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パンを食べるならサンドイッチ。菓子パンならあんぱん。惣菜パンはたまに食べるけれど、なんだか想像以上の油分が気になるからあまり食べなくなってしまった。で、今日はあんぱんの話。一口にあんぱんと言っても、いろいろな種類がある。今日に限っては、黒いあんこだけが入っているあんぱんを前提としていただきたい。えー、今の私が食べたいのは、昔ながらのアンパンマンのあんぱん。丸くてしっとり素朴な生地のもの。あんドーナツは油分と砂糖が多過ぎて却下。同じく、パイ生地のパリパリとした皮のものも油分が多く却下。要するに生地は揚げていないものが良い。あんこは粒あんでもこしあんでもよし。もちろん袋物ではなく、ちゃんと一つ一つ丁寧に人の手で捏ねられたパン屋のあんぱんね。
2026/05/23
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閉経してようやく憎きナプキン生活おさらばと思ったら、今度は尿漏れパットを買わなきゃならない。これはよく聞く話。一応まだ尿漏れはしていないが、私もその内買うようになるのだろうか?
2026/05/22
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排卵日というものがあるが、閉経が近付くに従って、排卵の量も少なくなってきたなという印象を受けている。閉経するのだから、よく考えてみると当たり前のことなのだが、これまで排卵の量のことまではほとんど気にしたことはなかった。月経のことばかりに気を取られていた。あゝそうか、そう言えばそうだよな。閉経間近の排卵の減少ってことだな。排卵も終わるんだものな。何やら狐につままれたような感じになったことは否めない。意外とわかっていないことが多い。
2026/05/21
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半身浴をし始めて9年と10ヶ月。毎日なかなか暑い。5月は思いの外日差しが強くて、あゝまた今年も来たな、という覚悟を決める時でもある。アトピーもあちこちかゆくてかゆくて…。そして今年は扇風機を新調した。ずっと使っていた物が、年々音がゴーッと大きくなってきて、なんだかもう耳が耐えられなくなっていたので思い切って。一人用の小さい物だけど、ものすごく静かで神経鎮まる。沖縄が梅雨入りした途端に大好きな蛙がゲコと鳴き、わ!今年も声が聞けたとにんまりしてしまった。なんてかわいい声なんだろう。愛おしい。速報。あまりに蒸し暑くしんどいので、エアコンを付けた。45年間生きてきて、5月にエアコンを付けたのは初めてである。
2026/05/20
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お舅さん、博多のマンスリーマンション契約更新中。倒れなければいいですけれど…。ちょうど偶然にも読んでいた山口洋子さんの本にも次のような文章が書かれていました。「男の人は純粋で、忘れえぬ昔のままの面影を、きちんとどこかでアルバムにして保存しておいてくれているとみえる」長年ホステスをされていたので、男心を語らせたら右に出る者はいないでしょう。まったくその通りだと思いました。
2026/05/19
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割と寝付きは良いので、布団に入るとスーッと寝られる。夜中にトイレに起きる日もあれば起きない日もある。と、最近、急に5時台に目が覚めるようになってしまった。ハッと飛び起きるように。これは一体何なのだろう。高齢になればなるほど朝が早くなるが、老いって心底不思議だとしか言いようがない。一度目が覚めたらもう眠れないから4時から起きている、なんてのはよく聞く話だが、まだそこまでの老いではないらしい。5時台に起きてもまたとろとろ眠る。寝不足だと感じることもないから素直に老いを認めればいいだけの話だが、なんとも、ため息を付くばかりである。
2026/05/18
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皆誰しも“弱いところ”があると思う。私なら皮膚と神経。アトピーは0歳から患っているし、神経の難病である。歳を重ねると、その自分の“弱いところ”がますます弱くなるように感じている。特に首や関節の内側や股などは、明らかに以前より湿疹が出ている。乾燥もとにかく年々ひどくなる一方。どうにか保湿するなどして対処するが、まったく追っ付かない。妹は幼い頃喘息だったので、今でも風邪を引くとまず咳が出る。皆何かしらの問題を抱えながら生きているが、この“弱いところ”の不調がこの先どんどん進んでいくのかと思うと、ちょっとやり切れない思いになってしまうことは否めない。
2026/05/17
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「そのように読書していたと述べることは、孤独に悩まされていなかったというのと同じである。というのは、彼女の知識欲は心を豊かにする質のものであり、想像力が活発だったからである」「主義として常に自分の目で確かめる」「まだ触れられたことのない果物の曇らぬ完全さ」「自分の死期はもう見えているから、いつも充分それに注意している必要がある、けれども、それまでの歳月を病弱者にとって可能な限り心楽しく送ることは可能なのだ」「細かいことばかり言うのですね。全体としてどうするつもりなのですか?」「おまえはこれまで哀れなほど感謝の念が足りなかったぞ」「それは彼が病人のせいですよ。そのため精神が影響を受け、物の見方全体がゆがめられているのです」「私はあらかじめ決めてしまうのはいやですわ。思いがけないことのほうが好きです」
2026/05/16
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エアコンの試運転をして、ちゃんと動いてくれたので、もう心の底からホッとする。大きな布団も片付けて、私の部屋は西側だから遮光カーテンも取り付けて、衣替え(というか私の場合は靴下替え)もして、いろいろと夏支度。また今年も暑いとかなんとか。言わずもがな引きこもることに決めているし、どんどん運動不足が進んでいく。そうそう、小説も、夏は頭がボーッとするから、深く考えずに読める推理小説を読む計画を立てている。候補を10冊ほど挙げてみた。
2026/05/15
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カレーを食べられるようになってから、少しずつ行動範囲が広がっていき、今ではスイーツ巡りに変わってランチ巡りをすることがとても楽しい。カレー、ラーメン、オムライス、チャーハン、パスタ、丼、この間は外食では初めての皿うどんを食べた。こんな日が来るなんて、まるで夢のようである。憎き汗のせいで制限され、知らず知らずの内に私はいろいろなことを諦めていたのだなと、今更ながら気付かされている。とは言え、更年期が始まる41歳までそれが普通だった。私はそうやって生きてきた。だから熱くないサンドイッチや菓子パンを食べることが多かった。特に文句もなかった。それはそれで十分おいしかった。更年期のことを忌み嫌っている日々だが、汗だけに関しては、歓喜する日々である。皆が平凡にできていることを私もできるようになった。こんな幸せなことはないと思う。
2026/05/14
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私、自分で言うのも何だが、喫茶店巡りをしていた時から鼻が利くと思っていた。くんくんと直感で好みの店を見つけ出す。そしてこの度、久しぶりに新たに行きつけにしたいと思う店に出会ってしまった。ふと通り過ぎてしまいそうな地下へ続く薄暗い階段。恐る恐る下りてみる、先に秘密基地でもあるのか?実はここでオムライス屋さんがひっそりと営業しているのであった。メニューは「インディアンオムライス」たった一つ。客が来店するや否や、上品な女将が「注文お通しておきますね」と言う。オムライスの上にかかっているのはデミグラスソースなのに、中身はチキンライスではなくドライカレー。その上にはたっぷりとタルタルソース、横には赤い福神漬けが添えてあってちょっと珍しい。一見ちゃんぽんに思うが、とんでもない、めちゃくちゃおいしい。老若男女、更には外国人観光客もいて、客足が絶えない。皆ペロリと平らげて笑顔で帰ってく。約50年続く老舗らしいが、おそらく家族経営で、白髪の親父と女将、そして息子で切り盛りしていると思われる。どうやってこのオムライスを考え付いたのだろう。唯一無二の味。ここは通いたいなと思った。大満足のボリュームです。
2026/05/13
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さて、私はというと、体力が有り余っている旦那と双子の家にお邪魔し、まるでテーマパークへ行ったかのようであった。旦那は休日は朝からランニングをするほど元気である。もちろん中学生の男子が家でじっとしているなんてできるはずもなく、男衆で近くの公園まで運動しに行く。3人で息を切らせて帰宅した後もギャーギャーと走り回って動物園のような有り様。さすが育ち盛りの男子なので食べる量もどんどん増えていき、最近では買い物が追っ付かないのでネットスーパーに切り替えることにしたと妹は嘆いていた。お姑さんのことがあったので妹家族は大丈夫だろうかと案じていたが、もんもんはお姑さんが倒れた後に小学校を卒業し、更には中学校へ入学した訳で、月日は2ヶ月も流れているのである。皆前へ進んでいた。もんもんは学業に励み、お姑さんを通して立派な人生経験を積んだ。妹夫婦は双子の為にせっせと仕事に勤しみ、困難な時を乗り越えようとしていた。それぞれがそれぞれの役割を果たして4人で力を合わせ一生懸命に生きている。その場に留まってなどいない。それは羨むほどに逞しい姿であった。私は束の間の非日常を味わった後、すぐに沈み込んだ我が暮らしへ舞い戻る。部屋のひとところにじっと座って塞ぐ、この世の煩いを避け引っ込んだ孤独をこよなく愛する隠居生活へと。
2026/05/12
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さて、もんもん邸は元気いっぱいである。晴れて中学生となり、目に見えて急に大きくなった。もんたはママより背丈が伸び、最近ではもんたのお下がりの服を妹が着ているそう。二人とも声変わりが始まって声は低くなり、こんなに子どもの成長って早いのだと驚かされた。もんたはバレーボール部に入った。もんじはテニス部に入った。それぞれのクラスの担任の先生も期待できそう。仲の良い友達もいる。中学生としての自覚も芽生えている。と、この度念願の一人部屋をそれぞれ作ってもらえることになり、大喜びしていた。家を建てた時に、2階の広い部屋をいずれ真ん中で仕切って部屋を二つに分けようと考えて設計していたので、話はすんなりと進み、早くも来週から工事が始まるのだとか。結局壁を立ててエアコンもそれぞれの部屋に付ける。完全なる個室の一人部屋が出来上がるようである。学習机はもう買ったし、ベッドを部屋の隅と隅に置き、一人で寝る練習もしている。目覚まし時計もそれぞれ設定し、ママに頼らず起きなきゃいけない時間に自分で起きる。なんて成長だろうか。中学生になりスマホを持ったことが少し心配とは言え、急にしっかりして、こうやっていつしか親を追い越してゆくのだなぁと感慨深くなってしまった。希望の星がそこに二つ。しっかと大人の階段を上っているもんもんであった。
2026/05/11
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先日妹家へ行ってきました。例年ならゴールデンウィークは帰省するが、今年ばかりはお姑さんがこういうことになり都合が付かない、だから渡したい物がたくさんあるから私が家まで取りに来い、更には、家に来る前に二人でお茶しない?と随分勝手なことを言います。有無を言わさず日にちも指定されており、毎度のことながら姉は妹の言いなりという訳です。ははぁ、詰まるところ、よほどお姑さんのことで腹に溜まっていることがあるのだな、旦那や双子の前では口にできない積もる話があるのだなと、妹の心情を一人合点します。姉の私なら内部の実情を知っていながらも少し離れた所から傍観しているだけなので当事者ではない、そして外部に情報が漏れる恐れも一切ない、捌け口にするにはもってこい、ということらしいです。さて、お姑さん。未だ博多の病院に入院しておられ、間もなく2ヶ月が経とうとしてます。妹は洪水の如くしゃべり続けましたが、どうやら厄介なのは、思いもしなかったお舅さんのことのようでした…。旅行好きな夫婦は、心躍らせ九州を巡るツアーへ出かけたところ、お姑さんが突然博多で倒れ、くも膜下出血だと告げられました。緊急手術を受けます。なんとか一命は取り止めたものの、意識は戻らないまま今に至ります。で、例のお舅さん。なんと、この2ヶ月間ずっと博多に滞在しておられ、旅行鞄を持って出かけたっきり一度もこちら関西の自宅へは帰って来ていないそうなのです。病院の近くのマンスリーマンションを借り、食事はコンビニ弁当、面会時間になれば毎日いの一番に病室に顔を出します。食事なんて取れるはずもなく点滴なのだから、ただお姑さんの枕元に腰を下ろして眺めるだけなのに、付きっきりで頑として自宅には帰らないと言い張るそうです。かと言ってこちら関西の家は不用心だし放ったらかしにしておく訳にもいかず、妹夫婦が換気をし、掃除をし、冷蔵庫の中身を持ち帰ったり処分するなどしてひとまず空にし、ゴミ屋敷のような家から保険関係の書類やら必要なものを探し出し、極め付けは車検の日も予め決まっていたから妹が車を運転して車検にも出したとか。お舅さんは家のことなぞ頭の片隅にもなく、とにかくお姑さんの側に付き添うことしか考えられません。“妻は絶対回復する”その幻想だけが今のお舅さんのすべてになっていると妹はため息を付きました。3月末に旦那ともんじが博多の病院へ行った際も(もんたが熱を出したので妹は行かず)、原則小学生は立ち入ることのできないICUに、後数日で中学生になるのだからもんじを入れてくれとお舅さんは相当ごねたそう。そのクレーマーのような態度にもんじが不信感を抱きます。ばぁばが倒れたという事実に加え、冷静さを失ったじぃじの姿に戸惑い、帰宅してから体調を崩してしまいました。4月になってから家族4人で見舞った時も、誰の目にも意識は戻っていないことは明らかなのに、お舅さんはびっくりするほどの大声で◯◯子!◯◯子!とお姑さんの名前を呼び続け、僅かに体が動いただけで「ほら意識が戻った!」と歓喜したと言います。初めて見るそんなじぃじ、そして病院中に響き渡るじぃじの大きな叫び声。双子はひどく驚きショックを受けたのか、じぃじとの間に距離を置くようになってしまいました。双子は中学生になり、グッと大人に近付き、世の中が見えるようになってきました。妹は、我が家に降りかかったこの一連の出来事は、何もかもがまったくの想定外だったと言います。100歳まで生きそうなほど溌剌としていたお姑さんの不意の病臥、在らぬ方向へ突っ走って空回りし、現実を受け入れられないお舅さん、まだまだ成長途上で手を掛けてあげなければならない双子、そのどれをも心配すると同時に、今後どうなるのか、むしろ見通しが立たないこれから先の方が試練だと、嫁の立場である妹は行く末を憂う、ザッとそういう感じでしょうか。これが妹の会話の要約です。私は、一見幸せいっぱいな妹家に綻びが生じ始めたその“始まり”を垣間見たような気がしました。
2026/05/10
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例えば、何か大きな病気に罹るとする。おそらく大抵の人は、少しでも良い治療をと病院をあちこち駆けずり回って必死になる。絶対に完治させてみせる、復帰する、そうやって病気と闘うことを選択する。私は、「それが私という人間が神様から与えられた体なのだろう、だからありのままを受け入れよう」と考える。
2026/05/09
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ところで、みなさん、ショーツの洗濯はどうされていますか?私は毎日お風呂で手洗いしています。初潮を迎えた中学生の頃、母に「女の子になったんだから、これからは自分で洗いなさい」と言われた。それまでは洗濯機にポンと放り込んでいたのだが、これを機に毎日手洗いするようになった。妹もそう。これが尚家の母からの教えであった。
2026/05/08
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最近、何を食べても以前ほどおいしいと思わなくなっている。あれだけ至福だったご飯と納豆と味噌汁の朝食でさえも。この味覚の衰えも更年期の症状の一つらしいが、なんだかなぁ…。老いるって階段を一段一段トンと下りていくことだと私は解釈しているが、三段飛びで飛び下りてってるような気がするさ。
2026/05/07
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「世には考え方の空気というものがある」「もしも『この世で一番美しい自然の“美”をあげろ』と言われたら、答えは“白い雲”です。形が変わっていく雲って、本当に見飽きません> 戸田奈津子」「感性のあるなしは、生まれた瞬間に決められちゃっているのかしら?」「旅の時代はすでに終り、大安息に先立つ一時の休息」「これまでもう何年間もずっと快適だったので、それに慣れてしまって、自分ではわからなくなっているんでしょう」「そうです。そこが快適さの困る点です。不快になった場合だけすぐにそれとわかるのですから」「どうしようもあるかもしれませんよ。そう考えるのも一興です」「滅びゆく美しさ」
2026/05/06
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半身浴をし始めて9年と9ヶ月と半月。魔のゴールデンウィーク。特に出かける用事もないのだから、家に引きこもっている方が無難。図書館でお目当ての本を手にし、借りて帰る時が一番幸せ感じる。今、夏目漱石がおもしろい。すごーくおもしろい。小説を読んでいないと、その日が引き締まらないし〆ることもできない。アトピーがかゆい。更年期が始まってからますます乾燥が進んで、皮膚が干からびているなって思う。アトピーの保湿って難しいのだよ。
2026/05/05
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と、最近の若い人たちはみんな言う。ふーん。なんで?したらいいじゃない。失敗して経験を積むんじゃない。それを生かして生きていくんじゃない。失敗なくして成長はない。と、昭和生まれの私なんぞは思うんだが、この考えは時代遅れ甚だしいのですね。随分前だが、レジでクーポンを使いたいと伝えたが、割引されていなかったのでそれを店員に指摘した。するとすぐに対応してくれ、手際も感じも良かった。何ら問題なし。私はむしろしっかりと誠実で良い印象を受けた。それなのに、その若いアルバイトらしき女性は、あからさまに曇った顔をし、今にも泣き出しそう。オロオロ、もうこちらが悪いことをしたかのようでなんだか申し訳なく思ってしまい、それ以来その店には行っていない。否、行けない。なんだか歪んだ思考の世の中が定着したものである。…という考えも今は昔。
2026/05/04
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めっきり映画を観なくなった。何のことはない、理由は唯一つ。異様に疲れるのである。数年前まで映画にのめり込み、漁るように観てきた。とりわけ海外のモノクロ映画やミュージカル映画にはときめいた。私の単調な日々に光り輝く彩りを与えてくれた。が、老いというものは恐ろしいものである。更年期に差し掛かり、兎にも角にも日常生活のすべてが色を失い面倒になった。何もしたくない。息をすることさえも難儀。私は飛び抜けて耳が敏感なのだし、神経に障って映画なんぞ観られるはずもなし。百歩譲って、自宅でならまだ観られるかもしれない。立ったり座ったりぐーんと伸びをしたり、ごろんと休憩したりお茶を飲んだり、こまめに動きながら少しずつ。そして回復したのち、ようやく続きを観る。が、そこまでして観たいか?と自分に問うと、ノーという答えがすぐに出た。もし3時間の映画ならば、ちょっと一息入れてなどではなく、日を跨いで3日かけてちょうどいい。要するに、更年期にともなって映画と私との間に溝ができて乖離し、自然興味が失せたのである。映画館なんてもってのほかだ。じっと座っていられない、集中力も持たない、最後まで観続けられる自信もない。きっと疲れて居眠りしてしまうだろう。
2026/05/03
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さて、毎年冬にはたくさん食べて蓄えて夏に備えていた私だったが、甘いものの摂取が減り、食事もさほど食べられなくなり、大人になってから一番痩せ細った冬を過ごした。正直大丈夫なのだろうかと不安だったが、今のところ特に問題はないらしい。体重が軽い方が足に負担がかからずサッサと歩けるので、むしろ良かったのかもしれないと、老いとのバランスを巡らせ悦に入る。年齢と共に、生活も、それに適した体重も変わってく。
2026/05/02
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にちにち読書に耽る。最近は永井荷風ばかり読んでいる。私はこれまでずっと海外文学を読み漁っていたのだが、趣味の美術館巡りもいつの間にか日本の古美術へ行き着いたように、文学においても時が来たら詰まるところ日本文学が終着点になるだろうと、薄々勘付いてはいた。歳のせいだろうか。ついにその時が来たらしい。特に「腕くらべ」は、浮世絵を思わせるような描写でなかなか風情がありおもしろかった。最後の一行を読み終えた後、ついブラボー!と手を打ち鳴らしてしまった。
2026/05/01
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最近では、原材料をきちんと見るようになっている。もうスイーツはたまにしか食べないのだから、ちゃんと良いものを体に摂り入れたい。栄養学なんぞはさっぱりわからないが、カタカナの長ったらしい文字がダラダラと続くものは、それだけで体に良くないものだということぐらいはわかる。なるべく少ない材料でできた素朴なスイーツを探す。これも私にとっては大きな変化だと思う。
2026/04/30
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コーヒーを辞めてから知らぬ間に来月で5年半、コーヒーは私の生活の中に存在し得ないものと相成った。あの頃が懐かしい。とは言え、4年目ぐらいまでは、まだどこからか漂ってくる芳しい香りは良い香りだと感じていた。さて、甘いもの。摂取量は激減したが、コーヒーのように完全に断つことは考えておらず、今後もたまには楽しんでいきたいと思っている。ところが、最近は頭と体のズレが甚だしい。おいしそうと思い、買ってみる。食べてみる。うーん、甘過ぎる、あんまりおいしくない。ということを毎度繰り返す。頭では食べたい。でも食べたら後悔する。期待を裏切られ落胆。トホホ。それならいっそのこと食べなきゃいいじゃないか、スッパリともう食べないと断言すればいい、と思われるだろうが、それではちょっぴり悲しい。まだ甘いものに多少の興味はあるし、和菓子ならおいしいと思うから。と言う風に、なんだか甘いものに対してズレが生じ、悶々とすることが増えている。
2026/04/29
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しゃべることを仕事としている人。この人たちを私は心の底から尊敬する。よく頭が回るなと思う。どうすれば次々と言葉が奔り出てくるのか?不思議でならない。私はせっせと文章は書くけれど、耳では言葉はあまり理解できていないので、できる限り文字にしていただきたい。音には過敏な割に、おそらくその声音にばかり興味が惹かれていると思われ、言葉そのものには驚くほど鈍感なのであった。
2026/04/28
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閉経が近いとは言え、まだ月経はあるので、PMS(月経前症候群)も感じているけれど、若い頃のような大波ではなくなったと思う。今はごく軽い小波のPMSという感じだ。この世の終わりのような絶望感に苛まれるでもなし、ひどく過食になるでもなし、巨大なヘルペスができるでもなし。更年期で鈍感になったことが影響して、一年を通してだいぶん精神が一定になってきたなという印象を受けている45歳春。
2026/04/27
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立派な一軒家を建て、太陽光発電まで付け、1、2年前だったか“ちょっと良い車”に買い替え、北から南まで日本全国あちこち遊び回ることに精を出し、旦那さんは趣味の物などをひとしきり買い込み、ヒゲ脱毛をし、人付き合いも頻繁で、何やら羽振りのいい暮らしをしているようだったが、いざお姑さんがこんなことになって先行きがまったく見通せず、人間という生き物は煎じ詰めると皆トントンに終わるんじゃなかろうかと、そんな風に空を見上げ思い巡らせるゴールデンウィーク初日。ところで、お姑さんはまだ博多の病院に入院されているが、そもそも熊本出身である。もしかすると心の底では、こちら関西ではなく、故郷に帰りたかったのかもしれない。本能的にそういうことってあると思う。ふとそんなことを考えた。
2026/04/26
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春は花粉の季節で湿疹が出る。梅雨は皮膚がジメジメして湿疹が出る。夏は汗で湿疹が出る。秋は急に汗をかかなくなって湿疹が出る。冬は極度の乾燥で湿疹が出る。それに加え、私の場合月経前後には湿疹が膿む。結局年中湿疹に悩まされている。
2026/04/25
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直感やら感覚やらで人生を歩んできた私にとっては、自然の中に身を置くことはやっぱり必要なのだと感じる。パワーの源。が、どうしても歩くのは遅いので人の倍時間がかかってしまうことは否めない。さて、黙々と歩を進める中で、私は一体何を考えているかというと、もっぱらこのブログのことである。ずっと頭の中で文章を組み立てている。今のこの経験をどういう言葉と表現で表したらより伝わるか。あーでもないこーでもないと練る作業が続く。文章は一方通行だと言う人がいるが、私はそうは思わない。きっと何かを感じ取ってくれている方はいるはず。と、そう信じたい。
2026/04/24
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「このままにさせておいてくださいませんこと。私たち仕合せなんですもの」「はてさて、いつもきまって気持の高ぶりが身のあだとなる」「銃の筒先の方向を見あやまっていたのではないか」「社会のやり方は海に似ている。何かかわったことが持ち上っても、すぐまたもとの水準に帰り、きまった動きを取り戻し、そして深刻な利害の波の起伏が変災の跡を消してしまう」「最後までその人らしく生き抜く ー それが尊厳ある死なのです」「<未知のものへの挑戦は自由であることの証しだ> フランシス・フォード・コッポラ」「これ以上の未来が見えない」
2026/04/23
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「人間はいつ死ぬかわからない。人間の心はいつかわるかわからない」「人に意見を求める習慣が聡明というものであり、二流人物の実力はこうしてたくわえられる」「もう泣こうにも泣けない」「しばらく待つのだな」「とても待てん。どっちかきめるのに現在この瞬間しかないのだ」「両天秤というやつはずいぶんけんのんだ」「やがてすぐにおそいかかろうとしている嵐にはてんで気がつかなかった」「自分の鎧には孔なんぞあきっこないと思い込んでいる」「彼の予感はいちいちもっともだった」
2026/04/22
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以前からいつか行ってみたいと恋焦がれていた寺へ行ってきた。ひどく遠かった。ひどく疲れ果てた。でも、「貴重な経験になった」この一語に尽きる旅だった。まず本堂に入り御本尊に手を合わせる。美術館の説明書きと同じで、最近では寺の方のお話も大方理解できるようになっているので、ふむふむと聞き入る。こんなにも保存状態が良いなんてロマンを感じるなぁ。その他いくつもお堂があったので順番に見て回った。さて、一通り見終わったかと思ったところで、その向こうに険しく急な階段が伸びているのが目に入った。ちらと小耳に挟んだところによると、360段もの階段を登った先に一つだけポツンとお堂が建っているとのこと。はて…、行くか戻るかは私次第だが、階段を見ると登らなきゃならない衝動に駆られるのはなぜか…。むずむずしたのは僅か1秒、すぐにGOと心は決まった。電車とバスを乗り継いで(バスはなんと一日に7本のみ)、遠路遥々えっちらおっちらやって来た訳だ。二度と、再びこの地に立てる保証はない。行くっきゃないだろう。いざ出発。楽勝さと思ったのも束の間、すぐに心臓の鼓動は速くなり、体の芯から熱くなってゆく。数段登っては立ち止まって腰を伸ばし、また数段登っては立ち止まって腰を伸ばしを繰り返す。早くも登ろうと決心したことを後悔し始めるが、鶯の澄んだ鳴き声に誘なわれながら、一段一段踏み締めて登って行った。幸い日は陰っていた。手にぶら下げていた日傘を杖にしつつ登り続け、汗をかきかきヒーヒー言いながらやっとの思いでてっぺんへ。頂上着いたー!そこには納付所(つまり御朱印を書いてくれたりお守りが買える社務所)があり、ニコニコと柔和な笑顔を称えた若坊主がちょこんと腰を下ろしていた。何とも言えず心からホッとし、やり遂げた感に満ち溢れる。お堂は意外にも簡素で、内部立入禁止だったが、ここまで来てここの空気を吸えたことがご利益だろう。足がしびれている私だってやればできるじゃないか。で、この世の摂理、登ったら降りなきゃならぬ。この階段は凸凹の石段だったが、とにかく足元が悪く、非常に間隔の狭い階段だったので、今にも前へつんのめっていきそうな錯覚に陥りおっかない。私、これ踏み外したら真っ逆様に転がり落ちてお陀仏だな、と用心しつつそろりそろりと降りる。ようやく後3分の1ほどで此岸かというところまで降りた辺りで、昼間っから一杯ひっかけていそうな陽気な3人連れのおっちゃんが前から登って来た。まだかかる?と聞くので、こっからです(まだまだ本番はここからですよという意)と返事するとガハハと笑って過ぎてった。どうにかこうにか無事に降りて来られたが、もう膝が笑ってガクガクし、疲労困憊。帰りの電車の中ではこっくりこっくり船を漕いで居眠りしてしまった。それにしてもがんばったと思う。ただただ足を一歩ずつ前へ出すということをひたすらに続けさえすれば、登って降りて来られるんだ。ところで、さっきの若坊主は、来る日も来る日もこの360段の石段を行き来しているのだろうか。想像しただけで降参と言いたくなるが、いやはやご苦労様でございます。そして後日もう一つ。2年ほど前からいつか行こうと考えていたハイキングコースも歩いてきた。某有名神社の裏手に広がるS字カーブがくねくねと続く緩やかな小道を30分ほど上がる。実は以前この神社までは来たことがあったのだが、運悪く突然の大雨に降られ、ハイキングは危険だと思い引き返したのだった。今日こそは。険しい勾配ではないので、なんとも歩きやすかった。すれ違う方たちとこんにちはと挨拶し、気持ちいい。途中で何度か座って休憩しつつ、なんなくゴールまで辿り着いた。ヤッホー!見晴らし台があり気分爽快。桜のお花見は、病院と重なってしまいなんだかしんどくて行けなかったから、その分、より一層充実した旅になったと思う。まるで絵に描いたような景色。この先どんどん階段が細くなっていきます。新緑のハイキングコース。一人旅、ゴール。
2026/04/21
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半身浴をし始めて9年と9ヶ月。日差しがかなり強くなってきた。既に日傘なしでは歩けない。手ぶらで出かけられる日が年々短くなっている。最近の新聞も様変わりしましたね。どんどんSNSのようになっていきますね。ま、若いだろう人が書いているんだから仕方ないですけどね。裏のお宅が取り壊し中で、電気ドリルでコンクリートを砕いているので毎日地響きして家が揺れている。爆音で外界の音がまったく聞こえぬ。いつまで続くのか…。花粉症が落ち着いた。2026年の病院も無事に終わり、肩の荷が下りた。先日寺へ行って来て(後日の日記参照)ちょっと元気になった。私を取り巻く“気”が入れ替わったのがわかる。もんもん、晴れて中学生になったよ。
2026/04/20
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どうでもいい話なのだが、先日の病院でのこと。院内にコンビニがあり、その前にテーブルやら椅子やらが並べられているので、誰でも気軽に休憩することができるスペースがある。大体おにぎりやパンなどの軽食を摂っている方がほとんどで、検査などによって食事の時間制限もあると思われ、皆サッと食べサッと去ってゆく。そんな中、ある一人のおばあちゃんが、黙々とカレーライスをコネコネコネコネと捏ねくり回していた。しかも大盛りサイズを。パッケージの蓋にそう書かれてある。1.5人前はあると思われるそのカレーを、一心不乱に掻き混ぜているスプーンの動きに私の目ん玉が連動し、吸い寄せられるようにしばし見入ってしまった…。おばあちゃん。おそらく80代。よくがんばっても70代後半。介助人の姿はなく一人で座っていらっしゃる。と、カレーライスにばかり気を取られていたが、ふと目を上げると、へ?おばあちゃんパジャマ着てる?ということは入院中なのだろうか。あれは確か11時半頃だったと思うが、病室のお昼ご飯は?抜き足差し足忍び足でこっそりと抜け出て来たの?時間が経てば経つほどあのおばあちゃんのことがおもしろくなって来、なんだか私もあのおばあちゃんのように自由に生きようと思ったのだった。
2026/04/19
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ところで、映画やドラマなどで、『手術中』という赤いランプが光って手術が始まり、ランプが消えて手術が終わるという描き方をするが、こちらMRI室では、それが『磁気発生中』の文字に取って代わる。私はいつもこの『磁気発生中』の赤いランプがピカッと付くと、なんとも言えない空恐ろしい気持ちになり身震いするのだが、これはきっと私だけではあるまい。
2026/04/18
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クロワッサンが好きだった。以前このブログでも紹介したが、いくつかのパン屋のクロワッサンを食べ比べしたりして、パンの種類の中では一番の好物だった。が、最近はまた味覚が少し変わったらしく、クロワッサンの表面に塗られているテラッと光るバターでさえちょっと油っこい。これは老化のせいもあろう。詰まるところ、甘いものを減らすに連れて真っ先に欲しくなくなったクリームの油分と同じことだと思う。それが、私の揚げ物などが胃にもたれるようになってしまった老化の進行と相まって、より拍車をかけた格好になったと思われる。もちろん良い方向へという意味だけれど。なるほど。甘いものが減ると、クロワッサンの表面のバターなどという、普段気付きもしない油分にも敏感になるんだな。意外な発見を我が体を通してひしと痛感している。
2026/04/17
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だんだん胃も老化してきた。揚げ物がちょっともたれるね。あーあ、エビフライなんかは大好きだったのに残念だな。
2026/04/16
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今日は、今思うことを少し。病院へ行くということは、つまりは治療を勧められるのは当然のことであり、それは重々承知している。それが医者の役目である。私は、父が亡くなった時の年齢である53歳までなんとか踏ん張って耐えて、父の目には世界はどう映っていたのかを見ることだけを目標にして生きている。もしちゃんと53歳まで生き長らえられたらば、それはもう私の人生の到達点であり、その後どうなったってこれっぽっちの後悔もない。だから、病院へ通うのも53歳で終えようかと、漠然とではあるが今はそう考えている。発病時の主治医を除き歴代の主治医とは平行線を歩んできたが、私が病院へ行くことを辞めてしまえばそれが私の最大級の予防治療への抵抗であり、頑としたNOの意思表示を示したことになるだろう。今後何と言われようとも予防治療はしないのだ。それだけは天と地がひっくり返ろうとも変わることはない。ずっと言い続けているが、私は命を歪めることなく、生まれ持った自然の体のまま全うしたい。これが私の生きる道。
2026/04/15
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「“私はこういう人生になった”」「波は運命で、人間がそれにうまくのれると何んでも思ったように気持よくゆくが、一つのり損(そこな)うといくらあせっても、あわてても、思ったように進むことが出来ない。賢い人だけが次の波を待つ。そして運命は波のように、自分達を規則正しく、訪れてくれるのだが、自分達はそれを千に一つも生かすことが出来ないのだ」「お互い感化され、感化した」「私は知らぬ神に祈ります。泣いて祈ります。少しでも希望がありますように」「私は静かに門のそとに立って戸の自(おの)ずとあくのを待ちたくも思いました」「僕は一人で耐える。そしてその淋しさから何かを生む。これが神から与えられた杯(さかずき)ならばともかく自分はそれをのみほさなければならない」「生まれたものは死に、会うものは又別れる」
2026/04/14
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主治医は威圧的だ。私は権力者だぞ、という歯向かうことを許されない刺々しさが目の奥に宿っている。野心家でもある。トップの座を狙っていることは、当初から見え見えだった。昨年は副部長だったのに、ついに部長まで登り詰めた。次は何を企んでる?
2026/04/13
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先週造影剤を注射して頭部MRIを撮り、今週診察へ行ってきた。この一年で病変は増えていないとのこと。毎年一つや二つ増え続けていたので、やったー!(もしかしてスイーツ減らしたことと関係ある?)去年と同じく、認知機能は衰えていないかというテストをし(むしろ去年よりも成績は良かった)、「私は予防治療を勧める立場ですが、しないんですね?」「はい」とものの”二文”で意思確認も済ませ、また一年後の予約ですんなり終了する。ホッ。ただ、市が実施している一般的な健康診断だけは受けるようにと強い口調で言われてしまった。うーん、そうは言われても。なんでも、主治医自身が、“自分の患者に急に「癌になりました」などと告げられたら嫌だから”なんだってさ。いやいや、それはあなたの都合でしょ。健康診断を受けるかどうかを決めるのは、あなたじゃない、私。1週間前に思わず撮った桜の木の下に再び立つ。儚い、もう散り始めだ。
2026/04/12
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くも膜下出血で倒れて1ヶ月になります。未だ博多の病院に入院していて、こちらへ戻ってくる目処は立っていません。医療費すごい額なんだろうな…。ずっとICUに入ったままだし、手術2回もしたし。不謹慎だけど、ふとそんなことを考えてしまいました。おそらく、お金に異様なまでの執着と厳しさを持つ妹は、尚の事ジリジリしているはずです。と、お姑さんは若い頃からずっと株をされていたらしいのですが、いや、なんというか、数十年かけて将来の自分の医療費をせっせと稼いでいたのかと思うと、株で儲けるって一体何なんだろうと悲しくなってしまいます。宝くじなどもそうですが、出所のよくわからない大きな収入って、私は不気味だと思っています。ある意味、意義ある遣い方じゃないかと割り切ってしまえばそれまでですが、ついつい自分は貧乏で良かったなと、そう思わずにはいられません。
2026/04/11
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日本人は、どこもかしこも定規を当てたようにまっすぐ並んでますね。ちょっとでも順番抜かしされようものなら目くじら立てて怒って。皆仮面を被って無表情を装っているけれど、あなたの心の声はすべてお見通し。こちら関西。せっかち文化だからだろうか。前にも書いたように思うけれど、私には外国人のようにゆったりと適当に並ぶ感じとダルさが心地良い。そんなこと気にも留めたことがないと思われる方が多いかもしれないが、この“前へ倣え”のようにきっちり並ぶという行動が、以前から私はまま辛い。
2026/04/10
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今思うと、私の場合は、チョコレート中毒などの砂糖依存が体を悪くした原因だったのだろうなと振り返る。どう考えても遥かに度を越した量を摂取していたし、今となっては、それを平気で食べ続けられていた自分を恐ろしいとさえ感じる。体が狂っていた。1年を経てそう思えるようになったということは、少しずつ体が正常に戻ってきたという証だと思う。
2026/04/09
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早いもので1年が過ぎたが、砂糖の摂取量の激減はもちろんのこと、もう一つ大幅に減ったものがある。そう、それは油分の摂取量。これは砂糖の影に隠れていたが、驚くほどの量だと思う。この1年で、めっきりパンというものを食べなくなった。その中でも特に菓子パンは本当に食べていなくて、食べるならたまにあんぱん。サンドイッチは時々ランチで食べるけど、日常的ではない。それとアイスクリーム。これは何度も書いているが、夏に毎日食べていたことを振り返ると、目を剥くほどの減り様である。だってこの一年でおそらく2個だもの。更に、生クリームなどのクリームが重い(英語のheavyという単語がふっと浮かぶほど)というか、ちょっと気持ち悪くなっているので、洋菓子もほとんど食べていない。最近の私がスイーツと呼ぶものと言えば、もっぱら和菓子である。で、このパン類やアイスクリームや洋菓子に含まれる油分。これは知らず知らずの内に相当の量を摂取していたと思われる。私はとにかく砂糖を減らしたかったので、油分のことなどこれっぽっちも頭になかったのだが、蓋を開けてみれば結果こうなっていた。いやね、私マラソン選手のような体型になってしまって久しいが、それでも年相応にいろいろと弛んできていて、下っ腹が出てきたり、腰やお尻の辺りがもたついたり、要するに“おばさん体型”へと向かっていたのである。ところが、1年を経て、気が付けばこの醜かった贅肉が落ちているような気がするのであった。きっとこれは砂糖のみならず油分の減少までもが影響していると確信している。なんだか思いも寄らないことが次々と目の前に現れる月日だったが、この先どんどん歳を重ねるに辺り、やっぱりこの作戦は私にとっては然るべき道だったのだと、恥ずかしながらも胸を張っている。
2026/04/08
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母との二人暮らしが本当にしんどい。元気ですよ、母は。もう80歳手前ですけど、足腰丈夫で毎日家の中をバタバタと走り回ってらっしゃいます。声も大きく、近所のおばさんたちと井戸端会議をしていても、聞こえてくるのは母の声だけ。習い事をいくつもしていて楽しそうです。作品がどんどん溜まっていきます。ご飯も作っていただいてありがたい限りです。それに引き換え、日に日に衰えてゆく私と言ったら。今日は一日耳鳴りがひどかった…。出るのはため息ばかりなりけり。
2026/04/07
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このブログで何度書いたか知れない。私の夢は、「青森のねぶた祭りを見に行くこと」。20歳の頃から抱き続けている夢である。どうしても自分の目で生の迫力を感じたいという夢を捨て切れないまま、こうして空な歳月だけが流れ去った。毎年頭を掠めるも、すぐに却下という結論に至っていた。8月なんて夏真っ盛りで外出は過酷極まりない。(こちら関西在住なので)そして遠い。だが一方で、今年の自分が一番若いのだと思うと、行くなら常に今年しかない、という相反する結論にも至るのであった。夏じゃなければ少しは見込みもあろうが、こうやって老いる毎に一つまた一つと夢を失ってく。あゝ、一日だけ翼が生えてくれないものかしら。
2026/04/06
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半身浴をし始めて9年と8ヶ月と半月。今年は花粉の量が多いと言われていたが、確かに私の症状も例年よりひどいなという印象。鼻と目が辛い、顔もかゆい。お花見シーズン。毎年ウキウキワクワク楽しみにしていたものだが、生きる気力が失せ、それに伴いありとあらゆる関心も失せ、今年は行かないかなと思っていた。が、病院へ向かう道々ちょうど7分咲きほどでとてもきれいだったので、しばしお花見を楽しんだ。気持ちいいね〜。今からMRIがんばるぞ、の一枚。
2026/04/05
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身体が弱ってきていることをつくづく実感する日々。既に日差しが強いから日傘を差しているけど、日に当たるとドッと疲れる。調子が悪い。目が眩しくてクラクラする。気分も悪い。たぶん軽い熱中症のような感じになるのだと思う。更年期でしんどくて毎日引きこもって外に出ないものだから、身体がびっくりしている。どこまでも悪循環。
2026/04/04
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