全5件 (5件中 1-5件目)
1
おばさんは今日もいつものように誠に簡単な弁当を持って幼児達と一緒に公園へ出掛ける。 お昼。いつものように公園の管理事務所内のベンチで弁当をほおばる。 なんとなしにすぐ目の前にある事務所の受付を眺めていた。 二人の子供を連れた夫婦。持っている紙を事務所の人に見せ、指差している。事務所の人達は一瞬表情が強張る。夫婦は無言である。手にした紙を指差して、視線は事務所の人達をじっとみている。 事務所から飛び出て来た顔馴染みの事務員さんが、おばさんに向っておいで、おいで、来て来て、と手招きする。 うむ、たぶんそうなんだろう。聾唖者の夫婦だ。 「手話できるんだったよね~」事務員さんがすがるように見つめる。・・・だけど健聴者の事務所の人たちは、筆談とか身振り手振りでなんとか会話しようとなんで思わないんだろう。手話だけが会話の手段じゃないんだよ・・・。 事務員さんのお願いに、うん、と頷いておばさんはその夫婦に話しかけてみる。夫婦の表情が一瞬に和らぐ。良かった、話が出来そうだ。 用件は難しい事でなかった。道を教えて欲しかったのだ。 ・・・じゃぁ、気を付けて!おばさんは夫婦を見送る。子供の手をつなぎ、歩いていく。子供が振り返り、このおばさんに手を振ってくれた。両手を振ってまた見送る。 聾唖者と会話する時、何に気を付けたら良いか、こういう場面に偶然遭遇した時、いつも考える。 私的な考えだが、あまりざわざわと大騒ぎにしたくない。この人たちはろう者なんですと誇張しんばかりの手話、「私は手話が出来るのよ」という健聴者の驕りの上に乗っかった手話ではいけないと思うのだ。相手の困っている事を的確に掴み、簡潔に対応したい。といっても人との会話なのだから事務的でも愛想がないし、礼儀も必要だ。 そしてもうひとつ。 それらが一件落着したあと、何気なくささっと立ち去りたい。必ず周りの健聴者は「わぁ~すごい、手話が出来るんだぁ。」「いつから習ってるの?」「今なんて話してたの?」「手話って難しいの?」と、賛美賞賛の嵐をあびせてくれる。しかしながら本来は、今回のように「にわか」通訳したとしても、通訳者たるもの、褒めていただく必要はない。ささっとその場から消え失せるのが真の姿だと思う。近年、「手話」がもてはやされ、「英会話」の如くに「これが出来たら人間の価値が上がる」ように扱われている。悲しいことに「手話」が流行りもの、健聴者の趣味の域に入ってしまってからは、通訳終了後健聴者からの賞賛の嵐のド真ん中で、鼻高々に微笑む通訳者が少なくない現状らしい。通訳者は聾唖者から「ありがとう」と一言言われればそれでその役目は十分に果たしている。それでいい。それだけでいいのだ。 「手話通訳」に携わる人々は多い。しかし、聾唖者から信頼される「通訳者」は少ないのである。 「にわか」通訳を果たしたおばさんは、表情は冷静にその場から立ち去る。しかしホントは胸中穏やかではない。大丈夫かな・・・わかってもらえたかな・・・あん時、単語が出てこんかったし・・あぁ、まだまだ未熟もんだなぁ・・・、もっと勉強せんとあかんなぁ・・・もう一回今の場面やり直せたらこう表現するのになぁ・・・などと後悔している。ほんとにまだまだ勉強が足りない。・・・幼児達が弁当を食べずにリュックの中のお菓子を散らかし食べているのを珍しく叱りもせず、幼児達の横に座り、食べかけのおにぎりをまたほおばる。 今の一連の場面を再度思い返しながら、手話表現をやってみる。あまりの一生懸命さに幼児達が不機嫌になる。あんまり煩いので「はよ、おにぎり食べんか、こら。」と叱り返す。近くに居た親子が白い目でおばさんを見つめる。人前で叱られた幼児達は萎縮してますます不機嫌になる。簡単にいうと、すねている。 う~む、おばさんは手話の上達も大切だが、子育てももっと上手になるべきかもしれない。
January 25, 2003
コメント(0)
新年の初売りに配偶者が「春財布」を自費購入した。ほくほく顔で包みを見せて「ほぅら~、初春に買う財布は縁起がいいからね~。」と見せびらかす。おばさんは特別興味も無く、おばさんの財布から払ったわけでもないので、「へぇ~良かったね。」と流した。自分の小遣いで買う気になったんだから別段とやかく文句をいうわけでもないが、そんな余裕があるんだったら、妻に洒落たべべの一枚でも買ってくれよ・・・と考えながら婦人服売り場の横を通り過ぎる。ホントは悔しいおばさんは「いくらしたの?」とまた話題をもどして話し掛ける。「2,900円。」安いよね~・・・などとニコニコしている。フン、そんな値段で安いなどとアンタ買い物のトウシロだね。などと考えるおばさん。他人の嬉しそうな顔を見るとなんでこんなに腹が立つのか。いや、別に腹を立ててるわけでもないのだが。やっぱり悔しいのだ。「ねぇ、アタシにも何か買ってぇ~ん。」とおねだりすればいいのに、それが言えない。素直じゃないおばさん・・・。 帰宅して配偶者はさっそく財布の交換作業を行う。黒の革財布、二つ折り。タグを切り、小銭入れのポケットを覗いている。カード入れに何気なく、指を突っ込む。 「ビリリッ」カード入れのポケットの縫製部分が破ける。 「あ~」配偶者は残念な、誠に悔しそうな表情をする。小走りにおばさんの所に走って来て、「や、やぶけちゃった・・・」その顔つきは今にも泣きそうである。処女膜じゃないんだから、そうそう簡単に破けるもんでもなさそうだが、見事にビリビリっと破けた。 「ふぅん。」おばさんはごく冷静に、いや冷たく眺める。 「ど、どうしよう。」どうしようって言ったって、・・・男ってどうしてこんな日常的な出来事の対処方法が思い付かず、困り果てるのか。いつも行ってるデパートなんだもん。 「レシートは?タグは捨てないでね。」事務的に言い放つおばさんに配偶者は只オロオロと捜しまくり、手に握って立ちすくむ。 「あったよ。レシートも捨ててなかった。」 おばさんはレシートと現物片手に受話器を手にする。「あ、もしもし。すみませ~ん、さっきそちらの財布売り場で男物の財布を買ったんですけど~・・・」 話は5分もかからない。お客から売り場へ電話が掛かれば、大概の店員も用件の察しがついている。 レシートとタグを大事に不良品の財布へ挟みこみ、袋に入れ直す。 「どうだった?」・・・どうだった?とは失礼な。交換だよ、交換。買うときはね、よ~く見て触って撫で回して、それで決心したら買うんだよ。・・・などとは言わない。配偶者の自尊心を傷付けてもいけない。 「交換してくれるって。また行かなきゃ行けないけど。1ヶ月以内には行きますって言っといた。」 「あ~良かった。」ひどいよな・・・せっかく自腹で買ったのに・・・配偶者はホントに悔しそうであるが安堵の表情もありありと窺える。 ・・・その前にこの私に「お手数掛けたね。ありがとう。」位の言葉言えよな。 そんなこんなで今日、その財布を売り場に持って行き、交換してきた。 売り場を見渡す。もう正月の雰囲気はどこにもなく、少しずつ近づく「春」に向って売り場もそろそろ変化しつつある。 僅かなスペースに財布が並んでいる。交換すべく新しい財布を物色する配偶者の表情に若干の不快感が漂っている。おばさんはその理由を並べられた商品を見て理解出来た。そんな顔つきをしながら配偶者は辺り構わず、触って、撫でて、指突っ込んで、引っ張ったり、覗いてみたりしながらお気に入りを捜している。 電話で話をした責任者が低姿勢で現れる。こうゆう話をする時はぼろい服を着ていてはなめられる。きちんとした格好で来て良かった。いくら両手にハナタレ幼児を連れた母親でも、服一枚の違いで心の中を見透かされたような態度をされては新年早々不快極まりないからね。 配偶者の気に入った財布を差し出し、レジへ。 こうして「新年春財布ビリッと事件・・・中年紳士が自腹で買った牛革財布の行方は如何に?!」は無事解決した。 おばさんはさっきの配偶者の不快な顔つきを思い出しからかいだす。 「今日の財布売り場の商品、いい商品が多かったねぇ。」 「み~んな、お手頃値段ばっかりであれなら新年だし、買ってみようかなって気になるよねぇ。」 「千円とか2千円でいい財布買えたじゃな~い。今日来て良かったわよ~。」 「あの時の商品ってみんな三千円以上ばっかりだったもんね~、確か。」 おばさんは思い出したようにポケットから千円札一枚と50円玉一枚を配偶者に渡す。「あ、これ返金分ね。」 「正月だから、縁起がいいから、って結構勢いで買っちゃうのよね~。」 高らかに笑う妻を横目に、配偶者は返金分1,050円を大事そうにポケットに押し込むのであった。
January 19, 2003
コメント(0)
「つわり」。・・・これを説明するのにどうしたらいいか?独身女性、あるいは男性に対して何に例えたら理解してもらえるのか?おばさんは考えてみる。 手っ取り早いのが「二日酔い」だろうか。 ・・・そう、あなたがもぅど~しようもなく二日酔いの朝である、とする。床から頭をもたげ、ベットからあるいは布団から出ようとする途端、重力の変化が血圧を左右しているかのような、めまいと共に吐き気がする。ブヘェッ・・・。ゲップとも吐き気とも取れる生臭い息が胃の奥底から排出される。 ・・・そして貴方は寝室を出て階下へ降りていく。リビングでは既に家族が朝食を食べている。目玉焼きの油臭さ、トーストの香ばしい焼具合、その上でマーガリンがトロンと溶け出している。そんな全ての状況が二日酔いの貴方を攻撃する。ゲホッ・・・、家族の前で吐くわけにもいかず、貴方はトイレに突進する。 ・・・気を取り直した貴方は朝食は後にして顔を洗いに洗面所に立つ。生気の無い顔。青白い顔というのか、客の来ない魚屋でもこんな色の悪い目をした魚はいないだろう。顔を洗おうとかがんだ瞬間、ゲェッフ・・・。何が出てくるといおう訳でもないが、何か出てきそうで思わず上体を起こす。こんな状態で歯ブラシを銜えようものなら、胃も腸も口から吹き出てきそうで、歯磨きをする気にもならない。 ・・・とりあえず、職場へ向い、なんとなく時間が過ぎる。はたから見ても「二日酔い」だとわかるだろうか。いやいや元々日頃の仕事振りがパッとしないとしたら皆は気付かないだろうが、第一アルコール臭いからわかるだろう。向かいのデスクの女の子、そういやぁさっきいやぁな顔して鼻をクンクンさせてたな。ふん、もう昼だ。飯食いに行こう。 ・・・社員食堂はごった返している。とにかくなにか腹に押し込もう。食券買うのに前に並んだ女子社員の香水の臭い、きついなぁ。TPOを考えろよ・・・オェップ・・・まずいまずい、こんなとこで粗相したら一生の恥さらしだよ。なんとなく、近くのテーブルに座っている同僚のメニューを見る。天ぷらうどん。ゲェホッホッホ・・・あ~やばい。冷麦あたりでいいよ、今日は。冬なんかないかそんなメニュー。 おばさんもこうして日記を書いているうちに、だんだん「二日酔い」の気分になってきてしまった。食事前の方、食事終了直後の方、あるいはホントの「二日酔い」の方、ごめんなさい。 「つわり」は経験してみないと実際わからない。「つわり」が原因で入院する妊婦さんも実際いる。「つわり」は女性が「母」になるための入り口なのだ。「母」になることは女性にかなりのリスクを背負わす。社会的にもその女性の人生においても。そして昔も現代も・・・。しかしながら「母」になることは男性には到底解らぬ「母性」への目覚めでもある。「母」と子は切っても切れない絆で結ばれるのだ。 戦争を知らないでこんな事をいうのは憚られるが、よく日本の戦争映画で死に間際に兵隊さんが、「おかぁさん・・・」と呟いたり叫んだりする。しかし「おと~さ~ん」と叫んで死んでいったり、敵機に突っ込む特攻兵はいない。あのNHKでも「おかあさんといっしょ」はチョー長寿番組だし、あれが「おとーさんといっしょ」ではなんとなくしまりがない。まぁせいぜい「ピタゴラスイッチ」で♪おと~さん、おと~さ~ん、ボクのおと~さ~ん♪とヨイショされている位がイマドキだろう。でもまぁ、男性の育児参加を推奨したいのは当然であるが。 ここまで読んで誤解されても困るが、このおばさんが「つわり」に悩まされているわけではない。そんな行為はここしばらく心当たりが無いぞ、配偶者よ。うっひゃっひゃっひゃ・・・。 おっと、笑い事ではない。「つわり」に苦しむドリドリクマさんに今日の日記を贈ります。 懐妊おめでとう。貴方の費やした日々は決して無駄にはならない。「母」になるためのほんのステップ。「つわり」の辛さなぞあの頃と比べたら屁のカッパ。どうかお体大切に、もっともっと幸せにな~れ。
January 12, 2003
コメント(5)
おぉ、すげぇ。この三が日でおばさんのHpへのアクセス数はなんと連続9ですよ。一日9アクセス。2日9アクセス。3日も9アクセス。これが「8」なら末広がりで縁起もいいだろうけど・・・・。
January 3, 2003
コメント(1)
新年の朝、なんと静かな朝だろうか。朝の5時。普通ならダンプが我先にと国道を突っ走っていく時間だが。育児に没頭するおばさんには晦日も正月もさほど違いの無い毎日で、結局除夜の鐘も幼児たちと一緒に大口開けて寝込んでしまった。呑気といえばそうだし、無頓着といえばそうなんだろう。まぁいいや。田舎をはしる国道は車が一台も無くて、雀やら百舌の声が響いている。街からやって来る暴走族も今日は来ないなぁ。もっと街の方へ行っちゃったかな・・・。とりとめのない文章で新年の日記はおしまい。みなさんどうか今年もお元気で、そして、ぼちぼちやりましょう。
January 1, 2003
コメント(2)
全5件 (5件中 1-5件目)
1