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2007年05月20日
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カテゴリ: ディベート
(続き)
先ず、日本語ではディベートができないという事実を素直に認めるべきである。
知に働けば角が立つ。
教育界、宗教界、企業、官僚内・・・私の垣間見てきた世界はどこでもディベートが許されない。
コンセンサスを重んじる日本の社会では、ディスカッション(本当の意味のディスカッションとは似て非なるもの)らしきものは形式的に存在しているが、全体のムードで『自然に(英語にない)』コンセンサスが生まれ、『なしくずし的(これも英語にない)』に思想統一がなされるのである。
日本が村落形式をとっている間はそれもよし。
「日本人に最も批判的な国は日本である」といわれながらも、ニヤニヤ笑いながら誰も弁護しない。
「日本人はプリンシプルがない」と日本の代表的社会学者がいっても日本人は誰も問題視しない。
誤解してはならない。

強いていうなら、self-defenceのためのディベートである。
少なくとも外人に対してはこれ以上、母国を被害者意識でもって眺めるのはやめようというのである。
本音は別にあるという言外の理を理解することのできない西洋人にとって、母国のことをそれ程悪しざまにいう位だから、日本という国は余程ひどいのだなぁと解釈されるかもしれないのである
そう解釈されても仕方がない。
だが日本社会では、論理的に物をいっても、「その言い方はなんだ」と年長者から押しつけられてしまうのがオチであろう。
ディベート思考を用いれば、論理なき世界を遊泳する日本人が構成する場から外されることは眼に見えている。
「ではなぜ学生にディベートを押しつけるのか」と迫られても困る。
残念ながら、彼等のいう通り社会では沈黙が知恵である。
したがって彼らのディベート経験は役立たない。
にも拘らず、私はディベートをすすめる・・・何故か?
悩むからである。

それは、西洋の世界、論理の世界との比較のもとに日本の社会を知ることができるのである。
悩みは大きい方がよい・・・迷い転じて悟る時が必ずくる。(数回先に、続く)







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最終更新日  2007年05月20日 14時47分59秒
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