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3日前に家内の父方の叔母が亡くなったとの連絡が入った。昨日が通夜、今日が葬儀・告別式だった。私は結婚後、慶弔の集まりのときくらいしか会ったことがないが、家内は結婚前にお手伝いに行っていたらしく、かわいがられていたそうだ。
都内の下町にある叔母の家は広い土地と屋敷で、地元では名士の家柄だったようだ。ご主人である叔父は20年ほど前になくなってしまったので、その後は一人で広い家屋敷に住んでいたが、5年前に足を骨折して以来 入退院を繰り返したり介護施設に入ったりで、ここ5年間はこの屋敷にはほとんど人が住んでいなかったようだ。
5年もの間介護を受ける状態だったせいか、故人の顔は元気なときの顔とは全く違い、別人のようだった。葬儀に参列した人も親戚の他はあまり多くなく、20年前の盛大だった叔父の葬儀と較べるとひっそりとしたものだった。幼馴染で故人が元気なときに一緒によく遊んだという近所のおばさんが二人参列してくれていて、若いときからの話をしてくれた。ワンマンだった叔父の下で苦労した話とか、叔父の亡き後 解き放たれたように自由を謳歌したことなどなど。
今年は親戚で亡くなった人が3人いる。家内の母、私の叔母、そして今回の家内の叔母。身近な人がいなくなるのはさびしい限りだ。
しかし、一方でめでたい話もある。姪の子供が間もなく産まれる予定だ。来年には甥の子供も産まれる予定だ。
逝く人あれば生まれる人あり。人生の定めではある。