なまけいぬの、お茶うけをひとつ。  

なまけいぬの、お茶うけをひとつ。  

2007年01月19日
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カテゴリ: 楽園に吼える豹
「うぉい『2号』!! ちょこまか逃げんじゃねぇ! じっとしてろ!」

アスカの声が居間から聞こえ、ユキヒロはコーヒーを持ってキッチンから急いで戻った。
そこには、広くもない居間をちょこまかと縦横無尽に駆け回る子犬とアスカの姿が。

子犬はユキヒロからたっぷりの餌をもらい、ぐんぐん元気を取り戻していた。
かなり素早い方であるアスカの追撃をギリギリのところでかわしている。

子犬はユキヒロの姿を見つけると、やはり彼の後ろへと回った。


「そこが定位置なのかよ、テメェは………」


アスカは呆れたように言った。

「ま、まあまあ……。それよりアスカさん、今この子を『2号』って……」


まぁ身元が分かるまで当面の飼い主はお前ってことで、このワンコロの名前は『ポチ2号』だ。略して『2号』」

「ええ!?」

何なのだそれは。

ポチとは、アスカがユキヒロにつけた不名誉極まりないあだ名である。
その名が、ひょんなことから預かることになった人様の子犬にまでつけられることになってしまった。

まあ、略すればポチのポの字も残らないから不都合はないのだが。


「しかし……『2号』なんて、誰かの愛人みたいですよ……」


「仮の名前なんだから別にどーだっていいだろ。細かいことは気にすんな」

アスカに任せると、なんだかほとんどのことが「細かいこと」になってしまいそうな気がするのは、気のせいだろうか。


「それよりお前、こいつの写真撮れ。あたしじゃ無理だ。すぐ逃げやがる」


そう言って、デジカメを渡された。


「こいつ、ウェルシュ・コーギーだって? それって結構人気ある犬種なんだろ? だったら男前に撮ってやんねえとな!」

「男前って……この子はメスですが」

「それにしてもよー」

聞いてない。

「マイクロチップが埋め込まれてりゃー、すぐに飼い主が分かったんだけどなぁ。


「あ、はい……そうですね」

ユキヒロは受け取ったデジカメを手に取り、しばらくじっと考え込んでいた。

「? どうした?」



「あの、アスカさん……。本当に、この子の飼い主を探すべきだと思いますか」



「……探すべきじゃないってか?」

「………」

アスカはユキヒロの瞳をじっと見つつ、コーヒーを一口含んだ。

「お前は『2号』のケガ、飼い主がやったと思ってんのか?」

ユキヒロはまだ黙っている。
断定できるほどの根拠がないことを、彼もわかっているのだろう。

「そうとは限らないだろ。迷子になってる間に、どっかのアホにやられたのかもしれない」

「そう、なんですけど…」

やっとユキヒロが口を開く。

「あの子はどうも、人間全部を怖がってるような感じがするんです。
今までに何人かの人と会わせてみましたが、誰にも懐きませんでした」

「極度の人見知りなんじゃねえの。飼い主には心を開いてるっていうことも十分考えられるぜ」

アスカは冷静に反論していく。
いつもとは逆である。

「そう、ですけど……」

答えに窮するユキヒロを尻目に、当の子犬は安心しきった様子でボールにじゃれている。
ボールはユキヒロが買ってやってものだ。

が、アスカと目が合うと途端にユキヒロの後ろに姿を隠してしまう。

アスカはそんな2号を見て、ため息が出た。



「ポチと2号って、ホント似てるよ。ペットは飼い主に似るって言うけど、それって仮の飼い主にも当てはまるんだな」



「な、何ですか? 藪から棒に」

「お前らっていっつもビクビクオドオドしてんだもん。まぁポチの場合、昔に比べりゃマシになったけど」

昔はもっと臆病な奴だったと思う。
いつからか芯の強さを身に付け、ただ優しいだけの男ではなくなったが。


「お前がこのワンコロのこと気にかけるのは、そのせいなのかもしれねぇけど―――お前、犬にかまけてる場合じゃねぇだろ?」


「え?」

どきりとした。
内心の動揺を、アスカは見逃さない。

「図星だな」

が、そう言ったきり、アスカはしばらく沈黙した。
矢継ぎ早に質問を浴びせられるかと覚悟していたユキヒロは、多少肩透かしを食う形になる。

彼女なりに、ユキヒロの内面に踏み込むことに躊躇いを覚えているのかもしれない。



「…………お前、ガーディアン・ソルジャーを辞めたいのか?」



数分間の沈黙の後に飛んできた問いは、予想通り核心を突いていた。

「……はい。さすがですね」

さすが、と言ったのは、ユキヒロがそのことを誰にも打ち明けていなかったからだ。
はっきりと肯定したのは、これが初めてである。

「別に…ここんとこお前、元気なかったし……原因をいくつか考えて、一番ありえそうな選択肢を言ってみただけだ」

それでも十分鋭いと思う。

「―――前から考えてたことなんですけどね。この仕事は向いてないということは、以前から自覚していましたし」

「まぁなぁ。性格的に合わなさそうだよな」

そこは大いに賛同できる。
ユキヒロは良くも悪くも「平和主義」だから、時と場合によっては相手を傷つけなければならないGSという職業は、明らかに彼と合わない。


「……で、また一人でウジウジ悩んでたわけか。あたしに相談もせず」


ちょっとふてくされた口調だ。



「あ、いえ、アスカさんを頼りないと思ってたわけじゃないんです。
ただ…これは僕の問題ですから」



「!」

「僕が転職するということは、GSとしての責務を放棄することになるんじゃないかと思って…なかなか踏み切れないんですけど……。
でも、大丈夫です。必ず自分で決めますから」

「ポチ…」

少し、彼を見直した。
あれこれ悩むところは昔と変わっていなくても、自分の道は自分で切り開こうとしている。
アスカが立ち入る領域ではないのかもしれない。

「…そっか。お前がそう思ってるなら、あたしが言うことは何もないよ。
まぁ、たとえ辞めるとしても職の心配はいらねぇぞ。ゴウシに頼んでそのくらい何とかしてやるから」

「……ありがとうございます」

ユキヒロはにっこりと笑った。

この少女は年齢よりも随分大人びたところがある。五つも年下とは思えない。
その反面、実年齢よりもかなり子供っぽい部分も同居している。
そのあたりがまた十四歳の少女のアンバランスさを如実に表しているのだと、ユキヒロは思ったりしていた。



「…この子も、自分の道は自分で決める権利がありますよね。
飼い主でもない僕が独占しちゃいけませんね、やっぱり」

自分の心情を吐露して、『2号』に対する扱いについても考えが変わったらしい。

無垢な子犬は、嬉しそうに身をユキヒロにすり寄せている。
ユキヒロが頭を撫でてやると、嬉しそうに鳴いた。

それを見ると、自然と顔がほころぶ。

ユキヒロはアスカから受け取ったデジカメで、その無邪気な姿を収めた。


「ビラに使う写真は、こんな感じでいいんじゃないですか」


デジカメの画面には、赤い首輪をつけ、ビー玉のような瞳をした子犬の姿が鮮やかに写されていた。







「ハイ、清里」

何気なく携帯に出たアスカは、相手の用件を聞いて思った。
とうとう来たか、と。

『アスカ・清里さんでいらっしゃいますか? 私ビラを見て連絡させていただいたんですけれども。
このたびはうちの犬を保護してくださってありがとうございました』

電話口の向こうから、犬の鳴き声が聞こえる。
どうも一匹や二匹ではない。かなりの数だ。

飼い主はペットショップの店長なのか?

『つきましては、早速引き取りに伺いたいんですが。ええ、そちら様のお宅へ参ります』

「…………」

念のため聞いておくか。

「失礼だけど、おたくの名前は?」

『…私ですか。キース・フィルドと申します』

どう聞いても子供としか思えない電話の相手にいきなりタメ口をきかれ、相手は多少気分を害したようだった。
が、そんなことなどアスカは気にしない。これが彼女の素である。

「じゃ、明日の二時に取りに来てくれますか。ハイハイ、それじゃ」

電話を切った。

これでユキヒロと2号の生活にも幕が下ろされる。
ユキヒロは寂しがるかもしれなかったが、もともとあの犬は他人のものだ。
彼一人のワガママで独占できるものではないことを、本人も分かっているだろう。

だが………




『あの子はどうも、人間全部を怖がってるような感じがするんです』
『アスカさん……。本当に、この子の飼い主を探すべきだと思いますか』




ユキヒロの言葉を思い出し、アスカは顎に手を当て考え込んだ。
数分間沈思した後、アスカは再び携帯電話を手に取る。

「あ、ポチか? あたしだけど……」








つづく


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最終更新日  2007年01月19日 17時38分20秒
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