愛媛みかんの「のま果樹園」

愛媛みかんの「のま果樹園」

2005年11月10日
XML
カテゴリ: 日記

冬はこたつで愛媛みかん!




先日、当店の メルマガ にて募集した皆さんの「 みかんの思い出 」をご紹介!
そこには家族や知人、いろんな人との思い出がいっぱいです♪






私は愛媛で育ったので冬は毎日10個位食べていたと思います。

年頃になると手や爪が真っ黄色になるのがイヤでみかんをむく時はティッシュでみかんをくるんでむくようにしていました。

今でもそれは続いていて人前だと神経質に思われそうで自宅以外ではみかんを食べることはありませんでした。

去年久しぶりに手でそのままむいたら案外すんなりと食べることが出来て何か解き放たれたような気分を感じました。

今年からはそのままむいて食べれるかもしれないなぁと思います。

真夏の白雪姫 さん




みかんといえば、愛媛出身の友人が皮ごと半分に割って食べるのが正式なみかんの食べ方だと教えてくれました。

半信半疑???

またみかんは投げたり揉んだりすることで甘みが増すそうで、私も試してみましたが、確かに甘い気がします。

ちなみにダイエットしたいともらしたら、りんごダイエットならぬ、みかんダイエットがあるとかで、無類の果物好きの私は一時期ごはん変わりにみかんを食べていましたら、手が黄色くなった覚えがあります。

気のせいだったのかな~?

ともかくその友人にはいろいろな意味で影響を受けました。
ありがとう、友よ。

そら さん



愛媛といったらみかんですよね。
子供の頃暖かい部屋でコタツにはいって【みかん】を食べる。

ある冬の日 そとは雪 『そうだみかんを凍らせよう』と雪降る外へボールを投げるように転がしそろそろ食べごろと外へでるとみかんが?・・・・無い
どこにも無い・・・・・???

雪が、容赦なく降り何年ぶりかの大雪でみかんは隠され食べれなかった。
数日ご忘れられたみかんは姿を現したけど鳥のえさ・・・ショックでした。

それからは、ばかなことをせず目印をして雪のなかに隠してました。(反省して無い)

後はお手玉で遊んだみかんは転がしまくっておいしくない生ぬるいジュースになってしまった。

いっこちゃん さん



子供の頃、姉はこたつの上に置かれたみかんの山を、毎日一人で食べ、冬はいつも黄色い手をしていました。


私の「みかんの思い出」お話いたしましょう。

みかんといえば、皮を剥くとき、手や指先が黄色くなったり、果汁がピッて飛ぶときがありますよね。
その果汁が目の中に入ったとき、これがまた、すっごい痛い。
「ひゃ~!沁みる~!」目をしばしばさせて、ギュッと堪えます。

自分で剥いたときだったら、まだいいのですが、家族からの攻撃(?)を受けたとき、なぜか許せんのです。
「お返しじゃ!」皮を絞って反撃に出ます。

子供の頃、コタツの周りでばたばたと大騒ぎし、よく叱られたっけ。
襖や障子に果汁が飛び散って、黄色く染めてしまったときには、思いっきりゲンコツをおみまいされちゃいました。
目も痛いが頭も痛い、でも、なんだか楽しかったなあ。

わんちょん さん




小さい頃、私が食後のみかんを取りに行く係りでした。(正確に言えば自分が食べたいからみんなの分も一緒に持ってくるのですが・・・。)

みかんが置いてあるのは寒~い二階の廊下の突き当たり。
そこでおいしそうなみかんを見繕って、はんてんの袖に入れてみたり服をめくってお腹のところに入れてみたりして、両手に持ちきれないみかんを運ぶのはみんなも喜んでくれるしとっても楽しかったです。

もっと幸せなのは一人2つの計算で持ってきたみかんの余った分をもらって食べることです。今にして思えば子供らしい喜びですね。

とまとんちゃん さん


昔、むかしの事です。

小学校の運動会は毎年、昼食は校庭にござをひいて、家族で食べました。
その時には必ず青いみかんと栗がありました。すっぱくて、少しだけ甘い
みかんの味が今でも忘れられません。

昨今はみかんも甘くておいしくなってしまいましたが、私はなぜか、出始めのあの酸っぱいみかんが、大好きです。遠足の時も必ずお弁当と一緒にみかんが入っていました。

今は亡き母が、お正月に箱で買うみかんがコタツの中で兄弟で競争し合って、食べあい、箱がすぐ空になった頃が良かったし、懐かしいと言うのが口癖でした。

ちなに女4人、男1人の兄弟でした。



みかんの色のような暖かな思い出

冬になると、いつも思い出す人がいます。それは、松山市に住んでいた野口さんというご夫妻です。

野口さんご夫妻は、母のお友達でした。毎年みかんが出る頃になると、ダンボール一杯のみかんを何度か送ってくださっていました。

箱を開けると、みかんの良い香りが野口さんご夫妻の温かなお気持ちと共に、心までをも包んでくれました。それは、みかんの暖かな色にも似て、見ただけでもホンワカとした安らぎを与えてくれました。

愛媛みかんは、皮が薄くて甘みも強く、一口食べただけでも果汁がジュワーと口の中一杯に広がり、幸せを感じた物でした。食べ終えますと、皮はお風呂に入れてゆったりと香りを楽しんでいました。

そのように、毎年愛媛の香りを届けてくださっていました野口さんご夫妻も、数年前にお二人とも他界されました。亡くなってからは、みかんを送ってくださる方もいなくなりました。

今では、みかんの季節になりますと、自分で買って、仏様に野口さんご夫妻への感謝と共にお供えをしています。

うらら さん



結婚して何年目かにやっと授かった子供、でも、つわりがひどくて何も口にすることが出来なくて不安でいっぱいでした。

何気なく口にした「みかんが食べたい」の、一言で主人が街中探して買って来てくれた酸っぱくて青いみかん、涙と汗を拭きながら・・・おいしかった!

そのせいか生まれた娘は大のみかん好き、美味しそうに食べてる姿を見ながら微笑んでる私です。


みかんの思い出、私にもあります。

中学生のころ1日で1箱(10キロ?)ペロッと食べて怒られたことがありました。
いつも手・足の裏、真っ黄色状態。
「何でそんなに黄色くなるまで食べるの!!」とよく怒られました。

友達とジャンケンする時にその黄色さが恥ずかしくて、出来るだけてのひらは見えないようにして出していたことを思い出します。ホントに黄色かったなぁ。

さすがに今は、それほど黄色くなるまで食べませんが、あっ!でもやっぱり他人と比べると黄色いかも~。

あのころに比べると量は減ったけど世間一般の人(私も世間一般人ですけど)と比べるとやっぱり食べ過ぎかも?

レジでおつりをもらう時にハッ!とすることが今でも時々あるなぁ。
あれっ!やっぱり食べすぎ?もしくは黄色くなりやすい?どうなんでしょう?
こんな経験ないですか?


「みかんの思い出」といえば・・・

お正月休みに主人と実家へ帰ったときのお話です。

テーブルの上にみかんが3~4個置いてありました。

テレビを観ている主人に
『ワンコにみかん食べられないようにみはっててね!』と言い私は席を外しました。

私が戻ってきたらビックリなことが!!!!

『さ~~てと♪みかんでも食べようかな~』なんて思ったら

『ない!!!!!!!!!!!』

主人に『食べた??』って聞いたら食べてないとのこと・・・

『ん???』

何かワンコが逃げた・・・

そうなんです・・・
ワンコの仕業でした・・・

よく見るとみかんの皮が畳の上に散乱していました。

主人は集中するとまわりが見えないタイプなので席を外すのは不安だったのですが不安的中でした!

『もう!!しっかりしてよ!!』って感じでした。

takushin☆♪ さん




みかんの思い出 」を送って下さった皆さん、どうもありがとうございました。

みかんには、家族や友人、知人の方とのあたたかい思い出がいっぱい!

思えば「 みかんを囲んでコタツで団らん 」という風景も、昔に比べると減って来ているかも知れませんね。

のま果樹園でもおいしいだけでなく、人と人との思い出づくりのお手伝いをできるような、そんなみかんをお届けできればと思っています。

皆さんも、何か「 みかんの思い出 」がありましたら是非お寄せ下さい。
のま果樹園の メールマガジン で紹介させて頂きます。

あて先はこちら→ dai_ochi@kajuen.co.jp
>>現在お取扱い中の愛媛みかんはこちらからどうぞ








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年11月10日 19時07分56秒
[日記] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

バックナンバー

2026年10月
2026年09月
2026年08月
2026年07月
2026年06月

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: