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カテゴリ: 書評

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう

5年10か月ぶりに考え直して見て居る。

本書を読んだのは、2002年1月だったと思う。
最近、ブレッド・ステインバーガーや、Dr. Kievの
本を読んでいると、本書に言及して居る部分が多い。
Dr. Ari Kievは、DVDの中で、ストレンスファインダー・
ドット・コムにアクセスして、セミナー出席者に、
セルフチェック・テストを勧めて居たりする。
本書で述べられている通り、脳機能は子供時代に
得意領域と不得意領域に別れて仕舞って居るのかも知れない。

数学の得意な子は、国語の時間に為っても、
好きで得意な数学だけ遣って居れば、「結局、その人の幸せ」
と言う事にも為り、教育論にも一石を投じる事になるだろう。

私が、本書を6年近くぶりに考え思い出して居るのは、
ステインバーガーが「才能」と呼んだ言葉が
切っ掛けに為って居る。
私自身、十数年に及ぶキャリアをもつ大学受験英語指導の
プロだが、センター試験は言うに及ばず、国立二次や
ハイレヴェル私大の英語入試如きが
「英語の語学的才能」をチェックする等と言うには、
程遠いものだと言う事は、「百も承知、二百も合点」である。

の代物であって、其れこそ和田某氏の言う様に
「勉強法と要領」で如何にでも為って仕舞うものなのだ。
とても、其の人間の「才能評価」等と
言えたものでは、到底無い。しかし、逆に言えば、
偏差値45の人間を偏差値57.5まで

予備校講師の立場で言うなら
こんなに楽な事は無いのだ。

「受験は要領」かも知れない。
しかし、「才能の発現」はそうでは無い。
例えば数学について、勉強法や要領で、
大学入試レヴェルはクリア出来たとしても、
数学者として世界的に成功するには、
「才能」の次元の問題になるのだ。
そして、此れはトレーディングでも同じである。
明らかに、アビリティとタレントは異なるのだ。
「異能」と言う言葉が昔、ボトムズ絡みで
使われた事もあったが、ある種の「極端なユニークさ」が
「突出した能力・パフォーマンス」と
結び付いた時点で定義出来るのが
「才能」かも知れない。

脳機能論的な決定論を述べて居る本書は、
ある意味で「運命論的」とも言えるだろう。
しかし、突出したEDGEを持つ事が、
「自分自身を理解する」と言う「自己認識」に至り、
自分自身でのみ生きられる「極めてユニークな人生」
を生きて行く上での大きな助けと為ると考えるならば
本書を読むだけでなく、ストレンスファインダーのテストを
受けて見る事も非常に大きな意義を持つ。
そして、自分には「弱点」と為って居る部分が
判ったのならば、其の部分は全部放棄して仕舞う。

「自分の幸福に関係の無い事で、貴方が遣りたくもないのに
遣って居る事が有れば、全部辞めて仕舞えば良いのです。」

Dr. Ari Kievに倣って言うのならば、そう言う事である。
そして、VANが常々言って居る様に、「私達は、一人一人が
皆ユニークなのです。」の伝に従えば、「自身のユニークさ」を
追及する事が、「自分自身の才能」の追求と同義に為るのだろう。

更に言うのならば、エデュケイションの概念規定も可能である。
「能力の開発」でもなければ、「基礎学力の習得」などでも無い。
ましてや「教え育てる」事等では、断じて無い!!
「高等教育」と訳されるエデュケイションは、既に18歳以上に為った
大人の人間を対象として居る。
大人の人間を「育てる」等とは笑止千万である。
フォーカスすべきは「能力」では無く「才能」である。
日本が「成功した社会主義国」だった時代は
「能力」について考えて居れば良かっただろう。
しかし、「知財立国」を目指す以上は
エデュケイションの目的は「才能の発現」とする必要がある。
皆で同じ事を遣って「平均点の底上げ」等遣って居る時代は
既に、終わって久しいのだ。










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Last updated  Nov 4, 2007 06:56:01 PM
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