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2009/02/23
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カテゴリ: カテゴリ未分類
先日参加した 「未来を創るワークショプ2009」の「ふりかえりの会」

「未来の~」 は、『最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か』の
ピーター・センゲらが牽引力となったPegasus Conferenceに
参加された西村勇也さんが「ダイアログBar」という「対話の場」を始め、
そこから生まれた二日間のダイアログのイベント。

ふりかえりはOSTで行われ、ダイアログBarや「未来を~」のようなものを
(と、「何を」を決めてしまうことはあまり良しとしませんが、便宜上。)
どう伝えていくか?どう関わるか?というテーマに参加しました。


7人のグループ中2人が初参加で、一人は自称「インターネット屋さん」の若者、
もうひとりはコピーライターの女性でした。
その二人が疑問や意見を言ってくれるので、いいカンジに話が刺激されました。

そのふりかえりセッションを終え、家に戻るまでにだんだん頭が整理されて、
最近「生まれようとしていたもの」が、自分の中で網の目上につながり、
「!!!」とクリアになりました。

おそるべし、ダイアログの力!

それは何かというと・・・

私は背景がとても複雑で、
ふつうに見れば「あんまり役に立たないもの」ばかりに興味を持ってきました。

言語学、社会学(大学院の専攻は社会言語学)、民族学、先住民文化、

打楽器、ダンス、宗教・・・
最近はNLPやプロセスワークも勉強中。そしてその他もろもろ。

そして、私自身が、ごく最近まで気がつかなかったのですが、
身体感覚/体感覚をたくさん使うようです。
さらに、ちょっと「巫女体質」でもあります。


ふりかえりの最初に、
「これを表すあなたにとってのキーワードを、付箋に書いて、
こちらに貼ってください」と言われ、
即「はーい!」と、迷わず「体験・体感」「身体」と書きました。

そのあとの上のテーマの話し合いで話したこと
(というより、いつものように?「口が勝手にしゃべった」
というカンジ。)、
帰りながら考えたことが、以下です。

人間はもともと、フェイス・トゥー・フェイスで集い、
互いの気配を感じながら過ごす時間を大切にしてきましたが、
現代社会ではそれが極端に減りました。いろいろな民族では、
物語も音楽も祭事の執り行い方も、
マニュアルや本に書いたり楽譜にして渡すのではなく、
かならずフェイス・トゥー・フェイスで伝えています。
「コンテンツ(内容)=情報、中味」は
顔を合わせなくとも遠くの人に伝えることができますが、
「プロセス=流れ、相互作用、とらえようのないもの」は
顔を合わせることが大事。

現代社会では効率(=お金、時間、地位他)を追求したあまり、
パラドックス的にとても非効率になってしまいました。
今日集まって、タスク(アウトカム、目的)がとくにないのに
こうやって時間を過ごすというのは、
現在のパラダイムから見ればとても非効率ですが、
インタラクティブな経験から思いもかけない新たなものが生まれます。

20年市民活動を行ってきて、
以前はとくに「地球がたいへんです」と言っても、
「自分の責任だと思いたくない」
「どんな我慢を強いられるかわからない」
「身近なことでせいいっぱい」
「地球が死んでしまうなら、それが地球の進化というもの」
などの様々な抵抗に苦しみました。

いまでも何かの活動
(やはり好きではないことばですが。「動き」「流れ」と
呼びたいところです。)に、
なかなか関心を持ってくれない人はたくさんいます。
それは、関わると「責任をとらなければいけなくなる」
「結果を出さないといけない」
「それに向けてコミットさせられる」と思うからでは? 
それこそが、従来のパラダイムです。

最近仲良くしている、イケてる環境保護団体「虔十の会」代表坂田さんは、
「うかつ(迂闊)主義」というのを提唱しました。
提唱、という大げさなことでもなく、
「うかつで行こう、と、うかつに言ってしまった」というカンジです♪

そこで、これからの地球の行方は、
みんなでちょっとずつ取り組まなければいけないので、
それぞれが「うかつ」に「無責任」に関わりましょう!
と提案したいです。

リーダーシップの在り方も変わっていくでしょうし、
先日もブログに書いた通り、「分散型」になっていくでしょう。
経済・環境・こころも、天才的な先人たちが言ったように、
境界線がなくなっていくでしょう。

それはじつは特別なことではなく、
さまざまな民族がもともと行ってきたことです。

つまり「先祖返り」です。

そして、身体と体験。

人間はインプットは五感を通して、
アウトプットは行動を通してしか
コミュニケーションをすることができません。
(私は勝手に、「五感」はいわゆる「五感」以外のものも含み、
「行動」は体内でおこる微細な変化も含む、と考えます。)
つまり、その二つを通じてしか、
自分の外界で起こっていることを知り、
外界に何かを伝えることができません。

先日目からウロコだったのは、
最近たびたび登場する鈴木有香さんのことば。
「納得」という単語は、英語にできない、というのです。
英語はマインドつまり頭で、
しかも「まずことばありき」の世界ですから、
ことばを通じて理解されます。
ところが日本人の「納得」のしかたは、「肚」でするのです。
丹田で感じる、つまり「腑に落ちない」と、「納得」していません。
そう考えると、英語ではたしかに「理解」「承認」とかはあっても、
「納得」はないかも。
さすが日本語と異文化教育のプロのおことば。

ふりかえりでご一緒したコピーライターさんは、
極限的にことばを削ぎ落としたコピーを作る際、
「さわることのできることば」を心がけているそうです。
すばらしいプロのおことば! 
さわることができる、ということは、
触感のみを伝えているコピーではないと
私は受け止めました。
そこで五感を使い、感情が生じるということです。

現代社会でどんどん摩耗していき、いろいろな問題を起こしているのは、
まさにこの身体、五感、感情、
つまり平易なことばえ言えば「あたたかみの欠如」かもしれません。
「生っぽさ」と言ってもいいでしょう。
人々はわけのわからない怖れに取り囲まれているような気がします。

いまだからこそ正直に言えますが、
じつは「未来を~」の一日目終了後、
私はとても納得いかない思いにとらわれました。
たまたまだったのでしょうが、
お話しした人の大多数がたまたま組織に属している人で、
「ここでは言いたいことを言えるからうれしい」
というコメントが目立ちました。
私はアーチストやクリエイターや市民活動家などの
「わがままな人」に囲まれて生きているので、
あんまり言いたいことを言わないのには慣れていません。
場によっては、言わないように苦労するくらいです。(笑)
なので、「なぬう~~~!? それじゃ、これはセラピーじゃん。
セラピー必要なら、セラピーに行ってくれないと、
まぎらわしいなあ・・・」と。

でもよく考えてみると、世界のさまざまな民族や国では、
先進国で崩壊したコミュニティーが存在していて、
コミュニティー自体がそのような機能を果たしており、
とくに「セラピー」というものがありません。
近年新たな形でのコミュニティーを創造しようという流れが
さかんになっていますが、
「そうか! ダイアログもそれだったのか!」と、
今日になって「腑に落ち」ました。

ということで、「プロセス以外の目的を持たない」
「身体性」「コミュニティー」と、
どの側面をとっても、ドラムサークルに通じるものが感じられます。
(「そこにきたか!」と思ってるでしょ?) 

ドラムサークル以外のことも最近はたくさんやっていますが、
「そうか、私にとっては、すべて同じことだったんだ!」と、
「バラバラ感」「器用貧乏感」から解放された気がします。

・・・て、結局、私のセラピー???










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Last updated  2009/02/27 01:15:58 PM コメント(5) | コメントを書く


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