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2013年02月24日
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五月人形 こいのぼり 、 雛人形 の 吉浜人 形神谷です。

日本では古くから、季節の節目ごとにさまざまな年中行事が行なわれてきました。お正月、節分、ひな祭り、端午の節句、夏祭り、お盆、お月見、収穫祭・・・など、これらの行事を通して、子供たちは、自然のうちにいろいろなことを学んでゆきます。例えば、季節の移り変わりを学び、また、節度ある生活態度や地域社会との関わり、ご先祖さまを大切にする心、そして、家族愛など、さまざまなものを学んでゆくことができます。

このような数ある年中行事の中で、『端午の節句』は災厄や病魔を祓う(はらう)行事として、非常に古い時代から続いてきた日本の代表的な伝統行事です。端午の節句の歴史は古く、奈良時代(約1250年前)から始まりました。この時代、朝廷では五月五日に菖蒲(しょうぶ)を飾り、無病息災を祈る節会(せちえ)を行なっていました。五月は、田植えの関係から、古来より非常に重要な月とされていました。また、菖蒲には特別な力があると信じられており、この菖蒲を目印として神をお迎えしたのが、菖蒲飾りの始まりとされています。

平安時代には、邪気を祓う儀式として「騎射(うまゆみ:走る馬上から的に向けて矢を射る儀式)」が節会に行なわれるようになります。

鎌倉時代の武家政治の世の中になると、朝廷での端午の節会の儀式は廃れましたが、武家社会では尚武(しょうぶ)の気風が強く、菖蒲と尚武をかけて、尚武の節日として祝うようになります。菖蒲酒や菖蒲湯の風習もこの頃から始まりました。

江戸時代になると、人形(ひとがた)を形代(かたしろ:神が宿る対象)として飾る民間信仰ともあいまって、端午の節句は民間でも盛んにまねられるようになります。また、この頃から、町家では武者絵幟(むしゃえのぼり)や鯉幟(こいのぼり)が立てられるようになります。そして江戸時代の後期には、男の子の誕生を祝う“初節句”が盛大に行なわれるようになり、現代に受け継がれています。


あやめ3日本画風.jpg





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最終更新日  2013年02月24日 08時59分08秒 コメントを書く
[5月5日端午(尚武)の節句,五月人形,鯉幟] カテゴリの最新記事


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