広報で作っている新聞の
色校があがってきました。
カラーになるとすごく説得力があって素敵!
でも1週間かかって
全員で細かいところまでチェックすると・・・
原稿の段階では
気が付かなかった
文章の訂正が
た~くさん出てきて
ちょっとへこんでしまいました。
文章を書くのって
ほんとに難しい。
どういう人にどう伝えたいのか
しっかりおさえないとだめだな・・・。
まだまだです。反省。
童話の方は
やっと締め切りまでの作品が終って
ほっとしているところ。
締め切りを意識しないと
のびのび書ける気がします。
なんにも見えなくなりそうなときに
勇気を与えてくれた本があります。
”あなたも作家になろう
~書くことは心の声に耳を澄ませることだから~”(ジュリア・キャメロン)
作家が原稿を書くためには、
面倒なあれこれが必要だと考えられている。
例えば、「完全に集中し、知的エネルギーを
すべて投入すること。
特別なペンとノート。
整理整頓された机。
受話器ははずし、
家族は引っ込む。
書くスペースは聖なる場所だ」といったふうに。
私は書くことを大げさにとらえたくない。
いつでもどこでも書くというほうが好きだ。
書くことに生活を支配されるのではなく、
書くことで生活を満たしたいのだ。
これは重要なポイントである。
書くことが生活を支配すると、
人間関係も書くことも
「苦しみ」になる。
隔離された部屋に自分のご立派な思考を携えて引きこもるなら
人生の流れを失い、
新しいアイデアや刺激を失って、
思考を形づくったり
進化させたり情報を得たりできなくなる。
これはバランスの問題だ。
確かに書くための時間と空間は必要だが
それは思っているほど多くはない。
書くことを俗世と一線を画した孤独な行為と見なさず、
人生にもっともっと深くはまり込んだ行為であり
人生との離婚ではないとみなすほうが有益だ。
(中略)
書くことは知的な情報を発明することではなく
霊的な情報をチャネリングすることだ。
そう考えると、
自意識の鎧を身にまとわなくてもすみ、
流れるように書けるようになる。
エネルギーを自分の内側から引っぱり出さなくても
ただ書くという流れにプラグを差し込めばいいのだ。
エゴは、「書いているのは私だ。
私の思考の邪魔するな」と言いたがる。
しかし実際は正反対で、
芸術家の体験はもっとつつましいものだ。
芸術家は、思考が自分の中に流れるのを
許せる人のことである。
どれだけエゴをどかせるかが、
どれだけ自由に創造できるかなのだ。
インスピレーションの流れにチャンネルを合わせ
それが私たちの中を流れるのを許すこと。
その意味で、私たちは「開かれたチャンネル」なのだ。
(中略)
いわゆる作家として振舞おうと気を揉まなくなってから
私は自由になり、
本当の人生を手に入れた。
私を通して語ろうとしているものに
耳を傾けるようにしたら、
書くという流れがちょうど
スイッチを押せばつく電気のように
いつも手に届くようになったのだ。
(後略)
この本がとてもよかったので
同じ著者の別の本も
ネットで注文しちゃいました。
届くのが楽しみです。
アキラボーイさんを迎えて November 25, 2012
よみきかせ♪ December 1, 2011
近況報告♪ November 18, 2011
PR
Calendar
Comments