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ニ話「揺れ」
じーこじーこと言うセミの鳴き声
風鈴の涼しげな音色
扇風機のプロペラが風を切る
窓の外から機械音と三人程のざわめき
そして畳の上に寝転がる俺
「あぢ....ぃ」
ここは平野壮
いわゆるアパートメントだ。
駐車場完備でエアーコンディショナーはもちろん無し、全部屋共通して畳張り六畳一間
便所は共同。風呂は無いから近くの銭湯で済ませるのが正しい選択だろう
今にも崩れそうな見てくれからして、とても良い環境であるとは言えない。
蒸し熱い。
まだマシだ.....
一昨日俺は公道レース活動を行う小規模サークルへと入団した。
色々と話も聞かされた
どんな活動をしているか
掟やマナー
活動拠点や公道レースの基本的なルール。
そして最後に聞きたい事は無いか...と言われた
その時全てを差し引いて優先的に脳内から飛び出した質問
それが...
「ストリートレースって年収いくらくらいなんですか――――」
耳元で何か聞こえた。
無視
「ストリートレースって年収いくらなんですか」
・・・。
「すとりーとれーすってねんしゅういくらなんですか」
こう言う時は狸寝入りに限る。
「ねんしゅーいくらなんですかー」
自然と顔が引き攣る
「おいくらー」
無視無視無視無視無視無視無視無.....視.....ッ!
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」
飛び上がり、不快音の主(の頭)に懇親のスナップを効かせたチョップ
パコォンと、チョップした本人である俺も驚くような信じられない音がした。
「かっはァッ」
激痛でくねくねと畳の上をのたうち回る五十嵐
そのまま俺は次のチョップを放つための体勢を取る。
「ストップストップ!もう騙したことは謝ったじゃんか」
止められた。
「まだ許してないからな....公道レースで金が動くなんて嘘ついた事」
嗚呼今思い出しても顔から炎が出そうだ。
せっかく忘れ去ろうとしていたものを...
あの時ヤン子さんと尾方さんが腹を抱えて爆笑したのは言うまでも無かった。
弱みを握られた気分である。と、
「ちょっとお茶まだなの」
玄関から声。次は誰ですか、と振り向く。
そこには腰に片手を当て、玄関に仁王立ちするヤン子さんが。
「いかん、忘れてた」
そう言って五十嵐が起き上がる。
俺はと言うとヤン子さんが怖いので知らん内に部屋の角に直立していた
と、ふいにヤン子さんに腕を組まれる。一瞬肩をすくめたが、よくよく考えれば
女性と腕を組むチャンスが自らやって来てくれたのだ。
俺は発見器にかけられてもバレないように、心の最深部で歓喜した。
「アンタの車、ホントに買ってから何も触ってないみたいね。タイヤの空気圧が吃驚する程低いわよ
洗車はしてる見たいだけど....や、それは当然」
「ん、まぁ変な所触って寿命縮まったら嫌なんで」
「あー、もうホントに素人ね」
現在、チームメンバー3人は我がアパートメントの駐車場にてせわしく
俺の180SXに何やら手を施している真っ最中である。
時刻は午後3時、日差しもきついのにご苦労な事だ
ヤン子さんは基本的なメンテナンス技術を一から俺に叩き込むつもりらしく、腕を組んだ状態で
外へ俺を引っ張り出そうとする。
まぁ室内に居る=暇+蒸暑い-風の温い扇風機と、外に居る=クソ暑い、むしろ熱いと言う数式を比較すれば
先考も苦痛なのはうつつ、後考が苦痛なのもうつつ
どっちだろうが俺の代謝は一行に治まらないだろうし比べてみても大差ないので
俺はすごすごと同意し、ヤン子さん指揮の誘導に身を任せるのであった。
外に出るやいなや、俺の日産180SXのエンジンフードが開けられている状態である事が判明する。
俺でさえバッテリー交換の時以外殆ど開けないのに。
しかも凝視してみると、何やらフードを開けたその中、見慣れない手錠のような物が端から端を跨いでいる...
「ちょっとなんすかこれは!」
俺は困ったような口調で手錠ににじり寄る。
輪と輪の間を繋ぐ部分にはCUSCOと書かれたステッカーらしき物が貼ってあり、俺はさらに困った顔を創る。
「えーとね、それはストラットタワーバーって言って、
装着する事によってボディの耐性を上昇させステアリングを遊びを良くする効果があんのよ。後ろにも付けてあるからね」
「...」
「そんなしかめ困り面しなくても大丈夫よ寿命は縮まらないから」
皮肉を垂らされてしまった。とにかく耐性アーップ!とのことなので善し悪しは把握出来た。
「それよりそれより、すっごいんだから!」
「何がですか」
主語が有りませんよ...
「結構苦労したんだからね!」
「む...」
さぁ一体何がすごいのか、ジョッキによって持ち上げられたワンエイティのルーフをヤン子さんがばんばんと叩き、
ふと下に潜り込んでいた尾方さんが顔を出す。
「終ったでしょうね」
「うむ、ゴムブッシュの取り外しに手間取ったけどなんとか終った」
「うむ、でかしたぞ明史。ささ、菟宮くんはこっちへ」
尾方さんがヤン子さんに使われて居るのが状況的に見て取れたので、
一応「俺なんかのためにすいません」と引っ張られながら頭を下げておく。
手を挙げて彼は応答してくれたみたいだ。
それが彼女の耳に入ったのか、ヤン子さんは少しむっとした。
そして連れて来られたのは車のリアにあたる位置。
「ふっふっふ、どう?すごいでしょう」
マフラー。
以前雑誌で目にした事のあるNISMO製のスポーツマフラー
「これは...」
「そうよ、私が頑張って探してきたんだからっ。結構したのよ。5万ほど立て替えて欲しいくらいだわ。
サイレント使用だからわりと落ち着いた音だろうし見てくれもオーソドックスだけどあまり目立たない方が菟宮くんには合うと思って。
ともあれ、ささっ!早速セル回してみて」
俺はされるがままに運転席に押し込まれ、預けていたキーを渡された。
キーを刺し、セルを回す
ヒュル――という聞きなれた音がやがて聞きなれないエクゾースト音を発し、その瞬間不覚にも鳥肌が立つのが分かった
ボゥ
周期的な爆発音
なす術も無かった。これじゃあ今すぐにでも全速で走りたくなってしまうではないか。
平凡なカーライフが対義的なものへ変化しようとしている
複雑だった。
「むっふ、感動を隠せないみたいね」
顎に手を当て頷くヤン子さん
知らない内にジョッキは片付けられ、何時でも発進出来る状態になっていた。
「滝畑山でテストドライブでもして見るか?素人でもヌケの変化は解かると思うぞ、」
尾方さんからの提案を拒否する理由などない。
俺は運転席のシートに腰掛け、三点式のシートベルトを締めた。
そして念のため、と後ろにジョッキと工具を載せ同乗した尾方と共に、ゆっくりとアクセルペダルを踏み込み俺は滝畑山へと向かった。
確実に以前の詰まるような加速が改善されている
アクセルを踏むたびに伝わって来る加速度
「どうだ、良いもんだろう。しかし勿体無いぞ、こんな車をノーマルのまま粗末に扱うなんて」
「俺は大事に乗ってたつもりなんですけどね」
今はにかんでいる自分が気色悪い
俺は恥隠しのため、なるべくせわしくハンドルを切る事にした。
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