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昨日から、雪がしんしんと降り積もった。田舎道は危ないので、保育所は休園になった。今日は、前々から計画されていた “村の温泉旅行”の日。インスハラボジの息子(ソウルに住んでいる)が“村のお年寄りに温泉沐浴をさせてあげよう”と、150万ウオン出資してくれたらしい。この雪で延期するかどうか、村長さんも悩んだらしいが、前日から準備した大量の食料や、バスの予約のために、行くことになった。参加者は、50代から80代の年配者。行き先は、バスで4~5時間もかかるキョンサンドー。うちからはお義母さんが参加し、私たちは留守番。ところが、、、、楽しいはずの慰安旅行が、大変なことになってしまった。ここからは、お義母さんから聞いた話。昼食を食べて、温泉に入ったのだが、、、ハンジュンイアボジが、温泉の中で倒れた。暑いお湯の中で、うつ伏せになって浮かんでいるのを発見され、すぐ救急車で運ばれた。館内放送が流れ、他の人たちはまだ洗い終わらないうちにあたふたと服を着て出た。温泉場は大騒ぎとなり、警察が調査にやって来た。ハンジュンイアボジは、帰らぬ人となってしまった。行きのバスの中ではとても元気で、冗談なども言ってみんなを笑わせていたというのに、、、、“人のあした”というのは本当に分らない。村長さんやハンジュンイオンマ、他数名を残して他の人たちは午後8時ごろ帰ってきた。遺体は、明日の明け方帰宅になるらしい。可哀想なのはインスハラボジだ。みんなの為に、と思ってプレゼントした旅行がこんなことになってしまって、胸を叩いて悔やんだという。私もその話を聞いて、胸が痛んでどうしようもなかった。ハンジュンイアボジ。68歳でありながら、オートバイに乗って毎日イチゴ畑に行き、仕事もバリバリしていたのに、、、、まだ信じられない。
2003年01月28日
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保育所に通いはじめて、二週間目。この月曜日から、送迎バスにも乗り始めた。朝8時までに子どもたちを連れて、当園。すぐさま、送迎バスの後ろに乗り込み、出発。運転手は、女性の園長先生。停まる度に、ドアを開けて 子どもたちを引っ張りあげる。マイクロバスなので 横に引っ張るタイプなのだが、このドアがまた重いのなんの、、、閉める時もバーンと思いっきり音がするほど引っ張らないと、キチンと閉らない。二日目、火曜日。子供をバスの上から引っ張る時、グキッ、、、、あ~~~腰が~~~ぎっくり腰になってしまった。要領を得ないと、こういうことになる。園長先生には、ぎっくり腰と言うに言えず、数日間湿布を貼って通園。金曜日。疲れがたまり 唇の上に水脹れのような“けんびき”(うちの日本の田舎ではこう呼ぶのだが、標準語は知らない)ができた。相変わらず、悪ガキどもは言うことを聞かない。“ヤン スヒョン”という、とにかく手におえないガキ大将が特に問題である。先生という威厳を、まだかもしだせずにいるので、あいまいな立場である。どんどんスランプに落ち込む毎日、、、ふうどんな仕事でも慣れるまで最初は大変だと思うが、本当にやっていけるか、とーっても不安である。
2003年01月25日
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前の日記から、早くも10日たってしまいました。みなさん、おひさしぶりでございます。急に生活に変化があり、慣れるのに大変な今日このごろ、、、実は私、この月曜日から、仕事に行き始めました。就職先は、うんじ、うんぎょんの通っていた保育所。辞めると宣言した数日後、園長先生から“合意点を探そうじゃないか”と声がかかった。その相談に行く為に車を走らせていて、事故ったのだが、、園長先生の提案は、うんじ、うんぎょん、うんひょの3人を保育所に入れて、私が保育を手伝うということ。条件は、3人分の保育料免除+月30万ウオン。 保育に携わった経験もないし、どうすべきかさんざん迷ったが結局、受けることにした。ノランパン(1~3才のクラス)を園長先生と一緒にみることになった。約17人ほどいるのだが、これがタダモノではない。四六時中、叩いた、引っ掻いた、噛んだ、オモチャを取られた、で泣き声が絶えない。うるささに、気が狂いそうである。一日中、怒ったり、なだめたり、すかしたり、私もクタクタ、、、ガキ大将が1人いるのだが、その子は私の言うことなど聞かない。もっと厳しくすべきなのか、なにしろ経験がないというのは困り者である。どうしていいか、わからない。自分の子供とは違い、他人様の子供を預かるというのは、本当に神経を使う。とにかく、、今日で1週間が終わった。ほっ、、、また来週から、あの悪がきどもと、どう闘うか?頭が痛い。
2003年01月18日
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みなさま、いろいろとご心配いただきましてありがとうございます。おかげさまで、なんとか復活しつつあります。あっ、たたたたっ、、、、、、まだ 後遺症は少しありますけど。昨日から “湿布” 貼りまくってます。道の凍った雪も、しつこいぐらい まだとけてませんね。おそるおそる、チョーシム、チョーシム(注意)、、、一度事故を経験すると、またやってしまいそうで恐ろしい。愛車のテイコは今日夜、退院してきたのだが、なんと右側のドアが開かない。明日、再入院かいな?はやく元気になっておくれよ~。
2003年01月09日
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今日、わたくし“事故 ”ってしまいました。愛車の軽四テイコは“入院中”。私は、、、というと、事故当初は何でもなかったが、じわじわとお尻や腕、足に筋肉痛のような痛みが出てきた。昨日、保育所の先生から電話をもらったので保育所へ行こうと1人で愛車に乗って出たのはいいのだが、、、隣りのトンネー(部落)を通過中、アイスバーンになってる三叉路を曲がろうとしてスリップ!1、5メートルほどの溝に転落し、横倒しになってしまった。。。あ、、、、目の前まっくら。とっさに頭に浮かんだのは“どーしよー、アッパに怒鳴られるう~!”このところ毎日、口がすっぱくなるぐらい言われていたのだ。“雪道は危ないから、気をつけろ!お前みたいに 雪道を運転したことのない者は、恐れを知らんから、なおさら危険なんだ!凍ってるところでは、絶対ブレーキを踏むな!踏んだらそのままハンドル取られて、溝に突っ込んでおしまいだぞ!”アッパの言葉が、頭の中でぐるぐるまわっていた、、、、横倒しの車の中で電話しようとしていると、村のアジョッシやアジュンマが窓の外から覗き込んで、ドアを開けて引っ張りあげてくれた。電話してみると、案の定 “イ サラマ!” (このやろうー)と怒鳴られた。アッパが来るのを待って、レッカー車を呼んで引っ張り上げた。溝に落ちた右側は 無残にもサイドミラーが吹っ飛び、ドアの取っ手も壊れ、ドア自体も凹んできっちり本体に合わなくなっていた。もちろん傷だらけ、、、私は幸いにも左側の運転席にいたので、それほど負傷は無かった。なにより 私の独り舞台で、相手がいなかったのが 幸いである。しかし、子供を乗せてなくて ホンットよかったあ~乗せてたら、絶対頭打ってるよ。私たちが車の前で すったもんだしている途中、村の人たちが横を通り過ぎながら、その度に驚きと慰めの言葉を残して行った。しばらく 村中の話題に上ることは間違いない。レッカー代、3万ウオン払った。車の修理代、いくらかなあー。ドアが問題だわ、、30万ウオンくらいかかるだろうか。金欠に、さらに追い討ちをかけられたようなショックである。ほんと、今日はついてないなー、、、、グスッさらにもう一つ、悲劇が待っていた、、、なんとこの極寒の中、オンドルのボイラーが故障してしまった!午後11時ごろ、修理に来てくれるという。どんどん冷たくなってくる床、、、、直るまでに凍死しそうである。修理のおじさんたちが来て、一応の応急処置をしてくれた。なんでもスイッチのマグネットが壊れたらしい。明日また来て、修理するとのこと、、、これまた修理代が相当かかりそうである。“泣きっ面にハチ”とは まさにこのことなのね、、、としみじみ実感した一日であった。。。明日からは、心を入れ代えて、 、、頑張ります!
2003年01月07日
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今日は日曜。朝、外に出ようとしたが、、、、、玄関のドアが凍りついて、開かない!窓は二重になっているのだが、外側の窓はやっぱり凍りついて開かない。とうとう監禁状態になってしまったか、、、玄関のドアに生じた露がしたたりおち、その水が壁とドアの間でびっちり凍りついてしまっている。押したり引いたり、いっくら頑張ってもびくともしない。だあ~めだ、こりゃ!ドアの内側も、冷凍庫の中のように真っ白に凍っている。家の中の温度も、相当ひくいのね~。アッパがバーナーの火でドアの氷を焼いたり、やかんに湯を沸かしてドアにかけたりして開けたが、溶かした氷もまたすぐ固まってしまった。外に出しておいた飲み水もカチンコチンに凍っていたので、台所に取リ込んだが、一晩置いてもまだ溶けてない。いつもなら、兄弟たちが集まってうるさいくらいなのだが、、、おとといから降り続いた雪のため、道が危ないということでみんな田舎まで来れない。“今日は、家で静かにしていろ”ということだろう。
2003年01月05日
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もうすでに年も明けて4日め、遅ればせながら“おめでとうございまあ~す”昨日からしんしんと降りつづいた雪、、、今日もまだまだどんどん空から落ちてくる。アッパが、庭にごっそりたまった雪をかきながら、巨大ヌンサラム(雪だるま)を作った。子どもたちも大喜びで、外でしばらく遊んだ。アッパの友達のT氏と近所のアジュンマがふらっとやってきた。アジュンマがT氏に言った。“トッキ チャバソ ナ チョヨー(うさぎ捕まえて おらにくれー)”こんな雪の日はうさぎを捕りに行くのが、ここの田舎の常識である。T氏はうさぎ捕りの名人で、昔は1人でうさぎを捕まえまくったそうだ。雪が積もると、うさぎの逃げ足が鈍るので捕まえやすいらしい。アッパとT氏は、山へ出かけたかと思うと、うさぎではなくピドウルギ(ハト)を4羽捕ってきた。T氏の空気銃で、、、いつのまにか もう一人の友人P氏も加わっていた。庭で火をおこして、ハトを焼いて食べることになった。耳がちぎれそうな寒風の中で、、、男達は軍隊を経験しているせいか、寒さに強い!私と子どもたちは耐え切れず、家に入った。T氏は慣れた手つきで、ハトの毛をむしって炭火にのせた。まるで絵に描いたような野生児だ、と感心する。そういや“Tは豚をほふるのも上手いんだ”とアッパが言っていたな、、私たちも ハトの焼き肉を少しおすそ分けしてもらった。ピドウルギコギ、初体験!塩を少しつけて食べてみたが、鶏肉によく似た味でおいしかった。うんぎょんはあまり食べなかったが、うんじは“マシイッター”と言って、よく食べた。その後サムギョプサルも焼いて食べたあと、アッパたちは夕食を食べに出かけた。夜11時ごろアッパは帰ってきたが、T氏は1人で釣りに出かけたと言う。ビニールハウスのような寒さしのぎの囲いの中で、釣りをしながら夜を明かすらしい。“野生児T氏”の体力は計り知れない。田舎で暮らすにはとても頼りになるオススメのT氏なのだが、なかなかお嫁さんが見つからない。アッパも“はやくTを婿にやらないとなア、、”と言いつつも、いつもP氏と3人でつるんで遊んでいる。釣り好きで、豚をつぶすのを見ても気絶しないお嫁さん、、、どっかにいないかしらねえ~。
2003年01月04日
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