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先日、私がよく利用している女子パウロ会のオンラインショッピングでの買物の際に、 ふとしたことで担当者の方とメールのやりとりをする機会に恵まれ、 その丁寧な対応に心温まる思いをしました。 そして、後日届いた商品と一緒に同封されていた、販売促進用のチラシに掲載された、 シスターと思われる方の文章が非常に心に残ったので、思い切って転載を申し出ました。 私が大切にしている友の中には、重い人生ゆえに「救い」を求めてはいるものの、 こういう苦しい時ほど、 周囲の急速な状況変化についていけない自分に焦りや自己嫌悪を感じ、 独りきりで辛い想いをしている人が少なくありません。 この度、そんな私の大切な友にこの文章が、 少しでも自分の人生を力強く歩む力となってくれますように願っております。。祈。 最後にこの文章の掲載を了承してくださった、女子パウロ会の編集担当の方、 そしてこの話を持ちかけてくださった、 オンライン・ショッピングの担当の方のご好意に大変感謝しております。。 ありがとうございました。。謝謝。 『あなたのテンポはどんなテンポ?「お忙しいところ、すみません。」』 「お忙しいところ、すみません」ということばは、このごろは挨拶の一つなのかもしれない、とある人が言っていました。わたし自身もけっこう言っているな、と感じたものです。でも、ほんとうに「忙しい」のでしょうか? 忙しいことは良いことなのでしょうか? それとも、悪いことなのでしょうか? 良いか悪いか、そんなことはわからないけれども、忙しいんだ! という声が聞こえてきそうです。 その人は、また、こうも言っていました。「事故を起こす」…そうなんです。「事故は起こすのです」。つまり起こるのではないのだな、とわたしはとても納得しました。 その人は、また、こう言いました。「トンボはすばらしい飛行術をもっていて、すいすい飛びながら、はっと空中で停止することもできます。しかし、時速八〇キロ…といったスピードの自動車をかわせなくて、トンボはフロントガラスにぶつかってしまうことがあります」と。 自分のテンポ…これが守られていないときに事故を起こすことになる、とその人は言ってから、スピードが求められ、追求され、追いつけないと脱落していく社会の話に移っていきました。 自分のテンポ…って何だろう、とわたしは考えました。 わたし自身の中には、頭の回転のテンポもあるし、消化のテンポだってある、歩くテンポ、読むテンポ、話すテンポ、計算するテンポ、いっぱいテンポがあるけれど、いったいどのテンポをわたしは生きているのだろう…? 自分のテンポのさまざまに驚いていてはいけません。わたしといっしょに暮らしている一人一人のテンポもあるからです。わたしたちを囲むさまざまな生き物のテンポ。だれも明日開く花を今日開かせてはいけないでしょう。 「うちの玄関先の月下美人は今晩咲くでしょうね。そう話しながら、忘れたりして、明日の朝は、もううなだれている」と、散歩道で会った品のいいご老人が、ぐっと上を向いて開花を待っている月下美人の三つのつぼみを眺めながら、わたしたちに話してくれました。「四時間ぐらいかな…花が咲いているのは…」と、いとおしむように月下美人を見ていました。大事に、大事に育ててきたのでしょうに、美しく花を咲かせるのを見ずに花が終わってしまう。それぞれのテンポは、それ以外にないのです。それを、とても感じさせられたことばでした。 きっと、その月下美人は、夜道を急ぐ人の目に止まって、その人の心に賛嘆と喜びを起こすのでしょう。 (R)(追伸)いつもこの拙いページへ書き込み・コメントをありがとうございます。。ここ最近、信仰により自分らしさを追求するべく、幅広い視点から捉えることに重点をおいている関係上、どうしてもリアルな方面に時間を取られていることが多く、もともと器用でない私は、ネットの交流にまで手が回らず、時々放っぽらかしにていることがあり、皆様には重ねヾ大変失礼しています。ごめんなさい。。ただ、私ほどネットの恩恵に授かっている者は、早々いないですので、突如としてフラ~っと皆様のとこへ立ち寄ると思います。。すみません。。親不孝者で・・・出来の悪い大きな子供?ですが、これからも長い目で見守ってやってください。。宜。あり?何か勘違いしてるかな...私。。苦笑。(´△`)ゞ
2005年01月26日
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まるで蝋細工の造花のような、甘い香りの琥珀色の花。。蝋梅。梅の花に似ていますが、梅の種類とは全く違います。花の少ない季節に香り高く咲く、私の大好きな思い出深い花です。
2005年01月19日
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寒いですし。何だか寂しいお天気です。。しくしく。昨日の早朝、駅に自転車を取りに帰るついでに、地元のカトリック教会に立ち寄りました。誰もいないお御堂で独りお祈りをして、チラシをもらって帰ろうとしたら、そこの教会の神父さまの一人、外人のE神父さまがでていらっしゃいました。「おはようございます」とにこやかにお互い挨拶を交わしました。神父さまは、たぶん私をご存知ないと思うのですが、以前、私は神父さまの御ミサにでたことがあり、神父さまのお説教にえらく感動したのを今でも覚えております。そんなことを想い出していたら、何だかほんわか気分になりました。その日の夕方、ネットで教区司祭の人事異動を知りました。E神父さまは、銚子教会へ移られるそうです。。遠。急にその他の身近な神父さま方も私から遠くなっしまうような気がしてなりません。。必ずいつかはやってくるものなんでしょうが、やはり「別れ」とは辛いものですね。。涙。せめて、E神父さまが移られる復活祭後までは、まめに地元の御ミサにでようかな。。「出逢い」の春、そして「別れ」の春。。。私にとって今年の春はなるべく来てほしくない春のようです。。泣。いつになく哀しい気分に胸が痛みます。。涙。アッバ、私の哀しい気持ち、あなたにはお分かりになりますよね。。泣。 (追伸) 「続・暗闇の年越ミサ」大幅に遅れてます。ごめんなさい。。許。
2005年01月15日
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年越は、大阪大司教区のある「玉造教会」で年越の御ミサに授かりました。。滞在先の大阪・梅田のホテルからは、地下鉄に乗り、最寄り駅より徒歩。。てくてくー。何しろ見知らぬ土地「大阪」で、ダンナ君なしで独りで電車に乗って移動したのはこれが初めてで、しかも、深夜ということもあっていつもより不安を感じていた私でしたが、普段から「大阪」の治安には注意を払ってるダンナ君が、私が独りで年越ミサに行くことを何も言わずに快く送り出してくれたのは、きっと向かう先が、そんなに治安の悪い街ではないと見越してのことだろうと思い、せっかくのことだから、勇気を奮い立たせて出かけました。。でも、「聖マリア大聖堂」までの道のりは、やっぱり心細かったです。。汗。どうやら場所柄か住宅地ではないようで、途中「難波宮」の史跡らしきものもあったようですが、ただただ、真っ暗で、通りには人っ子一人見当たらず、街頭の明かりだけが頼り。。そんな中やっと、交番の「明かり」とその中で二、三人のお巡りさんの「姿」がみえた時は本当にホッとしました。。その直後、大聖堂らしき立派な建物がズドーンと・・・「やったーっ!到着だー♪」と喜んだのも束の間。うーん。暗くてよくみえん...(― ―)お御堂の両側にはどデカイ像が建っていて、近寄ってみると、右の像は「細川ガラシア」左の像は「高山右近」と書いてありました。ォォ-!!w(゜ロ゜*)w 「さすが難波の地だわー」と感じ入りました。。そして、暗いし寒いので、散策するのはこのくらいにして、お御堂の中へ・・・ しかし、(∥“ ̄_ ̄)えっ?… これまた真っ暗で人影全く無し...今回はちゃんと電話して確認取ったから、やるのは間違いないはずだし・・・早く来過ぎたのかな?いやいや、いつもこんなもんでしょ。。それにしても、暗闇の中にボヤ~っと浮かび上がるイエスさまの十字架は、正直薄気味悪く、それは子供の頃、近所のサレジアンの学園でシスターがやっていた日曜学校の折、最後にお祈りのために通される薄暗いお御堂に匹敵する怖さでした。。恐。今頃、お寺や神社は明かりがついてて、きっと参拝者で一杯なんだろーなー。でも、お寺や神社だって、同じように真っ暗だったら怖いはずなワケだし、この薄気味悪さは「教会」だからという問題でもないか...云々。。・・・と、気がつけばとにかくこの恐怖心を解消するために、自分の中で意味不明の理由付けをして、必死で平常心に努めてました。。汗汗。しかし、臆病者の私には、そんな考えが通用するはずもなく・・・「今からでもいいや。帰ってしまおうかな...逃。」となる始末。。そんなことを思っていたら、家族一同4、5人でやってこられた方が・・・ちょっとばかし、( ´o`)п<(ホ)しばらくして、お御堂の奥の方から「コツコツ...」という足音と共に、薄暗い人影がやってきました。。。目を凝らしてよーくみてみると、たっぷりお髭をたくわえた「魔法使い?」のような神父さまが一人。。。そして、魔法使い神父さま(すみません。勝手に名前つけて。。汗。)は、「御ミサは左手奥の小聖堂でやりますから・・・」と仰いました。。するとすぐに、左手奥の方の小聖堂に明かりが灯り、シスターが数人、テキパキと動いてらっしゃるのが、大聖堂側からもみえたのでした。。安堵。(続く) 年越の御ミサは暗闇の中でしたので、もちろん画像は撮れず。。悔。 これは神戸中央教会のお御堂外の付属の建物に続く、通路の壁に埋め込まれた、旧中山手教会当時の貴重なステンドグラス。取壊す際、「せめてこのステンドグラスだけは。」という信徒さん方の強い要望により保存したのだそうです。(信徒さん談)(「?」の方がいらしたら、もしよければ、8日の記事を参照してください。。宜。)
2005年01月12日
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この度の帰郷でまず降り立った街が「神戸」でした。今年で「阪神・淡路大震災」から10年という節目のその日を直前に控え、街全体が慰霊追悼の想いを胸に、ちょっぴり哀しく感じるのは、私だけでしょうか。。ちょうど、主日の日(聖家族)でしたので、つい先頃、献堂式を終え復興の象徴でもある真新しい「神戸中央教会」へ足を運んでみました。事前にネットで調べた時は、御ミサは10:30よりとなっていたので、安心しての~んびりと歩いて辿り着いたら、あれれ~!?何と、9:30からでした。(/||| ̄▽)/ゲッ!!!やっぱり実際に問い合わせた方が確実でした。。教訓。急いで典礼も持たずにお御堂に入り、席に着きました。聖堂内の雰囲気は、上智のイグナチオ教会のお御堂を小さくした感じ。。参拝者の方々は年代別にも偏りがなく、家族連れが多いなーという印象を受けました。残念ながら、神父さまのお話は最後の方に差し掛かってしまった関係で、文脈がよく把握できませんでしたが、神父さま、普段こちらでの御ミサでは、あまり聞くことも少ない「関西弁」で話しておられて、それが何とも親しみがありました。。また、雰囲気も実に自由な感じで、お話の間中、通路をおぼつか無い足取りでヨロヨロしながら歩いている、赤ちゃん、その後ろで、転ばないようにその子の背中を引っ張って屈みながら追いかけてるお父さんがいたりして、何とも微笑ましい光景も。。(≧≦)きゃん☆ミ 聖体拝領を終え、最後に「今日、初めて教会に来たかたは?」と訊かれ、キョロキョロしながら、しかも途中から入ってきてる私は、どうみても部外者と感じられるだろなーと覚悟し、何人かの方が紹介された後、そぉーっと手を挙げながら、名前と教区名・所属教会、と偶然立ち寄った理由を話しました。もう気恥ずかしくて、いつになくドキドキしてしまいました。。汗汗。でも、そんな勇気の甲斐があってか礼拝後、見知らぬ地元信徒さんで「随分遠くから来てはんねんなー。こっちに来る時はまた寄ってなー。」と温かい労いの言葉を掛けてくれる方もいらして、心和む素敵なひとときとなったのでした。。謝謝。(,,,・ω・,,,)ポッ (「カトリック 神戸中央教会」にて) (追伸) 掲示板や記事にお祝いのコメント書いてくれた皆様、誠にありがとうございます。。 なのに、お礼のレス無しのままになってて、すんませんです。。 正直こんなにお祝いされて、スゴク気恥ずかしくしていまつ。。(〃∇〃) ゆっくりですが、改めて順番にご挨拶に参りますので、お待ちください。。宜。
2005年01月08日
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明けましておめでとうございます。クリスマスに無事受洗を終え、即行でダンナ君の郷里(大阪方面)へ直行ー。。びゅゅゅん♪年明け後に自宅へ戻りますたが、未だに年末の後片付けに追われています。。汗。ここを優しく見守ってくれてる方々、コメントくださってる方々、いつもいつも、本当にありがとうございます。。謝謝。年明け早々、相変わらずのんびり~で今年も前途多難、皆様には失礼も多いとは思いますが、どうか気長に見守ってやってください。。許。では、今年一年もみなさんが、穏やかに過ごせますように・・・祈。今年もよろしくお願いします。。
2005年01月06日
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