高野悦子『二十歳の原点』

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2005/03/19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
高野悦子さんが自殺して35年以上の月日が経ちました。2004年4月、映画化された『二十歳の原点』を見ました。映画化されていることを知らず、『二十歳の原点』を初めて知ってから23年以上経過してのことでした。映画は、悦子さんが自殺してから4年後の1973年に製作されたものでした。自殺原因や日記の記述以外の悦子さんについて、描写されているのかと思いましたが、そうではありませんでした。また1990年代半ば、悦子さんの自殺原因は失恋であったと書かれた雑誌を見ましたが、いずれについても違和感がありました。また最近のウェブ上での書き込み等を見ましたが、それらにも違和感等を感じました。そこで悦子さんの自殺原因について、私的に考察してみます。
 『二十歳の原点』の出版当時掲載されていた、父親の『失格者の弁』の中で、友人等の情報として、自殺原因は失恋、全共闘運動の挫折などと書かれていました。しかしそれらは表面的なものではないかと感じました。なぜなら悦子さんの自殺についての記述は古く、日記(『二十歳の原点ノート』)をつけ始めた14歳の頃にさかのぼります。そして『二十歳の原点序章』によると、もの心ついた頃、中学生の頃からいやなこと、苦しいことがあると自殺したくなると記されています。これらの記述は、悦子さんに影響を与えた奥浩平さんの自殺以前のことです。このことが自殺原因は失恋、全共闘運動の挫折だということに違和感を与えるのです。しかしながら、なぜ悦子さんが自殺を考えるようになったかは、日記には具体的に記されていません。
では悦子さんの自殺原因は何なのか。『与えられた生』としての「自己の存在」そのものにあるのではないか。つまり「存在の意義」と「孤独な存在」である。
「存在の意義」とは、なぜ人間は不完全さ(未熟さ、心臓弁膜症等)を抱え、存在理由、意義、価値、目的を明確に与えられず、醜い恥ずかしい罪な世界に存在するのか。『与えられた生』としての「自己の存在」に対す疑問、つまり『なぜ存在するのか』あるいは『なぜ生きなければならないのか』という命題、真理に対する疑問ではないだろうか。悦子さんは「私には「行きよう」とする衝動、意識化された心の高まりというものがない。」、「人間って一体何なのか。生きるってどういうことなのか。」あるいは「どうしてみんな生きているのか不思議です。そんなにみんなは強いのでしょうか。私が弱いだけなのでしょうか。」と記し、「自己の存在」に疑問を感じています。また不完全さを抱え、存在理由、意義、価値、目的を見出せない自身を「空っぽ」と記しています。
悦子さんの「自己の存在」への疑問の原点は、心臓弁膜症にあるのかもしれません。
「孤独な存在」とは、悦子さんは深い孤独を感じていました。それは何に起因するのか。父親は『失格者の弁』の中で、生まれ星が悪かったと記しています。それは初孫の姉、後継者の弟との間に生まれたからです。両親が三人の子供を区別するつもりはなかったと思います。しかし一般的に、一人っ子以外はその存在に差異を感じることがあります。まして感性の鋭い悦子さんは、幼い頃から孤独を感じていました。『二十歳の原点』の「私の好きな言葉」には、内職する母と孤独を感じていた悦子さんが記されています。また『二十歳の原点序章』には、家族の中で「最も閑な存在」とも記しています。だから「(愛するより、愛されたいの)私のすべてをうけとめてくれる絶対的な愛が欲しいの。」、「この広い宇宙のどこかに私をみつめているSOMEONEがいるにちがいない。会って話してみたいものだ。」と記したように、学校やアルバイト先で自身を理解し、つつんでくれるSOMEONE(親友、恋人)を求めたのではないか。そして「「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。」と孤独を未熟とともに自身の原点としました。
悦子さんの魅力的で、神秘的な微笑みの原点は、幼い頃から感じていた「孤独」にあるのかも知れません。
悦子さんは、『与えられた生』に対する自己創造、自己変革、主体性(存在理由、意義、価値、目的)を確立する為、全共闘運動(『生が存在する与件(社会、体制、慣習等)』に対する闘争)に参加していきます。しかし全共闘運動は停滞し、悦子さんの思考と行動は、その完全主義者的資質、正義感、純粋さにより自己満足を得られず、闘争に対するエネルギーが、「己を律せよ」というように自身の内部に向けられ、自己否定や自虐性へと結びついたのではないか。また己を律することができない自身を「詩よ どうか私をなんとかしてくれ!? アハハ」と記し、自嘲しています。そして自身に存在していた虚無感や厭世観を増大させたのではないか。
 また悦子さんは、他者(友人、家族、恋人)を通して、「自己の存在」を確認していきます。しかしアルバイト先のスト時における友人との意見のズレ、家族との決別、失恋と一層孤独を深め、「帰着点である孤独」へと到ります。孤独は「サビシイデスネ」と記させると同時に、「一切の人間はもういらない。人間関係はいらない」あるいは「不信症には(睡眠薬)何錠がよいのだろうか」と記させ、多量の睡眠薬を飲ませました。また「今や何ものも信じない。己れ自身もだ。」と自身を含む人間不信を増大させていきました。そしてその心境を「空っぽの満足の空間」と記しています。

以上が高野悦子さんの自殺に対する私的考察です。

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Last updated  2005/12/19 11:04:37 AM
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