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January 2, 2022
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テーマ: 合氣道(7)
カテゴリ: 武士道
武士道(葉隠)をまとめてみました。
合氣の道に繋がっています。

・死物狂い
「武士道は死ぬことと見つけたり」
死に身→己の我欲を一切を捨て去ること
侍は自分以外の者のために尽くす生粋の人間となって働く

・真心→すべてを投げ捨ててただ一念になる
その瞬間にこそ大きな生命が己に立ち返ってくる
人間正気のままで何ができよう
大仕事などとてもできるわけがない
周りを変えたければ自分から変わらなければならない
自分の欠点を知ることこそ本当の正念、修行の始まり、一念の達人への道である

・人間、自分を知ることは難しい
少しものの分かった人間は自分の長所を知っているが、短所まで自分で分かったつもりになっている
だが短所を意識できるのはいいが、そこで自分の欠点と深く向かい合いもしないうえ、かえって本人は自慢たらしくなるものだ
自分の長所は言うに及ばず、本当に自分の短所を知るのは難しいものだ
人は自分自身のことこそよく見えないもの

・至極
人は修行の道に深く分け入ると自分の欠点がよくわかるようになり、より精進を志すもの
今日は昨日より腕が上がり、明日は今日よりまた上達するという具合
一生かけて一日一日こつこつと己を仕上げ、仕上げるほどにまた自分の不十分なところもより理解できるようになり、最後はどこまでいっても修練に終わりはないということが分かるので、これでもうよいなどと思うことができなくなる
道に終わりはない

・知識が増えれば増えるだけ道から遠ざかってしまっている
得た知識で自分自身が尊大になってしまい、人々を見下すようになってしまう
さらにはまた知識が増せば自分の至らないところも理屈や言い訳を使ってより巧みに自分をどうとでも組み立てられてしまう
これが道を知らないということなのです
道とは己の悪いところを知るということです
いつでも思いをめぐらせて自分の悪いところを反省し生涯精進するのが道というもの

・過ちて改むるに憚ることなかれ
誰だって過ちを犯す
だが過ちを知ってすぐにそれを改めれば過ちはたちまち消えてゆく
過ちをごまかそうとするとそれが途端に見苦しくなり苦痛もでてくるもの
いいところなど何もない
それよりも己の道は潔くあればよいのだ
はい、間違いを犯したのは私です、と
失敗は失敗と認め心に教訓として残し、また新たな自分になればよい
自分の欠点に気がつけば道が開け自分の能力も上がっていく
そして物事は自分の利己心さえなくしてしまえば大きな失敗はしないもの
己のわずかな知恵だけでなんでも済ませると思うから、すべてが私心となって悪事まで成してしまう

・敵に勝つということはまず味方に勝つことである
これは味方を滅ぼせという意味ではなく、味方に勝つということはつまり自分自身に勝つということである
己自身に勝つということは気力を尽くし体に勝つこと
大勢の味方の中にあって自分に匹敵する人間はひとりもいないというところまで普段から自身を鍛錬しておかないと真に敵に勝つことはできないということ
負けん気を起こし慢心が出てくるまで仕事の大体のことはこなす
その後あっさりそれを捨てる
あとはただ、なんの私心もはさまず心穏やかにお家のことを思い奉公に励めばいい
根本に立ち返って勤めるまでのことだ
ときに慢心の心が浮かび上がってきても自分の欠点に気がつく心さえあれば後は心が自分のよい見張り役となる
心さえまっすぐであれば、内心を突き詰めていくと自分をごまかすところがなくなっていくだろう
実に優秀な取調官である
この取調官と面と向かうとき恥ずかしくないような自分でありたいもの
常に「心が問えばどう答えるつもりだ」と自問自答を念仏同様に唱えたいものだ

・物事の達成を願うなら人より高いところに目標を置いてみる
一瞬の心の中にも油断を作らず一段と高い道理を見つけ出すようにすればよい
一番良い方法は、自分の手本となってくれる人間を見つけることである
世の中見渡せば啓蒙してくれる人は大勢いる
しかし、その教訓を喜んで聞く人間は少ない
またそういった教訓に従おうとする人間はさらに少ない
人間三十歳を超えると自分を啓蒙してくれる人間はいなくなる
そうして教訓の道がふさがれ自然と身勝手になるので一生間違いだけで過ごし愚を重ねるばかりで結局つまらない人間で終わる
道理をよく知る人とはなんとか親しい間柄になって、いつも教訓を受けられるようにしたい
そういった人間がなかなか見つからない時には自分で手本を作ったらよい
少し謙虚な心があればすぐに周りに適材はあらわれてくれる
礼儀作法全般は誰々、勇気なら誰々、言葉遣いは誰々、義理堅いのは誰々、品行が正しいのなら誰々というふうに…
多くの人たちの中でひとつでも美点や長所を持っている人の、そのよいところばかりを選り集めれば立派な手本ができあがる
人がもつ上手なところやよい部分に気がつけば、なんでも上質の手本や師匠になるのである
世間の噂や人が実しやかに言う理屈を鵜呑みにする必要はない
そういったものから一歩下がって人の理屈と自分の道理とを比較し吟味することが大事である
これはあて推量や勘繰りや猜疑心ではない
しかし判断がつかなくなれば真に知恵ある人の意見を聞くことである
自分の行動について一般の人は終いまで自分の考えで動くので一段とたかいところには到達できない
また相談の相手は第三者として事態を見ている人でもよい
自分自身のことは道が半ばでも他のことはよくわかるものだ(岡目八目)
人は相手の意見を聞ける分だけ一段高いところへいけるのである
人より優れた境地を得ることができる
そして特に大事な相談事がある場合は自分の問題と関係のない人や退職して世間を離れた人などに、こっそり批評してもらえばよい
誰の味方でもないのでよく道理がわかり良い意見をくれるだろう
これが同じ組織の者に相談すると自分の利益を考えて発言する者も出てくる
これではなんの役にも立たない
相談の相手は真に知恵あるひとがよい
たとえると一人の知恵だけならば、ただ突っ立ている一本の木と同じで頼らないものだ
それよりも側にある大樹のようなものを頼るべきであろう

・すべての修行の道では自分流を極めたと思うことが誤り
一途に精進して自分流の考えができてくると、すぐそれで満足してしまうから間違いや失敗も出てくる(自分は完璧とか大成功や幸運こそ危険、落とし穴である)

・四誓願
一、武士道において決しておくれをとらないこと
一、主君のお役に立つこと
一、親孝行すること
一、人のためになること
四請願を毎日願った後は、誰に対しても慈悲の心をもつことが肝心
謙虚な気持ちを持ち、過ちや欠点を知れば自分が変わることができる
慈悲の心があれば改善の努力を相手に施せる

・慈悲の心で人をよい方に向かわせることが大事
人の癖の直し方、人への忠告の仕方にもちょうどいいやり方がある
相手に意見してその欠点を改めさせるというのは大切なことで、人が一番にやるべき奉公
しかし誰かに意見するということは、ずいぶんと骨が折れること
他人の行動について良し悪しを判断し意見を加えるのは別に難しいことではないが、たいていの場合、人が敬遠して言わずにいることを言うのが親切だと思って、相手にものをはっきり言ってしまうが、話を聞いてもらえなければとサジを投げてしまう
だがこれでは相手に恥をかかせるために悪口を言うのと同じことで、ただ自分の気晴らしを言っただけに過ぎず、まったく役に立っていない
人の癖というのは長い年月をかけて、その人間の中に固まってしまったものである
であるから、その人の癖を直そうと思っても、ただ普通のやり方ではうまくいかない
これは誰の身にも覚えがあるはずだ
相手に意見する場合は、まずその人が自分の意見を受け入れてくれるかどうかその気質をよく考慮して、それから近しい間柄になれるように努力し、たとえば相手の好みとしていることを話題にしたり、相手の信頼を得れるように心を配り、話し方にもいろいろと工夫を凝らし、相手に言葉をかける機会を考え、連絡や別れのあいさつをするときなど、自分から己の欠点や失敗談などを話し、それと指摘しないでも本人が思い当たるよう状況を作ることである
また相手の良い点から褒めてあげて、元気を出させ気付きがあるように配慮し、喉の渇きから水を欲しがるように、自ら望んで意見を受けとらせ、その人の欠点が自然と改善されるというのが本当の意見の仕方である
真に意見というのはずいぶんと難しいことなのだ
相手に恥をかかせるようなやり方では人の癖を直すことはできない
組織の中の仲間同士が普段から親交を続けながら、多くの人々のお役に立とうと心がけることが大切なのである
そのためにも、まずひとりもいいかげんな者を友にもたず、まったく知らない人からも慕われるようにするのが目指す姿である

・人に好かれぬ気質の者は、どれだけ優れた能力があったとしても役に立たない
役に立つ者はへりくだることができる者である
同僚の風下に自分から進んで立てる人間は、人から嫌われることがない
人を先に立てて礼儀を乱さず謙虚であり自分の利益は挟まず、ただ人のために図ってやるというようにすれば、いつ会っても初めて会ったときと同じ気持ちのようで、お互い仲が悪くなることはない
それに気のあった仲間から言われた注意は人もよく受けるものだ。
そして奉公人として立場も上がれば、下の者へ行う対応もある
少しくらいの品行の失敗は見逃したり聞き逃したりして、うるさく咎めないほうが下の者たちも奉公に集中できるものである

・不義を嫌って正義だけを通すことはとても難しい
正義を通すことばかり優先し、それに打ち込みすぎると、かえって誤りが多くなるのである
正義の上にもまたさらに道というものがある
この根本を見つけることはなかなか難しい
大きな声の中に隠れる小さな声もある
より多くの意見に耳を傾け自分の慈悲の道理に沿うものを選び出すためにも、考え続けなければならないことがあるのだ
その人の立場からすれば、正義といえどもまだまだ小さな問題である
何事も主君や親のため、また多くの人々のため子々子孫のために成すべきである
これこそ大慈悲というもの
慈悲の心から出てくる知恵や勇気が本物なのである
慈悲の心をもって自他を罰し慈悲の心をもって働くので、人は限りなく強く正しい
慈悲の心、真心こそ尊いのである
すべては自分に厳しく人には慈悲なのだ

・よい行いとは一言で言うと、苦痛にこらえることである
言葉少なくぐっと歯を食いしばれるところがなければ人はさらに先に進めない
言葉や物事の真意も自身の体験や実感があって初めて会得できるもので、苦痛や耐える心なしには何も得ることができない
真実は己の行動の中に生まれる
行動こそがその人を雄弁に語るようになる
真に耐えるということは走り続けることと似ている
人の一生も走り続けることと同じこと
息が切れるほど走っているときは胸もつまり大変苦しいものであるが、走り着いて立ち止まってみると、ことの他気持ちがよい

・どうせ苦しい道をゆくなら心の支えとなるよき友を常に探すのがよい
和合
いろいろな話を聞いて覚えて自分一個人の感情や知識を取り去って、先人たちの優れた考えを取り入れて自分の手本にして参考にすれば他の者と相談や仕事をするときに、なんの間違いも悪事も起こらない

・人の人生は短い
あっという間に走りすぎる
しかし、それまでの一瞬にすべてがある
人は一瞬一瞬を積み重ねて一生になる
このことさえ得心できれば他にあれこれと毎日雑多な出来事にうろたえることはない
人は真に自覚的な生を得ることができる
一般の人は己の一瞬を軽んじて、他に別の人生があるように思い、それを探し回るものだが己の現在の一瞬に徹する以外に手はない
己の全生命を、まさに一瞬一瞬を完全に我がものにして生きる、これが道の最後の極意である


本来、武道が学校教育に導入される時に合氣道で先生になるはずだったんですけど…
千葉市は幕張メッセの赤字が大きすぎて柔道を学校の先生に黒帯取らせて実行することになって…
その時にまとめたレポートです。
新渡戸稲造さんの武士道よりも生々しいですね。
次の武士道は新渡戸稲造さんの方をまとめますね。





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Last updated  January 2, 2022 09:52:11 PM
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カズ....@ Re:5月7日「二人心を同じうすれば、その利、金を断つ」(05/07) 本丸写しですね。著作権上の問題ありでは。
釣本直紀@ Re:寿ければ則ち辱多し(06/18) この記事、こっちのブログにその儘引用さ…
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