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謝らず 臆面もなく 無責任 人となれ菅 人となせ菅
規模(マグニチュード7.3)、津波など、
平成7年の阪神淡路大震災(気象庁は「兵庫県南部地震」と命名)との違いは確かにある。
しかし、政府の対策法案提出&成立の差には唖然とするばかりだ。
阪神淡路大震災のときは、発生後1ヶ月で
「震災復興基本方針法案」
「被災者等国税関係臨時特例法案」
「災害被害者租税減免徴収猶予法一部改正案」
3法案を成立させ、発生40日後までに、
「被災市街地復興特別措置法案」
「許可等有効期間延長緊急措置法案」
「被災失業者就労促進特別措置法案」
「特別財政援助法案」
「平成六年度公債発行特例法案」
の5法案を成立させている。
合計8本の緊急法律を成立させ災害対策を実行した。
菅政権はまだ災害対策法案を1本も成立させていない。
これは法治国家日本における内閣総理大臣の殺人行為ではないか。
自衛隊救援要請で もたついたと批判される当時の日本社会党・党首「村山首相」であった。
しかし、それ以外の判断は迅速かつ正鵠を得ていて偉かった。
震災の3日後には、自民党の「小里貞利」を「震災担当相」に任命し、その下に各省の
官房長クラス置き、村山首相が
「結果の責任はすべて自分が負う」
←
ココが菅と違う
と明言したから、被災状況によりその対策が即決できた。
手柄を立てて名宰相として歴史に名を残したい「菅直人」という被災者を犠牲にして功を
焦る小者が権力を握り、事態を硬直化させている異変は国内外でニュースになっている。
とりわけ、何の協議もなくいきなり民主党の方針として発表されることには民主党内にでも
かなりマグマが溜まっているようである。
総選挙で勝ち抜いて国会に登庁しても、民主党案に賛成を強要されるだけでは国会議員
としての矜恃も何もあったものではない。
話を戻すが、当時は、7代の総理の下で官房・副官房長官を務めた「石原信雄」が官房長官
であったことも不幸中の幸いであった。
今のヒヨコ官房長官枝野とは能力、経験、決断力、実績、信望の点で雲泥の差がある。
ソクラテスが生きていれば、
村山富一を「無知を知る者」として賞賛し、
菅直人には「汝自身を知れ、無知の知」と詰問したであろう。
ソクラテスに厳しかったが故に「悪妻」のレッテルを貼られたクサンチッペ。
できる事なら彼女の考えも聞いてみたい。
余談だが、街の若者たちに語り、無収入夫に子供たちを抱えた妻が辛く当たるのは当然だ。
