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きのうはご心配おかけしました。今日はすっかりよくなりました。どうやら風邪ではなかったみたいです。今スノボのウェアをゲットしようとオークションで頑張っているんですが、きのうはかなりあくどい手でやられてしまって、精神的ダメージが大きかったので、それが原因かなぁ??と思っているところです。そのあくどい手とは・・・ヤフーのオークションだったんですが、最後の秒読みに入って、5秒くらい前までは確かに私が最高入札者だったんです。それでウキウキしながら、「3!2!1!」と1人で数えて、「ゆきちんやったね~」なんて言いながらもう一度更新してみたら・・・落札者は私の名前じゃなかったんです!!落札した人は最後の何秒か前に入札したので、私が反撃する間なんてなかった・・・。ひどいですよ~。もう嫌になっちゃう!!ということでこれが頭痛の原因かな・・・と。それでは今日は「な」ですね。「な」まで来れたなんてすごいですよねぇ。我ながら感心しちゃう!「な」は茨城県のひたちなか市にある那珂湊(なかみなと)で行きましょう。皆さん那珂湊はご存知ですか??おそらく関西の方は知らない方がほとんどだと思うんですが、関東では結構有名なところだと思います。港にたくさんの市場が出ていて、新鮮で安いお寿司やさんがいっぱいです。首都圏発の日帰りバスツアーなんかでは「那珂湊で寿司食べ放題!」なんて企画もよく見かけます。魚好きの私は以前から行きたいな~と思っていたんですが、私の住んでいた鶴ヶ島からは車で行っても電車で行ってもちょっと行きづらいところにあって、なかなか実現できませんでした。やっと行くことができたのは今から3年前くらいですかねぇ。春休みに私の大の親友2人と京都に行くことになったんです。え?京都じゃ違うじゃないかって?まぁまぁ待ってくださいな。貧乏学生の私たちはできるだけ安く京都へ行こうと考え、18きっぷを利用することにしたのです。(18きっぷ:全国どこへでも1日間JRの普通・快速列車なら乗り放題というきっぷ)しかしどうしても18きっぷの期限に間に合わず、やむなく、行きだけ18きっぷを使って、帰りは夜行バスで帰ってくるという行程を取ったのです。18きっぷは5枚つづり。すると2枚あまりますよね。それなら私が!とその2枚を買い取って、那珂湊へ妹と日帰り旅行をすることになったのです。那珂湊へは大体4時間くらいかかりました。けれども妹とのふたり旅もいいものです。電車の中ではたわいもない話で盛り上がったり、景色を眺めたりと楽しい時間を過ごしました。そして那珂湊へついた私たち。まずはお寿司!ということで、市場内にある回転寿司のお店に入りました。ふたりで1皿を分け合って、たくさんの種類を食べます。分厚いほたてがとろ~っと口の中でとろける!いわしはこりこりいうくらい新鮮!とにかくみんなおいしかったのですが、その中でも1番おいしかったのが、ぼたん海老!1皿500円と、そのお店の中では1番高いお皿。でもくるくると私たちの前を通り過ぎるその姿には勝てませんでした。光り輝くぴちっぴちのお姿!いかにも新鮮そうです。そして意を決しお皿に手を伸ばし、口のなかへ!さ・い・こ・う~~~~~~!!!(その味はご想像にお任せします。)そしてお寿司を満喫した私たちは市場をうろうろしてみました。すると前評判通り、いかにも新鮮そうな魚が信じられないくらいの激安です。発泡スチロールの箱いっぱいのいわしが500円とか、まぐろのかぶとが300円とか。私たちは家族にもおいしい魚を食べてもらいたくて思わずその発泡スチロールに入ったいわしとさんまを買ってしまいました。そしてこの軽はずみな行動がその後の私たちを苦しめることになったのでした・・・。 港にて。ちょっと気取ってみました。
2002年02月07日
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ガンガンします。風邪かなぁ・・・。今日は早めに寝ます。
2002年02月06日
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またまた2日もお休みしてしまいました・・・。ごめんなさい・・・っていっつも謝ってばかりだわ、私・・・。それでは今日は「と」!!ここで突っ込みを入れてくれた人には感謝します。そう、私はどうしても「て」が思いつかないんです。山形の天童市や大阪の天王寺などもあるけど、全く想像もつかない地・・・。従って「て」は抜かしちゃいま~す!!(↑もう開き直ってます。)さて、以前ayudesさんが「と」は東京?それとも富山?と言ってましたが、そのどちらでもないんです。(ayudesさんごめんなさい!)「つ」は私のふるさと、鶴ヶ島の話でしたが、「と」は私の心のふるさと、鳥取です!!私は鳥取県生まれです。実際鳥取で育ったわけではないのですが、母が鳥取の出身で、里帰りして私を産んだんです。祖父は私の産まれる前に亡くなってしまったのですが、今も祖母は元気に鳥取で暮らしています。小さい頃は夏休みが来る度に鳥取に帰っていました。鳥取に行って何よりうれしかったのは大好きなおばあちゃんに会えることでした。おばあちゃんの家はとっても大きくて、都会のマンションで暮らす私たちにとってはそれこそ豪邸で、遊ぶところだらけでした。(うちは分家なので、本家とかに比べたら雲泥の差なんだけど・・・。)それからそのあたりの家がみんな知り合いという感じで、「おはようさ~ん」とか言いながら知らない人が普通に家に入ってきたり、家に入って行ったりというのんびりした感じも好きでした。夏は海岸沿いの砂丘でキャンプするのも楽しかったですね~。砂丘は大きくて雄大です。砂丘に日の沈む様子なんて最高! 雨が降った後の砂丘です。雨が降った後にはちょっとした湖ができたりもします。人も豆粒みたいに小さいでしょ?でも小さい頃に比べると砂丘の面積もだんだん減っていってるんですよね。なんか悲しいけど地球温暖化の影響らしいから、結局は自分たちがいけないってことなんだろうけど・・・。あ、ただ、鳥取はほとんどが砂丘だと思ってる友達がいましたが、それは違いますよ!皆さんもご存知の通り、鳥取は日本で1番人口の少ない県ですが、その友達は鳥取はほとんどが砂丘で人が住めないからだと思ってました・・・。鳥取にはもちろん砂丘もありますが、山だってあるし、街だってあります!!大山なんてとってもきれいな山ですよ~。温泉も結構あるし。あ、温泉と言えば、鳥取にはハワイ町という町があるんですよ。これは本当の町名です。(と言っても漢字は羽合と書くんだけど・・・。)おばあちゃんに連れられて羽合温泉にはよく行きました。お風呂に入った後にごはんを食べながら、なんていうんですか、刀をしゃき~ん!というような劇を見るんです。周りの人たちは、ほとんどが高齢の方でみんな息を飲んで見守ってます。劇にはあんまり興味はありませんでしたがそんな雰囲気はなんか面白くて好きでした。それから倉吉という古い町並みが残っているところもあります。 ここも落ち着いていてステキですね~。あ、あと、鳥取のお雑煮はぜんざいです。普通に言うお雑煮というものはありません。お正月には小銭入りのおもちがぜんざいの中に入っていて一年の運勢を占うんですよ。(これはおばあちゃんの住む地域だけかもしれないけど・・・)私はこれが大好きなんですが、いっつも1円とかばっかりなんですよね~。作った本人(おばあちゃん)には500円玉が出たりするのに。もしや不正!?(笑)鳥取には豪華さや派手さはないけど、あったか~い人情が残っているところがいっぱいです。そんな鳥取が私は大好きで、家族の中でも1番よく帰ってる方です。鳥取最高~!!!それでは最後に写真をもう一枚!
2002年02月05日
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「つ」と言えばやっぱり私のふるさと、埼玉県鶴ヶ島市しかないでしょう!鶴ヶ島と言ってもみなさんは知らないでしょうねぇ。ただでさえ「ださいたま」とバカにされる埼玉県にある、それこそ認知度の低い町ですから。高校では同じ埼玉県民の友達に「フェリーで来てるの?」なんて言われたこともあります。埼玉には海なんてないのに!!私は小学校5年生の時にこの地に引っ越してきて、結婚するまでの13年間鶴ヶ島に住みました。今も家族はここで暮らしています。最初引越してきた時はなんて田舎なんだろう、なんでこんなところに来てしまったんだろう、と思っていました。小学生の私は何かあると、東京にいた時のことと比べて、東京のことをみんなに自慢してましたねぇ。きっとみんなにしてみればそれこそ「ウザい!」って感じだったのかもしれませんねぇ。でも次第に鶴ヶ島のその自然の中でしかできない遊びを覚えたり、父が畑を借りて野菜を作り、採れたてのおいしい野菜を食べられる喜びを知ったりして、いつの間にか鶴ヶ島のことが大好きになっていました。詳しいことは左の「日本のオススメの町」を見てくださいね☆今日は鶴ヶ島の自慢をします。まず私が1番に自慢するのは図書館です!なんと鶴ヶ島は市民ひとりあたりが1年に借りる本の数が日本で1番多い町なんです。各公民館には分室がありそこで借りることもできるんですが、やっぱり中央図書館がすごいんです。平成8年にできたばかりで新しくてとってもきれいです。 ↑これが外観です。かわいい感じでしょ~?外観もステキだけど、中は木の良さを感じられるような作りになっていて、すごく落ち着けるんですよね~。それに蔵書数もかなりのものだと思います。よく古い図書館だといつからあるのか分からないようなふる~くて汚い本がいっぱいありますよね。でも新しい図書館だからそれはまずないし、探してる本は大体見つかります。なかったらリクエストカードに書いて頼めば何でも買ってくれるんですよ。だから普通に本を買うなんてもったいなくてできなくなります。雑誌だってたいていのものはあるしね。CDだってひとつの曲でもいろんな演奏家が演奏するCDがたくさんあったので、音楽系の学校に行っていた私にはかなりありがたいものでした。なんと家のパソコンから蔵書の検索ができたり、借りたい本やAVの予約までできちゃうんですよ!きのう川崎の図書館に行ってきたんですが、やっぱり鶴ヶ島の図書館と比べると悲しいものがありました・・・。鶴ヶ島は1人3週間10冊まで借りられるんですが、川崎はその半分。本の数も少なくて選ぶにも選べない感じなんですよね・・・。なんかくら~い感じで居心地も悪いし・・・。鶴ヶ島はいろんな面で行きたい!と感じさせる図書館でした。それが全国一の貸出数の理由なんでしょうねぇ。私は他の図書館のことをあまり知っているわけではないですが、鶴ヶ島図書館は日本一の図書館だと思っています。日本に誇る図書館、これが鶴ヶ島の自慢です!!もっと鶴ヶ島の自慢はいろいろあるんだけど、とりあえず今日はこのへんにしておきます・・・。皆さんの地域の図書館ってどんな感じですか?皆さんは本借りてます??
2002年02月02日
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「ち」の続きです!大雨の中を歩いてきた私たちの目に飛び込んできたのは・・・・え?????ここがその牧場????牛舎がひとつあって、それから外の広場にあひるやポニーなどがいるだけでした。ふれあい牧場という名の通り、動物とふれあえることは間違いないけど・・・。牧場と言ったら広~い草原でのんびりと草をはむ牛がいる様子を想像していた私たちはがっくり・・・。だって牧場ってまきばですよ!これのどこがまきば!?という感じでした。(と言っても、結局雨でしたからそんなところに行ってもどうしようもなかったのでしょうが・・・。)結局大はしゃぎしていたのは私だけでした。牛をなでなでしたり、雨の中あひるを追い掛け回したり・・・。後で聞かされたことなんですが、大きな牛にも全くこわがらず顔をすりすりするようなその時の私の様子を見て、カルチャーショック(?)を受けたと言ってた友達がいました。そしてその友達はそれをきっかけに北海道にファームステイに行ったそうです。人間何がきっかけになるか分からないもんですね~。で、話は戻りますが、私たちはこれからどうするか考えるため、とりあえず隣のレストランで昼食を取ることにしました。そこで皆の意見はめでたく一致!!もちろんそれは温泉行き!体の冷え切った私たちは温泉でも入って体を温めたかったのです。私たちはお店の人に地元の温泉について聞いてみたところ、5分程歩いて行ったところに温泉があるとのことだったので、私たちは喜んでまた雨の中でかけて行ったのでした・・・。けれどもまたもや行けども行けども温泉なんてない・・・。田舎の人の5分ってあてにならないもんです。結局30分くらい歩いて巴川荘という小さな温泉旅館にたどり着きました。しかし私たちはタオルなどの持ち合わせがなく、小さなタオルでも売ってくれないか聞いてみました。すると「本当は有料なんだけど・・・。」と言いいながらもびしょびしょの私たちを見て不憫に思ったのか,それとも雨に濡れた美人揃いの私たちを見てペースをくずされたのか、まぁそれは分かりませんけど(笑)、無料でタオルを提供してくれました。そして温泉へ!!!その温泉は川に隣接しており、川(雨?)のせせらぎを聞きながら秩父市内を一望でき、眺めもいいし、あったか~い温泉に入って、まさしく「最高~~~!!!」な気分でした。そして温泉から出た私たちを待っていたのは・・・またまた感激するような出来事でした!宿の人たちが「これ飲んで行きなさい。」と地元で採れた樹液のジュースを用意しておいてくれたのです。温泉に入って喉がかわいてたこともありますが、その味のおいしかったことったら!樹液のジュースといったらびっくりするけど、あまくてすっぱくてさっぱりしてて(結局どんな味か分からないって??)、以外や以外、これがなかなかイケるのです。そしてまたまたありがたいことに、宿の人たちは「どこまで行くの?駅まで?え?歩いて?じゃ~大変だ!送って行ってあげるよ。」とマイクロバスを出してくれたのです。もちろん私たちはそのご好意に甘えました。結局私たちが宿に払ったお金は温泉入浴料だけなんですよ。その宿は木造のひなびた温泉宿でしたが、そこで働く人たちの心使いは最高でした!雨に濡れた嫌な経験なんてそのことで全部帳消しになってしまいましたね~。今でもあの時のことを思い出すとなんだかほのぼのします。いつかあの宿に泊まってみたいな~と思っていますが、なかなか実現できないんですよね、近すぎて。秩父祭りなどで秩父に行く際はぜひあの宿をオススメします!!やっぱり旅ってそういうあったか~い思い出があってこそいい旅になるもんですよね。でもいつも思うけど、田舎の人って本当にあったかい人が多いんですよね。埼玉は東京で働く人たちのいわゆるベッドタウンと呼ばれる町が多くて、人間関係も希薄になりがちですが、ちょっと足を伸ばしただけでそういうあたたかさに触れることのできる場所もあるんですよねぇ。あの旅は埼玉のことを見直すいい機会になりました。秩父、いいですよ~☆ちなみに秩父祭りは大きな山車の出る迫力あるお祭りです。すっごい人だけどいいお祭りです!
2002年02月01日
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きのうは本当に大変でした~。今水道を順々に殺菌して言ってるんですけど、2、3分で終わるんでちょっといいですか?って言われたんですよ。それで私てっきり水道局の人かと思って家に入れてしまったんです。肩に乗っていたゆきちんのこともかわいい~って言ってくれたし・・・。結局浄水器のセールスマンだったんですよねぇ。最初からそういうのは断るつもりでいたけど、ゆきちんったら私よりもその人のところに行きたがるんですよ~。もう!!セールスマンよりも実はゆきちんにムカついてたりして・・・。動物好きな人ってやっぱり見て分かりますが、その人も相当な動物好きみたいでした。鳥は飼ったことないからちょっと怖いんです・・・と言いつつもゆきちんのかわいさにノックダウンしちゃってましたね。結局2時間くらいも居座られたんですが、そのうち半分くらいはゆきちんと遊んでました・・・。私は断固として浄水器は断ったんですが(何か理由をつけるととことん突っ込まれるんですよね~)、もう絶対オカメインコを飼うって言って最後にゆきちんを買った店と何を揃えていいか聞いて行きました。本当かどうか分からないけど、でもやっぱりオカメインコを気に入ってもらえるとうれしいですね~。ね、ゆにゃさん!今日はだんなさんの帰りが早かったので、「ち」の続きはまた明日にします。ごめんなさい~。
2002年01月31日
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これから出かける予定があるってのに今浄水器のセールスマンが来て、断るの大変だった~~~!何なの!あれ!ゆきちんのことかわいがるから気を許しちゃったよ~!あ~ん、もう嫌っ!
2002年01月30日
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「た」って結構ありますよね~。このまま「ち」に進むか「た」パート2として続けるかかなり迷うところです・・・。でも私は前に進む女!「ち」に進みましょう!!「ち」と言ったら埼玉の秩父ですね。秩父というのは皆さんご存知でしょうか?他の地域でどれだけの知名度があるところなのかいまいち分からないのですが、とにかく秩父は山!です。日本三大祭りに数えられる秩父祭りのことはご存知でしょうか???私は埼玉に13年住んでいましたし、家からも程近かったので、秩父へは何度も行ったことがあります。その中でも高校卒業後、高校で同じクラスだった友達と行った時のことが忘れられないのでそのことを書くことにしますね。私の高校は1学年24クラスもあるマンモス校だったのですが、3年間クラス替えはないため、クラスのみんなはとても仲良しでした。そのクラスの中でも特に仲の良かった9人の友達とは今でもちょくちょく会っています。高校を卒業して皆大学などに入り忙しくなった頃、その仲間うちでちょっと旅行でも行きたいね、という話が出たのですが、皆の予定が合わず、それなら日帰りでどこかに行こうということになったのでした。誰が言ったか、牧場に行きたいという言葉。私は秩父に牧場があることを知り、秩父なら皆の家からは遠くも近くもなく、程よい旅行気分が味わえるのではないかと秩父行きを提案したのでした。そして当日。待ち合わせに遅れそうになって新幹線でかけつける子がいるわ、のんびり遅れてくる子もいるわ、相変わらずのでこぼこぶりの私たち。でも和気あいあいみんなでどこかに行くのは楽しいものです。けれどもお天気はあいにくの雨。この雨が私たちの波乱の旅の序章だったのです・・・。日によっては今でもSLが走る秩父鉄道に乗り、わいわいキャーキャー私たちは牧場のある駅にたどり着きました。雨は傘がいらないくらいの雨になっており、とりあえず私たちは牧場に向かってみることにしました。牧場までは2キロとの看板が出ています。お金のない私たちはもちろん2キロくらいならと歩いて行くことにしました。けれども道路を行けども行けども牧場は見えてこない・・・。次第に道も上り坂が続くようになり、雨も強くなってきて既に服はびちょびちょになっていました。そしてどこまで行けば着くのか分からない不安もあり、皆の疲労は限界に達し始めました。なぜ私たちはこんなところでこんなことをしているのだろうか・・・。おそらく皆が思っていたことだと思います。そして結局1時間近く大雨の中を歩いてやっとのことで牧場に着いたのでした。そこで私たちの目に入ってきた牧場は・・・。この続きはまた明日。
2002年01月29日
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きのうはお客様が来たんですが、なんとその人は楽天で知り合ったお友達なんです。その人もオカメインコを飼っていて、オカメインコ話で盛り上がりました~。それで発覚したことがひとつ。ゆきちんは食べ過ぎである!!!!おやつにベークドチーズケーキを焼いたんですが、ゆきちんはそのお客様の前でもいつものようにむさぼるむさぼる・・・。お友達の飼っているオカメインコはそういうものを食べてはみるけど、だんだん食べるペースが遅くなってきてそのうち食べるのをやめてしまうそうです。だけどうちのゆきちんは食べるペースは全く変わらず、とにかく目の前にあるものがなくなるまで食べ続けるからその様にすっごくびっくりしてました。そして食べ終わると思い立ったように自分でかごに戻りまた餌を食べ始める・・・。私はゆきちんしか見たことないからそれが普通だと思っていたけどどうやら普通じゃないようです。そしてゆきちんは飛べない!飛べないから移動手段はとにかく走る!高い所に置き去りにするとどうにか飛ばないで下りようとするし・・・。鳥じゃないよ~って言われちゃいました。あぁ、ゆきちん、私は情けないよ・・・。(涙)ではこの間高山の話をしたんですが、まだちょっと続きがあるので書きたいと思います。そしてユースホステルを抜け出した私が見た朝市の風景はこんなでした。 これは高山の陣屋前の朝市なんですが、おそらく地元の人相手という感じで、売っているものは野菜などが多かったです。市場好きの私はわくわくしてしょうがなかった!同じ朝市でも宮川朝市と呼ばれる朝市の方は観光客相手の朝市らしく、おみやげになるようなものが多かったです。そしてここでまたもや、あの女の子に会ったのです。なんだかちょっとした運命を感じた私たちは朝ごはんを食べたら一緒に高山の散策をしようと、約束をしたのでした。(ちなみに、彼女が出てきた時には既に玄関の鍵は開いていたらしく、私のようなことをせずには済んだみたいです。彼女はまだ朝市を見て行くとのことだったので、とりあえず彼女とは別れ、私は朝市で買った高山名物の赤カブの漬物を持って再びユースへと戻りました。すると玄関の前にかわいい犬がつながれてました。動物好きの私は迷わずその子をなでなでしようと近づきました。しかし相手は手強かった!赤カブの匂いに気づいたのか、私のかばんを奪おうとするのです!私たちは争奪戦をくりひろげ、なんとか私は勝利しました。その時のその犬の顔がこれ。 悔しそうでしょう。かわいい顔をして!!で、朝ごはんを食べた私たちは部屋で話し合って、私はお寺を見たかったのでお寺めぐりをし、彼女は祭り会館などに行きたいとのことだったのでそれぞれ違う高山散策をした後、駅で落ち合ったのです。彼女の名前はメラニーと言い、フランスから来たとのことでした。メラニーの写真はこれ! 私たちは高山市内をいろいろまわったり、飛騨の里という合掌作りの家を集めたテーマパークまでバスで行ったり、とことん高山を満喫しました。なんだか気が合って、高山で別れた後も、東京で会って何度か遊んだりしました。フランスへ帰ったメラニーは私のことを家族に話したそうですが、その出会いについては笑われたそうです。初めて会った時がお互い裸だなんてフランス人にとっては不思議な出会いに思えたのかもしれませんね。その時メラニーは夏季休暇を利用して3ヶ月ほど日本に来ていたのですが、次に私がメラニーと再会したのはなんと・・・・テレビの中でした!!日曜の夜、お気に入りのテレビ番組を見ていた父が「おい!あれお前の友達じゃないか!?」と隣の台所で料理をしていた私を大声で呼ぶのです。え?何?そして私が見たのはまぎれもなくテレビの中にいるメラニーでした。それもその番組とはなんと私も大好きな「鉄腕ダッシュ」でした!!はぁぁぁぁ???なんでメラニーがここに???日本に帰っていることを知らなかった私はそれだけでびっくり!!そしてその後私は番組の裏話をメラニー本人から聞くことになったのです。本当は皆さんにもお教えしたいのですが、かなりヤバい話なのでそれはちょっとやめておいた方がいいですね。ごめんなさい~。
2002年01月28日
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きのうは妹がうちに遊びに来て、短かかったけど楽しい時間を過ごしました。うちの妹は音大生なんですが、中学校の音楽教師を目指していて、今年は教員採用試験があります。最近は1県に2人とか3人とかしか採用されないのに、なんとうちの妹は受かる気がすると豪語しやがった!!でもやっぱり受かって欲しいですね。うちの妹なら情熱溢れる先生になれると思うんだけどな~。(姉バカの私です。)それでは今日は「た」ですね。いろいろ書きたいところがあるんですが、「た」は岐阜の高山で行きましょう!前に下呂温泉の話をした時にちらっと触れたと思うんだけど、高山ではフランス人の女の子と知り合いました。その出会いはお風呂!高山には天照寺というお寺があるのですが、ここはユースホステルもやっていて、格安で泊まることができます。私はひとり旅ではほとんどユースを利用します。この日もこのユースに泊まっていました。旅の疲れを癒そうとお風呂へ入ったところ、友達同士で来ていたらしい女の子たちがお風呂の中で騒いでいて、私はちょっと嫌な気分になりました。もうちょっと時間をずらせばよかったかな~と思いながら湯船の中に入って行ったところ、先に外国人の女の子が入っていました。その子もあの騒いでいる子たちを見て私と同じ気分だったらしく、私たちはお互い顔を見合わせ笑い合いました。そして彼女は「お風呂熱い!!」と言いました。あれ??日本語しゃべれるんだ~。彼女は日焼けして体が真っ赤になっており、お風呂のお湯がしみたみたいです。私も実はいろいろ旅してきた後で日焼けをしていたので同じ気持ちでした。そしてまた私たちは笑い合いました。それから部屋に戻った私はびっくりしました。お風呂で出会ったあの女の子が私の布団の隣で布団を敷いて寝ていたのです。私がお風呂へ向かった時私の隣には既にその布団が敷いてあったので、それはちょっとした偶然でした。この時この天照寺ユースには結構な数の宿泊客がいました。でも彼女は具合が悪いようだったので、私たちは顔を合わせただけであまり話などはしませんでした。高山は朝市でも有名ですよね。朝市はその名の通り朝早い時間からやっています。早く行かなければ終わってしまいます。しかし私が泊まったユースはもちろんお寺なのでごはんの時間などは厳しいため、朝ごはんの時間をずらして行くのは難しいと思われました。そのため私は朝早く起きて朝市を見に行くことにしていました。そして4時頃起きた私はこっそりと自分のいた大部屋を抜け出し、外へ出ようとしました。しかし!!玄関には鍵がかかっていて出られませんでした。せっかく早く起きたのに~。どうしよう~。困った私は他に出られるところがないか探しましたがありませんでした。そこで私はなんと窓から出ることにしたのです。窓の鍵をそ~っと開け、そ~っと雨戸を開け、地面までは高さがありましたがそ~っと飛び降りて脱出成功!!ちょっと泥棒気分で楽しかった☆そして私は朝市へと向かいました。その時通ったのがここ! 普段は観光客でごったがえして風情のかけらなどないこの通りも、朝の早い時間には通る人はまばらでゆっくり町並みを楽しむことができました。あの時部屋に引き返さなくて本当によかったですね~。と、長くなってしまったのでとりあえず今日はこのへんで終わりにします。明日は大事なお客さまがうちに来るんです!とっても楽しみですごくワクワクしてます!
2002年01月26日
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今日は「そ」。でも話のネタになるようなことがな~い!!困った、困った。「そ」と言えば、埼玉の草加か千葉の袖ヶ浦か岡山の総社か・・・。まず袖ヶ浦と総社には行ったことがありません。だからよく分かんない・・・。総社は古い寺院などが残っているということくらいは知っていますが・・・どんなところなんでしょうか・・・。じゃぁ、しょうがない、草加の話でもしましょうか。きのうの日記でも書いたけど、私は東京の足立区に住んでいたことがあります。埼玉の草加は足立区に隣接する町。同じマンションに住んでいたお友達ご一家が草加に引っ越したので度々遊びには行っていました。その頃はまだ草加なんてな~んにもないところでしたが、今じゃ丸井もある立派な都会になっているそうです。しかし私には草加には苦い思い出があるのです。それは・・・その草加の友達の家の前には大きな沼がありました。そして私たち3人姉妹はその沼にザリガニがいることを知り、みんなでザリガニ釣りをすることにしたのです。マンション住まいをしていた私たちはザリガニなんて捕まえたことも見たこともありません。ですから興奮してザリガニ釣りに没頭しました。そして遊び疲れた私たちは釣り上げたたくさんのザリガニをバケツに入れ、おやつを食べに家の中へと入りました。そしてまた遊ぼうと外へ出た私を待っていたのは・・・グチャッ!気持ちの悪い音と嫌な感触にびっくりして足を上げると・・・ザリガニでした。ザリガニって踏むと黄色い物体が出てくるんですよね。今でもあの光景ははっきり覚えています。それ以来私はザリガニ釣りをすることはありませんでした・・・。すみません、草加の話じゃなくてザリガニの話になってしまいましたね。お許しくださいませ~!!!!あ、今「どっちの料理ショー」で伊勢海老が出てるんですが、今の私にはザリガニにしか見えません・・・。
2002年01月24日
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今日は「せ」ですね。「せ」と言ったらやっぱり千住!!!!千住というのは金八先生のロケ地としても有名なところですよね。千住は東京の足立区にあります。私は小学4年生まで足立区に住んでいました。私の住んでいたマンションはそのロケ地とは荒川を挟んだ対岸にありました。プロフィールにも書いてあるけど、毎回オープニングにはうちのマンションが出てます。あの、子どもたちがマラソンをしてる外人の女の人たちに会うあたりで。引っ越したけどなんかそういうのってうれしいんですよねぇ。小学校の名前は千寿第五小学校というところでした。昔は私の住んでいたところも千住という地域に含まれたらしいんですが、荒川ができてからは、荒川と隅田川に挟まれた地域だけを千住と呼ぶようになったようです。うちの小学校は悲しくも千住になりきれなかった千住なんです。名前だけは名残が残っていますが・・・・。で、本題なんですが、千住というのは、江戸日本橋を出てから日光街道最初の宿場町にあたります。ですから今でもその面影を残すような建物が結構残っているんですよ。私はよく母に連れられて北千住に買い物に行ったんですが、その道なりにいくつかそんな建物があり「なんか不思議な家だなぁ。中はどうなっているんだろうなぁ。」と子どもながらに思っていたものです。思い返せば、旅先であの時見た同じような建物があるとなんかドキドキするのは、その小さい頃の記憶のせいなのかもしれません。そして、千住と言って思い出すのは芋ようかん!!お店の名前は忘れてしまいましたが、とってもおいしい芋ようかんやさんがありました。甘いさつまいもをそのままぎゅっと固めただけのような芋ようかんなんです。私はそれが大好きで、芋ようかんとはそういうものかと思っていたのですが、芋で有名な埼玉の川越で食べたものが余りにもあの味と違うのにはびっくりしました。もう一度食べてみたいな~。まだあのお店はあるんでしょうか・・・・。千住は今でも下町情緒の残る町です。商店街がたくさんあって、古い銭湯があって、ほのぼの~とした活気にあふれています。(余談ですが、「千と千尋の神隠し」の湯屋は千住の銭湯がモデルになっているそうですよ。)そしてそれは荒川の対岸となってしまった、私の住んでいた元千住も同じでした。私は昭和50年代生まれですが、なんと紙芝居やさんの経験があるんですよ!あ、別に私が紙芝居やさんをやっていた訳ではなくて、紙芝居やさんの紙芝居を見てた経験があるってことです。いつも行く公園に決まった時間になると、紙芝居用の木枠と引き出しがついた自転車をひいたおじさんが来ました。紙芝居が終わると、おじさんは駄菓子売りに変身し、引き出しから駄菓子を出すのです。私は水あめなんかを髪の毛に絡めたりしながらも食べてました。紙芝居やさんだけじゃなくて、飴細工やさんが来てたりもしてたんですよ。小さい私はなけなしの100円でへびなんかを注文したもんです。高学年の子は500円で龍を作ってもらってたりして本当うらやましかった~。もちろん駄菓子やさんもたくさんあったし、銭湯だってよく行ったもんです。こういう話をすると、私と同じ年代の人はびっくりします。だって、これってセピア色の時代の話っていう感じですもんね。とにかく千住は大好きでした。たま~に遊びに行ったりするんですが、今はだいぶ私の通ったお店や銭湯も店じまいしてしまって、なんだか寂しいですね。でも今でも千住は千住。大好きな町に変わりはありません!
2002年01月23日
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きのう、おかげさまで3000アクセスに行きました!踏んだのはきじねんさんです!ありがとう!!!皆さんもこれからもよろしくお願いしますね!それでは今日は「す」です。実はきのう思いつかなかったんだけど、考えてみたら前日にだんなさんと「す」はどこにしようか決めてたんですよね。だから帰ってきただんなさんに「今日は思いつかなかった~。」って言ったら「え?きのう決めたじゃん!」って笑われました・・・。本当にもの忘れの激しい私。大丈夫でしょうか・・・。で、「す」は長野の諏訪です。私は18きっぷが1枚とか余るとちょっと遠くて近い旅に出かけます。あんまり近いところに行くと2300円のもとがとれないから、往復で2300円以上かかるところで、何か面白いところを探して行くんですが、この旅も同様でした。しかし元をとることを考えてすぎて、ちょっと欲張りすぎた旅でした。だって自宅から諏訪まで往復で7000円以上。と、いうことは自然と電車に乗っている時間も長くなるということ。始発で出かけましたが、家についた時はもうくたくたでした。最初からそれは予想がついてたことなんですが、私に「おいでおいで」したのはこれなんです!!↓ これはなんだか分かりますか?なんと駅の中にある温泉なんです!JRに乗車した人はタダ!ということで行っちゃいました、上諏訪駅。しかし・・・・上諏訪に降り立ち、温泉をのぞいてみると・・・なんとひとりしか入れないような小さな岩風呂。それに何と言っても駅ですから落ち着かない!雑踏の中で入るのも情緒がないとあきらめました・・・残念。そして私はここまで来たのだからと温泉を探しました。それでみつけたのがこの温泉!↓ 片倉館という日帰り温泉施設なんですが、なんと昭和3年にできたというだけあって、本当にレトロ!!!浴場内にはステンドグラスがあったり、煉瓦でできた館内も「は~」とため息が出るほど美しいんです。浴場内の写真は撮ることができなかったので、ちょっと写真をお借りしてきました。↓ ステキでしょ!?なんとこのお風呂は110cmも深さがあるんです。お風呂の底には石が敷き詰めてあって、歩くとちょっと痛いけど、ツボ押し効果抜群ですね。ここはすっごいオススメです。あの雰囲気は本当にステキですよ~。そしてその後私が向かったのは諏訪湖。 記念に1枚。(お風呂の後ですっぴん!恥ずかしい・・・。)諏訪湖を見たのは初めてだったんですが、びっくりしました。だってこの↓色! アオコっていうんですかね~。とにかく汚い!あんなに汚い湖は初めて見ました。やっぱり人間が出す生活排水が原因なんでしょうねぇ。いつか透き通った湖になる日が来て欲しいですね。その後も私は諏訪湖を一望できる高島城に行ったり、ミコちゃん印の神州一味噌の見学をしたり、おいしい蕎麦を食べに行ったりと上諏訪散策を満喫したのですが、なんとその後はワインで有名な勝沼まで戻ってブドウ狩りをしたりとなんともハードな旅をしたのでした。今から3年ほど前の話だけど、もう今じゃ無理です。ただ、諏訪といえば上諏訪じゃなくて、下諏訪の方には古い町並みが残っているということを後で知り、下諏訪にも行っておけばよかったと今でもすごく後悔してるえりつぃんなのでした・・・。
2002年01月22日
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なんだかふぐの反響は大きいですねぇ。ゆきゃリンによると私が食べたのは偽ふぐらしい・・・。ガーン・・・。でも1匹3万円なんて・・・。それをゆきゃリンは1年に10回も食べるなんて・・・。うちの1ヶ月の食費、3万円にも満たないんです。ということはゆきゃリンの1年のふぐ代がうちの1年間の食費と同じくらい・・・。まぁその中には外食代は含まれてないけど、それでもそれでも・・・。結論。私は一生ふぐを食べることができないでしょう。この間だんなさんととんかつの話をしていて、私はふと「とんかつ太郎さん」という人がこの世にいるかもしれないと思ったんです。それをだんなさんに言ったら「絶対いない!もしいたらえりちんに死ぬほどお寿司を食べさせてあげる!」って言うんです。私はその時点では「とんかつ太郎さん」がいると信じて疑いませんでしたから、もう食べに行った気分になって、「サーモン、サーモン、鰯、鰹、アジ・・・・」と食べる順番を言い出したんです。そしたらだんなさんぼそっと、「えりちんでよかった・・・。」って言うんですよ。普通ならトロとかウニとかって言うんじゃないかって。どうせ私は青魚の好きな安上がりの女です!いいじゃないねぇ、安い魚だって立派な魚なんだから!と、またもやふぐを食べられない自分を慰める・・・。(ちなみに「とんかつ」という名字はないようでした・・・。)ソラちゃんがふぐを釣ったことがあるって言ってたけど、私もふぐを捕まえたことならあります!新潟の海に泳ぎに行った時に、ふぐの赤ちゃんの大群に遭って、手ですくっただけで大量のふぐを捕まえられたんです!いっちょまえにみんなしてぷく~って膨らんでかわいいったらありゃしない!大きさは、う~ん、大豆くらいですかねぇ。そんなの食べることできないし、かわいいので逃がしちゃいました。あ!今思い出したけど、私、あと1回ふぐを食べたことあります!千葉の海に釣りに行った父が釣ってきてくれたの。そうそう、思い出した、思い出した。一緒に船に乗った漁師さんにこのふぐは毒がないって言われた、って普通にさばいてから揚げにして食べました!そういえばあれはおいしかったけど、またもやあれも偽ふぐ!?ただ新鮮だからおいしかっただけ!?毒のないふぐなんているんでしょうか?謎だ・・・。で、全く話は変わりますが、最近楽天でお友達になったゴルゴ18さんのお店で木のマウスパッドを買ったんです。これがとにかくいい品物で、最近買ったものの中で1番のヒットです。これ↓ 何がいいかって、1、手に触る木の感触がなんともいえない優しい感じでとってもいい!2、 黒檀の一枚板でできていて高級感あふれる感じ!3、ゆきちんにかじられない!3は説明が必要かと思うんですが、普通のマウスパッドだとゆきちんがかじるんですよ~。だから前のマウスパッドは四方がかじった跡だらけで汚いの。これならある程度の厚さがあるから絶対にゆきちんがかじることができないんです。これは本当にありがたい!と、マイヒット商品の説明でした。で、またまた話は変わりますが、最近私はついてません。なんと言うか、注意力が散漫になっているだけなのかもしれませんが、1番のお気に入りだったお皿を割ったり、手を雨戸に挟んだり、圧力鍋の重い蓋を足に落としたり・・・。大したことじゃないのかもしれないけど、こう重なるとだんだんみじめになってきます。運よ~!良くなってくれ~!そして、またまたまた話は変わりますが、もうすぐ3000アクセスです!うれしいな~。こんなサボってばかりのページに来てくれてる皆さんのおかげです。ありがとうございます!それではえりつぃんのひとりごとでした。え?「す」が思いつかないの、バレバレだって!?
2002年01月21日
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今日の旅先は・・・・ ↑を見てくれたら分かりますよね。私はふぐを食べたことがありませんでした。ふぐを食べに連れて行ってくれる人もいなかったし、自分で食べに行ける程お金なかったし、ふぐは長い間のあこがれでした。ふぐと言えばやっぱり下関!きっと下関なら私でも食べられるくらいふぐは安いんだろうとずっと思っていました。食べたことがないんだからもちろん味など想像もつきません。どんな味だろうか、きっと「幸せ~♪」ってとろけるくらいおいしいんだろう、いつか下関に行ってやる!と心に決めていた私。そしてついにその日が来たのです。年末も年末、大晦日直前に下関に降り立った私。早速安くておいしいふぐを求めてお店を探し始めました。しかし・・・・どこのお店も高い・・・。そりゃあそうです。もともと高いものなのだからいくら地元で安いと言っても私には手が出せませんでした。悲しいかな、この現実。私は肩を落とし市場へと向かいました。きっと市場なら安くふぐが売っているだろうと。でもそこで待っていたのはふぐではなく、もっと面白いものでした。 ↑これなんてすごいでしょ!?見たこともない変な魚!そして・・・ おもち、おもち、おもち!!!お正月用のおもちがいたるところに売っていました。もちろん下関は丸もち。丸もちってたくさん並ぶとかわいいですよね~。おもちやさんにはおもちと一緒に大福なんかも売っていて、甘いもの好きの私はそそられる、そそられる。そして興味を引いたのはこんなもの!↓ ちょっと写真じゃ分かりにくいと思うんですが、これもおもちです。下関は韓国の釜山行きのフェリーが出る街としても知られていますよね。それゆえ、下関には韓国の食べ物なんかを売る店も多くあって、↑の写真のおもちも韓国のおもちらしいです。小さく薄く切ってあってお鍋なんかに入れたらおいしそうですよね!で、結局市場でもふぐを手に入れられなかった私。あ~、ふぐを食べずに下関を去るのね・・・と更にがっかりしていた私の目に入ったてんぷらやさんのふぐ定食の文字!1500円でふぐのてんぷら定食が食べられるのです!やった!念願のふぐ~!!早速お店に入りそのふぐ定食を注文しました。しかしふぐを食べた感想は・・・ただの白身魚だった・・・。結局ふぐなんてそんなに特別おいしいものじゃないんですねぇ。別にまずくはなかったけどさ。そんなに高いお金出して食べるもんじゃないですよね、きっと!もっと高いふぐは違うのかも・・・と思いつつも、いいもん、私には他の魚がいるもん!と自分をなぐさめるえりつぃんなのでした。でも下関の市場めぐりは楽しかったです~!!年末に行ったのもあって活気があっていつまででもいれましたね、あそこなら。ちなみに下関はふぐは不遇につながるとのことで「ふく(福)」と呼ばれているんですよ。
2002年01月19日
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それではお待たせしました。「さ」の続きです。テントの中で私たち家族5人は熟睡していました。そこへ・・・・「起きろ!危ないぞ!!」という声が!!しかし私はまだ夢の中。状況を察した父が「起きろ!起きろ!」と怒鳴ります。「え・・・?何が起きたの・・・?」そして妹が外を見てびっくりして「お姉ちゃん!水がすぐ側まで来てるよ!」「はぁ?水?」私もやっとこさ体を起こし外を見ると・・・・なんと!テントのすぐ側まで海が迫ってきていたのです!状況を察した私たちは、テントやいろいろな道具を水に濡れない堤防の外へ急いで運び出しました。声をかけてくれた人はあのさざえを持ってきてくれたおじさんです。おじさんは浜のテントをまわって声をかけていました。最初、満潮で水があふれてきたのかと思ったのですが、そうではなかったようです。少し先の断崖を見ると、10メートル以上あろうかと思われるその断崖に当たる波がすごい勢いで弾け、断崖の上の方まで牙をむいています。私はあんなに高い波を初めてみました。妹たちとその様子を見て何も言葉がでませんでした。そう、夜の間に海の様子は急変したのです。真っ暗な闇の中に幾度ともなく白く高い波が浜にも打ち寄せてきます。そして私たちは安全な場所へ避難するよう言われたのです。あのおじさんが私たちを避難場所となっている町の集会所へ案内してくれました。古い木造の家々を通り抜け着いたそこは・・・今にも壊れそうな木造の集会所でした。中は暗く、オバケでも出てきそう。床はみしみしと音を立て、いたるところにくもの巣が張っています。「え?ここが集会所?」既に避難してきた人たちが寝ていました。そして空いてるところを指差され、そこで私たちは一夜を過ごすことになったのです。避難するなど初めての経験です。ましてや知らない土地での避難経験。不安でたまりませんでした。妹たちは怖がり、寝れないと言って車まで戻っていきました。私も最初不安でしたが、どこでも寝れるこの体質。すぐに深い眠りにつき、起きた時はもう朝でした。けれど妹も母も車で一夜を過ごしたようでそこには私と父しかいませんでした。そして父とふたりで海の様子を見に行きました。すると・・・海はきのうの夜のことは嘘のようにおだやかな表情をしていました。今でもあの避難した時のことを考えると本当にあったことだということが信じられません。しかし私の脳裏にはあのビルの高さほどもある白い波の光景が鮮明に記憶されているのでした・・・。でもまさか佐渡に来て避難することになるとは思いませんよねぇ。あんなふる~い木造の集会所が今でも存在することにちょっとびっくりしたえりつぃんなのでした。さすが佐渡!
2002年01月18日
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またまた心配をおかけしてごめんなさい!今度はネットにつなげなくなってしまったんです!おとといは普通につながってたのに、きのうの朝つなごうとしたらダメだったんです。こんなの初めて。SEのだんなさんがいろいろやってみてくれたけどそれでもダメ。それから何度もつなごうとしてみたんですが・・・。そして今さっきいきなりつながった!!つながらなくなった理由もつながった理由も全く不明。一体なんだったんでしょうか・・・。せっかく日記書く気まんまんだったのに!!くそ~!!!!今日はもう時間がないので、「さ」の続きはまた明日。本当に何度も心配かけてごめんなさい!!!
2002年01月17日
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皆さんご心配をおかけしましたが、無事風邪も治りました!頭がガンガン痛いし熱もあったのでこの数日間はひたすら寝てました。もうすっかり元気です!皆さんのところへもいけなくてごめんなさい。それでは今日は「さ」ですね。「さ」と言ったら結構あるけど、私の中でダントツなのは佐渡です。佐渡へは5年前の夏に家族で行きました。父は佐渡へ行くということだけ決めて、あとはお前たちに全て任せた、と言って私たち3姉妹に旅行の行程を全て決めさせました。と、言っても旅行があまり好きではない真ん中の妹、そういう細かいことは苦手な下の妹たちがそれに参加するわけもありません。結局私が佐渡のことを調べていつどこに行って何をするか、など全て決めたのでした・・・。でも実際私はそういうことが大好き。図書館で佐渡について書いてあるガイドブックを片っ端から借りて佐渡をとことん調べました。(ちなみにこの時まだ私はひとり旅に目覚めてませんでした。)私はその時はまだ一度も島というものに行ったことがなかったので、もちろんフェリーに乗るのも初めてでした。妹もそれは同じで、特に下の妹は乗り物酔いするタイプなので大丈夫かなぁと心配していました。しかし問題は妹ではなくて、犬だった・・・。フェリーの中で動物たちは通路にあるカゴに入ることになりますが、それを嫌がるパンチ。でも嫌がったからと言ってそのまま通路に置いておくことはできないので、私たちは無理やりパンチをカゴの中に押し込みました。そして立ち去ろうとするとくぉ~ん、くぉ~んと悲しげに泣くのです。あんまりにもかわいそうなので、私たちは交代でパンチの側についていることにしました。しかしそれが甘かった・・・。帰りのフェリーには行きとは違って、動物専用の部屋がありました。私たちが行った時既に他の子たちは素直にカゴに入っておとなしくしていました。しかしパンチは行きのカゴがトラウマになっているのかカゴに入るのを嫌がります。私たちは必死の攻防を繰り広げました。綱を引っ張る私たちに足を踏ん張って抵抗するパンチ。見るに見かねた船員さんは「今回は特別ということで・・・」とパンチをカゴに入れないでもいいと言ってくれました。8畳程の部屋の中で他の犬や猫たちはカゴに入ってるのに、パンチだけは一人広々と部屋を使っています。一応綱をつないでおきましたがまさにそこはパンチの部屋。パンチは勝利に得意げです。しかしその部屋を出ようとする私たちにまたもやくぉ~ん、くぉ~ん・・・。カゴに入らない上にお供をつけさせるなんて、今回はその手は通用しないのよ、と私たちはその部屋を後にするのでした・・・。で、そんなこんなで佐渡入りした私たち。もちろんカヌー2台のお供つき。泊まるのはお察しの通りキャンプです。佐渡へ来たらやっぱりここへ行かなくちゃ、ということで佐渡金山に行き、山をも割る人間の欲に驚き、佐渡の中でもとびきりきれいという尖閣湾で遊覧船に乗って、魚や海草の豊富さ、色鮮やかさに驚きました。そしてその日はそのまま尖閣湾で一泊することにしたのです。浜辺にテントを張り、日没まで海で遊びました。夕方にはそこで知り合いになった地元のおじさんがさざえをたくさん取って持ってきてくれ、早速さざえは私たちの晩ごはんになり、取れたての新鮮な味に感激しました。寝る前には妹たちと浜辺に寝っ転がり、流れ星の数を数えました。(本当にたくさん見れたんですよ!)そして早めの就寝。旅の疲れで私たちはすぐに熟睡し始めました。そこまではよかった、そこまでは・・・。さてこの続きはまた明日。
2002年01月15日
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今日は風邪をひいてしまい、一日中寝てました。服作りの疲れが出てしまったのでしょうか。そこまでして服を作る私って一体・・・。それではお待たせいたしました。今日は「こ」。「こ」と言えばやっぱり高知でしょう。高知へは何年か前に実家の家族みんなと父の兄家族と行きました。両親はふたりとも多趣味なんですが、父の趣味のひとつにカヌーがあります。高知へ行ったのは日本最後の清流と言われている四万十川でカヌーをする目的がありました。ワゴン車の上に2台のカヌーを載せて高知入りした私たち。カヌーをどでんと載せてるし、助手席には犬(パンチ)が陣取っていて、他の車からは注目の的です。パンチは助手席に座るのが大好き。旅行に連れて行ってもらえて満足げです。そして目的地四万十川に到着。その日は遅い時間だったのでとりあえず中村市内で日帰り温泉に入り、河川敷で野宿しました。え?野宿?とびっくりした人もいるかもしれませんね。そう、私たち家族はキャンプ一家なのです。小さい時からいろんなところをキャンプで連れて行ってもらいました。そして翌日。晴天の中カヌーできるポイントに移動し早速カヌーをしました。四万十川は「日本最後の清流」などとして有名ですよね。カヌー愛好家にとってはいつか下りたい川としても有名なのです。ですから埼玉から永延何時間もかけて車で来たのです。本当はずっと下っていくのが理想なのでしょうが、うちにはひとり乗りのカヌーが2台しかないの順番にちょこっとずつ川を行ったり来たりして楽しみました。それ以来私はもう何年もカヌーはやっていませんが、カヌーはとっても楽しいです。なんと言っても自分が水面ぎりぎりにいて、自然と一体になった感じになれるのです。のんびりパドルをこぎながらぷかぷか下っていると鳥の声などが身近に感じられ、普通では味わえないような気分を味わうことができます。そしてその日はみんなで川遊びしたりカヌーしたりして、またそこに一泊しました。余談ですが、うちの犬は泳げません。犬掻きができないのです!カヌーで向こう岸まで連れて行って下ろしてみたりするのですが、どうもうまく泳げなくておぼれます。犬掻きって手足は水中に入れて掻きますよねぇ。パンチは手を水の中に入れるのが嫌らしく、掻く度に外へ出してしまうのです。だからバランスを崩しておぼれると・・・。猫のミルクの方が犬掻きはうまいくらいです。かわいそうなのですが、そのおぼれてる様子がかわいいったらありゃしない!で、話は戻りますが、その次の日は一気に四万十川沿いを下り、海の方へ出ました。四万十川はのんびりと流れ、心までのんびりしてきます。古い橋がいくつも残り、見所も結構ありますね。だけど「最後の清流」と言われるくらいきれいかな?とちょっと思いました。日本にはまだまだ清流なんてたくさんあります。誰が言い始めたんでしょうかねぇ・・・。そして足摺岬に着いた私たち。車を出たところ、「え?」という感じでした。それは、体験したことのないくらい暑かったのです。もわもわ~っと粘りつくような湿気。実際ビビりました。やっぱり「南国土佐を後にして~♪」と歌われるくらい高知は暑かった!!まぁ、足摺岬は四国の中でも1番南だからなんだろうけど。私たちは足摺岬を見て、急いで車の中に戻りました。あのままあそこにいたらどうなってたことか・・・。え?足摺岬の感想?広大な太平洋に断崖絶壁、飲み込まれそうなほどの迫力がありましたが、やっぱり暑さの方が印象深い・・・。その後私たちは有名な桂浜に行き五色の石を拾い(実際8色くらいありました!)、高知市内に行ってはりまや橋を見て、高知を後にするのでした。はりまや橋はびっくりするほど存在感のない橋です。新しく再建したものだろうけど、そこだけ無理やり時代に取り残してしまったような感じ。ちょっとあれはがっかりしますねぇ。でも高知旅行は楽しかったです!後で四万十川で生活する人々の暮らしぶりをテレビで見て、もう1度行ってじっくり見てみたいな~と思っているえりつぃんです。それでは今日はお風呂に入ってもう寝ます。(早い?)皆さんのところへのご訪問はまた明日になってしまいますねぇ。ごめんなさい!
2002年01月12日
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早く「こ」を書きたい。「こ」って言ったらやっぱあれでしょう。だけどきのう今日は洋裁に夢中になっててかなりお疲れモード。根詰めてやるのが私の悪い癖。1度やり始めたら最後までやらなきゃ気がすまない。作ったのはこれ。↓ 両方とも同じ型紙から作ってます。そしてかなり問題なのが2枚目の方。母が実家から持ってきてくれたこの布地がたくさんあって(なんと5メートル以上!)、しまうのにも場所をとって仕方がなかったので服にした。だけど表地がファーで裏が合皮になっている。洋裁やる人は分かると思うけど、かなり縫いにくい生地。今まで結構な数服作ったけど、1番大変だった!(ある意味ウェディングドレスよりも・・・。)その割にはあんまりかわいくないような・・・。あぁ、なんかどっと疲れが出てきてしまった。今日は鏡割りだってのにおもちにはかび生えてるし。でもかびって結構きれい。赤とか黄色とか青とかまるで信号。でも気合で包丁で切り落として、なんとか今日はおもち入りの鍋ができそう。明日は絶対「こ」書きます!
2002年01月11日
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今日私はやってはいけないことをしてしまいました・・・。分かってはいたんですが・・・。今日私が洗濯物を取り込もうとすると窓の外をかわいい野良の猫ちゃんが通りかかったんです。すると猫の方も私に気づき、私たちは熱い視線を交わし合いました。その時私は、おせちの田作り(まだ調理してないやつ)が残っていたことを思い出し、急いで台所に走り、その小さな魚の1匹を猫にあげてしまったのです。でもそれは本当はいけないことだったんですよね。猫ちゃんはその1匹の魚を食べた後も餌を欲しがったのです。窓を閉めてもまだ泣き続ける猫。そのうち泣き声もやみましたが、しばらくずっと窓の外で猫は餌を待っていました。私の家はアパートなのでこれ以上餌をやることはできません。最初からあげてはいけないことも分かっていたのに私は・・・。あぁ・・・猫ちゃんに申し訳ない。ごめんねぇ、後先考えずに餌なんてあげたりして。 ということで今日は五十音めぐりはお休みします。え?それとは関係ないって?ハハ。
2002年01月09日
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今日は「け」ですね。でも「け」と言って思いつくのは気仙沼くらいなんですよねぇ。気仙沼は通ったことはあるけれど、降り立ったことはないのでまだ未知の世界です。気仙沼はサメの収穫量日本一なんですよね。私は未だふかひれというものを食べたことはありません。どんな味なんだろうな~。おいしいのかな~。でもサメまで食べてしまうなんて人間ってすごい。私の知り合いに気仙沼に田舎がある人がいます。以前働いていたラーメン屋で一緒だった人なんだけど、気仙沼に帰った時はよくホヤをおみやげに持って帰ってくれたな~。ホヤって見ためはグロいけど、味は結構いけますよね。私は古い町も好きだけど、港町も大好きです。気仙沼なんていかにも港!って感じですよね。行ってみた~い。あ、気仙沼の話が終わってしまいました。それでは「け」ではなくて「げ」で。「げ」と言えば岐阜県の下呂温泉!!発音的にはあんまり好ましくないけど、下呂温泉の泉質は最高です。アルカリ性単純炭酸泉という部類に入るらしいですけど、そんなのはまぁいいでしょう。下呂温泉は女性に好まれますよね。だってお肌つるつるになる温泉なんだもん!!また行きたいな~。私が下呂温泉に行ったのは、初めてひとり旅に出た旅の最後の日でした。三重→和歌山→滋賀→福井→富山→岐阜というなんとも壮大(過酷?)な旅。その日は同じ岐阜県の高山で出会ったフランス人の女の子と高山を散策していました。そしてそろそろ帰る時間。私はもちろん18きっぷで各駅停車の旅をしていましたので、帰りはムーンライトながらという夜行列車を使って帰る予定でした。その女の子はフランス国内で手に入れた外国人のためだけの新幹線と特急乗り放題のきっぷ(ずるい!!)を使って、もちろん特急と新幹線で東京までびゅーんと。高山駅で私たちは再会を約束して別れました。「ムーンライトながら」という列車は大垣発です。大垣まではもちろん鈍行ですが、少し時間があったので、途中にある下呂温泉で下車してみることにしました。そのことをその女の子に言った時は、私のことをかなりうらやましがっていました。外国人にとっても下呂温泉は日本の中でもよく知る温泉らしいです。そして下呂温泉に降り立った私。日帰り入浴できる施設を探しに温泉街へと歩き始めました。途中大きな橋があり、何気なく下を見ると・・・・。なんと!!川岸に露天風呂があり、何人かのおじさま方が夕空の下、真っ裸で(当たり前だけど)入浴していました。「きゃっ!!」ウブな私(笑)は思わず目をそむけてしまいました。その露天風呂は全く囲いなどないのです。どうやら無料の温泉らしいです。いくらお金のない私でもそこに入る気は全く起きませんでした。今でもあの温泉はあるんだろうか。ちょっと気になっている私です。その後私は日帰り入浴できるところをみつけだし、気持ちよ~く温泉につかりました・・・・と言いたいところですが、和歌山の潮岬で200個以上も蚊にさされておりそれがしみるわ、日焼けもしていたのでひりひりするわですぐ上がってしまいました。でも確かにお肌はつるつるになったのよ。今度は普通の状態の時にまた来よう!と心に決めたえりつぃんなのでした。それからその蚊にさされた話ですが、これは実話です。
2002年01月08日
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「く」はかなり迷います。今こうして書き始めてみたものの、どれにしようか・・・。う~ん・・・。それではやっぱり倉敷で!!倉敷は岡山県にあり、古くからの蔵がたくさん残るところとして有名です。私の父は岡山出身です。しかし事情により私は生まれて20年ほど岡山に行ったことはありませんでした。父から聞く岡山の風景。いつか岡山に行ってみたいな~とずっと思っていました。父の育った玉野は瀬戸内海に面していて、よく釣りに行ったそうです。岡山の魚と言えばままかり。父の母(つまり祖母)の作るままかりの酢漬けはとてもおいしかったらしいです。1度既製品のままかりの酢漬けを買って食べたことがありますが父は「こんな味じゃない」と言い、とそれ以来ままかりが我が家の食卓にのぼることはありませんでした。それも小さい頃の話ですので私はままかりの味など忘れてしまいました。そしてままかりと言って思い出すのは、以前勤めていた老人の施設にいた倉敷出身のおばあちゃんなんです。その方はだいぶ痴呆が進んだ方でしたが、「倉敷はどんなところですか?」と話を持ちかけると、「何にもないところですよ。」と言いながらもとてもうれしそうに倉敷の話をしてくれました。私は倉敷には行ったことがなかったので、思いつくまま、倉敷→岡山→ままかりという感じでままかりの話をしてみると、これもまた「あんなの庶民の食べ物です。」と言いつつ、「たくさん獲れるから嫌になるほどたくさん食べたのよ。」とうれしそうに話をしてくれるのでした。ですから私の中ではさっきの→の逆の連想で、ままかり→倉敷→あのおばあちゃんといった感じに結びついていて、倉敷といえばあのおばあちゃんなのです。その方はとても上品でステキな方でした。私も歳を取ったらあんな方になりたい、と感じていたのでその方のために何かしてあげたく、いつか倉敷に行って写真を撮ってそれを見せてあげたら喜ぶだろうな~、とその方と話をする度思っていました。そしてしばらくして岡山の祖父母や親戚をたずねることになり、私は倉敷に寄ることができたのです。妹は両親と以前倉敷に行ったことがあり、「大したところじゃないよ」と言っていたのですが、そんなことは全然ありませんでした。確かに美観地区は整備されすぎていて、散策していてもちょっともの足りない気がしましたが、その裏の方の路地を歩いてみると、古い蔵や建物が今も生活とともに生きていて、そこにいるだけでウキウキしてしまうようなところでした。そしておばあちゃんの幼い時に見ていた風景や生活がちょっとだけ見えたような気がしました。そこで私はおばあちゃんのためにたくさんの写真を撮りました。しかしおばあちゃんの住んでいたところは今のチボリ公園があるあたりだったようです。おばあちゃんの懐かしい家があったところに遊園地ができていることなど話せるわけがなかったし、第一その頭の中にある風景を今更変える必要もないと感じ、結局写真は見せませんでした。でも倉敷で私はままかりのお寿司を食べ、帰ってからは想像ではなく実体験としてままかりの話をすることができました。ままかりは小さな魚で、いわしに似た味がしました。そして食べた瞬間、父とおばあちゃんのことが思い出されました。痴呆の方にとって、昔の楽しい思い出を思い出すことはいいことです。ままかりの話から、倉敷で過ごした幼い時の楽しい思い出が蘇っていればいいなぁ、と思いつつおばあちゃんと会話を交わすえりつぃんなのでした。ではその時に撮った写真を載せます。倉敷の風景、ステキでしょ。 それからネコ好きの皆さま、旅で出会った動物たちの「ネコ3」のページ、ちょっとだけアップしたのでよかったら見て行ってくださいね。
2002年01月07日
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日記をサボって早5日。いい加減書かないとダメだよってだんなさんにも言われてしまいました。本当そうです。こんなんじゃ誰も来てくれないページになっちゃいますね。最近何度も言ってる気がするけど、ごめんなさいっ!!!この5日間に何してたかというと、だんなさんが3日までお休みでまた土日が入ったりして、結局ふたりで遊んでたんです。そして2日にはとってもショックなことがありました。と、いうのは、実は2日は同じ神奈川県内でも一番南の城ヶ島まで行っていたんです。え?これじゃ何がショックなのか分からないって?まぁ、待ってくださいな。城ヶ島といえば「城ヶ島の雨」という曲でご存知の方もいらっしゃいますよね。三浦半島から突き出した小さな島で、半島とは一本の橋でつながれています。私たちはドライブがてらお弁当を持ってウキウキで出かけました。ちょっと歩けば一周できるような小さな島。まず港を散歩し、お弁当を食べられるような場所を探しに、城ヶ島の中でも一番の景勝地、水っ垂れ(みそったれ)へ向かいました。しかしそこに着いてみると・・・・え????とてもお弁当を食べられるようなところではありません。海からせりあがった断崖に小さな溝があるだけ。どうやらここが道のようです。本当にここを行っていいのか分からなかったけれど、来た道を引き返すわけにもいかないので、私たちは大きなお弁当をかかえその道を進むことにしました。ちょっと足を踏み外したら海の中。海までの距離はそんなにないけれどもやっぱり寒いこの季節。海の中に落ちるのは嫌です。とっても怖かった!!本当にこのまま行ってもいいのかな~と不安に思いつつも歩いていくと、急に視界が開け、いかにもお弁当を食べるには最適の岩場が目の前に現れました。私たちはもうその時既におなかがぺこぺこだったので、すぐにお弁当を広げ食べ始めました。お天気も良く、目の前には雄大な海、遠く房総半島も見え、やっぱり外で食べるごはんは最高~♪玉子焼きにぱくつき、私の玉子焼きっておいしい~なんて自画自賛をしていた瞬間。バサッ!!!!箸に挟まっていたはずの残りの玉子焼きがありません。何が起こったと思います??私はしばし呆然としていましたが、私の頭上にはとんびがぐるぐると飛び回っています。そう、とんびが私の大事な玉子焼きを捕ったのです!!!あの玉子焼きを捕られた瞬間の衝撃。玉子焼きがなくなってショックだけが残りましたが、なおも次の獲物を狙うとんびたちが飛び回っています。私たちは場所を変え、お弁当の続きを食べることにしましたが、もうそんな気分ではありませんでした。目はキョロキョロととんびを追います。その甲斐あってなんとか2度めの被害に遭うことはありませんでしたが、本当に悔しかった!!とんびに私の大事な玉子焼きを食べられるなんて!!その日は家の近くのタイ料理のお店に行き、激辛カレーを食べて気を紛らわせるのでした・・・。あ~怖かった。
2002年01月06日
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あけましておめでとうございます!!いよいよ2002年ですね。私の母は鳥取出身で、私は20世紀梨をたくさん食べて育ったんですが、小さい頃は21世紀になったら梨も改名するのかなぁ、そしたら20世紀梨が20世紀梨でなくなっちゃう!なんて変な不安を抱いてたものですが、もう21世紀になって1年。早いものですねぇ。今年はだんなさんと2人で迎えるお正月。当初はだんなさんの仕事の関係でお正月なんて来ないかと思ってたんですが、どうやら我が家にもお正月が来たようです。 見てください!!これが私が作ったおせちです。2段しかないけど初めて作った割には結構いい出来でしょ!?だんなさんにも感動してもらえてとってもうれしいです!今日はおせちにお雑煮、それからお屠蘇までいただきました。お雑煮は何県風なんだろう??すまし汁にやわらかく煮たおもちに具はかしわやかまぼこ、それから花かつおをたっぷりかけました。花かつおは初めてだったんですが、今回のおもち調査で聞いて食べてみたかったんです。かしわも初めてです。きっといろんな県の食べ方が混じってるんだろうな~。やっぱりおもちっておいしいですよねぇ!(ちなみにお昼もラケルというオムレツやさんでおもちオムライスなるものを食べてしましました。)それからその後は文京区の護国寺に初詣に行きました。護国寺はかなりの穴場!全然人がいなくて気持ちよく参拝できました。念願だったりんご飴も買ってもらって大満足。うちの母は変なところで潔癖な人で、今まで屋台のものはほこりをかぶってるから、と言って買ってもらえなかったんです。だから赤くつやつや輝くりんご飴はすごくあこがれだった・・・。きっと母に怒られるんだろうな~と思いながらもだんなさんにねだってしまいました。でも今回のりんご飴もできたてのをもらったからあんまりほこりはかかってなかったと思うけど。それからおみくじは小吉でした。だんなさんは末吉だったけど、小吉と末吉ってどっちがいいんだろう?旅についてですが、だんなさんがひいたのには南に行くように書いてあって、私がひいたのには北に行くように書いてありました。それって今年中に全国制覇を終わらせろってこと??あ、私が全国で行ってないのは北海道と沖縄なんです。いや~参ったな~♪そして、護国寺から池袋までだんなさんとおててつないでのんびりお散歩。人も車も少ないし、お天気よくてぽかぽかだったし、とっても気持ちよかったですね~。その後はもちろん恒例の福袋!!!これを買わないと1年が始まりません。私はかれこれ10年近く毎年買ってます。買い始めた頃はまだ福袋の地位は低くてみんなからはなんでそんなもの買うの?ってバカにされてたくらい。今じゃぁ福袋に行列ができてしまうのにねぇ・・・。ずーっと買ってきてやっぱり一番いいと思ったのは池袋のアルパの中にあるイエローチェアというお店の福袋です。ラフォーレにあるようなブランドのセレクトショップです。アルパ自体行列はできないから買うのも楽なんだけど、その中でもここはすごくいい。買って損したことはないですね。東京近辺にお住まいの方にはオススメです。今年も5000円で白のオフタートルのニットにデニムスカートにフリルシャツに紫のセクシーなカットソーが入ってました。どれもステキなものばかりで超!満足です。今年はなんと透明の袋に入ってました。ちょっとびっくり。さすがに量は年々減ってるけどそれでも後悔させないのがすごいところ。もう1個違うお店で買ったんだけど、やっぱりイエローチェアのにはかなわなかったな~。また来年も買おう~っと。と、そんなこんなで今日はお正月!な日でした。今年もいい年になりそう。皆さんと共に幸せな年になるといいですね!!今年もよろしくお願いします。それから実は今日はとっても疲れていて、日記を書くのでいっぱいいっぱいなのでとても皆さんのところに行くことができなそうです。皆さんに来てもらってばかりで悪いな~と思うんですが、もうダメ・・・・。今日の五十音めぐりもお休みします。ごめんなさいねぇ・・・。
2002年01月01日
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皆さん、今年は本当にお世話になりました。こんな私のページに足を運んでくれた方がたくさんたくさんいて、本当にうれしいです!楽天を始めたのはちょっとしたきっかけに過ぎなかったけど、でも皆さんに出会うことができてよかったです。皆さんには落ち込んだときには一生懸命励ましてもらってずいぶん助けられたし、楽しいことがあった時にはそれを分かち合うことができて、普通に生活していては得られない喜びがあったような気がします。それから今年は私にとって結婚という大きな出来事がありました。そして今まで生きてきた中で一番幸せを感じた年だったように思います。自分はひとりで生きているんじゃないってことを実感しました。たくさんの人に囲まれて自分が成り立っている、それは当たり前のことだけど本当にありがたいことですよね。いつもおかげの心を忘れないようにしたいな。皆さんとにかくありがとうございました!!それからこの年末はあまり皆さんのところを訪問することができなくてごめんなさい。皆さんのお察しの通り大好きなだんなさまとラブラブしてました。こんな私ですが来年もどうぞよろしくお願いしますね!!今日は両親がつきたてのおもちを届けにわざわざ往復4時間かけてうちに来てくれました。丸もち以外に、福島出身のだんなさまの為に切りもちもありました。待ちきれなくてお昼に食べちゃったんですが、やっぱりつきたてのおもちっておいしいですよね!!両親に感謝!です。それから今日は初めておせちを作りました。今まで一品や二品作ったことがありましたが全部作るというのは大変ですね。ずっと立ちっぱなしだったのでもう足はパンパンです。と言いながらおせちを作った後にだんなさんとボーリングに行ってしまったんだけど・・・。おかげで足だけでなくて手も肩もコチコチです。だから今一番行きたいのは温泉!!今日の五十音めぐりは「き」ですね。「き」がつく温泉といえば城崎(きのさき)温泉でしょう。城崎温泉というのは鳥取に近い兵庫にある温泉です。城崎は多くの文豪も愛した温泉で、古くからの温泉情緒が残るところです。志賀直哉も「城崎にて」という作品を書いてますよね。私は鳥取におばあちゃんがいるので、鳥取に行くついでによく寄ります。駅を降りて少し歩くともうそこは別世界。川が流れ、柳が川に沿って植えられ、道をはさんで古い温泉宿が立ち並びます。城崎では温泉巡りができるので、浴衣を着、下駄を履いた人々がからんころん歩いてたりします。私はそんな城崎の風景が大好きです。もちろん温泉めぐりするのも好きですけどね。2時間ほどの間に3軒まわったこともあります。あ~、今すぐ行って疲れた体を癒して、気持ちよく新年を迎えたいな~・・・・。と、いうのは無理だから入浴剤を入れたお風呂に入って、だんなさまにマッサージしてもらおうっと。
2001年12月31日
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あ~またサボってしまった・・・。実はお仕事の忙しかっただんなさんにもお正月休みが取れて、ふたりでゆっくりしてたんです。お休みは3日まで。久しぶりにふたりでゆっくりできるお休みを満喫したいと思うので3日まではまたサボり気味になるかな~。皆さんへの訪問も遅くなっちゃうかもしれません。どうかどうかこんな私目をお許しくださいませ・・・。では遅くなりましたが今日は「か」です。「か」と言って思いつくのはやっぱり鹿児島かなぁ・・・。鹿児島には今年の10月、新婚旅行で行ったばかりです。それも初めての飛行機で行きました。そう、私はこの歳になるまで今まで一度も飛行機に乗ったことなかったんです。老人ホームのおじいちゃまにも「今どき・・・」って笑われたくらい。初めての飛行機から見る鹿児島の風景。その日はあいにく東京から九州までは天気が悪かったのでかなり上空を飛んでいたらしく、鹿児島近辺まで来て初めて下の風景を見ることができたのです。私は眼下に見える薩摩半島の形が地図と同じでびっくりしました。(当たり前のことなんだけど・・・。)地図と下の風景を見比べて大はしゃぎの私。海の青さと緑の陸地のコントラストってとてもステキですねぇ。そして鹿児島に降り立った私たちはホテルを予約してある鹿児島市内へと向かいました。予約したのは城山観光ホテルというホテルで、鹿児島では結構有名なところらしいです。鹿児島市内が一望できる高台にあり、そこからは桜島を眺めることもできます。市内の適当な場所でバスを下りた私たちはホテルまで歩いていくことにしました。しかしはっきり言ってホテルは山の上。下から見るそれは、それこそ山の上の城のように見えました。結局山登り同然となり汗をかきかきやっとのことでホテルに到着しましたが、頑張って登った甲斐あってそこから見る景色は最高!(これを筆頭になぜかこの旅では山登りすることが多かったんですよね。)↓は部屋から見えた景色です。桜島から上る日の出、きれいでしょ!? 鹿児島は市電の走る町です。市電がある町ってどこもステキですよね。鹿児島でも人々は市電をうまく生活に利用しているようでした。私も市電は大好きです。バスや電車よりも気軽に乗りやすいし、なんかノスタルジックですよね。↓市電に囲まれて満足の図です。 鹿児島の名物と言えばやっぱりさつま揚げですよね。私たちは本場のさつま揚げとはどんなもんかと揚立屋という店に行きました。ここではそこで買ったさつま揚げをその場でいただくこともできます。私たちはいくつか買ってその場で食べていたのですが、お店の人がお茶やらオススメのさつま揚げやら出してくれてかなり大満足!でした。私はチーズ入りがお気に入りです。おいしかったので空港でもたくさん買ってきちゃいました。↓さつま揚げを買う図です。いろいろあるでしょ。 その後私たちは鹿児島をうろうろ散策し、桜島を眺めながらしばし海でぼーっとしたりしました。その途中で私はこんなもの↓を発見! 本当に桜島から灰って降るんだ~って感激して、拾って家に持って帰ってきてしまいました。だって非売品ですよ!!その日は実際灰は降っていなかったので今でも本当に灰が降るなんて半信半疑の私。鹿児島のTVでは天気予報の時に必ず風向きの情報もあるんですよね。灰が降る風向きの時にはお洗濯も干せないなんて鹿児島の人たちって大変だな~・・・。鹿児島は桜島抜きには語れない町ですよね。鹿児島と言っても結局鹿児島市内の話をしてしまいましたが、機会があればまた指宿や知覧などにも行ってみたいな~と思ってます。鹿児島に行って唯一心残りなのは鹿児島弁が聞けなかったことです。「~たい」って今でも言ってるのかな~?
2001年12月30日
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「お」それはもちろん尾道です!!尾道は私の大好きな町です。全国を旅した中でも特に上位に来るくらいです。そう、しまなみ海道をそもそも自転車で渡ろうと思ったのも尾道行きたさで気楽に決めてしまったんですよね。それがあんなにつらいことになるとは思わなかったけど・・・・。皆さんは尾道はご存知ですか?行ったことある方いらっしゃいますかねぇ。尾道は広島県にあり、海に面したおだやかな町です。大林宣彦監督の出身地であり、「ふたり」や「時をかける少女」などの映画の舞台にもなっているので見たことある方もいるかもしれませんね。実は私は大林監督に尾道で会ったことがあるんです。初めて尾道に行った時、何か撮影をしていたのですが、尾道は細い路地でも有名なところ。撮影隊が道をふさいでいて通ることができなかったので「邪魔だなぁ、もう!」なんて思ってたら撮影をしていた監督らしき人物は丁寧に「すみません。今どきますから。」と道を開けてくれました。その時私は実は大林監督なぞ知らず、後で尾道のパンフレットを見たらさっき会った人が載っていてびっくりしたものです。そもそも私が尾道を初めて訪ねたのはただ電車の時間が余ったからだったんです。尾道という名前だけは知っていましたがどんなところかは全く知りませんでした。そして尾道に降り立った私。何があるのかもよく分からなかったのでまず道に迷いました。一応駅でパンフレットをもらい、なんとなく行くところを決めうろうろしていたところ、おばちゃん2人組が「どこ行く?道分かる?」と声をかけてくれました。旅先で道が分からずこちらから地元の人に聞くことはありますが、向こうから道分かる?と聞かれたことは初めてです。なんて旅人に優しい町なの!と感動しました。そしてお寺などをまわりうろうろしていると、またまたおじさんが声をかけてきました。「○○行くの?」○○とは喫茶店の名前のようです。それはどうやら大林監督の映画で舞台になった喫茶店で、尾道を訪れた人がよく行くスポットらしく、私はすぐその近くを歩いていたようなのです。「え、え???」訳も分からずうろたえる私におじさんは自己紹介をしてくれ、「尾道のこと分からなければ僕が案内してあげるよ。」と申し出てくれました。ちょっと怪しい身なりのおじさんだけど、尾道に惚れこみ、東京から移住までしてしまったとのことで、まぁ時間もあるし、もっと尾道を知りたいから案内してもらおうかなぁと3時間ほどのおじさんとの尾道散策が始まりました。ここで「ちょっと待って!」と思う方もいますよねぇ。確かに怪しい人ではありましたが、なんとなく悪い人かいい人かはそのオーラで分かるってことありますよねぇ。その人は悪いオーラは出していなかったのでついついて行くことにしてしまったのです。でもそれは正解でした。普通にパンフレットだけで尾道を見ても分からないことだらけだと思うんですが、おじさんは大林映画を見たことのない私に映画のあらすじを話してくれ、そのゆかりの地をまわったり、尾道に来たら絶対に行かなくてはいけないようなスポットを見たり、尾道の名産品を教えてくれたり、面白いお店を案内してくれました。とにかくおじさんは尾道が大好きらしく、全てを熱っぽく語っていました。私が尾道のことをこんなに好きになったのはあのおじさんのおかげです。るるぶにあのおじさんが載ってたこともあったみたいです。おじさんが見せてくれたそのるるぶには「運が良かったら会えるかも。」とありました。私は運が良かったんですね。そして私は尾道の何を好きになったのかと言うと、まずそこに暮らす人の温かさや、坂や路地が多くて未知の世界に迷いこんだような気がしてしまうところとか、坂を上れば尾道水道を挟んで向島や瀬戸内海の島々が眺められ、見てるだけでのんびりした気分になるところとか、古くからの歴史が今も生活に息づいてるところとか、とにかく理由はいっぱいです。それなのに日本のオススメの場所になぜ載せていないかというと、それは尾道に申し訳ないから。まだまだ見てないところがいっぱいなのに私ごときがすすめていいのか自信が持てなくて。でも本当にオススメの場所です。あの感じは他の町にはないですよね。行ってみなきゃ分からない尾道の魅力!皆さんもぜひぜひ行ってみてください!!ただ、あのしまなみ海道を自転車で旅した時、尾道に着くことはできましたが実際観光はできなかったです。体力的に。何も食べてなくておなかもぺこぺこだったので私は寿司屋に駆け込み、刺身定食を注文して昼から生ビールをあおってしまいました。尾道はすぐ海だからお魚がおいしいのは言うまでもないけど、やっぱり運動の後のビールは最高よね。あ~尾道また行きたいな~。
2001年12月27日
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きのうもまたおうちでささやかなクリスマスパーティをやってしまいました!これで連続3日クリスマス!!クリスマスってほんと楽しい~!!ではずいぶん間があいてしまいましたがしまなみ海道の旅の続きを話したいと思います。翌日、私は民宿を早い時間に出ることにしました。日焼け止めもばっちり塗っていざ出発~!まだ日は低く、海からは気持ちの良い風が吹いてきます。朝のサイクリングって最高~♪なんて思えたのは束の間。あっという間に日は高くなり、じりじりと肌を焦がすような日差しになってきました。それでも隣の島、大三島くらいまでは楽勝でした。そして愛媛の旅も終わり(あ、「え」が終わってしまいました・・)、しまなみ海道の中でもひときわ美しい多田羅大橋を渡って広島の生口島に入りました。生口島には今でも古い町並みが残っているとのこと。古い町並み好きの私はここで観光でもして行こうと思い、ちょっと寄り道をすることにしました。日本最古の三重塔がある向上寺の境内でのんびりと一休みした私は最終目的地、尾道を目指すこととしました。日はもうすっかり真上にあります。照りつける日差しはいっそう強くなってきました。それととともに私のペダルをこぐ足は遅くなってきます。あのぐるぐるスロープや島の起伏がさらにどんどん私の体力を奪っていきます。そして喉が異常に渇く!民宿で入れてきたペットボトルのお茶はもうありません。水、水、水~・・・・・。自動販売機の数は少なく、あってもほとんど売り切れ。残っているのはコーラなど炭酸類ばかり。私は炭酸は飲めないので次の自動販売機を求めてまたひたすらペダルをこぎます。しかしポルノグラフィティのメンバーたちの出身地である因島から(どうでもいい?)、しまなみ海道最後の島の向島へと渡る橋まで上るスロープの途中で、ついに私は倒れてしまいました。呼吸は荒くなり、意識も遠のきかけています。そう、私は脱水症状を起こしてしまっていたのです。頭を流れるのは中島みゆきの「道に倒れて誰かの名を~♪」という曲。あ~・・・・私はこのまま一人で死ぬのね・・・・寂しい最後だわぁ・・・・。脱水症状ごときで死ぬことは少ないと思いますが、その時私は本気でそう思っていたのです。しかし倒れたところが幸い木の陰だったのでそこでしばらく横たわっていたらだんだんと気力が回復してきました。そうだ!私はこんなところで死ぬ訳には行かないの!とにかくこの橋を渡ろう!と決意した私はゆっくりながらもペダルをこぎ始めました。そして橋を降りるところまで来てここは一気に駆け下ります。下りた所は海水浴場になっていて人々が楽しそうに海ではしゃいでいました。そんな場所と不釣合いなげっそりとした顔をした私の目に入ってきたのは、そう!!自動販売機!!しかも幸いなことにスポーツドリンクが売り切れていません。急いでそれを買い求め一気に500ccを飲み干しました。渇いたスポンジに水を含ませるように体が潤っていくのが分かります。それとともに気力、体力ともにだんだんと回復していきました。あのCMは嘘じゃなかったのね・・・・。スポーツドリンクの威力を見直した私はさらにもう1本買い求めて半分飲んで残りはペットボトルに詰め、いよいよ目前に迫った尾道へとすごい形相でひたすらペダルをこぐのでした。皆さん、真夏の炎天下で帽子もかぶらず、露出の多い格好をして、水も持たずに自転車をこぐのはやめましょうね。脱水症状は怖いですよ~。本当に死ぬかと思ったんですから!余談ですが、あの時私は日焼け止めを耳と手の甲に塗るのを忘れてたんです。その後塗り忘れた場所にたくさんの水ぶくれができ、妖怪のようになったのは言うまでもありません。日焼け止めの塗り忘れにもご注意を!!明日は「お」。それはもちろん○○ですよね!
2001年12月26日
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ごめんなさいっ!!!!またまた日記をお休みしてしまいました。それも2日も・・・。この2日間はいろんなことがありました。まず23日は実家に帰ってクリスマスパーティ&父の誕生日会(父は12月25日生まれ)をしてました。実家に帰った時に日記を書いたんですが、パソコンが固まりまたもや消えてしまった・・・・。(もしかしてしまなみ海道の旅は書いちゃいけないのかなぁ・・・。)そして結局パーティの準備で時間がなくなり書けなかったんです。本当に申し訳ない!実家でのパーティ楽しかったです~。うちでは毎年プレゼント交換をしてるんです。それも子ども会のクリスマス会みたいに、1000円程度のプレゼントを各自用意して、あみだくじで交換するんです。私は妹からの入浴剤が当たりました!私は大の入浴剤好き。これでしばらくはいろんなお風呂に入れます。うれしいな~。それから母からもいろんなプレゼントをもらいました。プレゼントっていくつになってもうれしいものですね~。パーティの料理は妹たちと母と分担して作りました。(でも結局ほとんど私が作ってたんだけど・・・。)すぐ下の妹は料理が苦手です。サラダ担当だったんだけど、野菜を盛り付けてもう終わり。ドレッシングまでは気力が持たなかったようです・・・。一番下の妹はケーキ担当でした。彼女にとっては初めてのケーキ作りで苦労しちゃって途中で嫌になりかけてたけど、とってもかわいいケーキができました。父もこれには大満足。だって名前入りだもんね。他にも歌を歌ったりゲームしたり本当にほのぼのしたいいパーティでした。とっても楽しかった!それに私にとっては久しぶりのペットたちとの再会でもありました。びっくりしたのはももの大きさ。たった何ヶ月かのうちにおデブになってて、初め会った時は違う猫かと思ったくらい。でもやっぱりかわいいのよね~。もものせいで一時期はすごく痩せてしまったミルクもちょっと体重が増えたみたいで安心しました。最近ミルクはもものことを無視することにしたみたいです。前は近寄っただけでもハーハー言ってごはんさえ食べれない状態だったんだけど、今は眼中にないようです。やっぱりあきらめも大事よね。パンチは私のことちょっと忘れてたみたいだけど、すぐ思い出してくれたみたいでいつもみたいに背中なでなでして攻撃がすごかったです。ぽうちゃんは相変わらず攻撃的。本気で噛んだら痛いっちゅうの!でもそのぽうもゆきちんにはおびえてました。(連れて行ったんです。)ゆきちんはぽうにも、始終狙ってるももにもお構いなしでいつものように甘えん坊してました。妹たちは手を出すと頭をひっくり返してなでなでして~光線を出したり、なでてあげるとふわぁ~って喜びのあくびをするゆきちんにびっくりしてました。そんなこんなで家族とも動物たちとも楽しい時間を過ごせてよかったです。しかし!!実家で寝ていた私に不幸(?)が襲い掛かったのです。夜中にだんなさんがトイレに行こうとしたその音で目を覚まし、のどが異様に渇いてることに気づいた私は水を飲もうとベッドから起き上がりました。そしてスリッパを履いたところでひどい立ちくらみ(めまい?)がしたのです。自分がくるくる回っているようで天と地も分かりません。足はもつれ、立ってられなくなってその場にうずくまりました。そして私の姿にびっくりしただんなさんに声をかけられ目を開けたそこは階段の前。えぇぇぇ!?いつここまで歩いてきたの~!?私はくらくらしながらここまで来てしまったようです。なおも続く立ちくらみ。恐怖さえ感じてしまいました。そしてきのうは結局午前中はずっと立ち上がる度に立ちくらみが続きました。しかし我が家に戻ってくる頃には体調も回復し、夜にはだんなさんと2人で楽しいクリスマスを過ごしました。でも結局あの立ちくらみはなんだったんでしょうかねぇ?レバーだってついこの間食べたばかりだし、栄養にはすごく気を使ってるから足りない栄養素があるとは思えないってだんなさんも言うし・・・。自分の血圧のことよく分からないけど、実は超低血圧だったりして。あんなすごい立ちくらみは初めてだからちょっと気になります。だれか立ちくらみの原因をご存知の方いたら教えて~。皆さんはどんなクリスマスを過ごしたんですかねぇ?私はだんなさんと過ごすクリスマスは実は2度目なんです。2年前にはだんなさんとまだ出会ってもいなかったんですから本当不思議なものですね。どんなクリスマスだったかは内緒だけど♪やっぱりクリスマスっていいですね。早く次のクリスマス来ないかな~☆
2001年12月25日
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きのう来てくれた皆さん、ごめんなさい。きのうはどうしても同じ日記を2度書く気になれなくてお休みしてしまいました・・・。本当にごめんなさい!さて、では続きですが、しまなみ海道縦断の自転車旅をスタートさせた私は最初の橋、来島海峡大橋を気分良く渡っていました。この橋は3つの橋が連なった橋なんですが、全長4キロ近くあるんです。橋が4キロなんてすごいですよね。ここからの眺めは絶景!橋の下は有名な海の難所らしいですが上にいれば何のその。瀬戸内海ののんびりした風景が一望でき、心地よい風が吹く。私は自転車を止めてしばらくぼーっとしていました。そのうち、そうだ、私はこんなところでゆっくりしていられないんだ!と我に帰り、また自転車をこぎ出しました。その時点で時間は3時半をまわっていましたが、その日の宿は2つ目の島、伯方島に取ってあるので日暮れまでにはそこにたどりつかねばならなかったのです。しかしいきなり難関が待ち受けていました。最初の島、大島を抜けるには島のど真ん中を走って行きます。私は平面の地図を見てたからまぁそんなに大したことないだろうと思っていたのですが、大間違いだった・・・・。小さな島と言ってももちろん起伏があります。それは小さな山越えをするようなもの。いくらこいでもこいでも下りが見えてきません。だんだん太ももがパンパンになってきて、額には汗ダラダラ。息するのもつらくなってきました。そしてついには自転車を降りてしまいました。運動不足の体にはかなりきつい。そんなことパンフレットには書いてなかったよ~って感じでした。しかしやがて下りが見えてきて、今度は今までのうっぷんを晴らすかのように猛スピードで駆け下ります。その気持ちのいいことったら!!そして2つめの橋があっという間に見えてきて、もう伯方島だ!と思ったらまたそれが大変だった・・・。と言うのは、しまなみ海道の橋は大体海面から50メートルほどの高さにあります。そして橋の入り口は海面ぎりぎりのところ。50メートルと言っても垂直に50メートル走でもして上る訳にも行きませんから、いろは坂のようなゆるやかなスロープを上っていくことになります。このスロープが曲者。さーっと駆け上がれるのは最初だけ。だんだんスピードが落ちてきてそのうち歩く他なくなります。橋はすぐ目の前に見えるのにその遠いこと・・・。しまなみ海道には7つの橋があるので(おとといの写真参照。全て違う橋なんですよ!順番に載せてます。)、7回も同じことをしたんですよね。橋の上からの眺めは好きだけど、あれはもうやだ・・・。そして、伯方島に到着。伯方島は皆さんもご存知の「伯方の塩」の発祥の地です。昔は製塩業がさかんだったみたいなんですが、今は伯方島で「伯方の塩」は作ってません。ちなみに私は「伯方の塩」を愛用者です。塩には結構こだわってるけど、やっぱり伯方の塩はおいしいですね~。話は戻って、伯方島では民宿を予約してました。民宿ってひとり客はお断り、という店が多いんですが、その宿はOKでした。しかしやっぱり対応は悪い。晩御飯は早めの時間がいいです、って言ったのに、他の客がみんな御飯食べてる時間になっても私のは用意されない。ついにキレて外に飛び出してしまいました。って言っても宿には何も言わず出て行ってしまったんだけど。宿の外はすぐ湾になっていて、釣りをしている地元の人がいっぱいいます。ただ散歩に来ている人も多くいて、私はその中のおじさんに捕まってしまいました。おじさんは同じしまなみ海道にある大三島出身の画家、平山郁夫さんのお父さんと知り合いらしく、あの人はいい人だよ~なんて力説してました。そしておじさんに人生について語られ(結局はいい結婚をすることが大事だ、と言っていた)、なんだか私はおじさんに気に入られてしまったのか、「あぁこ(あそこ)に見える光があるじゃろ。あぁこの刺身がうめぇんだ。食べに行かねぇか。」と誘われてしまいました。揺れる私の心。おいしい刺身!?食べたい~。でも知らない人だし・・・。でも民宿に行っても大したもの出なかったら後悔するだろうなぁ。すぐ側で釣りをしていた他のおじさんも「連れてってもらえ。うめぇぞ。」と追い討ちをかけます。と、心は揺れながらも結局は民宿の食事に期待して断ったのですが、やっぱり後悔しました。民宿に戻った時には既に私の御飯は冷めていて、みんな食事も終わっていて、ひとりで食べる寂しい食事。おじさんが行こうと言った店は結構有名な店でした。食べに行けばよかった~、と今でもたまに思ったりするんですよね~。往生際の悪い私。では、この続きはまた明日。え?「え」だけで3日も続くのかって?
2001年12月22日
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いっぱい書いた日記をゆきちんに消されてしまった・・・。やる気が出ません。出たら書きます。とりあえず登録だけしといた橋の写真載せます。
2001年12月20日
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皆さん、だんなさんのことを心配していただいて本当にありがとうございます!!やっぱり病院に連れて行った方がいいですよねぇ。なんでもなかったらそれで安心できるんだし。忙しいって言って行ってくれなさそうな気もしますが、頑張って説得したいと思います。とりあえずきのうは何もなかったみたいでひと安心です。今日は大丈夫かな~・・・・。では今日は「え」ですね。「え」と言えば、愛媛でしょう。私は愛媛には2度行ったことがあります。1度目は家族と道後温泉などに行きました。と、言っても道後温泉には入っていないんですよねぇ。ただ外から見ただけです。中に入ったらまた違うのかもしれないけど、はっきり言ってがっかりしました。建物の目の前は車通りの多い道路で、すぐ隣にはビルが立っていて、情緒も何もあったもんじゃありませんでした。建物自体はとてもステキなんですよ。ですが、せっかく建物を保存するなら情緒も保存して欲しかったな~と思います。松山市内には市電が走っていました。市電のある町ってそれだけでいいですよねぇ。道後温泉駅はちょっと変わった駅舎で有名ですよね。レトロな感じであれは好きです。松山は文豪が多く関わっている町なので、機会があったらもっと深く見てみたいな~とは思っています。では、これからが本題です。その2度目の愛媛旅行について書きます。「日本のオススメの場所」にも書いてありますが、私はしまなみ海道を自転車で走破したことがあります。しまなみ海道の存在を知ったのは広島の尾道を旅行した時でした。しまなみ海道は愛媛の今治から尾道をつないでいるのですが、そこでたまたま手に入れたパンフレットにしまなみ海道を自転車で渡ろう!みたいなことが書いてありました。その時はそんな100キロ近い距離を渡るなんて・・・・という感じでしたが、四国を旅行することになって、それなら大好きな尾道にも行きたいな~と思った時、しまなみ海道を渡ればすぐ尾道なんです。こりゃぁ行くしかないでしょ、みたいな感じで安易に決めてしまいました。でもそれがあんなに大変なことだとはその時は思いもしませんでした・・・。それは7月下旬。夏の暑さももう本番でした。今治に着いた私はしまなみ海道の一番最初の地点まで約2キロの道のりを歩き始めました。汗がだらだら噴き出してきます。え~・・・こんな暑さで自転車なんてこげるのかなぁ・・・と心配になってきました。そしてやっとのことで自転車をレンタルしてくれるところに着き、陽気なおじちゃん3人が自転車を出してきてくれました。(ちなみに自転車はしまなみ海道内のいくつかのポイントで乗り捨て可能です。)自転車は2種類あったのですが、私が選んだのはもちろん、ママチャリ!背中には大きな荷物があるのでスピードの出るような長距離用の自転車はちょっと無理でした。荷物をかごに詰め込み、「~じゃけん」連発のおじちゃんたちに見送られ、いざ出発!! ↑これがその自転車です!あれ?もしかしてもう結構長くなっちゃった??だんなさんも帰ってきたことだし、じゃぁこの続きはまた明日。
2001年12月19日
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きのうは実はだんなさんとちょっとケンカをしていたんです。ケンカと言うのはちょっとおかしいかもしれないですね。ちょっとおとといあったことで納得がいかなかった私はメールでだんなさんに自分の気持ちを伝えました。そして仕事から帰ってきただんなさんはごめんね、と素直に謝ってくれました。そして仲直りというか何と言うかお互いの気持ちを話しながらラブラブしてたところで!!!だんなさんが急に苦しみ出したのです!!!だんなさんは何も言わないで椅子に座り込み胸を押さえてます。顔を見ると顔面蒼白っていうんですか、真っ青でさっき見てた顔とは別人のようです。私はとっさにいろんなことを考えました。救急車を呼んだ方がいいかな、もしかしてこのままだんなさんがいなくなるってことはないよね、だんなさんがいなくなったら私生きていけないよ~。たわいもないことでスネてた自分を悔やみ、そして本当にだんなさんのことをいとおしく思いました。その後しばらく横になって休んだだんなさんは顔色も戻り胸の痛みもなくなったようですが、だんなさんが横になっている間、私は心配で心配でしょうがなく、ケンカのことなんてどうでもよくなってました。最近のだんなさんは働きすぎです。お休みなんてほとんどありません。そしてせっかくのお休みも私が外へ連れまわしたりします。きっと過労とストレスで体の具合が悪くなったんじゃないでしょうか。なんでそこまでして働かなくちゃいけないんでしょうか。これでだんなさんが倒れたら私は絶対会社を訴えてやる!!なんて思ってました。またこんなことがあるようなら1度病院で見てもらった方がいいですよねぇ・・・。とにかくこんなことがあってから気づくようでは情けないですが、私はだんなさんのことが大好きなんです。健康でずっと長生きして欲しいよ~。と、きのうはこんなことがありました。では今日は「う」ですよね。「う」、上野かな??でも宇都宮で!!宇都宮と言えば餃子の町で有名ですよね。私は1度しか行ったことがありません。以前会津をひとりで旅行した時に、ユースホステルで一緒になった男の子が宇都宮から来たということで、餃子の話で盛り上がったんです。餃子やさんはいっぱいあるよ~、おいしいよ~と自慢され、すぐさま行きたくなったのは言うまでもありません。そして私は会津からの帰り、宇都宮で途中下車をしました。初めての宇都宮。思っていたよりも大きな町で、たくさんビルが立ち並ぶ都会でした。やはりいたるところに餃子の字を見かけます。私が行ったのはその男の子に紹介された「みんみん」。ご存知の方も多いんじゃないでしょうか?7時頃をまわっていましたからたぶん地元の人ばかりでしょうが、すごい行列です。皆そこまでして食べる餃子ってどんな味なの??期待が高まります。宇都宮は餃子の消費量日本一なんですってね。私も餃子は大好きです。2年間ほどラーメン屋でバイトをしていましたから、もちろん餃子もよく食べました。さて、いよいよ私の番が来てドキドキしながら店内へ入りました。そして周りを見渡すと不思議なかけ声が!「焼(やき)ダブル!」「焼、揚(あげ)ダブル!」とか。餃子の種類は焼き餃子と揚げ餃子と水餃子の3種類のようです。ダブルというのは2人前ということらしいです。私は何て言っていいか分からずドキドキしながらも焼き餃子と水餃子とごはんを頼みました。待っている間隣の人を見ていると、水餃子のお湯の中にお醤油とお酢を入れて、そのスープも飲んでいます。お、おいしそう~。私は基本的にお酢が大好きです。だから餃子にもお酢をたっぷりつけて食べます。そして私のところにも餃子が運ばれてきました。こんがりと焼きあがった焼餃子。皮がもちもちしててやっぱりチルド餃子とかとは全く違います。でもパリっと焼けてます。具もジューシーでおいしい~。水餃子は私も隣の人がやっていたようにスープの中にお醤油とお酢を入れてちょっと知ったかぶりしながら食べました。餃子からのだしがでててこれがまたうまいし、なんと言っても皮がぷりんぷりん!とにかく焼も水もおいしかったです~。ああいう雰囲気の中でひとりで食べるのはちょっと微妙だったけどおいしかったから全然OKでしょう。また行きたいな~。時間がなかったから1軒しか行けなかったけど、きっとまだまだおいしい店があるんでしょうねぇ。宇都宮の人がうらやましい限りです。
2001年12月18日
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ついに2000アクセス行きました!!うれしいな~♪皆さんのおかげでここまで来ることができました。うっうっ・・・。(;_;)踏んでくれた方はguechanさんです!guechanさんにはステキなプレゼントをお送りします。待っててくださいね~。そしてきのうからは「日本全国五十音めぐり」なるものを始めてしまいましたが、初日から苦戦・・・。だって青森県とかいいながら青森は広すぎて結局十二湖のことだけしか書けなかったんだもん・・・・。他にもいろいろ話したい青森話はあるのでまた機会を見てお話したいと思います。では!今日は「い」です!「い」のつく地名・・・う~ん、やっぱり岩手かな。でもまた県でくくっちゃうと大きいんだけど・・・まぁいいか。岩手といえばやっぱり宮沢賢治でしょ。私は宮沢賢治の大ファンです!大体中学校くらいの時から好きになったのかなぁ。で、実は私が旅好きになったのは宮沢賢治と深いかかわりがあるのです。というのは、まず宮沢賢治の作品のことなんですが、彼の作品は皆さんご存知の通り岩手:イーハトーブを舞台にしたものばかりです。本当に色彩豊かなイーハトーブの世界。私はそれにあこがれてずっと岩手に行ってみたいと思っていたのです。そして初めて岩手に行ったのが高校の卒業旅行。大親友2人と18きっぷを使って出かけました。まず福島や仙台を見て、岩手へは三陸側から入り、宮古へ行って、盛岡へ行って、小岩井農場へ行って、花巻へ行って、というような行程でした。卒業旅行ですから時期は3月。とにかく寒かった・・・。どこへ行っても観光客はおらずガラガラでした。まず岩手へ行って感動したことを話します。私たちはほとんど車の通りのない道路を横断しようとしました。しかしたまたまそこをトラックが通りかかったんですよ。そしてそのトラックは道路を渡ろうとしている私たちを見て迷わず止まってくれました。そのトラックさえ通り過ぎたら別にすぐに渡ることもできるのに、ですよ。も~びっくりして、岩手の人って優しい~!!って大感動でした。東京じゃそんなことまずないですからね。それから小岩井農場近く、雫石のペンションに泊まった時、夜にオーナーが星を見ようと誘ってくれたんです。その星のきれいなこと!!あ~、宮沢賢治は今私が見てる星と同じ星を見てあんなに数々のステキな星のお話を作ったんだ~、と思ったら感動して涙が出てきちゃいました。それも号泣・・・。普段あんなにきれいな星を見て生活してる人はうらやましいなぁ・・・。それからもうひとつ、宮古から盛岡へは山田線という電車を使ったんですが、山田線というのは確か1日に片道3本しか走ってないんですよね、そして海側から山側へ行くのですから当然山の谷をひた走ります。その山田線に乗った時、ちょうど雪が降っていて、こう、何ていうんですか、う~ん・・・じゃぁその景色を想像してください、電車の両側はすぐ山です、それも真っ白に雪化粧されていて、そして短い編成のちょっとレトロな電車がそこを走ってるんですよ、窓にはセロテープが貼ってあって寒さが入りこまないようにしてある、そして皆乗っている人々は地元の人ばかり、観光客なんて全くいなくて生活感があふれています、なんとなく伝わったでしょうか?(え?伝わらないって?)とにかく、旅情です!!雪国経験のない私はその旅情いっぱいの電車の旅に魅了されてしまったのです。結構長い時間乗っていましたが、全く寝ることもなくずっと窓からの景色を眺めていました。今考えるとこれが私の電車好きの由来なのかもしれません。あ、それでなぜ旅が好きになったかと言うと、その旅で田舎の人(偏見じゃありませんよ!)の優しさに触れ、田舎の生活にあこがれて田舎に住みたくなってしまって、それなら日本中をまわってみないとどこに住むなんて決められない、それなら全国残さずまわってみよう、って思ってまわっているうちに旅すること自体が好きになってしまったのです。初めは宮沢賢治にあこがれて行った岩手への旅がこうも発展していくとは私自身思いもしませんでしたが・・・。あ~、今日はあの旅のことを思い出せて幸せです。岩手県!ありがとう!! ↑小岩井農場にて。 羊の赤ちゃんに囲まれて幸せいっぱいです。
2001年12月17日
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最近私のページって何のジャンルか分からないですよね。いろいろ楽しくお話してはいるけど・・・。でも私の1番好きなことはやっぱり旅です。次はどこへ行こう、とか、前に行ったあそこはよかったなぁ、って思いを巡らせるだけで幸せ。だからTVとかでもどこかの地方の話題が出てくると嫌でも耳に入ってきちゃうんです。と、いうことでいきなりですが、今日からは勝手に日本全国に思いを巡らせる旅をしたいと思います。ただ本当に勝手に思いを巡らせてるだけだとキリがないので五十音順に行きたいと思います。何を思いつくかはその時の私の気分次第ってとこでしょうか・・・。そしていつまで続くかもよく分かりませんが・・・。さて!今日は「あ」。「あ」といえばやっぱり青森県ですね。青森には1度しか行ったことないのですが、私が行ったのは夏真っ盛りの時でした。まず青森で一番行きたかったのは白神山地です。白神山地というのはご存知ない方もいるかと思いますが、屋久島と同じく世界自然遺産に登録されたところなのです。ブナ林に覆われた、太古からの自然体系が残っている場所です。その太古からの空気を吸ってみたいなぁ、と前から思っていました。そのほとんどは立ち入り禁止なのですが、制限つきで立ち入れる場所もあります。しかし、電車で旅する私にはちょっと行くのは難しい場所のため、その雰囲気が味わえる十二湖付近に行ってみることにしました。十二湖というのはご存知ですかねぇ。青いインクを流しこんだような真っ青な青池などいくつもの湖沼が集まっているところなんですが、そのどれもが本当にきれいなんです。 ↑これが青池です。すごい色でしょ!?でも私にとって印象が残っているのは、青池よりもそこで出会った犬のことなんですよね・・・。十二湖ハイキングを堪能した私は駅へと向かうことにしましたが、電車の時間まではだいぶあったので歩いて行くことにしました。そこを走っているバスは一台のみで、私の重そうな荷物を見て運転手のおじさんが「バスに乗っけておいていいよ。巡回してるからまた見かけた時に呼んでくれたらいいから。」と言ってくれたので(それもそれですごい話ですが)身軽でしたからついそんな気になってしまったんですかねぇ。しかし駅までは結構あります。それも夏の暑い盛り。てくてく歩いてると何台も車が止まってくれて「乗ってく?」と次々に声をかけてくれます。気の毒そうに思ってくれたんでしょうか・・・。あ~ん、ありがた~い!優しい人たち!と思いつつも今車に乗ってしまっては荷物を取り戻せないかもしれないので丁寧に断ります。そしてまたてくてく歩いてると、後ろから私の後をついてくる一匹の犬がいます。ん???餌はないのよ、ごめんね、と思いつつも後ろが気になります。そのうち私たちは一緒に並んで歩き始めました。並ぶと言っても前後にね。微妙な距離を保ってずっとついてきます。それがとってもかわいい子なの!柴犬みたいな雑種らしい子なんだけど、目がかわいい!そしてその駅までの道沿いにはずっと川が流れています。もう暑くて暑くてたまらなかった私はちょっと川で休憩をすることにしました。川へ降りていく私にやっぱりついてくる犬。そして靴と靴下を脱いでその清流に足をひたす私を見て、その子も前足だけちょこんと川の中にいれたのです。きゃ~!かわいいっ!!その時のふたりの足をカメラに収めたつもりだったのですが、カメラの調子が悪くて写ってなかった・・・。残念・・・。そして涼しくなった私たちはまた駅までの道を歩き始めました。しかし海が近くなってきたところでその子は立ち止まってしまったのです。え??もう来ないの??なんだかとっても寂しい気分です。1時間くらいのふたり旅でしたがすごく楽しかった。ありがとうね、ワンちゃん、私はその子に別れを告げました。そしてその子はしばらく私のことを見送ってくれていましたが、少しするとまた山の方へと向かって行ってしまいました。一体あの子は何だったのでしょうか?なんだか私には山の守り神(犬?)のような気がしてなりません。私に楽しい思い出をくれたあの子は今どうしてるんでしょうか・・・。十二湖の犬、情報求む!!
2001年12月16日
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今日はもともと用事があって妹と会う約束をしていたのですが、だんなさんの仕事が急遽お休みになったので(会社が害虫駆除のため出入り禁止だったらしい)、約束の時間までだんなさんとデートをしてきました!!本当はハリーポッターを見に行こうとも思ったんですが、ちょっと時間が合わなかったのでまた次回ということで、お買い物に行ってきました。最近はだんなさんのお休みが少なくて遊びに行けなかったのですごくうれしかった~。まず渋谷で来年のカレンダーをゲットしてきました。そのカレンダーは事細かに「今日は何の日?」ということが記載されていて、もちろん私たちの結婚記念日は、肉の日~♪このカレンダー結構面白いんですよ。例えば1月9日はくじらの日。そんな感じに何でやねん!って感じなのが多いです・・・。そしてその後池袋で回転寿司を食べてきました。全品130円なんですけど、店員の態度はすごくいいし、130円と思えないくらいネタはいいし、もう一度行きたいですね~。お店の名前は「大江戸」っていいます。よかったらぜひ!!そして妹(私のすぐ下の妹。会津旅行には行ってない妹よん。)と会って用事を済ませ、3人一緒にデパ地下でジェラートを食べたの。それがまたうまいの何のって・・・。私はイチゴを食べました。凍ったイチゴが丸々いっぱい入ってるんですよ!妹が食べた抹茶もだんなさんが食べた木イチゴもおいしかったけど☆そして家に帰ってきて、夜ご飯にはぶつ切りの鶏ももが入った水炊き鍋をしました!またこれもうまい!久しぶりのおでかけでちょっと疲れちゃったけど、このお鍋でその疲れもどこかに飛んで行っちゃった!骨付きのお肉ってダシが出て鍋には最高ですね~。あ~今日は本当に幸せいっぱいだわ~。あ、なんだか食べものの話ばっかり・・・・。そうそう、皆さんに背中のことは大変ご心配おかけしましたが、きのうの注射(痛かったよ~!!)が効いたのか大分痛みは引いたんです。じゃなきゃこんなに楽しめないですよね~。だんなさんは私のきのうの落ち込みようを見てすごく心配してたみたいで、今日はすっかり明るくなって本当によかった、って言ってくれました。これからは毎日病院通いですがこの機会にちゃんと治して、もうぶり返さないようにしたいと思います。でもほんとに今日はおいしいものいっぱい食べて、だんなさんともおでかけできて幸せだったわ~☆あ、ちなみにこのページも皆さんのおかげでもうすぐ2000アクセスなんですけど、踏んでいただいた方にはプレゼントがあります!楽しみにしててくださいね!!
2001年12月15日
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なーんて思っててもしょうがないし、なんだか尾骨のあたりまで痛くなってきてしまったので、今日は病院に行ってきました。引っ越して間もないので病院探しは大変。知らないでヤブにかかったら怖いもん。そんな私はタウンページが頼り。タウンページで近所の病院をピックアップして自転車でまわってみます。そして一番人の多そうなところに入ってみました。そしたらおじいちゃんおばあちゃんだらけ!ちょっとびっくり・・・。やっぱり整形外科はそうなのね・・・。そして診察まで1時間くらいも待った・・・。先生にいろんなところを叩かれ変な姿勢をさせられ、一体こんなんで何が分かるのかしら??そしてレントゲン。台に寝かされ、ズボンの金具が写るから、ってボタンとファスナーを外される。パンツ丸見え・・・。きゃ~、恥ずかしい・・・でも私はいつもかわいい下着つけてるから大丈夫よん。そしてレントゲンが出来上がるまで治療をします、といろんな器具がある部屋に連れて行かれる。おじいちゃんおばあちゃんがたくさんいる中若い人は私ひとり。腰と背中になにやら超短波だのホットマグナだのを当てられる。なんだかみんなの視線が恥ずかしい・・・。若いのにどうしたのかねぇ、なんて見られてるのかしら・・・。そして診断結果。頚椎と腰椎の椎間板がおかしくなってるらしい。自分の骨が写ってる写真を見せられ詳しく説明される。骨のしくみなんて分からないよ~。まるで授業を受けてるみたい・・・。そしてもう一度背中を出すように言われる。え?もう診断終わったんじゃないの?と思っていると「大丈夫だから!」と、先生。え?何が大丈夫なの?と思った瞬間、「グサッ!」えぇぇ!!!注射するならそう言ってよ~~~~。痛いよぉ、注射は嫌いなんだよぉ~。まぁ結局背中の痛みは霊の仕業でも何でもなかったみたい。とりあえずよかった、ほっ。でもまだ背中は痛い。パソコンやってるのも実はつらいのよね~。つらいけど、免許更新終わったから新しい免許取りに行かなくちゃ~、とさっき警察に行ってきました。あぁ・・・・この写真、お水としか思えないわ・・・。いっそレントゲンじゃだめかなぁ・・・。はいっ、これ私の骨です、って。
2001年12月14日
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皆さんは霊感ってありますか?私はありません、と言うかないと信じています。けれども最近なんとなーく嫌な感じがするんですよね・・・。今日は朝から雨が降っていてとても寒かったですね。最近だんなさんのお仕事が忙しくなってきて、きのうも帰ってきたのは11時半を過ぎてました。それからごはん食べたりお風呂に入ったりしてたら寝るのも1時をまわってしまいます。そして朝は6時に起きなくてはいけないのですが、今日の朝は格段と眠くて、むしろ気持ち悪いくらいでした。7時頃にだんなさんを送り出し、一通りの家事をすませた私はだんなさんに悪いと思いながらももう一度お布団の中に入ってしまいました。これがいけなかった。普段は悪いと思ってるから二度寝なんてしませんよ!決して!(笑)そしてすぐさま深い眠りに落ちて、1時間ほどしてもうそろそろ起きなくちゃ、と思いながら目を開けました。すると、私は壁の方を向いて寝ていたのですが、何やら後ろの方から人が近づいてくる気配があります。あれ?だんなさん?でもそんなわけないし・・・。そしてその気配はベッドまで来て私の後ろに迫りました。キャー!!!!それは気配なのか、本当の人なのか確かめようと後ろを向こうとしますが体が動かないし声も出ません。恐怖が私の身を包んでいます。こ、これはもしや金縛り????後ろに気持ち悪い気配を感じつつも、私は動けないまま気づくとそのまままた眠りに入ってしまっていました。そして見たのは恐ろしいテロの夢。冷や汗をかきつつまた目を開けると今度は気配はしません。でもいやにリアルな感覚だけは残っています。あれは夢だったのでしょうか?それとも・・・。最近だんなさんの帰りを待ってこたつに入りながらこうやってパソコンなどしていると、台所から人の気配がすることがよくあります。ゆきちんが起きてきたかな?と思って行ってみますが、かごは閉じているのでゆきちんが出れる訳なく、誰の人影もありません。そしてきのうからはなんだか右肩から背中にかけておも~い感じがあります。私は骨に歪みがあって病院に通わなければいけない身なので、その歪みのせいで痛いのかな、と思ってはいるのですが・・・。これが全て気のせいであって欲しいと思う今日この頃のえりつぃんなのでした・・・。
2001年12月13日
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こういう話ってやっぱり反響大きいですね~。皆さんが楽しみにしてくれるので、ついついいろいろ書いてしまって、結局は言うのも恥ずかしいようなことまで全て話してしまったんですが、本当はこういう話をしたのは私たちの出会いがネットだからなんです。今こうやっていろんな方々と出会ったりお話しているのもネットの中ですよね。ネットの中では相手の顔も見えないし、こっちも見られることがないから想像の世界から抜け出せないで、それが実在していることなのかどうかも分からなくなってもおかしくないですよね。これはakehyonさんも言ってたことです。だけどこうやって皆さんと出会ったことは現実だし、事実ネットで出会った私たちは結婚までしちゃってます。世の中には人と人との出会いってたくさんのパターンがあるけど、ネットもそのひとつであって、私はこの出会いを大切にしていきたいな~と思っている次第なのでございます。だからネットに感謝、っていうことで書いてたつもりなんですがいつの間にやら・・・・。まぁ、とにかく楽しみに読んでくださった皆さんありがとうございました!続きを、という声もありますが、ソラちゃんの言うとおりこれ以上書くと顔を公表してしまっている私たちは外を歩けなくなってしまいますので、この辺で区切りをつけたいと思います。ごめんなさいねぇ・・・。と、言いながらも私たちのことをお話しますと、なんと言っても12歳も年齢差があるんですよね。つまり同じ干支です。私は結婚相手を探してメールする相手を選んだわけではないので実際会うことになってみてそんなに年齢差ある人を選んだことをちょっと後悔しました。だって相手がおじさんだったら他からは援助交際してると思われかねないでしょ~。(え?私じゃ無理って?)だけど実際会っただんなさんは全然おじさんじゃなくって本当ほっとしました。たぶん誰が見てもその年齢には見えないと私は思ってます。なんでかな?目がかわいいからかな?人って年齢を判断する時ってどこを見るんでしょうかね?やっぱり見た目かな?だんなさん曰く私を初めて見て思ったことは「若い!白い!」だそうです。私の職業はカウンセラーかバンドやってる人かのどっちかと思ってたらしいから相当説教くさいメールの内容だったのかな?それでおばさん臭いイメージがついちゃってたとか。白いというのは私が全国を旅してるもんだから黒いイメージがあったみたいです。変な先入観ね。でもネットの中ではみんなやっぱり自分なりの想像を膨らませますよね。きっと私ひとりをとってもこれを読んでくれている皆さんの数だけ私がいるんでしょうね。その私全員に会ったら面白いだろうな~。それから、12歳も離れてると話が合う~?って聞かれて「○○知ってる?」って世代の違うアニメなどを引き合いに出されることがよくあるんですが、普通の生活の中でそういう話はどこの家庭でもしないですよね。だから興味半分にそういうこと言われるのはすごく嫌です。やっぱり話が合うかどうかっていうのは、ものの感じ方とか考え方が一致するかどうかってことが大きいと思います。だからその点では私たちは年齢が離れてても充分話が合うんですよね。そんな人とネットで出会ったってのはやっぱり運命なのかしら~☆なんか話の方向性がなくなってきたので今日はこの辺でおしまいにします。と言っても明日はないのよ~。
2001年12月12日
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「だんなさまとの出会い」のはずがただの恋愛暴露話になってる・・・。自分でももうどこまで書けばいいのか分からないよ~。だんなさんは絶対会社の人とかには見せられないって言ってます。そりゃぁ、そうよね。だって私も恥ずかしいもん・・・。では続きを・・・。受験に失敗した私は来年の再受験を考えていましたが、しばらくの休養、ということでお勉強からは離れることにしました。やった!やっと恋人同士らしくなれる!!と思ったのも束の間。だんなさんのお仕事が急に忙しくなってきて、一緒にスノボに行く約束もどこへやら。「来週は会えるかも」と言われだめになり、「次の週なら会えるかも」と言われてもまただめになり、ということが続きました。しばらく会えないかも、と最初から言ってくれればそれなりの覚悟もできるんだけど、期待してずどーん、じゃつらいでしょ。うちの妹は地元の彼と付き合ってたから毎日逢引してて、たった2,3日会えないだけでうだうだ言ってるんだもん。やきもちも焼きます。でも一番大変なのはだんなさん。毎日朝早くお仕事に出て終電近くまで働いて、もちろん休日も出勤。深夜なら大丈夫かなぁと思って電話してみてもまだ仕事中って言われてすぐ切られてしまうことがほとんどでした。それにだんなさんは朝も昼もごはんを食べない人なのに、その大事な晩ごはんだってコンビ二のお弁当だって言います。私は会えないつらさと、だんなさんの精神状態やら健康状態やら心配する気持ちが重なっておかしくなりそうでした。お仕事は受験直前にやめてたから、一日中することもなくただただだんなさんのことを考えていました。そして会えなくなってから1ヶ月たって、だんなさんのお誕生日も過ぎてしまった頃、やっと1日だけ会えることになったのです私は飛び上がる程うれしかった!その日はふたりでだんなさんの遅いお誕生日会をすることにしました。私は前日からケーキを作って、お祝いのためにワインとグラスとワインクーラーを買って雨の中出かけました。はっきり言ってかなりの大荷物だったけどそんなのも苦になりません。そして1ヶ月ぶりにだんなさんに会った私はこの人とずっと一緒にいたい、一緒に生きて行きたいという気持ちを確信しました。そんな私はその帰りの電車の中、だんなさんにその気持ちを携帯からメールしました。でもその後だんなさんから来るメールにはそのことは全く触れられていなかったのです。何もなかったように・・・。ショックでした・・・。そしてだんなさんのお仕事もだいぶ落ち着いてきて久しぶりに飲みに行こうということになって、きっとそういうことはメールじゃ言えないと思ってるんだ、もしかして正式にプロポーズされるかな?それとも断れるかも・・・なんて勝手な想像を膨らませ内心ドキドキしながらだんなさんに会いました。しかし結局その話は全く出ず、私はだんだんイライラしてきました。そして別れる直前、ついに「どう思ってる!?」と自分から切り出してしまいました。その時だんなさんの口から出た言葉は・・・・。「いいよ。でもただ一緒に暮らすってことは親が納得しないでしょ。だから正式な形にしてもいいと思ってる。」は??してもいいだって!?じゃぁしなくてもいいってこと!?と、私はいまいち納得が行きませんでしたが、それを彼なりのプロポーズだと受け取りました。なんだかドラマとは違いました。ロマンチックな場所で指輪を渡されて、目をキラキラさせながらふたりで見つめあって・・・・なんてことは全くありません。ここは駅の改札前。家路を急ぐ人でごったがえしています。でもよく考えてみると、そこは私たちが初めて出会った思い出の場所でした。そう、桜木町の駅の改札。初めて会った場所が結婚のきっかけになった場所になったのです。まぁ今となってはそれもそれなりにロマンチックでよかったかなと妥協しつつも、その時のことを思い出すと実は今でもドキドキしてしまうえりつぃんなのでした。ちゃんちゃん。
2001年12月11日
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その後私たちは1ヶ月に1度くらい会うようになり、そしてそれが2度になり3度になり、4ヶ月後にふたりで初めての旅行に出かけました。場所は群馬県の水上温泉。皆さんが想像するようなことは何もありませんでしたが(本当ですよ!)、それがかえってだんなさんのことを信じるきっかけになったような気がします。それまでは気になる人ではあったけど、好きとかそういう感情にはまだ至ってなかったように思います。2日間一緒にいて、だんなさんの今まで知らなかった面が見えてきました。本当に誠実な人で優しくて一緒にいるとほのぼのする、そんな人にだんだん惹かれていくのが分かりました。そしてその頃私は改めて専門学校を受験することを決意していました。それは作業療法士というリハビリの専門士になるための学校だったのですが、お金のない私は国立の超難関の学校を選ぶしかありませんでした。その試験は英語・数学・国語・生物が必須科目でした。音楽の高校に行っていた私は数学なんて選択していませんでしたからかなりの無謀な挑戦だったのかもしれません。そしてそんな私の無謀な挑戦を応援してくれたのがだんなさんでした。工業大学を卒業しているだんなさんは数学が得意で、私の苦手な数学の家庭教師(?)をしてくれたのです。旅行に行った次の月からは私の本格的な受験勉強が始まりました。だんなさんとは1週間に1度、だんなさんと私の家のちょうど中間にある渋谷で会って勉強会をしました。朝10時頃に会って夜9時頃まで喫茶店やファーストフード店で数学をしました。はっきり言って気が狂いそうでした。だって渋谷ですよ。そんなところで数学やってるカップルがどこにいるんでしょうか???大好きな人と一緒にいるのに微分積分やら何でやってるんだろう、って気にもなりますよ~。そして私の誕生日が来て初めてだんなさんの家に行きました。誕生日と言っても結局は数学三昧です。でもだんなさんはケーキを用意しててくれて、夜はふたりでささやかにお祝いをしました。その日はどうしても帰りたくなくて結局だんなさんの家に泊まっちゃいました。その頃にはもう私はだんなさんにベタ惚れでした。そしてお泊りが3回程続いた頃、ついにうちの父親がキレて、そいつを連れて来い!ってことになったのです。どういう経緯で出会った人か説明すると、母親は私がだまされてると思ったみたいで、妻子いないって言ったって単身赴任とかしてるだけじゃないの?とかヒドイことを言ってきます。まぁネットで出会って12歳も年上ということになれば疑うのもしょうがないかなとは思いますが・・・。でも本当にあれはショックだったなぁ。だって自分の娘が選んだ人なのに・・・。と、いうことでだんなさんがいつも着ないスーツを着て、緊張した面持ちで実家を訪問してきました。だんなさんと父親は名刺を交換して変な挨拶を交わし、なんとだんなさんは「結婚を前提に付き合ってます。」と!!え??そういえば付き合ってください、とかも言われてないし、結婚の話もしてない。そうなの~!?という感じでした。でも正直すごくうれしかったです。そんなこんなでなんとか両親のお許しも出ましたが、やっぱり数学デートが続くのでした。そして運命の受験日。落ちました。ガーン・・・。この続きはまた明日。ってまだ続くのかい!?って??なんか大暴露大会になってきた気がする・・・。いいのかなぁ、私。
2001年12月10日
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きのう続きを楽しみに来てくれた皆さん、日記書いてなくてすみませんでした!!きのうはだんなさんが久しぶりにお休みだったので、この間落札した電子ピアノを引き取りに行ってきました。うちの車はミニなのですが、電子ピアノを分解して座席も外して無理やり詰め込んでなんとか帰ってきました。 ↑こんな感じです。そして帰ってきて組み立て作業をしてピアノを思いっきり弾いたらくたくたになってしまい、皆さんには本当に申し訳ないと思いながらも日記を書かずに10時過ぎには寝てしまいました。ごめんなさいっ!!でもピアノが来て本当にうれしいです!今日からはピアノ三昧です~☆と、いうことで日記の続きは今日の日記で・・・。
2001年12月09日
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今日は「一万人の第九」を見て号泣してしまいました。だってやっぱり第九って素晴らしいんだもん。今はアフガニスタンのこととかあるから余計胸にじ~んときますね。第九のメッセージって今の世界にこそ必要なものなんでしょうね。私も一万人の第九に参加してみたいなぁ・・・。なーんてこんなことより皆さんはきのうの続きが気になりますよね。では続きを・・・。そしてついに!だんなさんが現れたのです!目を細めながらそれこそちょっと挙動不審気味に私に近づいてくる男性がいます。え?もしかしてこの人?マッチョじゃない!背も低い!それに3○歳???でも私の赤い靴を見てます。そして「えりちんさん?」(私はえりちんという名前でやりとりをしてました。)あ、やっぱり・・・。いや~ん、変な感じ。知ってるけど知らない人が話しかけてきた~。「あ、はい、そうです・・・。」まだ胸がドキドキしてます。この人がそうなんだ~。「はじめまして・・・。」私たちは不思議な挨拶を交わし肩を並べて歩き始めました。初めて会ったその人は全然マッチョなんてタイプじゃなくて、どっちかといえば小柄で、優しい目をした人でした。そして全然3○歳なんかに見えません。確かに私と同じ歳とは言えませんが「おじさん」ではありませんでした。いい意味で期待を裏切ってくれたような気がします。でも2人の会話は全くちぐはぐ。お互い緊張して相手の言うことを理解することも自分の気持ちを話すこともできなくなってたんじゃないでしょうか。その時話した会話の内容は全く覚えていません。そしてだんなさんが予約した、みなとみらいの景色が一望できるレストランで食事をしました。ビールで乾杯しワインを1本空けるころにはすっかり緊張もほぐれていました。でもその時は本当に不思議な気分でした。だって今日初めて会った人とこうやって和気あいあいと食事をしているのです。他の人から見たら仲のいいカップルにしか見えないことでしょう。でも実際はお互い知らないことばかり同士の2人なのです。実は会う前には、もしかしたらメールの中のその人はその人にとっても架空の人物で、がっかりさせられることもあるかもしれないと覚悟していました。しかし話すうちにその覚悟は不必要なものだったことを実感し、もっともっとこの人のことを知りたいと思うようになっていました。けれども時間は予約時間いっぱいの時間になってしまいました。この店を出なくてはいけません。2人は席を立ちました。・・・余談ですが、その時の食事の代金は割り勘でした。私はそういう時は男の人が払うもんだと思ってたからちょっぴり「ケチな人だな~」と思いました。その後のデートでも大体は割り勘で「やっぱりケチな人なんだ~」と常々思っていましたが、実際は私がだんなさんに対して申し訳ない気持ちとかにはならなくて済んだので逆に気楽に付き合えたように思います。でもやっぱりケチなのかも・・・。(ごめん、だんなさん。)そして外へ出ると雨。今走って駅へ向かえばなんとななるくらいの雨でしたが、なんとなく別れがたく、軒下のベンチをみつけて雨宿りすることにしました。雨はだんだんと強さを増し、雷までゴロゴロいい始めました。しかしそれとは逆に2人の気持ちはすごく穏やかだったように思います。ステキなレストランではやっぱりそれなりに気を使ってしまう。しかし2人しかいないところでは素の自分を出せる。とてもいい雰囲気でした。初めて会ったとは思えないくらい。12歳の年の差なんて全く関係ないくらい次から次へと言葉が出てきて、いろんな話をしました。たくさん笑いました。でも気持ちは本当に穏やかでした。今でもあの雷の下のベンチでのことを思い出すとすごくドキドキします。そして終電の時間も近づいてしまい、雨もやんできたので帰ることにしました。やっぱり名残惜しく、駅までの道のりもあまり会話も弾みません。もうそれからのことはあまり覚えていません。どうやって別れたのか分からないけど、帰りの電車の中では行きの電車の中とは違った不思議な興奮状態だったのを覚えています。しかしその初めて会ってドキドキしながら別れた場所が、もう一度運命の場所となるとはお互い知る由もなかったのです・・・。
2001年12月08日
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なんかこういうネタって反響が大きいですねぇ。書くの恥ずかしくなってきちゃった・・・のでやめます。なんて言ったら怒られますのでではきのうの続きを・・・。その時私は「会いたくない。」と言いました。だんなさんとのメールのやりとりは私にとって心の安らぎになってました。特に悩みがあったわけではないので悩み相談などをしていた訳ではありませんが、その日あったことや、好きなことの話とか、生き方についての話とか、たわいのない話ばかりでしたがいろんな話をしました。メールの中では言いにくいこともどんどん言える。それは皆さんもご存知ですよね。話すことによって、そしてそれに対して親身になって返事を返してくれる人がいることによって、私は安らぎを得ていてような気がします。だから私は今メールを送っているこの人に会う気なんて全くありませんでした。だって会ってしまったら他のひとたちと同じ分類の人になるんです。会ってしまったら言いたいことも話せなくなるかもしれない、もしかしたら会ってお互い失望してもうメールのやりとりなんてなくなってしまうかもしれない、そんな不安が頭をよぎりました。この人はあくまでも私の中の想像の世界の人で、その人が私の現実に踏み込んでくるなんて考えたくもありませんでした。しかし会ってみたいと言われた瞬間、その人はもう現実の人になってしまっていたのです。その人の顔、声、発する言葉、どんどん想像がふくらんで会いたくてしょうがなくなってしまいました。だんなさんには素直に会いたくない理由と会ってみたい気持ちを話しました。そしたら「じゃぁ会おう。その後のことは神様じゃなきゃ分からないんだし。」って言われました。そう、会ってみなきゃどうなるか分からない、会ってメールのやりとりがなくなってしまうくらいなら会わなくてもいつか終わりが来るんでしょう。だんなさんの前向きな言葉に押され、私は会ってみることを決意しました。運命の日は2週間後。その日から私のドキドキ生活が始まりました。何をしててもふと会った瞬間の時を考えてしまう、そうすると心臓が破裂しそうになるくらいドキドキしました。2週間はとても長い。早くその日が来て欲しいと思う反面、来て欲しくないという気持ちもありました。だんなさんからは事前に写真を送ってもらってました。屋久島で山登りをしている時の写真で、短パンから出た足は見るからに筋肉質。私は筋肉質の人はあまり好みではありませんでしたが、その日から周りのマッチョな人に目が行くようになってしまっていました。年齢も30歳を越えています。私とは12歳も年上。私の中では30歳を越した男性と言ったら「おじさん」。仕事先の同じくらいの年齢の人にも目が行くようになります。でもみんな奥さんも子どももいてやっぱりおじさん以外の何ものでもない。話なんて合うのかなぁと不安で仕方ありませんでした。そしてついにその日が来てしまったのです。待ち合わせはだんなさんの仕事先に近い桜木町の駅。目印は私の赤い靴。横浜で赤い靴とは笑っちゃう話ですが・・・。そして待ち合わせよりも私は30分程早く着いて、改札口を出たところでその人を待っていました。もうその時はドキドキしまくって何も考えられなくなってました。周りの人から見たらちょっと挙動不審だったかもしれません。そしてついに!!とこの先はまた明日です。え?また引っ張るなって?
2001年12月07日
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だんなさまとの出会いの話については、つい口がすべって(手がすべってかな?)一部の人にお話ししてしまって、また皆さんに変に誤解されると嫌なので、今日は日記で公開しちゃいます。だんなさん、ごめんね、話しちゃいます。私たちが出会ったのはネットです。そう、皆さんとこうやってやりとりしているパソコンの中での出来事なんです。もうこの時点でびっくり!っていう人もいるんじゃないかな?巷ではいや~な事件が多いですからね。でも私たちは健全な(?)出会いでした。今から2年ほど前、私の家族はホットメールのアドレスを持っていて、父や母が友達募集のページに登録をしたんです。それは別に彼氏や彼女を探して血眼になってる人が集まるところではないと思います。(中にはいると思いますが)母は自分にメールをくれた人がいてとても喜んでました。そして父が「お前も登録してみたらどうだ?楽しいぞ。」って私にも勧めてきたんです。私は別にあえてネットで友達なんて欲しくなかったけど、なんとなく登録してみることにしたのです。「旅好きです。日本制覇目指してます。」なんて楽天の紹介文と同じようなことを書いて登録しました。まぁ、そんな紹介文にひかれてくる人などあまりいません。いても物好きの人たちです。「インドからです。」とか「世界制覇目指してます。」とか。あまり意味もなく登録したもんだからそんなのにあまり興味はありません。誰にもメールの返事をすることなく、登録してから1ヶ月ほどたちました。そしてその頃付き合ってた人と別れ、ふと登録したホットメールのことが気になって、まぁちょっとやってみようかなぁなんて軽い気持ちで適当に返事をする人を選んだのが今のだんなさんだったのです。だんなさんからのメールには「私も旅好きです。それからミニとテニスと映画も好きな3○歳の横浜在住の会社員です。」なんてことが書いてあったような気がします。他の人のメールなんてほとんど読んでないし、だからと言って私はミニもテニスも好きではないし、本当になんとなく選んだ人でした。だんなさんからは私が登録して間もない頃にメールが来てたみたいですが、私は1ヶ月も放っておいたそのメールにずうずうしくも返事を出してみました。そしてだんなさんとのメールのやりとりが始まったのです。だんなさんからのメールは2、3日後に来ました。「遅いクリスマスプレゼントみたいでうれしい。」みたいなことが書いてありました。確かに1ヶ月もすればそんなメール出したことなんて忘れますよね。だんなさんはとても誠実な人に思えました。最初は何日かに1度、という感じのやりとりがだんだん毎日になって行きました。そのうち1日でもメールが来ないとすごく心配でたまらなくなっていきました。だんなさんは必ずメールの最後に「ではでは」と書いてました。私はそのひとことがだんなさんのほのぼのした性格を表すようですごく好きでした。そして私がメールを送ってから3ヶ月程たった頃、お酒の話をしてた時に「1度会ってみたいのですが。お酒でも飲みませんか?」みたいな感じで、だんなさんからの初対面のお話があったのです。そのとき私は・・・。と、この続きはまた明日。
2001年12月06日
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私は洋裁が趣味です。どのくらいの趣味かというとウエディングドレスを作ったくらいだから結構熱入ってると思います。最近友達のお誕生日プレゼントにバッグを作ってからというもの、なんだかバッグ作りが楽しくてしょうがないんですよねぇ。朝一通りの家事を済ませた後はひたすらバッグ作りに熱中。だんなさんが最近は土日もお仕事なのではかどってしょうがないです。ということで旅ジャンルのはずの私ですが日記のネタにも困ってしまったので、ここ2、3日で作ったバッグを公開します。 会津若松の骨董品やさんで手に入れた古い着物の生地を使って作ったバッグです。黒い布地はフェイクスエードで、リバーシブルになってます。レトロな柄がステキでしょ。今日出来上がったバッグなんだけど、かなり気に入ってます。 こちらは上のバッグと同じ生地でできてて、これもリバーシブルです。白い布地は小さな水玉の模様が入ってます。友達にあげたのと同じ型です。ちっちゃめでころんとした形が気に入ってます。 これはだんなさんの古くなったチノパンとシャツで(勝手に)作りました。チノパンのポケットの部分をそのまま利用してます。これを持ってでかけるとだんなさんと一緒にいるみたいでちょっとうれしいです。と、手抜きな日記でごめんなさい・・・。でもこんなにバッグ作ってもしょうがないからキリ番2000ゲットした人にでもプレゼントしようかな。
2001年12月05日
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今日はかぼちゃもちを作りました。かぼちゃもちはこの間だんなさんと焼き鳥やさんに行った時に食べたのですが、とってもおいしかったの!雰囲気としてはじゃがいももちのかぼちゃ版って感じで、もちもちしてて素朴な甘さがとてもいい感じです。だんなさんは「こういうものを喜んで食べてくれる子供だといいね。」って言ってました。私も同感。自分の子供にはスナック菓子とかばっかり食べてほしくないな。私は小さい頃から母の手作りのおやつを食べてきたのであまりスナック菓子は好んで食べません。母はさつまいもとかかぼちゃとかが大好き。よくおやつにさつまいもでかりんとうなど作ってくれました。母の作るおやつで一番好きだったのはりんごのケーキでした。タルト型にりんごを甘く煮たのを入れてケーキの生地(?)を流し込んで焼くだけなんだけどとってもおいしくて大好きでした。でも最近は全く食べてませんねぇ。彼女もずいぶん趣味や仕事やらで忙しそうだから・・・。母も楽天でホームページを始めて、私のところにもちょくちょく遊びに来てるみたいだからこの日記読んで作ってくれないかなぁ・・・。でもどうやって私のページをみつけたかは謎なんですよねぇ・・・。で、かぼちゃもちの話に戻るけど、作り方はいとも簡単。レシピを載せますのでよかったら作ってみてくださいな。材料(直径6cmのかぼちゃもち8個分)・かぼちゃ1/4個・片栗粉大さじ3杯・砂糖、塩少々作り方1、かぼちゃの皮をむき適当な大きさに切ってレンジでチンする。2、かぼちゃをつぶし、かぼちゃの味を見ながら好みで砂糖、塩を入れる。3、2に片栗粉を入れて混ぜる。4、小さくまとめフライパンで両面をこんがり焼く。以上です。簡単でしょ。 おいしいんだから!
2001年12月04日
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ついに!!落札しました、電子ピアノ!!以前楽天のオークションで落札に失敗して、ピアノの弾けないさみしい日々を送っていたんですが、きのうやっとのことでヤフーのオークションで落札したんです。もう本当にうれしくってしょうがない!私はピアノがないと生きて行けない女です。うれしいことがあったとき、楽しいことがあったとき、悲しいことがあったとき、つらいことがあったとき、全てピアノで表現します。特に悲しいときやつらいときにはピアノの存在ってすごく大きい。最初はくら~い曲しか弾かないんだけど、そのうちだんだん明るい曲も弾きたくなって、いつの間にか悲しい気持ちやつらい気持ちなんて忘れてしまう。音楽の力って偉大ですよね。今回ケンカした後も何度ピアノ弾きたいと思ったことか・・・。ちなみに私は2年間程音楽療法なるものをやっていました。音楽療法は大きく分けると自閉症などの子供・精神病などの成人・痴呆症などの老人を対象に行われることが多いのですが、私は老人対象でした。だから普段弾くのは唱歌とか昭和初期の流行歌などが多いんです。悲しいときは「荒城の月」をいろんな風にアレンジして思いっきり感情込めて弾きます。楽しいときには各地の民謡などを今に踊りだしそうな勢いで弾きます。きっと実家のご近所さんにはいやに古い曲弾くな~と思われてたんでしょうね。だって古い日本の歌には日本人の自分の血を騒がすような「日本の心」が織り込まれてるんだもん。ジャズとか弾くのも楽しいけど、やっぱり感情を表現するなら日本の曲でしょ、と私は思ってます。と、話はずれたけど、とにかく今はピアノが弾けることになってすごくうれしい!!きっと2ヶ月もピアノ弾いてないから最初は全く指が動かないだろうけど、今から一番最初には何弾こうか考えてウキウキしてます。早くピアノ引取りに行けたらいいな~。
2001年12月03日
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今日は久しぶりにだんなさんと飲みに行ってきました。結婚式の準備とかあったりして結婚式前もずっと行けなかったから何ヶ月ぶりなんだろうって感じ。もう今は酔っぱらっちゃって日記書くのもつらいです~。焼き鳥やさんに行ったんだけど、ぽんぽちっていう鳥のしっぽとかぼちゃもちってのがおいしかった~!!特にかぼちゃもちは大ヒット!!今度試作してうまく行ったら皆さんにもお教えしますね!!とにかくおいしいんだから!って焼き鳥やさんに行ってもやっぱりおもち・・・。今日はこの後ピアノの落札をしなくちゃいけないんです。だから気合入れなくちゃ~。でもフラフラ~。気分いいです~。だんなさん大好き~。って関係ないか。
2001年12月02日
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