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ホリエみたいに流れから見たら逆らっているように見えて、いろんな人からばかだなーといわれるようなやつはおれは大好きだからがんばってほしい。
February 25, 2005
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先輩のバースデイやら友達の結婚式の披露宴やらで毎日飲んでたな。そうじゃなくても飲んでんのに。 おきると水戸黄門がやってるんだぜ。へこむだろ。それから風呂はいってまたすぐ飲みにいく。 おれは素であつしに似てるって言われるんだよ。ちょっと前に付き合ってた女も俺のことあつしって呼んでた。シオンって言う歌うたうやつ知ってる?俺最近すげー好きなんだ。英語とかそんなんじゃなくてやっぱよお、歌うたうんだから歌詞でも感じるところがないといけないと思うんだよな。昔は浮浪者みたいなカッコしてうたってたんだけど、今は想像つかないようなきれいなかっこしてる。 今日も酔っ払っちまった。しみてぃ久しぶりだな。
February 24, 2005
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読書する時間がまるでない、と白状する親は少なくない。この場合、子供たちが読書に関心を示さないからといって不思議はない。朝食や夕食のテーブルで本について話しが交わされたり、いやそれだけでなく、討論があれば、子供たちは耳をそばだてるだろう。子供たちは話に加わりたいし、何も言わなくても自分から本を読むだろう。 しかし、親が新しく買ったベンツのローンの支払いや、昨日のサッカー試合のようなことだけを話題にしているのなら、どうして子供たちが、突然よい本を見つけるようになるだろうか?
February 16, 2005
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自分のために書いてるのにタイトルをつけなきゃならないってどういうことだよ。しみてぃみたいなやつがいるからいいけど、おれがいろいろあるがままに書いたらぱくられちまうじゃねーかよ。 しょおがねーか。
February 14, 2005
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DVDをコピーして、しかもパッケージとかも本物みたいにコピーして先輩が売ってた。パクられないのかな。さばくにはやっぱ高校のときみたいなネットワークが必要みたいで、俺も下に下ろしたんだけど、「わかりました。」って言いながらいやそうな顔してたな。そりゃそうだよな、俺もいやだもん! 弁当もちにやらせることじゃないよな。
February 11, 2005
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久しぶりにブルーハーツの歌を聴いた。男は絶対なかないものだと思ってたけど、涙が出てきた。だいぶ遠くまできちまった。最近引きこもってるから心が弱くなってんのかな。気分だけ五月の風のビールを飲んだ。昨日飲んだのとまったく同じビールだけど、ブルーハーツのコピーバンドをやってたときとはまったくちがう酒の味だ。いろいろ言っててもどうしようもないから金でも稼ごうかな。 最近周りも丸くなってきた
February 10, 2005
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生きることについて考える時間と、本当に生きる時間と。違うんだよなぁ。やらねえとなあ。
February 8, 2005
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マージャン打ったんだけど金ないときって勝てないんだよな。おれは賭け事って何にしても自分で触ったりしないと納得できないから、スロットとか競馬とかはやんない。人間相手じゃなきゃな。機械に向かってても、だれかが馬に乗ってたりしてもぜんぜん興奮しない。チンチロにしても札にしても、自分のてで引くことによって勝ち負けが決まるからいいんだよ。 ばくち打ってるようなもんだからな、人生も。機械だとか騎手に任せておいていいもんじゃねえ。自分でどうにかしねえとな。できなかったらそれなりに生きろ。覚悟を決めて、自分のけつを拭き、身内のけつまで拭いてやれ。
February 7, 2005
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俺があまりよく知らないだけなのかもしれないけど、みんな本名だとか写真ってぜんぜん載せないんだな。何でなんだろうって考えてみたんだけど、個人情報を知られるのがいやなのかなぁ、とか、実生活とインターネット上での顔が違うから、もし知り合いにみられたらいやだとか思ってるのかな。よくわかんないおかしなやつもインターネット上にはいっぱいいるんだろうし、想像だけど。俺はこれを書いてるのが俺だって誰に知られたって何の問題もないし、街での喧嘩にしてもなんにしても名前を名乗ってするべきだと思う。ワンライフ・ワンフェイスでいこうぜ。 俺が馬鹿なんだろうな。「そんなことして何の特にもなんないのに。不器用なんだよ。」とかよくいわれる。おれもそのとおりだろうと思うけど、もし俺にそういってくれるやつがいるならば、少なくとも名乗ってからにしてくれ。 誰にでもなく、広がりすぎたネットワークに対してなんかなー、と思う。俺もそのネットワークの上でいろいろ物を言ってるんだけど。 今日も女の金パクって酒飲んでるんだ。だめだなー、おれ。タバコがあと一本しかない。酔っ払ってるし、買いに行くのも面倒だから、今からシケ煙のオーディションをしようと思う。
February 6, 2005
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俺の友達にカイというやつがいる。5年ぐらいマレーシアに住んでいて、そのおかげで顔まで現地の人と見分けがつかないほど濃くなってしまった男。昨日そいつと飲んだ。朝9時に駅まで送り、切符も買って持たせてやったのに、電車には乗らず隣の駅で牛丼食い逃げしてスロット打っていたらしい。 いろいろな話をした。カイにしてもそうだが俺の周りにはフリーターだとか夜働いていたりだとか、いわゆるホワイトカラーではないやつらが多い。そいつらはいくら仕事がきつくても俺と飲むときには愚痴を言わないし、上司や会社の悪口も言わない。 世にいる俺と同じくらいの年のやつらが、みんなとは言わなくても少なくとも大半は、今の俺やカイや仲間みたいに本当にしたいことや、何のために生きるのかとか、生きるために何をするのかということを考えながら生き、自分を変え、世界が変わるのを望んで生きているのならば、そういうやつらをひとつに束ね、動かし、一つの莫大なパワーに変え、世界を動かすようなことがしたい。 バイトではなく、正社員がいいとか、夜の仕事より昼の仕事のほうがいいとか、そんな小さなことはどうでもいい。もっと広い視野に立って物を考えたい。だろ、しみてぃ?
January 31, 2005
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遊んでた女が急に静岡に帰るみたいだ。幼馴染と結婚するんだって。俺といろいろしてたのに女って改めて思うけど切り替えが早いよな。金ずるが一人へって複雑だけど、本当に幸せになれるならそれでいいか。年上の女の子はあからさまな態度ではなくて、「あの子の結婚式すごいすてきだった。」とか微妙な感じでチクチクくるけど、俺にはまだ結婚して相手を幸せにできるほどの器量はないし、そうなりたければもっと稼いでて大人な男のとこ行けばいいのにな。
January 28, 2005
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俺のうちの隣は天理教の集会所?だ。俺は毎朝昼の3時くらいに起きるが、見る夢は大体マッポが俺の部屋のドアをたたいている夢か、母親が発酵したパン生地をボールにたたきつけている夢だ。 彼らは太鼓のリズムに合わせて踊る。そのリズムに合わせて踊りながらおきるくらいのバイタリティーがほしいが、昨夜の酒でへろへろなのだ。明日も二日酔いだろう。 そういえば今日またマッポに職質された。今年に入って3回目だ。誰かパワーのあるやつ俺と一緒になんか面白いことやろーぜ!なんかよー、3日めにして思うんだけど広告がすごいんだな。
January 26, 2005
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中野駅北口を出てサンモールを進んでいき、ひだりてにマックを見ながら10メートルほど歩いて、幅2メートルほどの横道を左に入ると、黄色い電飾看板に「クラシック」とある。木造の2階建てなのだが、これがまた本当の木造なのだ。壁や柱をはじめ、どこを見てみても木以外のものが使われていない。窓は埃と油汚れですりガラスのようだ。 これまた木でできた扉をきしらせながら中に入ると、誰もいない!と思ったら「いらっしゃいませぇ~」おくからのっそり女の店員が出てきた。店内にはベートーベンのピアノソナタ13番「月光」が流れている。音量も申し分ない。ホットコーヒーを注文し、階段を上ってロフトになっている2階部分の一番奥の席に座った。この2階も普通ではない。なぜなら、かしいでいるのだ。中央に向かってちょうどすり鉢状に傾いている。そして直角の背もたれがついた椅子のカバーはびりびり。なかなかいい感じだ。客も少なく店員のお姉ちゃんもうるさく灰皿を変えに来ることもないだろう。 そこで早速紙袋に入れてきたカティーサークのふたを開け、ボトルから直接胃にウィスキーを叩き込んだ。 ボトルが空いてしまい、座り続けてケツも痛くなってきたので店を出た。店員は「ありがとうございました。」とも言いはしない。せめて「あるりあしたー!」くらい言ってほしかった。
January 25, 2005
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親友の命日が近づいているので死ぬことについて考えることが最近よくある。ちょっと書いてみたい。 なぜ自殺を思い立つのか。その答えが自分で出せるものは自殺なんかしない。それがわからないから死ぬのだろう。 迷宮に迷い込み、その出口を自分で作り出し、抜け出たものが生き、また出口はいくつもあり、それは妥協だとか逃避だとかいったものでいくらでも作り出せるということに気づかないものが死ぬのだ。 怠惰を求めて勤勉に行き着くこと、また勤勉により物事を追求して結局妥協を強いられることはよくあるが、そのどちらもできないものが死ぬのである。死んでいくものはこういうだろう。「いき続けるものはすべて不遜だ。」周りが見えず、誰の声も届かない。生まれたときに始まりのゴングがなり、そのときから死ぬまで決着のつかないリングの上で戦い続け、ダメージを追ったフリをして倒れることのできないものが最後までたち続け、そして死ぬのだ。 「彼らは弱すぎた。」そうだろう。そしてそういうものたちは確かに強いんだろう。でもそれは強さではない。そんな強さは赤信号をみんなで渡るときの強さだ。自分ひとりで立ち上がるときに必要な強さではない。本当に強い人間の強さとは、孤独のなかで自分ひとりで高みに立つ強さだ。妥協と自失によって逃げ出す強さではない。本当に強い人間になりたいと思う。
January 24, 2005
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