落日

落日

2006年10月08日
XML
カテゴリ: 残像
夜に啼く鳥がいるなどと、この街に来てから知った。
駅から国道へと向かう中央分離帯の、育ちすぎた街路の欅の中に、真夏の蝉もかくやというほど、犇めき合って啼いている。

ああ、なんて喧しい。
知らず体が強張り、攻撃的な足は歩みを速める。
不恰好な中年の女を、鳥たちの声が追う。

私を嗤う、夜の鳥。

角を曲がり大通りを離れると、それすらに見放され、遠く車の走る音と酔客の罵声が聞こえてくるばかりだ。


わざと離れてついて歩いた夜。あの時も鳥は啼いていたかしら。
ああ、そうだ。だから、思い出したのだ。背中の代わりに、月と街頭の灯かりに分裂する細い長い影を見つめ、ただ黙って歩いていた。


哂われたところで仕方がない。「乙女の匂ひ」なんてものはとうに失われているのだから。

それでも、これを薄汚いと、誰が言うのだろう。
想い出というには切り込むようで、妄執というほどの浅ましさも無く、恋というにはほの暗い。

35歳の美しくない女には不似合いといって、夜の鳥にすら後ろ指をさされるほどのことなのか。





上原さん。

あなたを、そう呼んでいいかしら。

上原二郎さん。

それ以外に、思いつかないのですもの。

先々月、1年ぶりにやっとお姿を拝見しました。

あなたときたら、あの年老いたお猿さんを彷彿とさせるのですもの。どうしたって、「上原さん」だわ。

そう思ったら嬉しくなって私は笑った。


上原さん。
それが怖れなのか、余裕なのか、可笑しいからか、単なる虚勢なのか、あなたの笑顔を見るとき、私は知りたくてたまらなくなるの。
そうして、10年前の私は、それが私が期待する答えなのならば、何を捨てたっていいと思っていた。今にして思えば、それがあなたの数少ない手管たったのかしら。

だんだんに夜風が冷たく、空気が冴えてくると、一目あなたにお会いしたくなるのです。
水面に映る月のように、静かに揺れて掴み所のない笑顔を、観たくなるのです。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年10月09日 01時42分45秒
コメント(0) | コメントを書く
[残像] カテゴリの最新記事
  • 2007年01月03日

  • 2006年11月01日



【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: