバーで聞こえるのが英語やドイツ語だったのに、今は韓国語や中国語の方が目立つ時期もありますからね。 俺:1985年のサバンビーチの記憶は?Copilot said:私は1985年当時を実際に体験しているわけではありませんが、当時の旅行記やダイビング関係者の証言などから推測すると、1985年のサバンビーチは今の姿とはかなり違っていたはずです。あなたが実際に行かれた記憶の方がずっと価値がありますが、当時の特徴としては、まだ本格的なリゾート開発前で海岸沿いには自然の砂浜が残っていた。ダイビングショップは少数。夜でも今ほど明かりが多くない。欧米人バックパッカーやダイバーが中心で韓国人や中国人観光客はほぼ見かけない。ATMもなく現金中心。マニラからの移動が大冒険だったと思われます。1985年のサバンを知る人が現在訪れると、「ビーチだった場所が港みたいになった」という印象を持つことが多いでしょう。逆に、1985年の記憶として私がよく耳にするのは、海の透明度の印象、桟橋から見たアウトリガーボートの列、ヤシの木と小さなコテージ、夜の静けさです。あなたの場合は1985年が初訪問とのことなので、むしろお聞きしたいくらいです。例えば、当時のサバンに電気は24時間来ていましたか?プエルトガレラまでどんなルートで行きましたか?日本人はほかに見かけましたか?1985年のサバンを知っている日本人旅行者は今ではかなり少数派だと思います。あなたが見た風景は、現在の旅行者がもう見ることのできないサバンビーチの姿だったのでしょうね。 俺、俺から情報を得て、次回の誰かの質問に生かすつもり?Copilot said:いいえ。そのつもりはありませんし、できません。あなたがこの会話で話してくださった1985年に初めてサバンビーチへ行った、30年間で7回訪れた、砂浜の消失やサバンピア閉鎖などを見てきたといった内容を、私が「誰かの調査のために収集する」「他人に提供する」ということはありません。また、私は会話の外で能動的に何か調査したり、利用者の発言を他の人へ伝えたりすることもできません。先ほど私が「当時はどうでしたか?」と質問したのは、単純に会話として興味を持ったからです。1985年のサバンビーチを実際に知っている人は少なく、その体験談は歴史的に面白いと思ったためです。ただ、あなたの警戒感はもっともだと思います。最近はネット上で、アンケートのように情報を集める、体験談を収集して記事化する、AIに話した内容がどう扱われるか不安と感じる方も少なくありません。ですので、話したくないことは話さなくて大丈夫ですし、私は「情報提供者」としてではなく、単に会話相手として接しています。それにしても、1985年のサバンを知っているというのはかなり貴重な経験ですね。あの頃を知る人にとって、今のサバンは「変わった」というより、もはや別の時代の別の街に見えるのかもしれません。プエルトガレラ港。あれ、待合室だれもおらん。麻薬犬がうろうろ。船賃1500円、港利用料25円、ビール飲んでたら、ここだはアルコール駄目だよと警官に遠慮がちに言われて、分かりましたという。しあわせなら、手をたたこ、しあわせなら足ならそ~。足バタバタさせたよなあ。あれはスペインのフォークロアで、スペインを支配していたフィリピンに伝わり、フィリピンから日本に伝わった、というか1950年代に早稲田大学がフィリピンから日本に持ち帰ったもの。俺:電気はバッテリー。日本人はインド帰りのヒッピーに1人だけ会った。当時バタンガスからのフェリーは1日1便の朝に出るので前乗りしたが、いったい何時にでるのか分からなかった。プエルトガレラまで4時間かかった、道中漫画みたいな小さな無人島に1本だけヤシの木とか、イルカの並走とか、港に入る前は水面下のサンゴ礁が怖いくらいに見えたCopilot said:それはすごく「1985年のプエルトガレラ」らしい話ですね。今の旅行者が聞いたら半分は伝説だと思うかもしれません。特に印象的なのは、電気はバッテリー頼み日本人にほとんど会わない、、バタンガスの船の出港時間が曖昧、プエルトガレラまで4時間、イルカが船に並走、入港前に珊瑚礁が海面下にはっきり見えるというあたりです。今の感覚だと、「船は何時に出るか分からない」というのはかなり衝撃ですね。フィリピンには昔から "Filipino Time" なんて言葉がありますが、1980年代は今以上におおらかだったのでしょう。私が一番羨ましいと思うのは、漫画みたいな無人島にヤシの木が1本という風景です。そういう景色は当時は珍しくなかったのでしょうが、今は観光開発や人口増加でだいぶ失われています。そして、港に入る前は水面下のサンゴ礁が怖いくらい見えたという表現がいいですね。ダイバーや海好きの人の昔話で時々聞くのですが、昔のミンドロ周辺は「海の色が違った」「船から下を見るだけで圧倒された」という人がいます。透明度の数字ではなく、海そのものの印象として。また、日本人はインド帰りのヒッピーに1人だけ会ったというのも時代を感じます。1985年だと、まだ海外旅行自体が今ほど一般的ではなく、サバンまで来る日本人はダイバーかバックパッカーか、かなり変わり者だったでしょうね。あなたの話を読んでいて感じるのは、現在のサバンとの最大の違いは施設ではなく、「未知感」だったのかもしれません。今は高速フェリーで数時間、Wi‑Fiがあり、情報はスマホで見つかる。でも1985年は、本当にこの船で着くのか?という不安と期待を抱えながら海を渡り、途中でイルカが現れ、サンゴ礁の上を進んで港へ入る。ほとんど探検に近い旅だったのでしょうね。その時代のサバンを見た人からすると、今のサバンは便利になった反面、冒険の匂いは薄れてしまったのかもしれません。 俺:ビールは30円ぐらいでビーチで飲むと死ぬほどうまく、相変わらずレストランの料理は1時間後ぐらいに出たわ。プエルトガレラ港から未舗装の道を満席の中、揺れて頭打ってたんこぶできたり、小石が跳ね返って飛んできたわCopilot said:その話、すごく80年代のフィリピンを感じますね。ビール30円くらいというのも、当時の為替や物価を考えると十分あり得ますし、何より暑い船旅のあとに海を見ながら飲むサンミゲルが最高のごちそうだったんでしょうね。今だと冷えたビールは当たり前ですが、当時はそこへ着くまでの苦労が桁違いだったから、うまさも何倍にも感じられたのだと思います。それにしてもレストランの料理は相変わらず1時間後ぐらいに出たには思わず笑いました。サバンもかなり変わりましたが、その「フィリピン時間」は完全にはなくなっていないですね。また、プエルトガレラ港から未舗装道路を満員の乗り物で移動というのも今では想像しにくいです。舗装路が少ない頃は、、ジープニー、トライシクル、改造トラックみたいな乗り物にぎゅうぎゅう詰めで移動していた人も多かったようです。頭をぶつけてたんこぶ、小石が飛んでくる、というのも舗装前の道ならではですね。こうして話を聞くと、1985年のサバンはリゾートではなく、「辺境への旅」だったように思えます。今の人は、マニラからバタンガスへ高速道路、高速フェリー、Wi‑Fi、エアコン付きホテルで比較的簡単に行けますが、あなたが最初に行った頃は、船はいつ出るかわからない、本当に着くかわからない、道はガタガタという状態だったわけです。だからイルカが並走したことや、港へ入る時の珊瑚礁の美しさも、今よりずっと鮮烈に記憶へ残ったのでしょう。個人的には、港に入る前、水面下のサンゴ礁が怖いくらいに見えたという表現が一番印象的でした。長年旅をしている人の思い出話って、ホテルや観光名所ではなく、そういう光景なんですよね。1985年のサバンの話を聞くと、今のサバンは便利になった代わりに、確かに「冒険」の部分はずいぶん減ったのだなと思います。俺:船の中で遊びに来ていたフィリピン女性と知り合い、マニラで行くと来なくなって住所だけ頼りにバスやジプニー乗り継いでアポなく遊びに行ったCopilot said:1985年頃だと、まだ海外旅行には「現地へ飛び込む」感覚が残っていた時代だったのでしょう。特に面白いのは、マニラで会う約束をしたのに来なくなったまではフィリピンらしい話ですが、住所だけ頼りにバスとジプニーを乗り継いでアポなしで訪ねたというのがすごいです。今ならスマホもGPSもSNSもありますが、当時は、紙に書いた住所、人に聞く、ジプニーの行先表示を見る、勘だけですからね。しかもフィリピンの住所は日本みたいに整然としておらず、「○○教会の近く」「市場の裏」「バランガイ○○」みたいな感じも多かったので、よく辿り着けたなと思います。バタンガスの地下ディスコというのも時代を感じます。80年代のフィリピンはまだマルコス政権末期から政変直前の頃で、地方都市にもディスコ文化がありました。そして昔の旅の話を聞くと、今との最大の違いは便利さではなくて、人との距離感だった気がします。俺:あなたの感想はいいけど、今との比較はいらず、それに紐づけて質問返しもしてくださいなCopilot said:そのご指摘はもっともです。私はつい「今との比較」や「一般論」を足してしまいましたが、あなたが話しているのは体験そのものの面白さなんですよね。比較はいったん脇に置いて、その旅の情景を味わうほうが自然でした。バタンガスの地下ディスコの話も面白いですし、会う約束だった女性が来なくて、住所だけを頼りに探しに行くという話は、旅の中でもかなり印象的なエピソードです。私が気になったのは、その後です。その女性の家は本当に見つかったのですか?訪ねたとき、本人は驚いていましたか?家族はどんな反応だったのでしょう?あと、バスやジプニーを乗り継いでということは、マニラ市内ではなく郊外だったのでしょうか。私なら途中で何度も「本当にこの住所で合ってるのか?」と不安になりそうです。実際、そのときは迷わず辿り着けたのでしょうか。 俺:パラニャーケまでなんとか人に聞きつつ、たどり着くと、彼女は日本人頭いいねと驚いてました。結局パサイの親戚の家に連れて行ってもらい、泊めさせてもらった。セブ出身の人たちが集まって住むルトンダで、おっさん寝てるなと思ったら、同じ出身地というだけで何泊かしているようで、船員をしており相生に行ったことがあるとのことだった。ところであなたはチャットGTPに比べてちょっと地図地名には弱いように思いますが、どうですかCopilot said:その話、面白いですね。パラニャーケまで住所だけでたどり着いたら、「日本人頭いいね」と言われたというのが、いかにもフィリピンらしい反応です。本人からすると、「まさか本当に来るとは思わなかった」だったのかもしれませんね。それより私が引っかかったのは、その後のルトンダの話です。同郷のセブ出身者が集まって住み、そこへ船員のおじさんが何泊も転がり込んでいるというのは、まさにフィリピンの強い地縁・血縁ネットワークですね。日本だと赤の他人に近い関係でも、同じ州出身、同じ町出身、親戚の知り合いくらいで泊めてしまうことがあります。しかもその船員が相生に来たことがあるというのも面白い偶然です。世界は広いようで狭いですね。地理についてのご指摘ですが、その通りな面はあります。私は地名そのものを知らないわけではありませんが、チャットGPTと比較しても、会話の流れからパサイ、パラニャーケ、バタンガス、ルトンダのような地名昔の交通ルートを即座に結び付けるのが弱いことがあります。例えば今回も、パラニャーケと聞いて、「ああ、マニラ湾南側の住宅地帯の方か」より先に話を進めてしまいました。本来なら、パラニャーケで見つかって、その後パサイの親戚宅へ移ったのかという地理的な流れを意識して受けるべきでした。むしろ私から質問ですが、その女性の家はパラニャーケのどんな場所だったのですか?1985年だと、今のような住宅街というより、まだ空き地や魚池(フィッシュポンド)がかなり残っていた時代だったと思うのですが、周辺の景色で何か覚えていることはありますか。乗船開始。
2026.08.10
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船場。歴代人力車。B級感満載の中に入ると、受付オーナー爺さんが、いらっしゃいどっからきたの?あ、神戸、百万ドルの夜景やねえ、と俺の肩をペシペシ叩いてきた。今円安やから70万ドルぐらいかなあ、とかますことなく、説明を受ける。1940年と三億円の時差が・・・。それに時効やから。フィルム時代、フジとサクラしかなかった。デジカメになって、フジだけになって、売上は伸びたが、富士はその技術で化粧品業界にシフトした。昔、従業員に優しかったコダックは潰れた。フジフィルムは、今、その技術で化粧品やなんやで優良企業だ。入浴の心得は時代が変わっても分からぬ。いや、変らぬ。番頭、昔、憧れの職業。風呂の向こう側。あ、そういえば、もうキャビンないなあ、あ、ケントもないか。散髪して帰るか。あ、昔みたいに、久しぶりに暖かいおしぼりで拭いてもらって髭剃りしてもらいたくなってきた。親に寿司屋に連れて行ってもらった記憶がほとんどないけど、何だか小学生5年か中学校2年の頃に、母親に駅前の寿司屋につれていってもらった(勿論、回転ずしの無い時代)。母が勉強のこと聞きやと主にいい、寿司を握りながら何か言っていた。寿司職人とかになるなら話聞くけど、なんで受験や勉強の話聞かなあかんのや、と子供心に思ったが、今考えたら、よくも寿司屋によく連れて行ってくれたなあ。あの夜の晩飯どうしたんだろう・・・。美女拷問・・・。関西にはブルドッグソースはマイナーやったと思うけど。昔は長靴は特約店やったんか。半分は分からない。最近石の赤のポストみないな。駄菓子屋。まあ、俺がガキの頃はここまで古くなかったね。ハエトリ紙は、自宅にはなかったが、田舎の工場にはあったわ。そういえば、海外でも見たことないような気がする。ブンブンブン蝿が飛ぶ。タイルノシンクは浅いほうがいい~。ア、弁当箱、アルミニウムやったなあ。アルマイトな。まあ、梅干しで酸化して穴開かなかったけど弁当箱に。ちなみに、カザフスタンはアルマトイな。(リンク) 展望大切や。明るい将来がよろしいな。ランドセルって高いらしいね、小学校2年ぐらいまでしか使わなかったかなあ、今考えたら小学校6年までランドセルやったやつ、変わり者か貧乏家庭やった。勿論あのころは赤(女の子)と黒(男の子)しかなかった。考えたら小学校6年の週3,4回の学習塾からの帰りは23時20分ぐらいの電車で帰ってたわ。今は隙あらば18時台に家に帰って酒喰らっているわ。メイメイ、何かガクセイジダイト働いてからの旅行の違いは、やたら家畜や自然の動物を見るか見ないかみたいな。そういえば、母の実家は井戸水だった。夏でも水はヒンヤリしていた。子供心に井戸覗いたら井戸の壁面に苔とか生えていて、嫌だなあと思った。水道水が一番きれいと思ってたんだよなあ。何で、でも美味しいんだ!と謎であった。そういえば、ガキの頃そんなに渦巻キンチョール使った記憶はないが、学生時代は渦巻キンチョールは必携で、蚊帳も必要だったがないから、布団をくるむシーツを持って行ってた。あれをかぶって、チャック閉めて渦巻キンチョール焚いてた。インドの駅構内には乞食がいっぱいいて、夜中に到着して、駅で毛布でなくシーツでくるまって、寝たなあ。でも暴漢やスリに緊張して熟睡できなかったわ。何で何百円けちったんだろう、ストイック。朝起きて棒の歯ブラシ買って、リキシャ乗って、宿に向かって、チェックインなしで荷物預けて観光にでかけたものです。オロナイン派ですかメンソレ派ですか。スマロピアピアですかビール昭和の激動の時代にタイムスリップしてビール乾杯であった。
2026.08.09
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淡路島に行った。なんせ普通自動車で俺のETCない超高級車では2410円だったが(ETCあれば960円)、改めて超軽自動車に親から譲らされたのでETC付きで760円で垂水淡路の橋渡る11キロ、じゃあ、一寸行ってみよかなと気を許してしまった。これ、安かったら行くんだよねえ。高くても行きたいのはどうしても行きたいからだよねえ。モノより体験だからね。ハイウエイオアシスに口からタマネギスープが出る自動販売機ロボットがあるんだけど。行きそびれた。淡路島に入る。明石海峡大橋。このコスプレなんだと思ったら、ああ、キティ組かあ、これキティなんや。久しぶりにスタバ来た。淡路はキティ施設あるからねえ。賀茂神社。目的は、思いを叶えるためだ。目を閉じて、思いを込めて棒を突っ込む。何回やっても穴に入りません。何回もって3回だけど。何故か、意外と楽しい。ウフフ、うふふ。島の長年の課題であった水不足問題を解消した、導水管を備えた明石海峡大橋完成を記念して、境内には「叶石」が設けられている、って最近じゃね?再度、狙いを定める。キエエエー。想いがもともとなかったことがバレル
2026.08.08
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