2002年06月05日
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昨日は、サッカーでベルギー戦をやってベルギーに住んでいた事を思い出したので今日は「幼少の頃」をつづってみようかと…思いっきり、内輪ネタです。

初めてのった飛行機の現地への到着は20時間近くかかりました。今では、ロシア上空を飛行できノンストップで欧州へはいけますが、その頃はアラスカ経由で燃料を積んでの旅でした。しかも東西冷戦の最中で飛行機の航行ミスでソ連領内に入りそうになったら、民間機であろうと撃墜は当たり前の時代で、実際に大韓航空も何年か後に撃墜される事件もありました。ソ連領空に入りそうになって、逃げても追いかけてきて撃墜されるので、わが身で冷戦の恐怖を感じました。ホント、今はずいぶん平和な時代です。ベルギーの玄関口の空港についてみると、特別変わった様子も無く偉そうに髭を生やした父が車で迎えに来てくれていました。時差ぼけで(  ̄_ ̄)ボーっとしていた私ですが、左ハンドルの右レーン走行で我が家に向かっている時に「日本じゃない…」事が分かりました。
転校先の日本人学校では特に日本と変わった事も無く、学校生活に入っていきました。仲の良くなった友達のサッカーチームへしばらくして入って、サッカー漬けの小学生・中学生時代を送りました。日本人学校へ通っていたので、フランス語は全く覚える必要は無く(テストはありましたけど)、サッカーチームのコーチにもカタコトの日本語で「ハシレ!ハシレ!」ばかり言われていました。気に入ったおもちゃがあれば英語の話せる友達を連れて、通訳してもらっていました。朝はご飯と味噌汁、昼はお弁当、夜も和食。日本とそんなに変わらない生活でした。日曜日にサッカーの試合がある時に、普通にお弁当を持っていったときに現地人(ベルギー人)に「こいつら、プラスチックがついてるライスボール食ってやがるぜ、HA-HA-」と冷やかされても毎度の事でシカトして、オニギリを食べていました。外国人には「海苔」がプラスチックに見えてしょうがないみたいです。一つオニギリをあげても、みんなでジロジロみながら海苔をむいていました。今でこそ言えるけど、海苔を食べれる外国人はすごいと思います。
日本との違いを感じたのは、日の出・日没といった自然現象でした。夏はサマータイムで日本との時差は7時間、日の出が3:00AM頃・日没が10:00PMでした。夏の夜は西日が強く、眩しくて眠れませんでした。ニュースステーションをやっている時に日が沈むのだから、今となってはさすがに想像がつきません。冬は時差は8時間、日の出が10:00AM前・日没が3:00PM頃でした。夜明け前に学校に行って、6時間目には既に太陽が沈んでました。また冬は天候も良くなく1日中部屋の電気をつけていました。街頭も一日中つきっぱなしでした。特に最初混乱したのがサマータイムに切り替わる日、サマータイムが終わる日でした。帰りの学活で、「みんな、今日寝るときは時計を一時間早めて(遅らせて)くださいね~」と言われていました。慣れると普通なのですが、日本から来たばかりのクラスメイトは、次の日に遅刻したり、逆に1時間早く学校へ来たりしていました。父も「今日は間違えて1時間早く職場についちゃったよ…」と言う事もありました。それで、次の日は何人遅刻するか友達とかけて遊んでました。もちろん、先生も遅刻する事も普通にありました。慣れれば、その季節の風物詩みたいなものです。でも、1日でうま~く切り替わるものですね。地下鉄もバスもお店もきちんと切り替わってます。日本でサマータイム制を導入するのには賛成ですが、最初は慌てるだろうなぁと思います。
ここまでずいぶん長く書いてきましたが、最後に一つ。日本人のパスポートって「赤(その当時)」だけじゃなかったんですね。友達の中にはお父さんが外務省に勤めている人も何人かいました。修学旅行の時に国外へ出るので、パスポートを集められたのですが、中には日本人なのに変わったパスポートを持っている友達もいました。「何で違うの??」「さあ、よく分かんない…」と言う会話もどこのクラスでもありました。父に聞くと「ガイコウトッケンのあるパスポートだよ」と返事が返ってきましたが、「ガイコウトッケン??」と言う状態でした。意味はよく分かりませんでしたが、どうやら普通の日本人とは扱いが違うと言う事くらいしか分かりませんでした。「同じ日本人なのに…なんで??」と??が頭にいっぱいでした。高校受験の時に、おぉ!こういうことだったのか!!、とやっと気付きました。「外交特権」で国外で事故を起こしたり、事故に巻き込まれても自分達より優先的に・特別に扱われるんだなぁって。日本では六本木の大使館街に行くと「外」ナンバーの車がありますが、あれがその一つで身近でしょうね。くれぐれも「外」ナンバーの車にぶつけないようにしてくださいね。勝ち目はありませんから。父いわく「戦争になっても、この色のパスポートを持っている人はいち早く飛行機に乗って国外へ出る事が出来るんだよ、いいねえ」同じ日本人でも国外にいるとこの辺りで、「身分の差」を感じました。所詮「民間人は民間人」なんですね。それにしても民間人は外交官のパスポートなんて見る機会はそうそう無いので、もっと見ておけばよかったと今更ながら思います。
イランのテヘラン日本人学校では、授業中に空襲警報が鳴り響き、運動場の防空壕へ逃げ込む事が日常的・とある日本人学校は国内情勢が悪くなったので一時閉鎖などの情報に囲まれ、そんな環境で育った私。父が「ソ連が攻めてきたら、どこでもいいから大使館へ逃げ込めよ」とよく言っていました。中国・瀋陽の日本領事館に、ある国の住民が逃げ込んだ事件は、あまり他人事ではないような気がして、気になるところでした。(おお、時事問題!!)
あ!ロシアがチュニジアに勝ってる!日本代表、早速苦境にたたされちゃいましたね。H組もある意味「死のカード」かも??





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最終更新日  2002年06月05日 18時43分24秒
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