2002年01月13日
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今日もみんな休み。


去年は、奈良公園の飛火野園地から山焼きを見た。
山の下のほうから上に、段々と燃え広がっていく様子を見ることが出来た。ただ、ポスターなどに見られるような山全体が燃え盛るようなイメージがあったのだが、それとは違って、下のほうから線状に徐々に燃え広がって行く感じだったため、ちょっと期待を裏切られた感じがした。

今年は、若草山麓で行なわれる行事を見ようと早めに出かけた。大仏殿裏に車を止め、そこから若草山麓まで歩いた。

鹿に餌をあげたり、二月堂近辺をのんびり散策したりしながら若草山麓にたどりついた。
粥のふるまいがちょうど終わったところで、粥をもらえなかった家内はえらく悔しがった。点火まで2時間半以上ある。麓にあるお店や露店を覗きながら時間を潰した。ステージでは太鼓が始まっていた。

待っている間、子供たちや家内は次から次へといろいろな物を飲み食いした。ベビーカステラ、たこやき、ジュース、唐揚げ。
食べているだけで時間を潰した感じである。


ただ、説明者がうれしそうに「今日は天候に恵まれ、良く燃えると思います」と言ったくだりに、周りにいた一般の見物者が受けていた。その消防団員達が先に道具を持って、山に入っていった。

山焼きの歴史は、奈良にしては、それほど古くはなく、今から240年前の江戸時代に東大寺、興福寺、春日大社の領地争いがあり、それを奉行所が仲裁したことが始まりだと言われている。詳しい説明は「若草山 山焼き」のページに山焼き情報として載せようと思う。

10名の奈良法師が水谷橋から火の付いたたいまつを山麓にある野上神社まで持ってきた。そこでの儀式を執り行っている
最中に山頂から花火が上がった。たった200発だったが、真上で上がる花火はとても迫力があり、次女は大喜びだった。

野上神社から春日大社、興福寺、東大寺の代表者がそれぞれたいまつをもって点火場にやってきた。私たちはそのすぐ前にいたのだが、点火された火は瞬く間に大きな炎となって、その迫力に度肝を抜かれた。
そこで合図のラッパが鳴り、あっちこっちで山に点火が始まった。凄い勢いだった。火や炎がまるで生きているかのようにどんどん広がって行く。目の前で繰り広げられるパノラマショーに圧倒された。たくさんの火の粉が飛んできた。しかし避ける人は少ない。誰もが火の粉を被れば縁起が良いと思っているようだ。3月にはお水取りがお行なわれる場所だからなのか、さもありなん。

遠くから全体を眺めるのもいいが、炎を間近で見る迫力ある山焼きの方が絶対に良いと思った。





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最終更新日  2002年01月14日 02時38分25秒
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