KIEV-4(キエフ)

このページの画像・写真・資料・記事その他の無断複写・転載を禁じます。
訪問感謝!なるべく更新していきますので、掲示板へ感想等入れていただけましたら、参考にさせていただきます。ゆっくり見学してください!それでは後ほど、、、。
訪問感謝!不定期ですが画像を入れ替えてます。ときどき見に来て下さい!

KIEV編 ”キーイフ”が正式な読み方らしい。でも”キエフ”でないと通じないことが多い。

KIEV4a
(”遊んでる”訳でなく、こんな風に使用します。)

カメラ

KIEV-4A 初期型
縮小555-1.jpg(正面)
縮小KIEV裏.jpg(裏側) *珍しい真鍮製鎧戸シャッター
1969年のモデルです。
戦前主流だった巻き取りマガジンを装着可能にするため着脱式スプールになっています。
もち手の貼り皮は本皮のなめし。
真鍮製鎧戸シャッターが特徴。
シャッター音はライカの”コトッ”ではなく”チュッチュ”という気持ちの良い音がする。
俗にネズミ鳴きシャッターと呼ばれてます。
中・低速ではギアーのここち良い感触が手に伝わってきます。
しかし高速シャッター(1/1250・1/500)に関しては、手でしっかり固定しないと、カメラが暴れます。
シャッター素材に重い真鍮を使用しているせい?
構造上、シャッター両サイドに使われてる”リボン切れ”は有名。(2機種ともリボン交換済み)
デザインが非常に良く、眺めるだけでも飽きません。
00
(上段KIEV4A+下段KIEV4AM)
KIEVを積極的に使いはじめて4Aの欠点に気づきました。
着脱式スプールであるがゆえ、フィルム装填に少し時間がかかること。
そこでスプール固定式のKIEV4AMを購入。
メッキは厚みの有るシルバーメッキ。
剥離が少なく、ピンホールによる錆びが出にくいようです。
貼革は PENTAX ME 同様、合成皮革で目が荒いです。
これは滑り止め効果を高める手法。
巻き上げなどの動作部分の軽さ(ホンとに軽くて滑らか)など、やはり後期モデルのほうが改良されている感じです。
ですが前オーナーがリボン交換や注油などを済ましてくれ、そのせいかも知れません。
LEICAと違って金属シャッター幕ですから、レンズキャップ無しで移動できるのが気に入っています。

レンズ
HELIOS-103 53mm/f1.8
h-1
現在2本所有。(デッドストック品と、カメラについてたレンズを各1本)
絞り羽が面白い動き方をします。
発色がとても良く、コントラストも絶妙で、何を写しても芸術的に見えるのは気のせい???
時々無性に使いたくなる50mmレンズで、自分の超お気に入りです。
HERIOS9
(作例: F5.6 1/500 CT)

JUPITER-8M 50mm/f2
88
年代が古いせいか内面反射対策が不十分。
小ぶりのくせに、やけに重いです。
色抜けしたような独特の発色で、これで撮ると他のレンズとは違う描写が面白いです。
発色はイエローに傾いているようです。
カラーで使うならHERIOSかJUPITERの後期モデルが良いと思います。
縮小
(作例:F2 1/25 スペリア100)

JUPITER-12 ブラック 35mm/f2.8
biogoncopy
大きく飛び出た後玉が特徴。結構重量感あります。
これはf値を明るくする手法で、戦前のZeissBiogonがオリジナル。
登場した当時は”なぜ?”で話題になったようです。
ところがツアイスではこれのすぐ後、後ろ玉の出っ張らないタイプをパテント登録。
この出っ張りがカメラマンから敬遠され、後ろ玉の製造も困難(張り合わせではなく一体物)であったことから、あまり製造はされませんでした。
ですからこのタイプのレンズを作り続けたのは、JUPITERシリーズだけになります。
自分のレンズは最後期の製造で、出っ張りがやや小型化。(それでもデカイ)
マルチコーティング化で光学性能は上がっています。
このレンズに魅了されKIEVに走った方も多いのでは。。。
jupiter12
(作例・データ: F11 1/125 CTprecisa100)

JUPITER-11 135mm/f4
85
LEICAで135mmはきついんですが、基線長が長いことで有名なKIEVなら余裕です。
が、この焦点域は一眼レフのお家芸かと。。。
このレンズ使うと結構目立つので、自分はあまり使用してません。
PICT0134
(作例:1/25 f4 GOLD400)

ターレットファインダー 28/35/50/85/135mm
フレームの枠を確認する光学機器。
結構正確にフレーミングできます。
便利なのでLEICAでも時々使用してます。
持ち運びにかさばることと、目立ち過ぎるのが難点か。
縮小たーれっと.jpg
ss(ファインダーを覗いたところ。)

KIEVの歴史
第二次大戦後、ソ連が敗戦国ドイツに賠償を求めます。
結局ソビエトがアメリカをおさえて、賠償金の一部として工場・機械・従業員のほとんどを獲得。
これをきっかけにツアイスの光学技術がソ連に渡り、独自の改良・開発が行われる。
KIEVにかんしては1987年ごろまで生産するが、中身はCONTAX2型からあまり変わってない。

以上、ものすごく簡単に書きました。

最終”KIEV”を生産したアーセナル工場は,秘密軍需工場として存在すら隠されてました。
そのためか情報が少ないようです。
興味湧けば、NETで調べてください。



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: