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墓を見れば、人びとの姿が見えてくる 死者を誰が弔うのか。亡骸をどのように、どこに埋葬するのか。そして、墓はいつからいまのようになったのか――。あらゆる土地の墓をめぐり、死と向き合ってきた人びとの実像を、文化や歴史のなかからすくいとり、その礎に横たわる死生観の核心に迫る力作。
内容説明
墓を見れば、人びとの姿が見えてくる。死者を誰が弔うのか。亡骸をどのように、どこに埋葬するのか。そして、墓はいつからいまのようになったのか―。あらゆる土地の墓をめぐり、死と向き合ってきた人びとの実像を、文化や歴史のなかからすくいとり、その礎に横たわる死生観の核心に迫る力作。
仏教が伝来して間もなく、天皇家では702年に崩御された持統天皇以後、火葬が一般的になっていた。
時代が平安から鎌倉に移る頃、阿弥陀信仰が起こり、西方極楽浄土に参るには火葬をして現世に別れを告げることが大切という教義が説かれ、庶民の間まで火葬が一般的になった。
しかし、徳川時代は土葬に傾いた。
それは、時の権力者が宗教を支配しようとしたから。
宗教を支配するために神になろうとしたから。
それは豊臣秀吉が始まり。
そして徳川家康も神になろうとた。
二人は崇拝の対象として土葬にして、其処に神社を作り、自ら神となった。
相対的に仏教の力は弱まり、土葬=先祖が近くで見守ってくれるという祖先崇拝の流れが出てきて、江戸時代は庶民も土葬に傾いた。
しかし、明治以降は爆発的に人口は増加、それと近代化がすすみ、衛生の観念が発達し火葬がまた一般的になった。
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