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*どんぐり問題(良質の算数文章問題)の取り組み方*<容量用法は守ってくださいね>●自分で描いた絵図をよ〜く見る。何回も丁寧に見る。読むのは1回(にしたほうがいい)ですが、絵図は何回も見る。「こうしたらどうなるかな?どうみえるかな?」と目(視考力)で考える。●言葉を解答の中に書き込むことは、視覚イメージ操作時に邪魔になる(思考の流れを止める)ので、解答の中では、言葉での説明は極力少なくするの(理想はゼロ)が、絵図を移動変形できるようようになる鍵です。*特に、文字を早くから覚えさせられたり、作文を書かせられたりしている子供達は、絵図だけで考える事に不安を感じ、注釈のような説明文を度々書き込むが、これは良くない傾向で、「勇気がない」「自分に自信がない」「文字での説明がないと不安に感じる」「思考の本質を分かっていない」ということです。単なる癖である場合もありますが、小6の終わりまでには、修正してあげて下さい。*注意事項*■週に在籍学年問題2題が最適です。*毎週1日(土or日)は「絶対に勉強をしてはいけない日」を確保。*途中参加の場合は、高学年で問題数を調整して700題消化を目指す。■量ではなく質が重要:この2題を「ゆっくり、ジックリ、丁寧に」 自力で楽しく取り組めるように、日常生活を丁寧に味わいながら 過ごすことが学力養成の大前提となります。■宿題も含めて、高速・大量・暗記・反復学習との併用は、できるだけ しない。宿題制限をお勧めします。*使用方法*■00.問題を切り取って貼って使う。クロッキー帳(大)の見開き2ページを使う。直ぐには分からなくても、声に出して「分からな〜.い」とは言わない。解けなくても描くことは出来る。「分からない」という言葉は思考を停止させる命令の言葉となるので使用厳禁。「難しい」は可。■01.全ての語句を絵図化する。原則として、「読むのは1回」なので、一行ずつ「読んで描く、読んで描く」をお勧めします。*線分図は、最も応用の利かない絵図ですので、低学年では使わない。*言葉の意味以外の質問は厳禁。解答中のアドバイスも厳禁。知っているハズの言葉を聞いてくる場合は、その場では教えずに、日常生活で確認する。全く知らない語句だけは教える。他は完全にノーヒント:「こうしたら見やすいよ」も×。知らない言葉は、直ぐに聞くように促す。*読む練習ではありませんので、読めても、低学年では読んであげる方が効果的です。ただし、読むことが好きで、取り組み状態が良くなる場合は、自分で読みながらで結構です。高学年では、黙読しながら解いていくように徐々に環境を設定してあげて下さい。■02.自分が描いた絵図と数字を見て答えを考える。問題文を読むのは1回だが、絵図を描き直したり見るのは何回もする。「絵(図) を描いて、目で考える」を徹底する。頭の中だけで解ける問題でも絵図を描き出す事が重要。絵図の書き出しによる再入力が思考回路養成になる。■03.見やすいように描き直すことができる環境を作る。■04.計算式は、小4以上で書けるようにしていけばいい。■05.暗算はしないで、筆算を書く。暗算は「10 の補数と九九」に限定する。10の補数以外は1桁どうしの計算でも筆算を書く。思考力養成において暗算の利点は一切ないことを確認する。■06.消しゴムは厳禁だが、お菓子と飲み物は必需品。■07.色鉛筆は6色以下が適当。(鉛筆だけでも可:薄い鉛筆は不可)■08.答え合わせは本人以外がする。(本人がするとヒントになる)*◯×のみを記入。後日×は「分からん帳」へ移動。*完答作品を抜いていくと自動的に残った部分で「分からん帳」を作ることも可。*気になった点は、次回の始める前にコメントする。その場では言わずにサラッと終えることが重要。*絵図を描けない場合や、分からない場合は、キチンと間違って「分からん帳」に入れることが大切。■09.「分からん帳」は、夏休みに進化するための最優先課題である。*夏休みは、週に3〜5問が標準。■ポチットな!
2016年09月05日
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●親は「楽チンで<9才の壁>を越えた」と思っていながら、子供は「ドップリと<9才の落とし穴>に落ちている」場合がある。もちろん親子でそんなことになっているとは微塵も思っていない。「絵図なんて描かなくても」あるいは「参考程度に描けば答えが分かるからいらないんじゃない?」なんてことを本気で思っている人達である。例外なく<ご愁傷様>である。もう、永久に9才の壁は越えられない。落とし穴から壁を越えるのは不可能だからだ。可能でも気付いたときには12才の思考の臨界期を越えているだろう。そこからの巻き返しはできない。●9才前後で人間は具象思考から抽象思考に移行できるだけのデータベースを構築します。ですから、この時期には抽象思考が出来るようになります。しかしながら、ここには落とし穴が待ちかまえています。この年齢での言葉や理論(理屈)で考えることが出来る思考は非常に限られています。しかしながら、思考回路網は最長でも12才までには作り上げられ、以降は刈り込みが始まります。すると、言葉や理論(理屈)を使わないで高度な思考を幼児・児童期に可能にするための方法が思考力養成の鍵であることが分かります。幼児・児童期の言葉や理論(理屈)はどんなに駆使して使いこなせたとしても直ぐに限界になってしまうからです。●言葉や理論(理屈)で思考していた子供達は、複雑な課題を前にすると「もう考えることが出来ない・分からない」と思ってしまいます。ところが、常に明確な視覚イメージで(自分で描いた絵図を操作して)考えていると、この限界は感じることさえありません。それどころか、幼児・児童期であれば頭が柔軟な分、大人でも考えつかないような思考(視覚イメージ操作)を簡単にします。これが、本当の思考力養成です。視考力を活用した思考力養成が本格的に始動するのです。この方法での幼児・児童期の思考力養成は思考回路網作成そのものになりますし、大人でも切り口の多様化やヒラメキのキッカケになります。●ところが、簡単な抽象思考が出来るようになると、この最も大切な視考力を活用した思考力養成を止めてしまう人(視考力を知らない人は論外)が出てくるのです。これが<9才の落とし穴>です。抽象思考が出来るようになったから9才の壁を越えたと思い込んでしまうのです。残念ながら、抽象思考は誰もが出来るようになるんです。そして、その時期が<9才の壁>の前にたどり着いたというだけのことで越えてはいないのです。抽象思考が出来るようになっても、視考力養成に最も効果のある具象思考(絵図で考える:もちろん本当の物を使ってもいいのですが大変手間がかかります)を続けることが<9才の壁>を越える唯一の道なのです。そして、思考回路網の刈り込みが始まる時まで視覚イメージの再現・操作を通して(視考力を活用して)思考回路作成を続けることが<9才の壁>を越えることなのです。自動的に誰もが移行できる<具象思考→抽象思考>をワザワザ<壁>とは呼びません。<専門家>でも勘違いしている人がいるようなので書いておきます。……………………………………………………………………………………………●デビュー作・「絶対学力」のサブタイトルを思い出してほしい。<「9歳の壁」をどう突破していくか?>です。...<どう突破>するかが、問題なのです。誰でも普通に<突破>するだけならできるんです。<どう>突破するのか。...そうです。絶対学力で突破するんです。...ね。最低の方法で突破するのか最高の方法で突破するのか。選択権は保護者にあるんです。
2006年11月15日
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*2015.05/18...完売です。 ■DONGURI-Special-DVD Ver.2012 for PC を50%OFF(6万円→3万円) でいかがですか?...限定3枚のみです。内容を確認して、直接メールでお申込み下さい。受講料5万円のPILOT講座や、「良質の算数文章問題」全問(1mxの英語版・学年非表示版も含む)や、「これだけ算数・計算編」目次ファイルネーム版など、先生向けの内容になっています。現在作成しておりません。
2015年05月16日
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■■毎年、海外のシュタイナー学校の保護者からも相談を受けます。私にとっては、既に破綻している教育ですので当然のことばかりの悩み相談になるわけですが、その教育が日本で、さも先端を行っている教育であるかのような錯覚を伴って広がりそうになっていることに危機感を持っています。メールの公開は、個人的にも避けたいとは思うのですが、時期的に公開すべきと思い掲載することにしました。 ■どんぐり倶楽部の記事は、全て「事実」発信である。いい加減な希望的観測だけで書いてあるような記事はない。だから、必然的に単なる「事実」 なのだが、批判のように聞こえる事が多い。それだけ、副作用に言及せずにキャッチコピーばかりを羅列している宣伝が多いからだ。タブレットに関しては、ジャブ程度だが下記の事実をご覧頂きたい。実害はこんなものではない。 2015年03月17日■毎度毎度で恐縮ですが、シュタイナーの落とし穴(文責:どんぐり倶楽部) ●詳細は書けませんが...。少しだけ。<fromイタリア>●「落とし穴」というより、当然の結果ですが...。<返信メール> どんぐり倶楽部の糸山です。参考までに >この園の保護者の方に話しを聞く限り(もちろん全体としては少ないですが)一年生の単元からつまずいている、文章問題・応用になると さっぱり、という声ばかり聞こえてきます。やっぱりこれが感情教育偏重の現状なのか・・・と感じています。●はい、明らかですよ。理由を整理しているところですが、ありすぎて困っています。メモを送ります。また、京田辺シュタイナーの保護者の手紙とオランダのシュタイナー学園に3人のお子さんを通わせている方からのメールを添付します。これらの実態が見えていない(予測出来ない)園長には呆れる限りです。---------参考記事ありがとうございました。シュタイナーの記事は、どんぐりさんのHP等で既に読ませて頂いたものもあります。糸山先生のご意見に共感いたします。シュタイナーのメソッドでは小中一貫なので、小学5年生卒業で出て行く生徒は少なく、たいてい、8年生(中学3年生)までシュタイナースクールに在学し、その後 公立高校に進む生徒がほとんどです。(娘の通っているシュタイナースクールは幼稚園から高校までありますが、ほとんど中学終了して出て行きます。) そして、高校に入ってから、みんな大変苦労するのを良く聞きます。そうでない優秀な生徒もいますが、たいてい大変なようです。 そんな中で、私は娘を小学5年で終わらせ、中学は公立の一般の学校に入れさせたいと願っています。 ドイツやオランダでは、公立のシュタイナースクールがあるようですが、イタリアは私立のみです。イタリアが母国のマリア・モンッテッソーリも私立のみです。(ミラノにも数校ありますが、バイリンガル育成とモンテッソーリが一緒になっているなんちゃってモンテッソーリ校が多いです。)イタリアは国の財源が厳しく、何校か公立小学校を見学に行きましたが、日本の公立小学校と比べてしまうと、教師も含めて「お粗末」です。かと言って、先生のおっしゃる通り、高いお金を払って入学させて、学習能力ゼロで終わって欲しくないのが現実です。 シュタイナースクールは良い学校だと思います。 イタリアの学校教育ではやらない事も、沢山やります。 ただ、日本でしたらシュタイナーに行かせる必要性は少ないと思いますし、子供の気質によると思いますが、入学させるには親が後ろで、子供のお尻をたたきながら学習方面を見てやらないと、難しい事が本当に分かりました。 その事は、最初から聞いており、知ってはいましたが、「うちの子に限って」「バイリンガルはゆっくり進むらしいし」と自分に言い訳をして今まで見守ってはいましたが、甘かったです。 これから、どんぐり学習法で方向転換したいと思います。宜しく、お願い致します。 >「子供のお尻をたたきながら学習方面を見てやらないと、難しい」●とは、学習面(思考力養成)での保証は学校サイドの考えには全く入っていないということです。育成対象としていない(普通に生活が可能な程度の理論展開で十分とするので不要である)と考えていることが大前提ですので改善の気配すらもありません。育てないことがシュタイナーなのです。ですから、社会との乖離を指摘され保護者に要求されても、それは、オプションという正規のカリキュラムではないという立場をとります。13年生~がそうです。 >知っていましたが~甘かった●人間は環境の動物ですので、クラス単位で指導されたら、家庭でのリセットがない限りは、クラスの影響を自分の価値観としてしまいますので、意識的な家庭教育が必要になります。 donguriclub 2015-04-13 12:24 2015年03月17日<<<<<タブレット学習について■タブレット先進国の現状より(文責:どんぐり倶楽部) <引用始まり>【タブレット】■大量宿題との戦い方を心得ているアンカラのどんぐり出身中高生。問題集の答え丸写しも、いかにも本人が解いたように、テクニックを駆使?している。親たちも、「宿題は全部やるな!調節しろ。どうせ先生はちらっとしか見ないんだから」と檄をとばしている。アンカラママもたまに手伝うことがあるが、英語の反復宿題なんて、20ページ目あたりから文が意味を成さない、記号の羅列になってくる。■しかし、学習全般にタブレットを採用している私学に進んだ子は悲惨だ。宿題がタブレットを通して出るので、先生がチェック、採点しなくても、自動的に、「宿題のウェブページに何時間ログインしていたか」「何点正解、何点不正解か」など、即座にデータが学校に送られるシステムになっている。これでは、紙の問題集のように、宿題をやっつけることができない。答えもひとつひとつ入れなければならない。「タブレットは最悪。2時間も見てたら目が痛くなるし」これは、普通の学校に通う子の言葉。タブレット校に通う子は、タブレット中毒になる。親御さんが迎えに行くと、子供たちがあちらこちらで座り込んで、タブレットを無言で触っている。家に帰ると、即座にタブレットを触りだす。フィルターはかかっているが、ネットにつながるので、ゲームをすることが可能なのである。■この学校は、アンカラママが勤めている学校と同じ区域内にあるのだが、毎年うちの学校に転校してくる子がいる。親御さんと話すと、たいてい、タブレットがいやで、と言っている。そして、先生方の間では、「あの学校から来たのなら、トルコ語がまともに書けない」が共通理解になっている。■アンカラママがどんぐりを教えている小5の子のタブレット。学校で、机から落としたらしく、液晶画面が、放射状に割れ、シュールである。机から落としたのは、クラスの子らしいのだが、相手の子は認めていない。修理代に2万円ほどかかるらしく、親はそのまま使わせている。自分の子が壊したわけでないのに、なぜ修理代を払わなければならないのか。学校ともめている。それにしても、良くその画面を子供に触らせられるなあ、と呆れる。■この子は、アンカラママが3年かけて育てていて、もうすぐ5MXが終わる。特待生で、その私学に行っているのだが、アンカラママが親ならタダでも行かせなかっただろう。親御さんは、家に帰ると、タブレットをとりあげて、宿題以外は触らせないようにしている。自分の子にだけ、紙の宿題を出してくれ、と学校に交渉に行ったが、認められなかったらしい。<引用終わり> ●こんなことはまだまだ入り口(序の口)である。家庭で修正できなければ「人間になれない教育」を受けさせられることになる。2015-04-13 12:26
2019年01月17日
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