エネルギーな毎日を・・・

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やまちゃん9528

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2005.11.20
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平成16年11月24日 午前8時...



20日(日)、一周忌の法要をいとなみました。


あれから一年…



知人が亡くなったり、親戚が亡くなったり…
人の死って何度も経験してますが、
実の親がなくなることが、
こんなに自分の 『心』 に影響するとは思っていませんでした。


厳格な父でした。

兄には特に厳しかったと聞いています。

子供の頃から、
「お兄ちゃんなら怒られとるよ!」
と、何か悪い事しては、母にそう言われてた気がします。


私の性格と、父の性格は似ているようでした。

母はいつも、父が機嫌悪くなると、
「何で怒っとるんかようわからん…」
と言ってましたが、よくよく話を聞くと、
父が何で怒ってるのかが私にはよくわかりました。

母に説明しても、
「何でそんなことで怒られんにゃいけんのん!!」



兄とはやはりウマが合わなかったようです。
兄にしてみれば、子供の頃厳しくされたことが、
トラウマになってるのか…

確かに父は変わりモンでしたから…
(天国から怒鳴り声が聞こえそう…)



合わないみたいだったから、大変だったでしょうに…。

父は、一代で小さな町工場から
従業員を抱えるような工場にまで、
会社を大きくしました。

父は、子供の頃に両親、
私から言えばおじいちゃんとおばあちゃんを亡くし、
親戚に預けられ、大変苦労して育ったみたいです。

だから、寂しがり屋でした。


私たちが成長して、休みの日に友達と出かけると、
機嫌が悪くなってたようです。
家族で一緒にどっかに行きたかったみたいです…。

家族旅行もたくさん連れて行ってくれました。

子供の頃の写真は、どこかに行ってる写真が多いです。


子供の頃、父が言った言葉を何気なくウル覚えしています。
「ワシが子供の頃苦労してきたけぇ、
  こいつらには何不自由なく育ててやりたい…」

…親戚に行ったとき、親戚のおじちゃん達と話してるのを、
私がまだ小さかった頃、あぐらをかいた父の脚の中に座って、
聞いた覚えがあります。


私は次男坊で、兄よりは甘やかされて、
自由奔放に育ててもらいました。


ある日、カレーライスを食べてて、
子供の頃から大食漢だった私は、
5杯位食べ、更におかわりをしたいと母に言ったとき、
母が、「何杯食べようるんねぇ!」
と、怒ったことがあります。
しかし父は、即座にこう言いました。
「食べたい言いようるんじゃけぇ食わせぇやァ!!」と。
今思えば、自分が子供の頃、あまり満足に食事ができなかったことで、
食べ物に関しては、いろんな想いがあったのかな…。

父の工場は順調に業績を伸ばし、
私たちは何不自由なく育ててもらいました。


後の私の人生を大きく動かしたのは、
高校に進学するときだったと思います。

柔道をやってた私は、地元の高校より、
寮生活をしながらでも、県下の名門、
近大福山高校への進学を希望しました。

母は反対したような気がします。
何も出ていかんでも…と。

兄も言いました。
「お前みたいなアマちゃんが、近大なんかで続くわけなかろうがぁ・・」
と。

私は柔道の世界がそんな厳しいものだとは思ってなかったので、
ただ、強い高校に行きたいと…。

父は言ってくれました。

   「お前が行きたいなら行け!」

この一言が、今の私を作ったと言っても過言ではないと思います。


柔道の試合は全部見にきました。
私が高校進学後、父は私に言ってくれました。

『敦史がレギュラーになるまで、
      わしゃぁ大好きなタバコをやめる…
 お前が高校で柔道を頑張ってるんだから、
      おとうちゃんも我慢する』

そう言って、一日何箱も吸ってた父が、本当にタバコを止めました。
でも、一番最初に試合に出るまででしたが…(苦笑)
うれしかったし、頑張れました。

時おり実家に電話して、母に聞いても全く吸わなかったそうです。

高校のときは、父が手紙をくれたこともあります。
あまりそういうことしそうになかった父が…。


私のデビュー戦では、ビデオカメラを買いました。
当時流行りかけてたベータです。

デッキを肩からかついで、カメラをまわすやつ…。

依頼、何度も試合のたんびにビデオを持ってきて、
撮ってくれました。
今でもちゃんと保存してあります。

インターハイが秋田で行なわれたときも、秋田まで来てくれました。


大学を出て、就職をするとき広島に帰ってくることにしたと伝えたら、
喜んでくれました。

しかし、私も大人になって、父のいろんなところが見えてきて
たくさんケンカをしました。

ケンカと言うより「父に文句を言った」と言ったほうが正しいかな…。


私は母にも愛情たっぷりで、過保護に育ててもらいました。
その母が苦しめられてるところを見ることが多く、
腹が立ってたことがあります。

結婚後もよくけんかになり、特にアルコールが入ると
必ずといって良いほど口論をしてました。

兄によく言われました。
「お前はうちに来て、親父を怒らせて帰るけど、
 後どうなっとんかしっとんかぁ…?」

私とケンカした後は、大暴れしてたそうです…(苦笑)

でも、私が一番父といろいろ話をしたと思うし、
いろいろと出かけました。

私たち親子は共通の趣味がありました。
錦鯉鑑賞です。

父と、兄と、私…。

池で鯉を見てるときは、兄も父といろいろ話をしてました。
品評会に出すほどのめりこんで…。

だから、父とはよく鯉屋さんめぐりもしました。


いろんな思い出があります…


昨年8月に、転倒して脳挫傷。  入院…。
当初の説明では、2~3週間で退院できるでしょうと…。

しかし、父の運命はそうなっていなかったようです。
持病の肝臓ガンが進行し、入院後3ヶ月・・・

永眠しました。


入院当初は、私も接骨院から今のイー・イメージに変わることで忙しく、
あまり見舞いにも行ってやれませんでした。

イー・イメージオープンの日、父は一度危篤状態になりました。
医者からはもうだめでしょうと…
父の兄弟、親戚の人もみな最期のお別れのつもりで病院にきました。

私は必死でエネルギーを送りました。
私の家内も、兄も、兄嫁も…

奇跡が起こり、持ち直しました。

それから一ヶ月間の中で、
意識がハッキリしてきて、本当に退院できるかも…
と思えましたが、やはり病魔、寿命にはかないませんでした。

11月23日、再び病状が急変。
数日前、冗談で「ビールくれ」とか、
「タバコくれ」とかまで言ってたのに…

言ってたと言っても、一度呼吸停止になってから
ノドに呼吸器を直接つながれてたので
声は出ませんでした。

クチパクでいろいろと、言ってました。


無意識でその呼吸器の管を抜いたり
尿管を抜いてはいけないということで、
両手をベッドの端にくくられてました…

ある意味自由奔放に生きてきた父が、
ベッドの上で縛られたまま、約3ヶ月…。
よく頑張ったと思います。

この3ヶ月間で、私たち残された家族の
父への想いが大きく変わったのは間違いないと思います。

あの兄も献身的に病院に通うようになり、
ベッドサイドに孫の写真を飾り、
私も行ける時はなるべく行って、
手を握っていました。

父の手を握ることなんて
何年ぶりだろう…そう思いながら。

亡くなる前日に様態が急変しました。

あぁ・・ もうこれが最後かな。。

でも、私たちが駆けつけると、
意識のない父の血圧や、脈拍が戻っていくんです。
寂しかったのかな…

夜、また落ち着いたからと、医者が私たちに帰宅を促しました。

私たちはもう少しいさせてくださいと、
夜中までベッドのそばで父を見つめていました。

亡くなった後ですが、そのときのことを、
寂しがりやの父が、最後に家族全員を呼んだんじゃねと、
話ました。

母、兄、私、兄嫁、私の家内...そして孫達…。
孫達は途中で遅くなったので帰らせましたが…。

最後にみんなで一つ部屋に入って過ごすことができました。
父を囲んで…。
あれが最後のお別れになったんですね。

本当に様態が落ち着いたので、
私たちは一旦帰る事にしました。


帰宅後、数時間寝たでしょうか・・。

電話がなりました…。


直感的に分かりました。
…… あぁ・・逝っちゃったかぁ・・

「あつしかぁ・・
  ・・・・ だめじゃったぁ・・・」

兄でした。  泣いていました。

「・・・ ほうかぁ・・」(涙)

私も泣いてしまい、他に言葉を出せませんでした。


実家に連れて帰ってもらって、布団に横たわってる父を見て、

・・・これ、父じゃない・・・

そんな気がしました。

さっきまで苦しそうにしてた父が、
安らかな顔して眠ってるんですから…。

でも、「ようがんばったね」と、声をかけ、
「ありがとうね・・今まで・・」と、お礼も言えました・・。


あれから一年経ちました。(命日は24日ですが)


父の一周忌に、なんか想いを書いちゃいました。。

昨日、親戚のおじちゃん、おばちゃん達が来てて、
ここに父がいないことに、改めて本当にいなくなっちゃったんだなぁと、
実感しました。

でも、姿は見えないけど、
いつもそばにいてくれるような・・・ そんな気がしてます。

なんか、暗い日記になってしまいました・・





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Last updated  2005.11.21 13:09:25
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