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五月人形こいのぼり専門店吉浜人形神谷です。昨日までは鎧の元祖、弥生時代の鎧を紹介しました。今日は次の時代、古墳、奈良時代の鎧をご紹介。どこかでみた形・・そう「はにわ」です。吉浜人形についてはコチラ
2006年04月04日
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雛人形専門店吉浜人形の神谷です。あまり知られていませんがお雛様の種類の中に「天神雛」というものがあります。ごれは実際にはお雛様ではなく、菅原道真を模した学問成就の神様です。愛知県周辺では東三河(岡崎市から東側)で、男の子を対象にお飾りする風習があります。お取り扱いとしては吉浜人形豊川店での扱いとなります。上巳の節句に飾る男の子の人形「天神雛」のご紹介でした。吉浜人形について詳しくはコチラ
2006年01月27日
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雛人形・羽子板・破魔矢・破魔弓の吉浜人形神谷です。昨日につづいて今度は男の子の正月飾り破魔矢・破魔弓うんちく!破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)と地域に呼び名に多少違いがあります。吉浜人形では破魔矢(はまや)という呼び名でご説明させていただいております。文字通り、魔よけ、つまり厄(やく)払いのお守りです。初正月に男の子へ破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)を贈ってお祝いする習慣が伝わってきたのです。現在の形の破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)は、鎌倉時代に生まれ、各地の城下町を中心にして、武家や町人の家で破魔矢を飾って悪魔を追い払い、男の子のすこやかな成長を祈りました。破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)にはいくつかの起源に関する説があります。いずれにしても、弓矢には邪気(じゃき)を払う特別な力があると考えられて、さまざまな行事、神事に使われることが多かったようです。弓矢はもともと武器でしたが、平穏な世の中と人々の無事を祈る魔除けの道具として親しまれるようになりました。また、矢の羽「むくろじ」という大木の種に鳥の羽をつけたもの。この「むくろじ」は漢字で「無患子」。すなわち、「子供が患わ無い」という意味です。また、破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)の弓がトンボに似ていることから、子供の病気の原因となる蚊をトンボが食べてくれるように、また、羽を恐れて子供が蚊にさされないようにという、男の子のお守りともいえるものです。その後、破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)の作りがしだいに豪華になっていくにつれ、飾ることが主流になり、平穏な世の中と無事を祈る魔除けの道具として親しまれるようになりました破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)は一般的には母方の実家から贈られていたものですが、今では、両家で折半するなど様々です。破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)は11月中旬あたりから店頭に並びはじめますので、12月初旬には飾りつけができるように購入するとよいでしょう。旧年の風に当てることから、12月の大安などの良い日に飾ります。破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)には様々な形状をしたケースが用意されています。お好みに合わせてお選び下さい。破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)の飾り場所は、かつての主流は床の間でしたが、現在の住宅事情では、床の間がない場合も多いと思われます。その場合は、魔除けの意味からお子様の寝室や皆様に見て頂ける場所がよいでしょう。破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)は小正月(1月15日)過ぎにしまうのが一般的ですが、縁起物ですので、一年中飾っていても構いません。破魔矢(はまや)破魔弓(はまゆみ)を収納する場合は、晴れた乾燥した日を選びましょう。しまう際は、防虫剤は少なめにして乾燥した場所を選びましょう吉浜人形についてはこちら
2007年12月23日
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ひな人形の吉浜人形の神谷です。今日は吉浜人形おススメサイトの紹介です。っておひな様関係ないけど・・生きがいをもっているママもしくはママ候補におススメのサイトです。吉浜人形も育児、お母さんを応援したい企業姿勢ですので応援しています。マザーリーフプロジェクトです。
2006年10月16日
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雛人形、五月人形、鯉のぼり、破魔弓・羽子板の吉浜人形です。年の暮れからお正月にかけて、年の市などで縁起物としての押絵羽子板。羽子板の形や、羽子板につく「おい羽根」が、害虫を食べる益虫とされる「トンボ」に似ている事。またそのかたい「豆」(ムクロジ)の部分から「魔滅(まめ)」にあてられ魔除けになる、あるいは「マメに暮らせる」などの縁起を担ぎ、広く親しまれてきした。これが、主に子どもの為の年越しの縁起物として使用される事が広まったのは「ムクロジ」の実、漢字で書くと「無患子」と書き、「子が患わ無い」の意味から、江戸後期のころから女子の誕生した家に羽子板を贈る風習へと変化して行きました。年末、年始は気候上、生活リズム上、なにかと体調を壊しやすい時期、様々な縁起により、健やかに季節を過ごす日本独自の季節とともにある縁起思想、大切にしたいですね。
2016年12月25日
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五月人形、こいのぼり、雛人形の吉浜人形神谷です。五月人形の左右に付く弓太刀、刀の置き方に違和感ありませんか?写真の通り五月人形の弓太刀の太刀は鞘を上にして飾ります。これは縁起を担ぐためのもので「武器ではない」だから抜く必要はないという意味合いがあります。もちろん実際に抜くことはできますので。お子様が大きくなったら記念に一度抜かせてあげてもいいと思います。男の子にとっては刀は永遠の「憧れ」ですので!*人にむけちゃダメ!
2013年02月26日
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雛人形、五月人形、節供人形専門店の吉浜人形神谷です。今日は妹さんのおひな様を選ぶ様子を、一部始終撮影して頂いたちびっこカメラマンのご紹介です。将来楽しみw
2012年01月04日
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おひなさま、鎧兜、鯉のぼりの吉浜人形春日井店の山中です。こどもの日が近くなると、各地で上がる、こいのぼり。日本では古代、子どもが生まれると長い竿を立てて存在を神様に示し、子どもの守護を願うという習わしがありました。それと中国の「鯉の滝登り」の伝説が融合し、こいのぼりになったといわれます。もともとは江戸時代の中期に、町人の間で広まっていました。男の子が立派に成長してほしいという願いを込めて飾ります。登竜門を突破し、すてきに成長してもらいたいものですね。吉浜人形についてはこちら
2008年03月06日
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雛人形、五月人形、鯉のぼり、破魔弓・羽子板の節句人形専門店吉浜人形です。只今吉浜人形全店で破魔弓・羽子板市を実施中!お客様からよく聞かれるのが、破魔弓・羽子板っていつから飾ればいい?&いつまで飾ればいい?というご質問です。おおよそ12月初旬から1月半ば位とお答えするのですが、折角、歳時記のある日本の行事ですので、もしよろしければ飾り始めを12月13日の「正月事始め」を目安にお方付けを1月15日の「小正月」を目安にして頂くのも一考かと思います。もちろん、厳密な決まりがあるわけではありませんので、送って頂いた時にすぐ飾るのも結構ですし、初節句に合わせ、長く飾っておく事も大丈夫です。地域によっては年中飾りとするところもある様です。吉浜人形についてはこちら
2016年11月20日
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五月人形、雛人形専門店の吉浜人形神谷です。こいのぼり、もともとは武家が男子が生まれた証に吹流しを敷地内にたてたのが始まりという説があります。それをみた町民たちは、あこがれの気持ちを込めて同様の事をしたいと思いました。しかし武家と同じ事をするのは身分の差がある時代、できません。そこでめでたい魚の鯉をあげてお祝いしました。身分の差がなくなり、今では吹流しとこいのぼりはセットになっています。吉浜人形について詳しくはこちら
2006年02月16日
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破魔弓(はまゆみ)、羽子板、雛人形、五月人形、愛知県節句人形専門店吉浜人形です。赤ちゃんが誕生して初めて迎える歳の暮れに男の子には破魔弓(はまゆみ)、女の子には羽子板が贈られますが、その理由は、十二月から一月の間が十二支による暦の上で 「 丑(うし)・寅(とら) 」 にあたり、いわゆる 「 鬼門 (良くない結果が起こりやすい事柄) の時 」 なのです。生涯続く鬼門を平穏に過ごせるようにという願いをこめて、現代のような形を作り上げました。旧暦の新年 (立春) を平穏に迎えるために、節分に豆まきをするのも鬼門除け (鬼除け) の考え方といえます。よって、新暦である現代では、一般的に十二月末から一月十五日位までお飾りしますが、一年を通じてお飾りいただいても良いと思われます。破魔弓(はまゆみ)の歴史、意味合い「 破魔弓 」 とは、読んで字の如く「 弓で魔を破る 」 という意味がありますが、これと関わりが深いものに室町時代から現代に伝わる 「 鳴弦(めいげん)の儀 」 があります。これは弓の弦を強く弾き鳴らすことによって、魔除け (鬼除け)・邪気払いをするという意味のある儀式です。今日の皇室においても、お子さまが誕生して七日目に 「 読書・鳴弦の儀 」 が行われています。この他にも弓を用いた儀式として、正月にその年の年占いと厄除けで行っていた 「 弓射 (ゆみいり) 」 や家を造る際の上棟式に、屋根の上に弓と矢を北東に向けて飾る 「 鬼門除け 」 などがあります。このように縁起物として認知されてきた弓と矢を組み合わせたものが、現代の 「 破魔弓 」 の基になっています。羽子板の歴史、意味合い「 羽子板 」 と聞いてまず頭に浮かぶのは 「 羽根つき 」 だと思います。室町時代にはこの羽根つきを 「 こぎの子勝負 」 といい、正月にその年の年占いということで、末広がりの形をしたこぎ板 (羽子板) でこぎの子 (羽根) をつき、厄除けを祈願したといわれています。江戸時代になると、こぎ板に金箔を施したものの上に、左義長の儀式の風景を描いた 「 左義長羽子板 」 というものが、厄除け・邪気除けとして、貴族への贈り物や婚礼・出産の祝いとして用いられました。「 左義長 」 とは、正月の十五日に宮中で行われた魔除け (鬼除け) の儀式で、今日では 「 どんど焼き 」 といわれ、注連縄 (しめなわ) や門松などをお焚き上げし、その火で焼いた餅を食べて邪気を払う儀式として各地でおこなわれています。
2017年11月21日
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