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little BLACK BOOKオオカミの誘惑
Oct 10, 2005
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little BLACK BOOKオオカミの誘惑
Oct 10, 2005
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お盆休みの為連日休日。連休に入るまで一日一キロづつ減っていった体重も減るのが止まり少しずつ戻ってきた。遠出と過労と現地での熱射による疲れ。そんな状態をも気づかずに、私は幸せだったみたい。同僚の子に、東京行ってお腹空いてるのに全く食べれなかった話をすると「緊張してたんやね」と言う言葉が笑いながら返ってきた。緊張してたのかな…。隣から笑い声が聞こえる。キョトンとして、隣を見ると「ため息つき過ぎ」と注意された。どうやら何度もため息をついていたらしい。数日後、旅行により休暇を取っていたもう一人の同僚が出社した。私の顔を見るなり、「どうしたん?!すっかり痩せちゃって…」一日一キロ落ちるっていうのはそんなに判るものなのでしょうか?私が帰ってきてからの様子がおかしかったので、ちょっとした噂の種になっていたらしい。もう一回会ったりなんかしたら、もっと痩せるのでしょうか…。少し嬉しい話。お盆休みに突入しても、私の食欲は戻らずため息は増えた。体重だけは少しずつ戻ってきてる。泣くことも出来なくて、でもただ悲しくなって。彼が他の子と歩いてる姿を思い描いては、切なくなる。そんな想う位なら言ってしまえばいいと思うのに、彼が最近職場環境が変わって大変なことを知ってる人がそんな混乱させる事言える訳ない。またねって言った瞬間、会いたくなって次いつ会えるのか判らない事に不安になる。彼の言葉が浮かんでは消えて、その時の事を思うとまた息が詰まる。さっきまで一緒にいたのは夢でしばらくしたら思い出せなくなるんじゃないかって思う。全ての事象が夢に思えて、それが悲しいのか嬉しいのか判らずに行き場のないため息が出るばかり。
Aug 16, 2005
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私は、友人と歩く時少し前を歩く癖がある。いつからそうなったのか判らないけれど、真横より心持前にいてる。京都に来てからだろうか、人ごみの間をすり抜けるようになってそんな癖がついたんだと思う。気づいたことがある。彼と歩く時、必ず後ろにいる。かばんに掴って後ろを歩く。それでも違和感を感じないから、疑問に思ってた。= 昔は手を引いて歩いてもらっていたから。=仕方ないなという顔をして、最後には泣いてる私に手を差し伸べてくれた。そんな事が何度かあった。朧げな幼い記憶。私はきっとこの人についていけば安心だということを知ってる。今まで、友人や、付き合った人から歩く時掴まれてる事はあっても、自分から掴んでいる事はまず無い。それが当たり前の様に、彼を掴んで後ろを歩き、それをしてる本人が不思議そうにしているのを見て、彼は笑ってた。後ろからだったので、どんな笑いだったのかわからなかったけど。彼といると無意識の事が沢山ある。自分では今まで知らなかった甘えた私がいる。これでいいのかなと思う私もいる。この人だからなのか、これが素の私だったのかな。自分の無意識の部分に困惑中。
Aug 8, 2005
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加工されていない言葉が次々出てくる。何かのシールドを解き放ったかのように、私から発する言葉は無防備で素直だった。この素直さが良いのか悪いのか、それは判らないままだけど。小さい頃、前髪が無いと不安だった時期みたいに人に本心を悟られるのが嫌で人と人との間に遮る物が無ければ話す事も億劫だった、それが消えた。遮る物が無いまま遮る事ができなくなったモノを形にしていく。その言葉が信じられないまま私は話し続ける。この人の隣にいて、この人が隣にいて。普通なら緊張して話せないのに、私はいつも気持ちが落ち着いてしまう。在るべき所に帰ってきたみたいに、パズルの最後のピースの様に其処にはまっているのが判る。加工されない言葉は、彼にはいい意味でも悪い意味でも影響されているみたい。-私、この画家さんの絵が好き--オレンジの色が華やかで優しい感じがするから凄く好き-呟く様に彼の隣で言葉にしていて、それを彼はじっと聞いていた。帰り他にも気になる絵があったように見えたのに、私の好きだといった絵のポストカードを買っていた。-母さんにこれで手紙書こうかな-そう言い残して、レジに向かっていった。加工されない言葉には、同じような言葉が返ってくるのでしょうか。 私は、違うカードを買った。彼の気にしていた絵のポストカードを一枚。彼に対する色んな疑問も何の意図も無く、素直な言葉で出てくる。素直な表現で出てくる。自分の感情も感動も知らない間に言葉として発せられてる。この人の隣では何も被らなくてもいい。そんな安心感が私を幸せにしてくれる。素敵な言葉が返ってくる。それを期待していた訳ではないけれど、やっぱり聞けると嬉しい。彼にもそんな風に聞こえているんでしょうか。そうであればいい。加工しない言葉を発するのは願わくば、彼の隣で、私の隣で。
Aug 8, 2005
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今日はいつもよりダラダラ書く。忘れないうちに書き留めておきたいから。朝早く、と言っても仕事に出かけるよりゆっくりと家を出た。新幹線に乗り、2時間と少しの短い旅。街に着くその少し前、到着が遅れるというメールが一通。お互いに方向音痴なので会えるかどうかにちょっとだけ不安を感じた。慣れているせいか、八重洲口のほうに向かって歩こうとする。レンガ造りの駅が見たかったので頑張って逆に逆に歩いた。中央口に向かって改札を出る。中央なのに思ったより小さい所で拍子抜けしてしまった。電話が鳴って、もう其処にいると言う彼を私は必死で探した。改札から出て来るとばかり思っていた人は、私の真横から現れた。誰か判らないと思った瞬間、誰か判った。久し振りと言いながら、外を歩く。一ヶ月前から約束していた割りにまだ何処に行くか決めてない。私は、彼となら何処だって良いって思ってた。少しだけ調べてきてくれたみたいで、お昼間の銀座へ行くことになった。地下鉄に乗り銀座で降りる。昼間は彼も初めてで、夜来た時には知らなかった服屋や雑貨を見てまわる。雑貨屋で彼が三本足のブタさんを気に入った。行きも帰りもそこで足を止めて、じっと見てた。チリの置物で愛情と友情のお守りらしい。沢山のブタさんが愛らしい顔をこちらに向けていた。着いたのはもうお昼だったので、ご飯を食べに行くため歩く。忘れそうだけど、二人とも方向音痴。彼が言うには、とっても雰囲気がよくて美味しいらしい。前に、友達とその彼氏に女の子を紹介された時に行った所。ふ~ん、そうですか…。と思いつつも、その後どうなったかも訊かずにその店を黙々と探す。この大きな街に来て思った事は、いつもならかかない汗をやたらかくこと。そんなに湿度もなくて普通なら快適に思いそうなものなのに…。体調が悪いみたい…。そんな事を少しだけ思いながら、彼の前で汗をかいていることだけが気になった。しばらくして、一緒に歩いている事が楽しくて自分の体調のことなど忘れていた。暑さで少し口が渇いてきた頃、お店が見つかった。でも、お休み。仕方がないので、近くのパスタ屋さんに入った。注文して、ここ一年の話をした。仕事の事、友達の事、旅行の事。話をしながら、ちゃんと会うのは約一年半振りなのに和んでる自分がいた。前は、和みながらもとても緊張したのに何だか自然に話している。私のパスタが早めに来た。話をしながら、彼が食べ終わった頃私はまだ1/3も食べれていなかった。いつもこんなに食べるの遅かったっけ…?食べ終わった彼は、以前のように少し眠そう。小さな欠伸をした。それ以上食べ切れなかったので残して店を出た。奢って貰った料理を残してしまって申し訳なく思った。お店で行く先を決めたので、目的地に向かう。六本木ヒルズ。地下鉄に乗り、六本木へ。電車の中で話すのが少し苦手なので、彼の横に座ったまま周りを眺めていた。隣の様子がおかしい。いきなり彼が、私と反対方向に倒れていった。倒れてる事に気がついて戻ってきた、その一分後彼が大きく倒れそうになった。私は、服の裾を持って倒れないように食い止めようとしたその時彼はまた戻ってきた。疲れてます…?倒れず安定してきたので、そのまま寝かせてあげた。無理しているんじゃないかと思って心配になった。六本木に着いて、彼を起こして降りた。展望台を見て、美術館に入る。有名な画家の絵が多かったので、色彩ですぐに誰だか判るものばかり。でも、いつもとは違う。絵自体ではなくて、何か違うものを捉えているような感覚。私の好きな画家さんが途中にあった。照明も柔らかく当てられていて、とても綺麗に見えた。私は人に伝える様にではなく、独り言の様につぶやいていた。まるでその絵に気持ちを伝えるみたいに。柔らかい色彩の道の絵だった。隣で彼は、その絵を一緒に見ていた。一つの絵を見て彼が言った。あの自画像は、自信がないように見える、もう少し自信があっても良いのにと。その自画像の背景は、暗色の茶系だった。その絵の前の椅子に腰掛け私は問うた。自分の自画像を描くなら背景は何色にする?彼は少し考えて、青か緑と答えた。今の私なら、白に近い淡いグレーに淡い紫を少しのせる。年を重ねる毎に、色んな色をのせていければ良いと思う。彼の思い描いた色はどんな色だったんだろう。美術館のショップで買い物していた。彼が買ったのは、私の好きな絵のカード。私が買ったのは、私の好きな絵のファイルと彼が興味深そうに見ていた絵のカード。私が買った後に彼がそれを持っていたので、好きな絵のカードを買うんだともって横から覗いて見た。てっきり私が買ったカードだと思っていたのに、その手にあったのは私が好きだと言った絵のカードだった。なんだか嬉しかった。彼はそれでお母さんに手紙を書くらしい。そんな事が出来る彼が素敵だと思う。次の目的地を考えていた。彼に少し疲れが見える。仕事が忙しく、前日は会社の行事だったのならやっぱり疲れてるんだと思う。彼に、涼しくて椅子があるところを知らないかと尋ねた。目の前にあったので、そこで座って待っててと言うと私は一人で歩き出した。私の肌はまた汗ばんでいた。歩いている間に左足が攣り、実は右も攣り始めて普通に歩くのが辛くなっていたから、私は見られたくなくて傍を離れた。彼も休みたいんじゃないかと思ってた。少しましになって、戻ってみるとやはり彼は寝ていた。よく寝ているので、しばらく眺めてた。疲れてるのに無理してくれてるんだなと思うと体調が悪いとは言い出せなかった。声を掛けてみると、彼は潤んだ目して私を見た。あの、可愛すぎるんですけど…。少し休んでますか?と言うと彼は行くと立ち上がった。ムリしてるな…。下り坂は私の足の攣り具合を上げる。口の中はからからで話す事も中々出来なくなってた。週末、彼は富士山に登る。その用具を買いに新宿へ。途中の地下鉄の中で、彼はポテトを食べている若い女の子を見て、自分の娘はあんな風に育てないと私に言った。まだ結婚しないと言ってたのに、子供のこと考えてるんだなと思うと、微笑ましかった。新宿に着いて、スポーツ用品店を見てまわる。流石富士山!色んな道具が要るんだなと感心した。彼が会計している間、私はマリンスポーツの売り場にいた。戻ってきた彼は、売り場を見てまわっている私を見て、やっぱり海が好きなんだねって言った。(以前、彼はあまり海が好きではないと言っていた。)登山靴だけは見つからなかったので、スニーカ屋さんをまわる。時間も迫ってきたので、彼は最後に回った店で靴を決めた。その後、夜ご飯をサッカーの観戦できるお店で食べた。昼に続いて私の食べるスピードは遅くて、量が食べられなかった。お腹空いてないの?と訊かれて。空いてるけど食べられないとは言えなかった。ビール二杯目。どうしてか…私は酔ってた。横で欠伸をし始めた彼を見て私は彼を叱った。-彼女さんの前ではそれやめてあげてくださいね--はい-どうも気づいてなかったみたい。無意識ですか…。そのまま、私は去年のヴァレンタインの話をぶちまけ始めてしまった。何かこれじゃ好きですって言ってるのと同じだと思って、途中で目が覚めて忘れた振りをした。丁度帰りの電車の時間だったので、上手に切れた感じ。駅まで歩く私はもう上手に歩けなくなってたので、彼のカバンにしっかり手をかけてた。彼に後ろを歩かれると気が気じゃないのに、彼が前だととても安心する。今日は知らない間に彼のカバンにつかまって歩いてた。彼が道を間違えたり、上に行くのに下りのエスカレーターに乗ろうとするのを止めてるうちに持ってることに違和感がなくなってきたのかな。人込みで彼に掴って歩くと逸れなくて良い。後から考えたら、ちょっと恥ずかしいけど。そんなに沢山の回数会ってた訳じゃないのに私は何でこんなに懐いてるんだろう?彼も何で怒らないでいてくれるんだろう?明日起きたら、夢だと錯覚しそうな一日。朦朧とした意識の中で、疲れてる私を見て欲しくなくて早く終わって欲しいと思う私と終わって欲しくないと思う私がいる。またねって言った。彼の答えは、じゃあねだった。
Aug 7, 2005
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皆に会ってから、一週間が過ぎた。やっと、考えが纏まった。 週末がやけにお天気で、それでももうすぐ其処まで来ている繁忙期を考えると足は外に向かってでてしまう。街を歩いて、河原を歩いて、気の向くままお店に入って。小さな変化に気づいて嬉しくなって帰ってきた。家の前…。不自然に大きな靴が落ちていた。結構、とんでもない事が日常に起きる所なので気にせず通過…何か黒いものが靴から飛び出した。カメです。カメです。カメです!?とりあえず細菌がいるので、タオルで両脇を挟み、水を張った容器に入れた。なんでカメ??どうやら近くのお池が干上がって、逃げ出してきた模様…。なに食べるの???友人たちに訊いてみる。色んな答えが返ってきた。試してみたけど、野生児なので受け付けてくれない。パンをあげてみる…。「シャーーーーっ」素麺をあげてみる…。「シャーッシャー」池を見てみる。カメさんが這って出来た泥の道。水なし、餌なし、生き物なし。『あ~、どうしよ』友人の口癖を真似てみても効果なし。金魚の餌をあげてみると、数時間後にはなくなっていた。本人は、一日水に疲れていなかったせいかぐったり。一日の出来事がカメ一色になる位の出来事でした。カメを眺めていると、メールが一件。昨日のメールの返信。返ってくるとは思わなかったのに。- 案外自分が思っている程、大丈夫なものなのね。- 先週、久しぶりの仲良しさんと会って思ったこと。それからとっても気が楽になって、電話してみようと思った。先週までは怖くて怖くて仕方なかった。‐電話していい?メールで訊いてみる。私が返事を待つより先に、電話が鳴った。(その間、自分がした事にやっぱり動揺して近くにあったパッションのお酒を飲み干した…)-動揺して親父みたいなことしちゃって…。何か電話の声焦ってない??なんで?いきなりだったので変なメールを送ってしまったらしい。私まだみてないよ…。焦りようが面白かったので、ちょっと黙って聞いてた。久しぶりの声。声質は私の好きな声より少し通る声。それでもどうしようもなく嬉しい。電話の向こうでは、-もしかして、酔ってる?って、ボソって聞こえた。確かに素では話せないけどね。酔ってません!!本題が、カメ。久しぶりに話して、内容がカメです。そのまま、お互いの近況を話し合って30分が経過。明日が仕事なので、話は其処でおしまい。でも、色んな事が判った。 あの人の言葉が社交辞令じゃないこと。たたけば返ってくること。私はやっぱり…。
Jun 26, 2005
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大好きなエフィスを見つけて、2本買って帰った。家に帰って家族と飲む。やっぱり美味しい♪また買いに行こう。
Jun 25, 2005
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目を瞑ると。 山から下りてくる緑の香る風。虫の羽音。葉のざわめき。鳥の囀り。遠くの滝を落ちる水の音。木の息づく水の流れ。目を開けると、其処は西の果ての水の大社。
Jun 12, 2005
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dot the iバッドエデュケーションイブラヒムおじさんとコーランの花達(月夜の恋占い)後何だたっけかな…。
Jun 11, 2005
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今日は高校の時四六時一緒だった友人の誕生日。+++月を跨いでやっと友人達の結婚式ラッシュを乗り切った感じ。久しぶりに物書きをしています。描きたい事は沢山浮かんでくるのに、書き留めるだけのタイピング能力が追いつかないんです。仕事場では、異常なスピードでこなせてるのに…。(はずなのに…)異性の友人が半分以上を占める私にとって結婚はある種の転機だって思ってた。それは、女友達が結婚してときも一緒で…。さらに昔は、友人がなんとなく離れてしまうだけでちょっとした淋しさすら感じたこともあった。でも、ちょっとずつ違ってきている。判ったのは、結婚してもその関係は変わらないこと。学生の時みたいに毎日会えるわけじゃない。前みたいに、莫迦ばっかり出来るわけでもない。それでも、皆集まって、ちょっと騒ぐだけで皆スッキリした顔で家路につけるから。皆で年取って、子供が出来て孫が出来てそれでも一生友達でいようねなんて言わないけど、いい仲間がいて良かった。いい仲間になってよかった。(仲間って表現何だか苦手だ…。でも、言葉が見つからないので(仮)仲間)彼の言った「その場限りで疎遠になる人は疎遠になるし、続く人は続くから」って言葉は以前の私には理解し切れなかった。それも、少し認めることが出来るようになった。認めるだけで、疎遠にしたいとは思えないけども。私の時間速度はきっと人より指針が遅いから、私がそう思わなくても相手がもう友人じゃないと見限ってるかもしれない。それでも、私は構わない。彼等が、今まで私と関わった大事な人達だということは変わりないと思うから。また、色んな事話せる日が来ると思える。どうも、中学生日記みたくなってるな…。こんな日があっても、ま、いいか(笑)明日は、会社行事の為、仕事片手間に受付嬢。
Jun 6, 2005
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ロングエンゲージメントブリジットジョーンズの日記エターナルサンシャインloserBlow Dry純愛中毒誰にでも秘密がある←予定
Mar 27, 2005
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私は、仲のよい友人と白い廻廊を歩いていた。其処は長く緩やかな階段でもあって、壁際には籠に入った果物や立てかけてある絵画が無造作に置いてあった。私達は、他愛無い話をしながらその緩やかな廻廊を下って行った。私は、友人がもうすぐ遠くに行くと言う事を告げられて、何かの言葉を探していた。励ましつつ、平気素振りを見せていたように思う。会話がふと途切れて、私は足元を見た。其処には壁際に置いてある物の何処からか飛んで来たかのような写真が一枚落ちていた。其れを拾い上げて、目を丸くする。その写真の中では、私の高校時代の友人がウェディングドレスを着てとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。・・・・・・・梱包資材を買いに街をウロウロ。繁華街を歩いていると、友人が目の前から歩いてきた。彼は私を見つけるやいなや、「何があったと思う?」と訊いた。判る訳無いよ…と思いながら、当てずっぽうで言ってみる。全部はずれ。まさか・・・って彼と目が合った瞬間、二人同時に叫んだ。「子供が出来たの?」「子供できてん。」「・・・・・・・」「お疲れ様です。おめでと~!!」(何でお疲れ様かは自分でも判らなかった)自分の事以上に何だか嬉しかった。正直に思った。私は実はとっても嫉妬深い。嫉妬を感じるのが嫌だから敢えて離れる時もあった位。それを感じて束縛するのはもっと嫌い。その嫉妬は異性同性問わずで、ただただ仲のよい友人との関係が変わるのが怖いから、変化する前に自分から変化させようとしてしまう。特に高校の頃から、それをしだしたように思う。その頃、私は「こころ」を読んだ。夏目漱石著のこの著名作品の感想文を書くという、夏休みの課題だったように思う。教科書に、一部が抜粋して描かれていた。其れだけを読んで書いても構わないものだった。私は、文庫を借りて読んだ。登場人物の感情がダイレクトに感じ取れて、同調すらした。それ程、私は人物達の感情に理解を示した。私は其れを文に纏めて、提出した。数日後、国語担当の先生が私を呼び、驚いた表情で問うた。何でこんな風に書いたのか?と、私が思うままに書いたと告げると皆まで聞こうとはしなかった。先生は、普段の私がこんな事を考えているとは思わなかったとさらっと私に言った。そして、大会に出すからそれように枚数を揃えるようにと付け足した。その時期私には仲のよい友人がいた。四六時中一緒で、夜中抜け出しては莫迦な事ばかりして、夜通し桟橋や堤防で話し込んだり、砂浜で流れ星を数えたりしていた。その友人が、異性とは話さないでと彼女から告げられた。私も異性なのか?という疑問を抱きつつも、自分が橋渡ししただけに上手くいっている事が嬉しくもあり時に寂しく感じることもあった。その二人に不安因子を持たせたくなくて、私はその友人と距離をおいたのだ。それを向こうも感じ取って、私達は今までのように何でも話すことは無くなった。それ以降私たちの会話の全ては、彼女を間に挟みまるで伝言ゲームみたいだった。何処かに自分の半分を落としてきたようで、いつも足りない何かを他の何かで補おうとしていた。「こころ」はまるであの頃の私の気持ちをそのまま代弁してくれていた。本当そのままに。結局、私は感想文を人目に渡らないように書き直した。自分の嫉妬心を露呈したくなかったから。友人から子供の話を聞かされ、その不安さを聞かされた。出来る限り励まして、私達は離れた。とても嬉しかったけど、私は少し「こころ」を思い出した。彼は、私に人に何かしてあげる事の本当の楽しさを教えてくれた友人だった。そして、同じ日にもう一人の友人もパパになった。私と友人達の関係は、結婚とともにきっと変わる…んだろうか?時間の過ぎる速度は平等でも、個人が感じる時間の速度は違う。私のゆっくり動く指針は、そのゆっくりとし過ぎた速度に困惑する。あまりに、周りの時間が動くのが速すぎる事に気づいて。その誤差に必死でついて行こうとする度、私は何かの決断を迫られる。廻廊をその果てまで、歩いていくと何が見えるのだろう。そして何を見るのか。
Feb 11, 2005
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春に事故に遭って何かが変わった。ただの頭痛だったのに、頭痛だけだと思っていたのに…。ある程度その痛みが頻繁さを失くした頃、私は様々な事が思い出せなくなっていた。今まで忘れたことの無い事象を忘れてしまったり、少し前にあった友人が判らなくなっていたり、「嘘でしょう?!」って云われる様な事ばかり。それがある瞬間不意に、一時の思い出が頭に流れてきた。一部だけど色濃く、鮮明さを持ったその記憶はまるで現在の事のように、私を戻した。いや戻したではなくて、今とした…。つまり私はその記憶を現在の事のように錯覚し、他の事がまるで嘘か昔の事のように思えた。口からつく言葉は過去進行形ではあるけど、その時の感情すら表してしまう。今はもう変わってしまったのに…。昔の私そのままの姿を、話してしまう。今を知って欲しいのに、今しか知らせようと思っていないのに。高校の記憶が色濃く甦り、先日中学の頃の思い出が私を侵食した。それらを制御する筈の「現在」が私には無い。その混沌とした状態が「今」なのだけど、記憶とは制御され思い出されてもただ事実であったと受け止めるだけの存在。懐かしみこそすれ、その状態に戻ること戻すことなど在りきである。少しずつ整理した引き出しの棚を引っ繰り返されたようだ。私は今無意識にそれら中にしまわれていたモノを拾い集めている。あの人の記憶だけを残して…。拾い集めるまでも無かったその記憶だけは、決して鮮やかとは言えずモノトーンともセピアとも云い難い色彩で存在した。どうせならいっそ忘れさせてくれれば良かったのに…。それだけ彼は私の中を占めていたんだ。切り捨てられる事を恐れて逃げ出して、離れてみても尚。私は今も恐れているんだ。
Feb 6, 2005
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今更だけどipod購入!とっても可愛過ぎてメロメロです。何の曲落とそうかな♪
Jan 31, 2005
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新年も明けてしまいました。年末から年明けに掛けて沢山の事がありすぎて、描く暇も無いほどです。今週中には少しUPできればと思います。サイトを移す準備も着々と進めていこうと思います。それでは皆様今年もよろしくお願いいたします。
Jan 10, 2005
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映画三昧な週末。全てがハッピーエンドで、思わず微笑んでしまう。そして、体も動き出しちゃう!朝は泣いて、夜は踊ってちょっと充電完了。
Dec 12, 2004
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家のPC;通称リウさんのHDDを乗せ代えてしばらく経つ。やっと復旧が進んで家での映画日和が戻ろうとしていたのに…ん・・・?映らない!?電気屋さんめ!!と、持っていくのも手放してる時間も嫌なので自分で直してみる事に。ちょっとコストは掛かったけど無事終了。英語で故障状況説明するのって難しいのね、って全く違う感想が残った。複雑そうに見えて、案外シンプルな原因でした。明日は、「僕は怖くない」がやっと観れる ^^
Dec 9, 2004
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本日は会社にてパーティ。つくづくお祭り好きな皆さんです。今日のゲストは、ドイツの方。挨拶するのに久々に母国語以外の言葉を口にしたような…。やっぱり人前のスピーチって苦手。でも、社長からお褒めの言葉を少し頂いたのでよしとするかな。社員さんは区々で皆凄い人ばかり。挨拶はヨーロッパで遣われる色んな言葉が飛び交ってて…。そろそろトルコ語再開…。と思いつつ、マンダリンに浮気しています。私は、音で言語を好きになる。何処の国の言葉にも惹かれるけど、トルコ語は艶っぽくて、マンダリンは清楚な感じ。もうしばらく寄り道してようかな。お土産のドイツチョコを頬張りながらマンダリンの音楽を聴いて、今日はのんびりしよ。
Dec 6, 2004
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写真機を構える。被写体をその箱の中に収めている光景。カメラの数枚のレンズと私の眼というレンズ、それに大半はもう一つのレンズが加わっている。それは、その時の気分や相手の感情、相手への感情を切り取る。そのレンズは、非被写体の心の眼といえる。私は、最近もう一つのレンズを介してシャッターを切る。景色を見る。いったい幾つの硝子を通して、事実を見ているの?幾つものレンズを通して見られた世界は、屈折しすぎていてまるで万華鏡の中に在るみたい。ハッキリと見えているこの景色は、その実見え過ぎていて何も映していない。私は、レンズを一枚とって外を歩く。シャッターを切る。ぼやけてしか見えないその世界は、きっと一枚の紙の上に複写される頃、私に事実をみせてくれるから。
Nov 28, 2004
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陽が昇る頃、もうすぐ海へ到着所まで来てた。友人と、旅行中です。でも、ハードな旅行が好きな私には旅行というより、豪華なお出かけって感じでした。のんびりして、はしゃいで、怒って(?)、ゲラゲラ笑って。表情を思いっきり出し切ってスッキリ♪どれだけ自分が長い間無表情だったかって事に気づいた。潮の香りと船の匂いと懐かしいものばかり。でも、太平洋と日本海の波はやっぱり違うな…と船乗りな自分に戻りつつ桟橋をとことこ歩く。自分の時間と自分で居られる時間は、どちらも欠ける事無く必要なんですね。明日は、何しようか…。
Nov 27, 2004
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大掃除日。まず好きな音楽をかける。床を水拭きして、部屋の空気を入れ替えた。部屋の植物達に冬を越すための少しの栄養剤。一通り終わった後、お香を焚いて部屋中自分の好きな香りに変えた。陽が落ちないうちに少し散歩。こんな休日が何よりも嬉しい。
Nov 23, 2004
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仕事帰り仕事仲間とご飯。送別会を兼ねていて、皆で少し遠出した。丁度そんな時期なのか、会社の中は入れ替わりの多い時期。淋しいと思いつつも、そんな事実は無遠慮に飛び込んでくる。会社という閉鎖的空間で、逃げ場もない。そんな中で、私が取った行動は莫迦になることだった。辛辣な言葉を投げかけても相手を傷つけるだけだし、逃げ場もない空間だからこそいらいらもそんな態度も見せたくない。莫迦でいて、傷つけない方がどんなに楽かもしれないと思った。でも、いつの間にやら仕事は人の倍こなしてたり…。課内でしっかりしていると見られていたり…。被り切れていないのね…。仕事とコミュニケイトとは違うと思って割りきらないとね。私事で外で皆とご飯したおかげで、イライラを受け止める人も必要なんだって理解した。私の許容量が超えない限り、道化師になってみる。
Nov 22, 2004
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久しぶりに文章なんて描く。私の中で文章は書くより描くに位置するかも、と最近考えたりします。今日は、数年振りにcanadaから帰って来た友人とのんびり。リンは相変わらず何処までも賢くて、どれだけの知識とどれだけの引き出しを頭脳に持っているんだろうって思わせられる位色んな事を知っている。私みたいに浅く広くの知識でもなく本当にどんな事でも深く答えられる。二人で話しているといつもマルチカルチャーになる。二人でいるといつも日本人として見られない。日本人を通り越してなんだかマイノリティーか?とおもえてきちゃう時すらある。私はいつもより多弁になった。本当に驚く位。毒も吐いたし、大声で笑ったりもした。街中をふらふら歩いて、疲れたら座って、お店に入って。晩御飯より美味しいcakeが食べたいというので、マールクレージュで美味しいお茶とお菓子を食べた。何を見るわけでもなくでも、今まで話さなかったものを描いてきた以外の事を共有した。文で話すのと、口句で話すのとここまで印象の変わらなく思える人ってきっと中々いない。とっても倖せな一日でした。そして、そんな賢くって男前な貴方にheroだなんて言って貰えて何だかとっても気恥ずかしくって嬉しい、そんな日でした。
Nov 20, 2004
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このタイトルを見てピンときた人はかなりの同類さんです。Lucasの夢とKrausの現実。お互いはお互いを夢見て、互いを介して自分を見た。どれが嘘でどれが真実か。それとも、全てが真実だったか。Kはリュカに嫉妬しながらも、リュカを想った。リュカの最後は幸せだったのか?一冊の本がどれだけ悲しくても、人一人の人生には劣る。夢と現実が交錯する中、夢の中でも悲劇を生んだ。それは、片割れの残した残像だったのかもしれない。彼らは、単一となり彼等の複数であり単数でもある存在を捨てた時、その片割れを偶像とした。それは、偶像でもあり、実像でもあり。何者でもない。彼等は、お互いを羨み、欲した。彼等が得たものは何か。それは人生かもしれない。
Nov 11, 2004
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三連休最後の日。対・通勤rushに向けて靴を購入。普段ならこのままcafeに行くのだけれど、予定を変えて足を伸ばした。川原をそら色自転車で駆ける。どんどん緑が深くなる。川原で水遊びする親子。自転車の乗り方を教える金髪の男の人とそれを見つめる子ども達。楽器を弾く人々も。人を眺めながら、笑えてくる。あまりにも可愛らしい光景に嬉しくなる。ススキが茂り、その緑の深さはその川原が人工物だということを忘れさせる。その川原は作られたものであって、在るべき姿ではない。でも、その人工物はいつしか在るべき姿に還っていく。それが幾ら変えられようとも。在るべき姿でいようとする、その実は還ろうとするのではなく向かっているのだ。自分が在りたいとする姿に向かっていく。どういうものが目の前を塞いでいようとも、それを吸収しても、跳ね除けても自らが選んだ姿でいようとする。還る。向う。緑のそよぐ風の中で様々な摂理をみた。
Sep 20, 2004
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邦題 ぼくたちのアナ・バナナ=原題 Keeping The Faith幼馴染の三人が大きくなって再会し、お互いの感情に気付いていくという映画。恋愛映画でありがちなこのプロットだけど、映画の設定が面白いって思えた。その三人は、男女二人がアイリシュのカソリック、もう一人がJewishだという事。アナ(女の子)は幼い頃に、引っ越してしまい音信はなかった。その間、男の子二人はお互いの宗教に興味を持ち、それぞれに学びその道を歩んでいく。彼らの友情は何ら変わりなく深まっていった。彼らは、大きくなり一人はカソリックの神父にもう一人はユダヤ教のラビとなった。彼等はどちらも、中々信者に足を向けてもらえなかった、集会に人々を集まらせるほどのカリスマ性を持っていた。日に日に、信者の集まる数は増え、毎週彼等のコミュニティーは大盛況といえるほどの人を集めていった。そんな折、アナが仕事でNYに戻ってくるという知らせが入る。彼等は、アナを迎えに行き、また昔のような関係が戻る。どちらもアナを好きであるのに、宗教上の理由で行動には踏み込めない。ラビの長になるためには、結婚をしなければならないという前提があるのに関らず、ユダヤの彼にとって彼女は異教徒であるために、付き合うことは出来ても結婚は出来ない(つまり、彼女を手に入れられない)と思っていた。一方、カソリックである彼は、その宗教上「禁欲」は絶対であった。だから、彼女に恋愛対象としての好意を持っているとは思いたくなかった。そして、彼はそれを禁忌を冒しても良いと思えるほど彼女を想っていった。ラビである彼は、その兄と母の間でのことが切っ掛けで、付き合う女性は慎重に選ばなければならなかった。だが、周りのラビの長になってもらいたいという期待と、それに伴って激しくなる信者の娘の紹介は彼を困惑させた。それに彼にとって、今も昔も一番素敵な女性はアナだけだったからだ。アナも同時に彼に惹かれていく。だが、親友である神父の彼にはどうしても打ち明けられなかった。何故なら、彼女にとってその恋愛関係はNYにいる短い期間だけのものだと考えていたからだ。しかし、彼女は、NYを離れたくないと思うほど、ラビに対しての想いを深める。でも、彼の母のこともあって、彼は自分のことを受け止めてくれようとしない。彼自身も、彼女を想ってはいても、自分にとって人生である宗教と家族の事を切り離せないままだった。そんな状況の中で、一番切なくもいい役をしたのが、神父の彼エドワード・ノートン。やっぱり、親友だという事で二人の肩を押し、更に祝福できちゃうんだもの。結構コメディータッチで描かれているので、観易い1作でした。最近、ビデオデッキが手に入ったので、DVD以外の作品も観れるようになって嬉しい^^観れなかったのを全部制覇するつもりで、甲斐甲斐しくレンタルやさんに通っています。信念を貫け!(別訳:約束を守れ)ジョージマイケルを思い出しそうな、このタイトル。私も信念を貫いていかないと…。
Aug 17, 2004
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突然、弟君が訊いた。「18きんってなんなの?」全く脈略のない言葉に、私と母はハテと考え込む。しばらくして母は、18キンって言うのはね…と弟君に話し始めた。母は元アクセサリデザイナーだ。その所為か分野は違わずともその手の知識は豊富である。母の話はしばらくして、純金の話にまで至り、その説明を終えた。納得したような納得していないような弟君の顔を見て私は、何でそんなこと疑問に思ったのかどういう場面でそんな言葉が出てきたのか問うてみた。すると、彼は友人が「今度、俺18じゃなくて20キンみるんだよ。」って言ったから・・・と説明してきた。母と私はそこで謎が解けた。この会話に金を当てはめても苦しくはあっても成り立つ。でも、どうやら違うみたいだった。私は弟君に18禁について説明しだした。私の説明は全部映画にもとづくものだったけれども、「kill Bill」とか「BR」、青少年に悪影響を及ばすと思われる描写が入っているものがR-15とかR-18指定が掛かるのよと説明すると、理解したみたい。説明として間違ってないからいいかなとは思ったけど、この女系の過程でこの弟君苦労するかもな・・・と考えてしまった。そのままR-18の話はゲームセンターの未成年者入店時間にまで発展し、その内容を終えた。
Aug 9, 2004
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母が昨今流行の「冬のソナタ」に嵌っている中、娘の私は、アジアンドラマにはまってます。「戰神」要注目。原作がわりと好きだったので、すんなりドラマに入っていけます。仔仔が沢山でてるので嬉しい♪「流星花園 2nd」は観たのですが、深夜枠のファーストシリーズは見れないまま。これも原作は日本の作品らしいです。今日、観終わったのが、「星に願いを」と「グッバイマイラブ」二本ともアン・ジュウク出演作品です。「星に願いを」は楽しく観れる作品です。でも、オープニングが少しおかしくて気になってました。軽くあらすじを話すと、孤児院で過ごした少女が、その父の親友と名乗る男の人の家に引き取られ成長するんですが、(引き取り先で、仕打ちを受けつつ彼女はその才能を開花させていきます)その間、知り合った男の人二人組みと親密になっていくというものなのです。その二人組みのうちの一人がアン・ジュウク。でも、明らかにオープニングを見る限りでは、くっつくとみられるのは、もう一人の男性の方なんです。でもいつの間にやら、その三人の間には何のイザコザも無く彼は二人のいい友人となります。(でも、彼が一番可哀想な役回りになってしまって・・・。)その謎は最終回のメイキングで明らかになりました。実は、このアン・ジュウクの役は〔カン・ミン〕という、お金持ちの家に生まれながら歌手になりたいとその道を突き進んでいくものなのです。このカン・ミンがその役名であまりにもヒットしてしまったため、相手役が変ったようです。なので、障害はいっぱいあっても、あまり悲しくないドラマでした。脇役があまりにも、お間抜すぎて笑えます。もう一本の、「グッバイマイラブ」すみません。最終回までの4時間、ほぼ泣きっぱなしでした。(号泣)悲しすぎて、とっても泣けます。何もここまでしなくても…。でも、この二本の共通点として、最終回が良い所で終わるんですよね。なので、悲しいけどさわやかな状態で見終わることができます。そして、この二本のもう一つの共通点として、やたらすれ違いが多い事、「其処にいるでしょう!横見て横~!!」と、言いたくなる事数十回。少しキ~ッ>_
Aug 6, 2004
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悲しくなった。カレが何処を見ていてくれたんだろうって。音信不通にした私が悪い。そのきっかけをつくった事をカレは謝ってた。でも、私はどう言って良いか判らずに、不安ばかり募らせて。何も言わずにいてた。私には貴方への気持ちを知る時間が足りなかった。拭い切れない言葉の壁。私は、何もかも捨てて貴方の所へは行けない。それをする事は、貴方に負担を掛けるし、私にとってもそれは自己嫌悪として重荷になるって判ってるから。言葉だけの貴方に感じた疑問。それら全ては私に不安しか与えない。負い目を感じて一緒にいるのは嫌なの。そう、自分の感情を貴方に伝えるのはエゴだと思ってた。自分の自己満足にしかならないから。でも、こんなに悲しいと感じるなら、早く吐き出してしまえばよかった、ぶつけてしまえば良かった。貴方から来たメール。「他に彼氏でもできたの?」って。貴方は今まで私の何を聞いてきたの?何処を見てきたの?私がそんなに器用じゃないって事は、よく知っててくれたんじゃなかったの?何で?そんな中途半端な状態で、私が他の人の所へいけるとでも?今の状態でも充分私は自分が赦せないのに?まだそれ以上のことができるって、貴方は考えてるの?悔しすぎて、悲しすぎて、私は、もう何もかもどうでも良くなった。
Aug 3, 2004
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先生の締め切り前にて休日出勤。ついた早々書架のことについて言われてしまった。「あれ、アルファベット順だったよね。何であいうえお順に変ってるの?」「先生がおっしゃったじゃないですか?」と、答えた私に「ちょっと探しにくかったんだよね」の、軽いジョブを頂きました。「先生、変えるなら今です。変えておきましょうか?」という私の受け応えに、軽く笑って「いや、いいよ。頭切り替えて慣れるから。」すねてんですか?先生? 今日の仕事場の一コマ :::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 今日の休息時間に下のcafeに降りた。そこでは少し催し物がやっていて、賑わっていた。先生は、そこに来ていた知人の所へ足を向けてしまい、私は一人でベーグルをつまんでいた。そこへ、通りかかった見覚えのある男の人、彼も先生だ。面識はなかったのだけど、相席になったので少し話をし始めることに。(なぜ、隣の席も空いてるのに座らないんだろうという疑問はおいておいて)私が、英語を専攻していたと悟らせないように、世間話をしていたのに、ちょっとしたことからばれてしまった。実は今日の出勤徹夜明けなんです。日本語すらおかしいのに…。でも、聞き取りは問題なくクリア。傍目から観ると、日本語と英語の混じった会話が延々と続く。日本人は英語で話し、そうでない人が日本語の率を多く使って話し、そんなことがまかり通るのもここならではなんだろうなと、嬉しくなりました。読みも書きも聞き取りも、何事もバランスよくやっとかなきゃダメね。久し振りの対面での生の会話で実感してしまいました。仕事の途中だったので、挨拶して戻ったけど、とっても楽しい時間を頂きました。
Aug 1, 2004
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カレとの音信を経ってから10日以上経った。やはり気持ちは変ってない。何か言わなければと思ってるのに、何を言ったら良いのか判らなくて…日にちが過ぎた。夜中、メールが届いた。カレから。「どうして連絡くれないの?」そう記してあった。「愛してるのに」そう書いてあった。どう切り出してあげたらいいのだろう。メールを見れば、急いで書いたのが判る、焦って書いたのが判る。語順はばらばら、文の切れ目はない。それをパズルのように推測して、解いていくいつもの作業。私はこの作業が好きだった。答えは出てるのに、答えをだせない。やはり、あって伝えた方が良いと思うからだろうか。
Jul 31, 2004
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三回目の結婚の言葉。でも私にはしっくり来なくて疑問だらけだった。付き合ってる相手からそんなこと聞いたら普通は喜ぶ筈よね。私の中のモヤモヤを消化し切れなくて、ずっと考えていた。この引っ掛かりについて。本当に嫌いなら可愛いなんて思わない筈。受け入れようと欠片でも思った訳。少しずつでも受け入れてみようかとも思った。 それは、あんなに真っ直ぐな感情表現を見た事が無かったからかもしれない。それに溺れそうになっていた。戸惑い・困惑・少しの嬉しさ。其等は私の思考をカレの気持ちの方向にプラスに作用していく材料であったと思う。もう一つの大きな罪悪感と嫌悪感を忘れたかったから。それは容易に作用した。その大きなものに蓋をして押し込めてしまいたかった。認めたくなかったんだ。私は。それを押し込めようとしていた私に起こった小さな小さな出来事。ホントに些細といえば些細なその出来事は彼に対しての事を覆す切っ掛けともなった。作用が狂った事で、自分の汚さが見えた。醜さが見えた。私は、彼の事しか考えていなかったんじゃないだろうか。否、彼を媒体とした自分の事しか考えていなかったんだ。其処まで気付いたらスッキリした。久し振りに立ち寄ったcafe。此処は中学の時から通っている落ち着ける場所。今は、店の名前も変わってしまったけど、人の喧騒とその後ろに流れる微かなBGMが考え事をしたり、勉強したりするのには今も昔もとても都合が良い所。私はどうすべきなの。罰は甘んじて受けよう。でも、カレに何をしたあげれば良いのかまだ判らない。ただ、結婚を考えるのは違うんだという事、それだけは判る。それを前向きに考えるという事は、その気持ちを受け入れることで、一見、文字通りにポジティブに聞こえるけど、でもそれは違う。それは、後退してるにしか過ぎない。だから、考えなきゃいけないんだ。カレとの事も、自分の弱さも。強くなりたいのに、やってしまった事は自分をどんどん弱く、醜くさせてる。「物事を在りのまま受け入れること。」その本質を忘れてしまっていたなんて。
Jul 28, 2004
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私の走るトラックのゴールの先にあの人が立ってる。私は、自分の走るその先に待っていて欲しいと願っていた。もしその位置が私の走るその上なら、上手く走れなくなった時、きっと貴方の所為にしてしまう。貴方が私の邪魔をしたと思ってしまう。だから、一緒に歩いてなんて、一緒に走ってなんて言わない。私がスタートラインから貴方を見た時に、貴方はゴールのその先に待っていてくれている様に見えた。そう見ていた。だけど、走っていくうちに気付いてしまった。貴方の居るその位置は、ゴールの先ではなくゴール線上にあるんだということを。
Jul 21, 2004
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何だか沢山の事があって、少し混乱中。今日は、気晴らしに駅前の本屋へ行ってきました。其処はレコ屋さんも一緒に隣接されている所で、実は一日居ても飽きません。いつもの様に好きな分野を見て回り、帰りにレコ屋へ。worldで何か新盤はないかと探索してると…。Sertabが日本デビューしてました!!そう言えば先日、ラジオで映画「箪笥」のイメージソングになるとは聞いてたのを思い出しました。同じアルバムを持っているのですが…幾らホラー映画のイメージソングとはいえこのジャケットは無いのではないか…って位怖い。何も、血しぶき飛ばさなくても…。輸入版を買っといてよかったです。明らかにこっちの方が可愛いよ。その後、好きな雑貨屋が立ち並ぶ方へ足を向けました。普通ならこの辺りで頭痛が酷くなってくる時間帯なのだけど、久し振りなので行ってみる気になりました。その道すがら…出会ってしまった。元バイト先の常連さんに…。別に何ら身を隠す事は無く普通に挨拶すればいいのだけど、私の視力の悪さと音楽を聴きながら歩いていた事で声を掛けるタイミングも掛けられるタイミングも無かったのでそのまま通り過ぎてしまいました。この方は、少し面白い方で私を本名で呼んだことがありません。いつも「えみり」と呼ばれていました。別にバイト先に源氏名があった訳でもなく、です。私より古株の子がとても美人さんで、辺見えみりに似た子でした。その子が「えみり」と呼ばれるのならまだ判るのですけど、彼女は何故か「ジュディ」と呼ばれていました。彼女も私も道でこのお客さんに逢うと少し恥ずかしい思いをします。この呼び名のおかげで…。なのでお客さんには悪いと思いつつも気付かれなかったので少しホッとしたのです。帰路の途中で、証明写真の焼き増しを出しに行こうと急いでいた所、普段よく散歩に連れて行っていたワンコに逢いました。お散歩途中で、しかも久し振りだったので、その飼い主のおじさんとおばさんと近所の人を交えて世間話に突入。私も時間を忘れて話し込んでしまいました。実は、この輪は傍から見ると私以外は全員私の母の年齢をゆうに越す団体です。でも、私はこんな異世代交流が結構大好きだったりします。やっと、用事を思い出して挨拶を済ませて写真屋さんに向かいました。ギリギリ…アウト…。どうしよう~。おかげで明日は証明写真を撮りにいかねばならないかもしれません。家にあったかな…?その帰り道、私はいつものお寺を横切りました。其処には空一面といえる位のアキアカネ。夏、到来。そう思うと共に、すぐに過ぎ去ってしまいそうで少しの不安と淋しさを感じました。このアキアカネの上に鱗雲が出る頃には落ち着いていたい、とそうふと思ってしまうから。
Jul 17, 2004
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普通、生きてるうちに何度も聞かされないであろう台詞。「結婚」という言葉。私は齢23歳にしてこの言葉を幾度も聞かされた。10代の終わり、20の時、20代に入ってから今日まで。(可愛い約束を思い出すなら幼稚園の頃も、か。)私の中にある一般的な方程式、『 出会う→伝える→付き合う(お互いを知り合う)→yes/結婚・no/別れるor付き合い続ける 』これを全て引っくり返してくれる。そんな変った順序でこの台詞は使われる。付き合うをすっ飛ばしてこんな事言われたら、ウラがあるとか思わない?私の籍が望みなの?とか、私に貴方の賄い婦になれってことなの?とか考えてしまわないのかな。如何して彼女にはしてくれないの?友達付き合いだけでもう充分判ったって言えるから?今回は、ある程度最初から付き合うってことを前提としてるから、方程式としては当てはまるのかもしれない。でも、私たち逢ってから一年も経っていないのよ?その内一緒に居たのは、本当に少しの間なのよ?それでも、結婚を考えてるの?如何して??好きだと言われた時に、確かに結婚を前提にって言葉も在ったけど、でも、私の何処が貴方に其処まで踏み切らせたのか理解できないの。本当に莫迦で子供なんだから!って言いたいけど、何処まで真剣に言ってるのか判らなくて混乱する。「時間を頂戴。」前にも言ったね。其れでなくても、傍にいなくて自分の気持ちすら決めかねているのに…。貴方は宙ぶらりんの私でも良いって言ってくれて、ずっと待ってるって言った。でも、私はそんな中途半端な事が一番嫌いな人間だから、ずっと頑なに断り続けていた。其れなのに貴方は、私を運命の人だと信じて疑わないで、死ぬまで待ってるってmailに書いてきたね。感情論だけでは結婚なんて出来ないのよ。それだけの情熱を如何してもっと身近な人に向けなかったの?確かに、貴方からの連絡は私の心を可愛くさせるけど、同時にどうしたら良いのか判らなくなる。時間が欲しい。前向きに一緒に歩いていける方法を見つけることが出来るならば、それで良いけど。私には、直に貴方を知る時間が必要だと思ってる。3回目の貴方からの結婚の言葉に、正直言葉が出なくなってしまった。おかげで3日以上も連絡不通にしてしまってる。貴方の欲しい言葉は知ってるけど、「無理」だと心の奥底で判っている様で言えない。そんな、確信の持てない事は言えない。私がしっかり働ける環境で、貴方をも家族をも養えると判ったら、私は…この台詞を受け入れることが出来たのかな?
Jul 16, 2004
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私の中で男性に惹かれる時、其処にはいくつかの条件があります。仕草とか立ち振る舞いとか細かい所をあげると、幾つもでてきます。その中の一つが「声」。私の中には私にしか魅力的に感じない声質があって、それに一番近いものを持っているのが、月を代名詞に持つ友人。メディアの人で言えば、谷原章介さんと周渝民君。彼等の声はとっても好きです。心地よくて、少しくぐもった所に艶っぽさを感じます。友人に「谷原章介は割と好き」と以前言った所、「何で?」と訊かれて、「声が♪」とつい言ってしまいました。其処には少し怪訝そうな顔をした友人がいました。この二人、顔も系列的には似てるのかもしれませんね。(ファンの方・気分を害した方ごめんなさい)顎から喉に掛けての骨格が似ている人は、声も似るそうです。もう一つ、どれだけ友人に説明しても判って貰えない「好み」があります。(もう判って貰おうとは思わないけど)それは「瞳」。在り来たりねって言われるかもしれませんが、私が惹かれるのは男性が「顰め面をした時の瞳」。その内側の部分に、私だけが感じ取る色気があります。それを持ち合わせているのは、周渝民君でした。日本人なら…誰だろう?あ、窪塚洋介さんがその近いものを持っていました。瞳で最近思うことは、台湾の方って目にとても色気があるなということ。特に、外側に掛けての切れ長な陰影を持ってる方が多いんですよね。これは、ホントに私の主観です。今、一番惹かれているのはやはり周渝民君です。関西圏では深夜枠でドラマにも出演しているとか。たまに、ネットラジオで声を聞けたときは嬉しくさえ思います。声を聞くと、気持ちが優しくなれる、彼はそんな声質の持ち主です。
Jul 15, 2004
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本日の誕生花「トルコ桔梗」。今日は母の誕生日なのです。特に調べた訳でもなかったのだけど、今日のバイトに出かける準備をしていた時にふとラジオから流れてきた音楽がその事を私に知らせてくれた。自分の好きな音楽がいきなり流れてきて、しかもその曲を日本で聴くなんて思ってもみなかったから、CDを入れっぱなしにしていたのかと思わず何度も確認してしまいました。昨日までは確かに、中国語が掛かるはずだったのにって。一曲目にTarkan、そしてSertabがかかって…。何度も何度も信じられなくって確認してました。日本でしかも自分の耳で聴けるなんて、ちょっぴり感動さえしてしまいました。しかも、好きな曲ばかりだったので。尚更でした。「nice requests!!」と思ったら、DJさんが誕生花にちなんで二曲続けて掛けてくれたみたいでした。それで火がついて、CDデッキの中身をトルコmixに変えてしまいました。そして、最近嵌った台湾音楽はCDプレーヤーに入れ替えてバイト先に向かったのです。今月は、やたら出費が多くて母の誕生日に良いものは変えそうに無かったのでどうしようかと一日悩んでいました。毎年洋服とか化粧品とかあげていたのですけど、それすら厳しかったので初心に戻って、植物にしました。トルコ桔梗とルリマツリ、そしてワイルドストロベリーにも似た赤い植物(名前を忘れてしまいました・・)。・竜胆(りんどう)科。 トルコ桔梗学名 Eustoma grandiflorum Eustoma : トルコギキョウ属 grandiflorum : 大きい花のEustoma(ユーストマ):eu(良い)+ stma(口)の合成語。花の形に由来すると云われているそうです。 実は、アメリカのテキサス州原産。 名前のとおり桔梗に似ていて、また花のひらいた形がトルコ人のターバンに似ているところから「トルコ」の名になったのではと云われています。トルコは関係なかったんですね…。 7月18日、8月18日の誕生花 花言葉は「清々しい美しさ、深い思いやり」 別名:「ユーストマ」(学名から) 「リシアンサス」ん?誕生日が違う…。一体何日が本当なの??ま、母は喜んでいたからいいか…。何故か植物交換になってしまって、私の部屋にはまた植物が増えた。嬉しいけど…夏場は良いんだけど…冬になったらまた居住空間占領されるんだろうな…なんて思いつつも、親子三人で質素にお祝いをしたのでした。
Jul 12, 2004
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弟がはしゃいでいる。正確に言うと、落ち着きがない。どうしてかというと弟が嵌っている大会がもうすぐあってその優勝者にはNYの行きが約束されるらしい。弟はそれに着いて来て欲しくて、必死にパスポートの有無を私に確かめる。母と行くのかと思いきや、英語が話せない事を懸念して私とが良いと言い始めた。弟からしたら私は一人で外国に行ってしまう姉だし、何が起きても何とかなるだろうと思ってる、そんな所だろう。英語が話せなくても大丈夫だよと宥める母の話にも耳も貸さない。「でも、でも」という抗議の声が隣の私の部屋まで筒抜けだった。「僕は日本人だから英語なんて話せなくてもいいの!」といきりたっていた昔の彼は何処へやら、まだ優勝した訳でもないのにNY行きを心待ちにしているようだった。期待しないで待ってるよ。弟君。私と弟は年が離れている。今でこそそこまで言われなくなったが、生まれた当初は私は行く先々で彼の母親と間違われた。その都度、母が苦笑しその後落ち込んだのは言うまでもない。(たまに、私の姉と間違われていた時は嬉しそうだったけど…。)弟が生まれた時、正直嬉しかった。私が兄弟が欲しいと望んだから。その後に来る仕打ちを知る由もなかったから。私と弟は異父兄弟である。私は弟に微妙な感情を抱いていた。それは、一般的に子供が、その弟・妹が出来て構って貰えなくて形成された嫉妬心でもなく。異父であるからという理由から接し方が分からないというものでもなかった。私が彼の父から受けた行為と弟への家族愛の間で挟まれる事となった環境下から形成されたものである。兄とも慕っていたその人から受けた行為は、彼が生まれた事によって激しさを増し、それに伴って私の中に屈辱と憎しみを植えつけた。同年代の子からの苛めに似た行為の中ですら此処までのおぞましい気持ちは私の中に生まれなかった。何時しかその気持ちは、弟に向けられていた。健やかな寝息を立ててベッドで眠る生まれて間もない弟を見る度に、弟がいなかったらと考えた。それと同時に、私はその小さな弟が愛しかった。小さいながらも家の中で彼は私に一番懐いた。彼を笑わせるのはいつも私だった。この時期に私が撮った彼の写真は未だに色褪せる事無く可愛らしい笑みを湛えている。でも、私が彼を受け入れきる事は、彼の父親の存在すら受け入れなければならないことになる。彼を思い出すとき必ずその血の存在があるのから。それでも、その時の私には出来なかった。毎朝、私に向かって大きくなっていく足音。声も出せないほどの恐怖。母に隠れて行われる行為、しかしそれは彼女の目にも留まる位の至近距離で。仕事で誰もいなくなった家で一人でいられる時間だけが安らぎをくれた。後に、母に意を決して告白してみたが戸惑うばかりで聞こうともせず、何の対処もされなかった。そして、その事が更に私に人間に対する不信感を強めていったと言って良い。学校では、他愛のない同性同士のやりあい。彼女達はそれを苛めだとは認識せずに次のターゲットをハイエナのように探していた。何処に行っても、ドロドロと渦巻くモノから抜け出せず、私は人間と関る事を放棄した。将来も人とは関らない所へと生物学に興味を示していった。弟の為には、その父親を認めなければならない事は承知している。しかし、一生赦す事は出来ない。弟を授けてくれたという点以外では。葛藤が止まない。今でも過去の行為によって病む自分がいる。あの恐怖が拭い去れなくて、体が震えて過呼吸を覚え、酷い時には発狂する。立ち直ろうとは思っていない。立ち直れるなら、もうすでに立ち直っているだろうからだ。この恐怖を拭い去る方法は少しずつ見えてきた。私は私なりに進むしか出来ないけれど、赦す事は出来ないけれど、存在だけは否定しないでいようと思う。弟に自我が芽生え始め、己を「個」として認識し始めた時、私の中で彼の後ろに見えていた父親の存在が薄れてきた。彼は血を受け継いではいるが、全くの別者。母と私の手ごわい女性二人に囲まれて、日々男っぷりをあげているのが見てとれる。この子、女の子を片手で転がしそうで怖い…。何て思う面も出てきて、将来が楽しみでもあり、怖くもある。何と言っても可愛い弟、実家に帰ってから中々他の地へ腰を上げないのは彼のせいかもしれないなと思う。どんな成長を果たすのか先が楽しみな姉です。
Jul 8, 2004
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七夕が晴れた日。久しぶりなんじゃないかな。毎年毎年雨の記憶が強い、7月7日。今日は、織姫と牽牛の伝説の他に友人たちの誕生日でもある。お昼からバイトに出かけ、仕事が終わらなかったので残業。それもお家で残業となってしまったので、仕事を持って帰ってきた。雨だろうと決め付けていたのに思いっきりお天気だから昨日に引き続き顔がひりひりする。日焼け止め塗りそこねっちゃったから。今日は、離れ離れの恋人が年に一度だけ会える日。折りしも今日は晴れてるし、それが叶っているんだろうな。こんな日位電話掛けてもいいかな。出るか分からないけど、今日だけ赦される無料電話。多分10分位しか使えない。それでも掛けてみたら、あの人はどんな声を聞かせてくれるんだろう。向こうの仕事が終わった頃に掛けてみようかな。さて、残業残業。
Jul 7, 2004
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今日は、用事で遠出。何となくしかその場所を知らなかった私はその集合場所を知って驚いた。私はその場所をとてもよく知っていたから。そこに行くのは4ヶ月ぶり、もうきっと来ることはないと思っていたのに。用事があった場所で、話を聞く。扉が開く度に懐かしい香りがする。匂いと言った方がいいかもしれない。それは、潮の匂いとそれに混じった燃料油の臭い。懐かしいとともに船酔いを思い出す、いい意味でも悪い意味でも思い出深い臭いが漂う。用事が終わりその場を後にした私はまだ陽が落ちきっていない事もあって海まで歩いてみようと歩き出した。前に来た所まで行ってみたいと思った。4ヶ月前に新しい思い出として残った場所へ。浜まで300mそんなに遠くない。高いヒールとスーツである事を除けば、大した事ではないと思っていた。取りあえず陽が落ちるまで歩いてみた。二時間位歩いて、海が見えた。でも、テトラポット。やはり此処も潮に混じった機械の匂いがする。河口付近は少し砂浜になっていたけど、川から流れた大きな石がゴロゴロしていた。そこでは、子供が数人何かを必死で探していた。そのまま、整備されて人が歩けるテトラポットの横の道を歩き続けた。少し、足が痛む。しばらくすると、頭痛がし出したので戻る事にした。丁度、陽も落ちかけていていいタイミングだったのかもしれない。前行った場所まではいけなかったけど、少しその場で海を眺めて帰路に向かって歩き出した。車で来た時は近かったのになぁ…。帰路の途中で歩いた道は前に来たときに通った帰り道と同じ道だった。一瞬、やはり砂浜まで行ってみようかとも考えたけど、また症状が悪化するかもしれないからと止めた。匂いは強烈なんだけど、やっぱり海は良いなと思った。二週間後また来れる事を祈って、帰った。
Jul 6, 2004
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私は、断然紅茶派なのですが、此処のだけは格別!出町輸入商店のブルーマウンテン!!すっごく美味しいの!!とっても落ち着くし、何より便秘が治りました。もし、見つけた方がいらっしゃれば一度お試しくださいね。
Jul 5, 2004
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邦題「鯨島の少女」とっても英語が聞きやすい映画だった。私がNZにいたからかもしれないけど、日本人には聞きやすい発音だと思う。鯨に乗ってきた祖先パイケラ。その部族はその血を受け継ぐべく男の子を望んだ。受け継がれた血を止める形を取ってしまったのは、同じパイケラの名を持つ双子の少女のうちの一人だった。彼女が生まれてすぐに母は他界。その時に、弟も一緒に連れて行ってしまった。跡継ぎを強く望んだ祖父は、父に次をつくれと嗜める。そんな跡継ぎのことしか考えなければならなかった祖父を父は受け入れられなかった。父は村から去った。祖父は少しずつ変わった。自分の孫として彼女を受け入れた。しかし結局は、部族の跡継ぎとそれを継がせられない孫との間で苦しみ、村の若い男の子を集め伝統を受け継がせるべく行動を起こす。彼女はどんどん祖父から突き放されていく。性別のためにその資質を見逃されているとは知らずに…。その部族に柵を持たなければならないのはとても窮屈に思えるかもしれない。でも、本当に窮屈なだけであろうか。其処には、本当に自由は無いのだろうか?窮屈であるからこそ感じられる自由。視点と発想を変えれば恵まれた環境なのかもしれない。この話はNZのマオリの話なのだけど、何故かイスラムについて考えていた。イスラムの人たちは、特に女性は、頭にスカーフを掛けたり、執拗に肌を見せられないから窮屈そうだ。男性に従わなければならない。そんな事を考えた事はないだろうか。実は、女性としての自由はそんな所には無い。この表現少しおかしいけど、彼女達はその分男性から家族から守られている。イスラム圏では一度その現地の家族内に入り込んでしまえば何処まで行っても大事に扱われると言ってもいい。決して侮蔑した目で見られている訳でもなく、かといって男尊女卑の扱いを受けている訳でもない。あくまで大事にされている事を前提としている。何処何処の村出身で村から出して貰えないと言う風習が残っている所も日本にだってまだある。ただ、私はそんな昔からの伝統が残っている事に少し羨ましいと感じた。その他者から見れば窮屈そうな事も当たり前として受け止められ、それを受け継ごうとする姿勢。当たり前として捉え、その中で前に進もうとすること。それはありのままの事をありのまま受け止めていくという事ではないかと思う。立ち向かう事の潔さと受け入れることの潔さがあるならば、きっと後者だ。そんな部族に属していなくとも、実は我々もそんな窮屈の中に少なからずいると思う。そこには色んな制限があり、知らずとそれを受け止めている者、受け止めきれずもがく者、きっと様々。私はまだもがいている。もがききれずにアップアップしながら。私たちは様々な制約の中で生きている。それでも生きていける。その中で自分がどうするか、自分で選択しながら。
Jul 3, 2004
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同情と愛情は似通っている。似過ぎていて見分けがつかない程。なら、私のこの心はどっちに向いているのだろう。「何が出来るのか、何をしてあげられるのか分からない。」そういうあの人に、私は。愛してくれるから、愛してみようと思った…?
Jul 2, 2004
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愛情って与えるモノでも貰うモノでもない。きっと、感じるモノ。
Jul 1, 2004
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「案ずるがより産むが易し」
Jun 21, 2004
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3シーズンのレイトショーに行ってきました!皆髪型変ってて、成長したねとしみじみ見入ってました。CMの時には気付かなかったけど、ゲイリーオールドマンが出演していたなんて!!?好きな役者さんだけにちょっと嬉しかったです。今回から、HPの監督さんが代わりました。前回までの監督も協力はしているのだけど、今回の作品は作風の質を変えてしまったように思えた。怖さを出したかった?う~ん、ミステリアスさを出したかったというべきか?セットの場所も余り変わらないし、どちらかというと学校の校内敷地を見せたかったのは判らなくも無いけど、なんだかなぁ。本を読んでいた私にとって、心理描写もかなりはぶかれているように思えてしまいました。ハーマイオニーのイライラの原因とか、ハリーがどれだけ名付け親のおじさんとの同居を望んだかとか、最後の手紙も省かれてしまっていて…。あと、お楽しみに行く町の描写も。怖さ(ミステリヤスさ)をどれだけ綺麗に描けるかみたいな作品に思えて。子供さんには良いのだろうとは思う、とっても。ただ、次作からダンブルドアさんもきっといなくなっちゃうだろうし、本ももっと長くなるし、時間内で何処まで描いてもらえるのかがちょっと心配。今回の校長先生寒色系の衣装に代わったせいか何だか別人に見えた。年々、ロン君が男前になっていくので良いとしますかな^^
Jun 19, 2004
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普段気にならない携帯が気になり過ぎて気がおかしくなりそう。数日前から、電源は切れてる。携帯に繋がらなければ、家の電話に掛かってくるから。一週間過ぎてもう無いって事を必死で認めようとした。まだ、ダメ。夜見る夢は、悪夢ばかり。突きつけられた現実も悪夢ばかり。ただ、白昼夢を見るようになった。幸せなことばかり。夢というより記憶。余りにきつい現実に私が出した逃げ道だったのかもしれない。白昼夢が終わって、気がつけばただただ泣いている。そんな日々。家の中には泣く場所が無い。お風呂に顔をつけて声を押し殺す。浮かんでは消え。浮かんでは消え。白昼夢と悪夢が交互に襲ってくる。ただ、どうしようもなくて…。トルコの民族舞踊に一定の場所でクルクル回るものがある。あれには訳があって、クルクルと回っているうちに、自分の中の欲も全ての事をも無にしてくれるからだと言う。(酔ってて何も考えられない状態にする)日本で言う黙祷の事だ。(酔うという意味では無い)私は無を感じれる時間が無い。何かに没頭していられれば、忙しさに感けて落ち込んでいる暇は無いと思えるだろう。以前のバイトがそうだった。接客で毎日政治から仕事、芸能色んな話が飛び交う。今思えば、そんな中で人と接しているだけで、それだけで色んな事が平気だった。私は、其処まで詰めたバイトすら許されない環境にいる。働きに出れない事が余計に私を沈ませる。どうしてもやりたい事は、頑張っても手に掴めなかった。人に敷いて貰っているラインにただ何もしないで乗っていたくない。私が、何かをしてあげたいのに何も出来ない。
Jun 17, 2004
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返事の来る一週間が過ぎた。もう来る事は無い。ダメだったんだ。まだそれを信じきれない自分が居て。ズルイ自分が居る。私は何時だってズルイ。私は賢くないんだ。狡賢ければもっと巧妙にこなしていけたのかもしれない。私はそれが出来ない。+++++++++++++++++友人から遅れてメールが入った。「ごめん、遅れてメールする。」と一言。入って一週間以上何も入ってこなかった。心配だったけど、前科もあるし、待ってると返事を打っておいた。メールが届いた。実は、1週間前より以前のメールの内容は、私と友人との共通の友人のことだった。帰ってくると言い残して一向に帰ってこなかったからだ。彼女は、友人の親友と(私とも友人)結婚の約束までしていたという。何かあったのではないかと二人で(いや三人か)心配していた。その彼女が帰ってきたという知らせがメールにあった。私は胸を撫で下ろす様な気持ちになった。もう一つ、友人が一言だけメールを返信して返事が出来ない訳が分かった。お父さんが病気にかかって、様子を見に実家に帰っていたという。如何してこうも、悲しいことばかり起きるんだろう。私が過度に心配するのが目に見えていたのか、治ってきているから心配が無いと丁寧に付け加えられていた。
Jun 16, 2004
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最近、職が決まるまで甘えになるから極力友人との連絡を絶っています。理由も告げずその状態が2ヶ月以上続いているので、少し心配を掛けているようでした。今日は、友人から「元気か?」「何してるんだ?」「治ったのか?」何てメールが立て続けに入った。大半は、高校卒業後に一緒に学生生活を送った友人。今日は、五年間一緒に過ごした友人たちについて書いてみようかな。普通は小学校以来、3年以上一緒に学生生活を送るなんてまず無いと思う。そんな中、私たちは、貴重な体験をしているメンバーだろう。私の周りのメンバーは私を含め5人。私はその中で紅一点だった。(学年がずれて一緒に卒業しなかった友人を含め、その他後輩だが同期の友人を含めると13人。皆集めると、もっと多くなる。)私の周りのこの4人は皆男性に関らず可愛いニックネームを持っていた。一人はさん付けで少しおっさんぽい響きだが…その名前すらさんを付けなきゃかなり可愛い。簡単に言うと、一人は外国名。後二人は二文字。そして、最後の一人がさん付け。外国名の友人については、前にも日記の中で触れたように思う。彼は、とても繊細で詩的面を持つ。どちらかが参ってる時、メールで意見を交換する。お互いにとって良き相談相手であり、異性としての意見もちゃんと話し合うことが出来る。今は、東京で研修中。あ、付け加えると少しミーハーな一面を持つ。二人目は、どさんこ。余りにも話のでたまに皆から煙たがられている。酔うと少したちが悪く、可愛いんだか、きもいんだか判らない。昔はやった(?)カワキモイが当てはまる男。へもいって言った方が良いのかな。彼と私は家庭環境が少し似ている。その為、とても理解できる部分と全く逆の部分がある。それは、彼と私が似通った家庭環境下でどういったことを考えたか、という事が相反しているからだ。夜中電話を掛けてくると、切る事が出来ないらしくよく朝まで話していた。三人目は、うみんちゅ。(でも、海鮮物が大の苦手)とにかく、顔が濃い。あまりものを言わない割には淋しがり屋だ。(モノを言わないから寂しがり屋なのかも)見かけのわりに、メールが子供っぽいので一時期引いたっけ。そして今日も…。本人が悪い訳ではないのかもしれないけれど、実は一々私の地雷を踏む男。学生生活中一番授業数が少なかったのに関らず、アルバイトさえしようとしなかった。そして、仕送りで家具まで買ってしまう人。その経済観念が逐一私を苛立たせた。因みに、彼の体の8割はお菓子で出来ていると言っていい。最後の一人は、一番一緒にいて和む(?)人。学生中もよく二人で遊びに出かけた。彼は、私に人に何かしてあげる事の楽しさを教えてくれた。何かあった時直に何か行動を起こしてくれるのも彼である。唯一、彼の前で私は泣ける。(映画という媒体を通してのみだったけど)彼は人の話を3割位しか聞いていない。女の子の扱いは、お姉さんで身についているらしくやたらもてた。しつこい逆ナンにもあった事のあるツワモノ。仲間外れにされるのを一番嫌う。校内で私はよく彼らと行動していたので、私についての噂話がそこらで有ったという。クラスメイトにはどれが彼氏なんだと詰め寄られたこともあった。皆で掛けていたらしい。クラスメイトは男女問わず私たちの関係を不審に思っていたようだ。あるクラスメイトは「仲良いよね~、何で??」とビックリしていた。仲のよい友人にしか見えなかったのだろうけど(当たり前)、共学と言え男子の比率が圧倒的に低い私たちの学校では目立ったみたい。ちょっとした有名人だった。卒業前、彼等と卒業旅行に行く計画が実はあった。車一台で、日本の何処かに行こうというものだった。皆で夜通し飲んでそのまま雑魚寝なんてこともしばしばだったので、気にする仲ではないのだけれど、流石に数泊する旅行はまずいだろという事と、私自身行きたい所があったので断った。そう言えば、一人旅に行くといっていた私を最後まで止めたのはさん付けの彼だった。彼も旅行好きの一人だが、専ら国内だった。その都度写真を現地から送ってくれるのが嬉しかったっけ。おかげで二人で会う時は、半分は遠出だった。死ぬかと思ったことも…。いつも気がつけば彼等がいて、充実していた。だから、私は周りの目なんて気にしていなかった。高校の時の友人は一生モノだって言うけど、彼らも私にとって一生の友人になるかもしれないと思う。性別を越えても。国境を越えても。自分に顔向けが出来るようになったら、また飲みに行ってね。
Jun 12, 2004
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